選択の向こう側~水沢茜編~

第287話・共に目指す先

 世の中にはかつて誰かと幼馴染だった人の方が多いだろうけど、その関係が成長してもずっと続いている人はかなり少ないと思える。なぜなら人は成長する中で新たな人と出会い、そこで新たな関係を築いていくからだ。

 そしてそれが異性の幼馴染ともなれば、その関係が続くのはもっと難しいだろう。なぜなら人は成長するにつれ、異性を意識するものだから。

 小さな時には気にしていなかった事が、いつの間にか気になってしょうがなくなる。それが大人になるって事なのかもしれないけど、それをどこか寂しく思っていたのも事実だった。


「龍ちゃん、今日もありがとね、大変だったでしょ?」

「まあ渡を信じて賭けに乗った俺が馬鹿だっただけだし、約束したからにはちゃんとやるさ」

「もう、そんな顔しないでよ、そこの自販機でジュース奢ってあげるから」

「おっ、マジか? それじゃあ最近のマイブームになってる梅サイダーでも買ってもらうかな」

「もう、急にテンション上げちゃってさ、龍ちゃんてばホントに調子がいいんだから」

「へへっ、ゴチになります」


 呆れ顔を見せる茜に両手を合わせたあと、俺は意気揚々と茜が指差していた自販機へ向かった。

 七月も後半に入り、夏休みを迎えて三日が過ぎた頃の夕刻、俺は部活終わりの茜と一緒に花嵐恋からんこえ学園から帰っていた。

 多くの人が幼馴染との関係が長く続かないだろう事を考えれば、この歳までずっと幼馴染としてやって来れた俺と茜の関係は、とても希有きゆうと言えるだろう。まあそうは言ってもその道程みちのりも平坦なものではなかったし、ある時にはその関係が希薄きはくになった事もあった。だけど今も、俺と茜はこうして幼馴染の関係を保っている。

 普段は照れくさくて絶対に口にも態度にも出さないけど、茜とこうして居られる事はとても嬉しい。だからこれからも、茜とは変わらず幼馴染として仲良くして行きたいと思っている。

 それにしても、夏休み前にした賭けのせいで高校生活最後の夏休みの約半分以上を、茜と女子バスケ部に捧げなくてはいけなくなったのは手痛い。まあこうなってしまったのは賭けに乗った俺の自己責任だけど、賭けに負ける原因となった渡には、今度何かしらの形で罪を償わせようと考えている。

 今更のようにそんな事を考えながら、茜に奢ってもらった梅サイダーを飲みつつ帰路を歩く。


「――それじゃあ龍ちゃん、また明日もよろしくね」

「へいへい、七時にここに来てればいいんだろ?」

「うん、明日は今日みたいに遅刻しないでね?」

「遅刻って言ってもたったの五分じゃないか」

「分かってないなあ、その五分が今の私には貴重なんだよ?」

「そ、そうだよな、明日はちゃんと時間通りに来るからさ」

「うん、それじゃあまた明日ね」

「おう、また明日な」


 しばらく一緒に歩き、家へ続く分岐路で別れ、俺達はそれぞれの家へと帰った。

 それにしても、明日も早起きしなきゃいけないかと思うと気が重い。それはまるで、小学生の夏休みにラジオ体操で早起きしなければいけなかった、あの憂鬱な日々を思い起させる。しかしいくら気が進まなくても、約束を交わしたのは俺なのだから、それはちゃんと果たさなければいけない。

 俺と茜との間で交わされた約束、それはつい先日、インターハイ出場を決めた女子バスケ部のインターハイが終わるまでの間、俺が女子バスケ部のマネージャーを務めるという約束だ。

 女子バスケ部がインターハイ出場権を獲得した試合は俺も見たし、頑張って来た茜達が全国へ行くのは俺も楽しみだ。しかし茜に女子バスケ部のマネージャーを頼まれた時には、どうして俺がマネージャーをせにゃならんのだと思った。いくら賭けの約束で『何でも一つ言う事を聞く』と言ったとはいえ、インターハイを前にした大事な時期に、俺なんかをマネージャーにするのはどうかと思ったからだ。

 だから最初はその頼みを断ったんだけど、本来の女子バスケ部のマネージャーが、どうしても外せない家庭事情で夏休みの間地元から離れるらしく、代わりを頼むにも女子バスケ部のマネージャー業はかなりハードで、誰もやりたがらなかったらしい。そこで茜は賭けに負けた俺に、マネージャーをやらせようと考えついたわけだ。

 茜から事情を聞いた俺はもちろんその事態を考慮はしたが、やはり女子の集団に男一人で混ざるというのは気分が落ち着かないし、他の部員が俺が居る事で集中力を欠くような事があっては申し訳ない。それにマネージャーなどをやった事がない俺には、テキパキとマネージャー業をこなせる自信は皆無だった。

 しかし女子バスケ部の事情を聞いてしまった以上、それを無碍むげに断るのもどうかとは思ったので、女子バスケ部の全員が俺をマネージャーとして受け入れるならやってもいいと、そう条件をつけた。

 俺としては『男子がマネージャーをやるなんて嫌だ』みたいな事を言う人が絶対に居るだろうと思っていたし、それで茜が俺をマネージャーにしようとするのを諦めてくれると思っていた。だがそんな俺の考えは、羊羹ようかんに砂糖と蜂蜜をかけて食べるくらいに甘い考えだったらしく、その思惑おもわくは完全に外れてしまった。そのせいで俺は、夏休みの半分近くを茜と女子バスケ部のマネージャー業に捧げる事になってしまったわけだ。

 こんな事になるなんて完全に誤算だったし、茜が言っていた通りに女子バスケ部のマネージャー業は大変だった。でも俺はバスケは下手だけど好きだし、上手な選手のプレイは見ていてとても興奮する。そんな意味で言えば、インターハイ出場を決めた女子バスケ部のプレイを間近で見れるのは、凄く貴重な事なのかもしれない。まあ嫌だ嫌だと腐っても仕方がないし、大変な中にも楽しみを見出す方が健全だろう。

 インターハイ本番が始まるのは、今から二週間後。ちょうど制作研究部の夏コミ出陣と時期が被っているけど、そこは美月さんにお願いしてマネージャー業の方を優先させてもらった。部長である美月さんには悪いとは思うけど、美月さんも『茜さん達が優勝できるように、しっかりとサポートをしてあげて下さい』と言ってくれたから良かった。

 こうして俺の女子バスケ部マネージャー業は始まり、短い間だが女子バスケ部と共にインターハイ優勝を目指す日々が始まった。

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