第269話・それぞれの事情

 美月さんの姉である霧島夜月きりしまよづきさんが置いて行った一枚の紙を頼りに、俺を含めた制作研究部の面々は美月さんの母方の実家である霧島家の前へと来ていた。

 霧島家は名家だと聞いていたけど、それはこの立派で大きな門構えを見るだけでも分かる。はっきり言ってこんな大きな家はそうそう見れるものではないし、ましてや自分が深く関わり合いになる様な家柄ではないと思える。しかしここに美月さんが居ると知った以上、俺はこの先へと進まなければいけない。

 俺は気後れする気持ちを抱えたまま、立派な外門の右側の柱に付いているインターフォンを押し鳴らした。そして激しい緊張の中で応答を待っていると、しばらくしてインターフォンから音がした。


「はい、どちら様でしょうか?」

「あ、えっとあの、僕達は花嵐恋からんこえ学園の生徒で、如月美月さんのクラスメイトです」

「ああー、奥様が仰っていた方々ですね、お待ちしていましたよ。今門を開けますので、そのまま真っ直ぐ進んでお屋敷にお入り下さい」

「あ、はい、ありがとうございます」


 やや歳を召した感じの女性の声で応答があると自動で門が開き、俺達は奥に見えるお屋敷を目指して進み始めた。そして広いお屋敷を眺めながら玄関先まで来ると、先程インターフォンに出てくれたと思われる女性が出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました。奥の部屋で奥様がお待ちですので、ご案内しますね。こちらへどうぞ」


 丁寧にそう伝えてくれた女性にみんなでお礼を言い、屋敷の中へ入ってから用意されていたスリッパに履き替え、案内されるがままに女性の後をついて行く。そして大きく広いお屋敷の中を歩く事しばらく、俺達は一つの部屋へと通された。


「皆様こんにちは、ようこそおいで下さいました」


 通された二十畳ほどの洋室には、名家に相応しい上品な雰囲気を醸し出している和服を着た六十代くらいの女性が居た。

 その女性は俺達を見て品良く柔らかにソファーから立ち上がると、にっこりと優しい笑顔を浮かべて俺達に挨拶をした。その優雅な立ち居振る舞いは、まさに大和撫子やまとなでしこを彷彿とさせる。


「あ、えっと、自分は美月さんの作った制作研究部のメンバーでクラスメイトの鳴沢龍之介と言います」

「同じく制作研究部でクラスメイトの水沢茜です」


 俺に続く様にして茜が自己紹介をすると、そこから数珠繋ぎにみんなが自己紹介を始めた。そして最後に愛紗が自己紹介を終えると、和服の女性は『ご丁寧にありがとうございます、どうぞこちらへお座り下さい』と言って大きなテーブルの周りに用意されたソファーへ座る様に促してきた。俺は未だに気後れする気持ちがありながらも、促されるままに近くにあるソファーに座った。

 そして俺達全員がソファーに座り終えると、立っていた和服の女性もようやく元の位置に座りなおした。


「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。私はこの霧島家頭首の妻で、霧島弥生きりしまやよいと申します。以後お見知りおきを。さて、本当ならここでご用件は何でしょうか? ――とお聞きするところですが、皆様のご用件は美月ちゃんの事ですよね?」

「はい、その通りです。美月さんを元の家に帰してほしいんです」


 俺は明確に目的を伝える為にストレートにそう答えた。どうして俺達が尋ねて来るのを知っていたのかは分からないけど、俺達がここを訪れた目的を知っているなら遠回りな問答をするつもりはない。


「鳴沢さん、あなたの仰っている事は分かります。私も今回の主人のやり方には苦言を呈しているのですが、主人は思い込みの激しいところがあるので困っているんです。ですが、既に鳴沢さんは夜月ちゃんから色々な話を聞いて知っていると思いますが、私達の娘、つまり美月ちゃんと夜月ちゃんの母がその父親と駆け落ちをして居なくなった事を考えれば、この様な強行手段に出てしまうのも分からなくはないのです」


 美月さんの姉である夜月さんからは、ここのご主人は娘が駆け落ちをした時にずいぶんとその相手男性を恨んでいたと聞いている。そりゃあ大事に育てた一人娘が自分の御眼鏡に適わない相手と駆け落ちなんて許せなかっただろうけど、だからって美月さんにまでそれを強いるのはどうかと思う。


「確かに仰っている事は分かりますが、それでも美月さんの人生は美月さんのものであって、他の誰のものでもないはずです。未成年だからという事を考慮したとしても、今回のやり方は強引過ぎると思うんです」

「……そうですね、仰る通りだと思います。でも、主人も寂しかったんだと思います。あの時から色々な事を後悔していましたから……」


 弥生さんは事情を知らないみんなの為に、過去の事を簡単にではあるが話してくれた。そんな話を聞きながら、弥生さんにしろご主人にしろ、色々と思うところがあったのは話を聞いているだけでもよく分かった。


「――誰だお前達は!?」


 弥生さんが話を始めてからしばらくした頃、突然開かれた洋室の扉から一人の厳格そうな男性が入って来て声を荒げた。


「あら、お帰りが早かったんですね」

「そんな事はどうでもいい! それよりもお前達は誰だ!」

「あなた、初対面の皆さんに失礼ですよ。こちらは美月ちゃんの御学友の方々なんですから」

「何だと!? わざわざここまで美月を連れ戻しに来たと言うのか?」

「僕達はただ美月さんを元の家に帰してほしいとお願いに来ただけです」

「お前は確か……美月をたぶらかした奴だな! どの面下げてこんなところにまでやって来た! お前みたいな奴に美月は渡さんぞっ!!」


 ご主人は最初はなっから興奮状態で、俺の話しに耳を貸そうともしていない。これでは話し合いはおろか、事態を拗らせる危険もある。しかしここですごすごと帰っては、何の為にここまで来たのか分からないのも事実。ここは駄目元覚悟でハッキリと言うべき事は言っておく方がいいだろう。


「あの、僕が美月さんを好きな事が気に入らないのは、色々とあったから仕方ないと思います。でも、僕と美月さんは小さな頃に出会って別れ、そこから偶然にもこの街で再会して、そこから沢山の思い出を作ってお互いを好きになったんです! それに彼女は今、みんなと一緒に沢山の人を楽しませるゲームを作っています。それは彼女の夢の一つでもあるし、今の僕達の楽しみでもあるんです。だから彼女を僕達から奪わないで下さい! お願いします!」


 ご主人に向かってそう言い放ち、心を込めて頭を下げた。すると周りのみんなも同じ様に立ち上がって頭を下げ、ご主人に向かって『お願いしますと』言ってくれた。


「…………ええいっ! 駄目だ駄目だっ! 美月と夜月には娘と同じ思いはさせん! 出て行けっ!」


 全員での訴えも虚しく、その後は話も聞いてもらえずに俺達はご主人から屋敷を追い出された。せめて美月さんに会って少しでも話をしたかったけど、それすらも取り合ってはもらえなかった。

 簡単に事が進むとは思っていなかったけど、ここまで頑なに拒まれるとは思っていなかった。でも、だからと言ってこれで諦めるわけにはいかない、俺は美月さんと約束をしたんだから、一緒に頑張ろう――って。

 そして固い決心の上でここから約二週間、俺は毎日霧島家を訪れてご主人の説得を試みようとしたけど、話を始めては怒鳴られて追い返されるの繰り返しで、最後の方には屋敷の中にすら入れてもらえずに門前払いをされる様になってしまった。

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