第270話・大好きな人と家族の笑顔

 どうしたら俺達の思いが伝わるのだろうかと、考え悩む日々が続いたある日の夜、ずっと連絡が取れなかった美月さんの携帯から俺の携帯に電話がかかってきた。

 俺は画面に表示された如月美月の名前にはやる気持ちを抑え切れず、素早く携帯を手に取って電話に出た。


「もしもしっ! 美月さん!?」

「こんばんは、夜分遅くに失礼します。私、霧島弥生きりしまやよいと申しますが、こちらは鳴沢龍之介さんの携帯電話で間違い無かったでしょうか?」

「あっ、はい、そうです、鳴沢龍之介です」


 慌てて出た電話口から聞こえてきたのは美月さんの声ではなく、祖母の弥生さんの声だった。


「あー、良かったわ、龍之介さんが出てくれて。スマホって言うのかしら? 私こういった物は持った事がなかったから、ちゃんと扱えてるか不安だったのよね」

「そうでしたか、ところでどうしたんですか? 美月さんの携帯から電話なんて」

「そうだった、急な話で申し訳ないんですが、明日の十四時頃に少しお話をしたいのですけどいいでしょうか?」

「明日ですか? はい、大丈夫です」

「良かった。では、明日の十四時時頃、こちらの自宅門から見える位置にある公園に来ていただいてよろしいでしょうか?」

「はい、分かりました。明日の十四時頃にそこへ行きます」

「ありがとうございます。それでは龍之介さん、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」


 電話を切ったあと、俺は携帯を手に持ったままベッドへ寝転び、天井を見つめながらどんな話があるのだろうかと考えていた。まあ大筋の話は美月さんについての事で間違い無いだろうけど、その内容がどんなものなのかは分からない。

 俺は今の自分が考えられるあらゆる内容を想定し始め、明日に備える事にした。


× × × ×


 翌日の十四時頃、俺は昨晩の電話で弥生さんに言われた様に霧島家の近くにある公園へやって来て弥生さんが来るのを待っていたんだけど、十分ほど待って公園へとやって来たのは、予想外な事に弥生さんではなくご主人だった。

 やって来たご主人に挨拶をして大きな太い木の前にあるベンチに座ると、ご主人は俺から距離を空けて座り、俺達はそのまま黙り込んでしまった。俺としてはやって来た人物が予想外過ぎて口火を切れないと言ったところだったけど、ご主人の方はどうなのか分からない。


「……あの、少しお伺いしてもいいでしょうか?」

「……何だ」

「美月さんと夜月さんのお母さんて、どんな方だったんですか?」


 俺の質問に対し、ご主人の身体がビクッと反応したのが分かった。

 正直この質問はご主人に対する地雷だと思えるけど、今回の件に対するご主人の意固地な部分の根底には、自分の娘に対する思いが強くあるのは確かだ。それならその部分を聞く事によって、開ける突破口があるかもしれないと俺は考えたわけだ。


「……何で美夜みよの話をお前にしないといけないんだ?」

「えっと……すみません、差し出がましい事を聞きましたよね……」


 よくよく考えてみれば、亡くなってしまった娘さんの話を聞きたいとか、デリカシーが無かったと思う。俺は美月さんの事だけを考えるあまり、ご主人の気持ちをないがしろにしていた事を反省した。


「…………美夜はな、優しい娘だった」


 お互いにまた沈黙状態に陥り、気まずい雰囲気を感じていた中、突然ご主人が空を見上げて呟く様に声を出した。


「小さな頃から何にでも興味を持って、色々な事に挑戦して、何かを成し遂げる度に『お父さん、私やったよ!』って、笑顔でその話をしてくれた。俺にとって美夜はかけがえのない生き甲斐だったんだ……だからそんな美夜が大人になって好きな人ができて、その相手と『結婚したい』と言い出した時、俺は単純にそれが嫌だと思ってしまった。いつまでも美夜に側に居てほしかったからだ、だから俺は涼太郎君との結婚を反対した。表向きは霧島家の家柄にそぐわないと言う事にしてな……」


 まるで自分の中にある後悔を告白する様に、ご主人は視線を空へ向けたまま話を続ける。どうして急に娘さんの事を話してくれたのかは分からないけど、俺はその話の腰を折らずに最後まで聞き続けようと思った。


「俺が結婚を反対した事で、美夜はすぐに結婚を諦めてくれると思った。だが美夜は一切諦める様子を見せなかった、もちろん涼太郎君も。そんな二人の思いに対し、俺は最後には話も聞かない状態だった。その結果、美夜と涼太郎君は駆け落ちという道を選び、俺や弥生の前から居なくなってしまった。二人が駆け落ちしたあと、俺は自分の愚かさを実感して二人に謝る為に八方手を尽くして捜索をした。だが二人の行方を掴む事はできず、時間ばかりが過ぎてしまった。そして美夜達が居なくなってから数年後、俺は警察からの電話で美夜と涼太郎君が事故にあって病院に運ばれた事を知った。事情はともかくとして、俺は美夜達に会える事を嬉しく思った。そして詳しく事故の事を聞かされていなかった俺は、怪我は時期に治るから、その時にでもちゃんと二人と話をしようと考えて病院へ向かった。だが着いた病院で出会ったのは、冷たくなった美夜と涼太郎君だった。俺のせいで、俺が意固地になったせいで美夜と涼太郎君はあんな事に…………」


 空を見上げたまま話していたご主人の瞳からは、次々と涙が流れていた。それは失ってしまった大切な命への懺悔ざんげ、自分の弱さを誤魔化す為についた嘘と、それを最後まで認められなかった事で招いてしまった結末に対する後悔。

 きっとご主人の後悔は死ぬまで続くのだろう、それは自分の行いが招いてしまった事だから仕方ないのかもしれない。だけど後悔を抱え反省をしていても、それを活かせなければ意味がない。


「……娘さんや涼太郎さんを失って後悔しているのは分かります。でもそれなら分かるはずです、美月さんに対して同じ様な事をしている事が」

「…………」


 俺の言葉に対し、ご主人はいつもの様に反論してこなかった。きっと心の内では、自分のやっている事が正しくないと分かっていたんだと思う。


「これから先がどうなるかなんて分かりませんし、未成年のひよっこな自分がこんな事を言っても説得力が無いとは思いますけど、美月さんと一緒に幸せな人生を歩んで行きたいです。その為に美月さんや仲間達との時間を大切にしたいんです。お願いします、美月さんを元の家に戻してあげて下さい」


 俺はベンチから立ち上がり、ご主人に向かって頭を下げた。


「……もしも、もしも俺がその願いを断ったら、お前は美夜達の様に美月を連れて居なくなるのか?」

「……いいえ、僕達は居なくなりません。ここで断られても、僕は美月さんが戻るまでご主人を説得に来ます。だって家族には祝福してほしいじゃないですか。それは美月さんだって同じはずです。美月さんはずっと自分が天涯孤独の身だと思っていました、そして彼女は家族というものに対して強い憧れを持っていました。だから絶対みんなに祝福してほしいはずなんです」

「そうか……」


 ご主人はそう言うとゆっくりベンチから立ち上がり、俺を見て口を開いた。


「あの時の俺に君の様な強さがあれば、今頃美夜や涼太郎君と笑いあえていたのかもしれないな……」


 寂しげな笑顔でそう言うと、ご主人は俺に背を向けて公園から出て行った。


× × × ×


「みんな、今までのゲーム制作お疲れ様でした! また来年もよろしく! では、かんぱーい!」

「「「「「「かんぱーい!」」」」」」


 年末にある冬のコミックマーケット終了後、俺達は忘年会兼お疲れ様会と称し、いつものファミレスに集まってから打ち上げを開始した。

 冬コミに辿り着くまでは色々な苦労があったけど、夏コミや冬コミ前の宣伝がそれなりに功を奏したのか、冬コミで販売した恋愛シュミレーションゲームの売れ行きはなかなかのものだった。これからこの様なサークル活動的なものをやるかは分からないけど、もしも機会があるならまたやってみたいと思える。


「龍之介さん、お疲れ様でした」

「うん、美月もお疲れ」


 恋人になった美月の隣に座り、今回の冬コミの話をしながら盛り上がる。

 霧島家頭首である浩二こうじさんと公園で話をした翌日、美月は自宅へと戻って来た。これは後で美月から聞かされた話だが、あの公園でしていた俺と浩二さんの話を、美月と弥生さんは大きな木の裏に隠れて聞いていたらしい。

 最初はなぜそんな回りくどい事をしたんだろうと思ったけど、美月が言うには弥生さんから、『あの人は素直じゃないから、私や美月ちゃんが居ると絶対に本音を話さないと思うの』と聞かされていたからだそうだ。だが浩二さんの本心をどうしても知りたかった美月は、弥生さんと一緒になって公園の木の裏に隠れ、その本音を聞く事にしたらしい。

 そして浩二さんの本当の気持ちを知った美月はその日の夜に話を聞いていた事を浩二さんに告げ、自分の気持ちを話して浩二さんを説得し、俺との交際を認めてもらったとの事だった。ちなみに美月が元の家へと戻って来た翌日、美月の姉である夜月さんから、『色々とありがとう、これからも美月をよろしくね、義弟おとうと君』と笑顔で言われた。その事に気恥ずかしさこそあったけど、姉としての表情を見せる夜月さんを見れて嬉しい気持ちの方が強かったのを覚えている。

 制作研究部や関係者のみんなで苦労話や楽しかった話、ボイス収録の話などをして盛り上がり、打ち上げがお開きになったあと、気を遣って先に帰った杏子や桐生さんに感謝をしながら、俺は美月と一緒に帰路を歩き始めた。


「美月、寒くない?」

「はい、大丈夫です。こうして手を握っていたら温かいですから」


 この寒空の下、お互いに握り合っている手には手袋をつけていない。だから風が吹く度に冬の冷たさが鋭く身に刺さるけど、こうして手を繋いでいればそれもさほど気にならない。


「なんだか夢みたいですよね」

「何が?」

「こうして龍之介さんと手を繋いで歩いている事がですよ」

「そうなの?」

「はい、だって龍之介さんと恋人になれるなんて思ってもいませんでしたから」


 恥ずかしそうにそう言う美月の頬が、街灯に照らされて赤くなっているのが分かる。


「それは俺だって一緒だよ」

「そうなんですか? 私達ずっと同じ事を思っていたんですね」


 そう言って嬉しそうに表情を綻ばせる美月を見ていると、自然と俺も嬉しくなってくる。


「そうだね、そういえば年明けにはまた勉強を見てもらう事になるけど、よろしく頼むよ」


 俺は花嵐恋からんこえ学園卒業後の進路をゲームプログラマーに決め、それを成す為に美月と一緒に勉強に励んでいた。

 ゲームプログラマーに進路を定めた理由は、美月がそんな世界で活躍する事を望んでいるからだ。動機としてはかなり不純かもしれないけど、俺は美月の夢を応援する立場ではなく、一緒に夢に向かって並んで歩いて行けるパートナーになりたいのだ。それは俺の純然たる意思であり、流されて決めた事ではない。


「はい、任せて下さい、私も頑張りますから」

「うん、でもその前にお正月は霧島家に顔を出す事になってるから、そっちの方が大変かも」


 美月と交際をする様になって以降、俺は霧島家と関わる機会が増え、それに比例して浩二さんや弥生さんとも接する機会が増えた。そして霧島家との付き合いの中で浩二さんと話を重ねる内に、浩二さんが筋金入りの親馬鹿だという事が分かった。

 もちろんあの公園で話を聞いた時からそんな印象はあったけど、弥生さんから娘さんとのエピソードなんかを聞くと、それが尋常な親馬鹿でない事が分かる。あれでは娘さんの結婚を反対する気持ちや、子離れできない気持ちも分からないではなかった。

 そして娘さんを喪った今、浩二さんはその親馬鹿っぷりを残された孫である美月さんと夜月さんにぶつけている。おかげで色々とやり辛かったり面倒だったりする事はあるけど、それが家族ってものかもしれない。


「ふふっ、確かにおじいちゃんの相手をするのは大変かもですね」

「まあね、浩二さんはかなりの親馬鹿だから」

「そうですね。でも、龍之介さんなら大丈夫ですよ」

「そう?」

「はい、だって龍之介さんは私が一番大好きな人なんですからっ!」


 握っていた手を優しくも強く握り、空いている方の手で俺の腕を抱き包む美月。

 淡く美しい月の光が街を照らす中、間近に見える美月の笑顔をとても愛おしく感じながら、ずっと美月と一緒に居られます様に――と願ながら帰路を歩いて帰った。





アナザーエンディング・如月美月編~Fin~

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