第268話・彼女が消えた日

 連休が明ける最後の日の夕方に地元へ戻り、そのまま何事も無く翌日を迎えて学園へ行くと、いつも早く来ているはずの美月さんの姿が教室になかった。こんな時は美月さんと一緒に暮らしている桐生さんに尋ねればいいんだろうけど、残念ながら今日は桐生さんが休みなのは知っている。声優の新人オーディションを受けに行っているからだ。

 俺は体調でも崩したのかと心配になり、ポケットから携帯を取り出して美月さんに何度か電話をかけたけど、何度かけてもその電話が繋がる事はなかった。おかげでこの日はまったく授業に集中できず、毎時間担当の先生に教科書で頭を叩かれる始末だった。

 そしてそんな感じで全ての授業が終わり、放課後になった頃、俺はみんなへの挨拶も忘れて教室を飛び出し、大急ぎで美月さんの家へと向かった。


「――美月さーん! 居ないのー?」


 持っていた鞄を自宅へ置く暇すら惜しかった俺は、片手に鞄を持ったままで美月さん宅へ訪れ、何度かチャイムを鳴らしながら玄関の扉越しに美月さんを呼んでいた。


「……やっぱり居ないのかな?」


 何度呼び掛けても中から返事はなく、玄関の扉に耳を当てて中の様子を窺っても、物音一つ聞こえてこない。これでは美月さんが在宅しているとは思えないが、過去に風邪をひいて寝込んだまま動けなくなっていた事もあるから、居ないかどうかはまだ分からない。

 俺は美月さん宅から離れて自宅へ向かい、そのまま自室の美月さんが居る部屋が見える窓へと向かった。しかし案の定、部屋のカーテンは閉じられていて、中の様子を窺い知る事はできなかった。気持ちとしては窓を叩き割ってでも中を確認したいところだけど、さすがにそれはできないからもどかしい。

 そんな気持ちで大きな溜息を吐いて視線を美月さん宅の玄関前の道に向けると、ちょうどこちらの方へ向かって来ている桐生さんの姿が見えた。桐生さんの姿を見た俺は即座に部屋を出て階段を駆け下り、玄関に出しっぱなしにしてあったサンダルを履いて外へと飛び出た。


「桐生さん!」

「鳴沢君、そんなに慌ててどうかしたの?」

「美月さんがどこに居るか知らない?」

「えっ? 美月ちゃん家に居ないの?」

「何度か呼び掛けたり電話もしたんだけど全然出ないし、今日は学園にも来てないんだよ。だから桐生さんに家の中を確かめてほしいんだ」

「うん、分かった」


 桐生さんは急いで持ち物の鞄から鍵を取り出し、玄関の鍵を開けた。そして鍵の開いた扉が開かれた瞬間、俺と桐生さんは脱いだ靴を整える事もなく急いで美月さんの部屋へと向かった。


「美月ちゃん、居る?」


 先に部屋の前へ辿り着いた桐生さんがドアをコンコンと叩いて呼び掛けるが、やはり中からは何の反応も無い。


「――ごめんね美月ちゃん、開けるよ?」


 何度か部屋の中へ向けて呼び掛けた桐生さんだったが、ついに痺れを切らしてその扉を開いた。しかし開かれた扉の中に美月さんの姿はなく、静寂に包まれた部屋が寂しげに主が帰って来るのを待っていた。


「鳴沢君、私は二階ある別の部屋を見て来る」

「分かった、それじゃあ俺は一階を見て来るよ」


 そこからお互いに分かれて美月さん捜しを始めたはいいが、やはり美月さんの姿はどこにもなく、どこかに出掛けている事は確定的に明らかとなった。ちょっと出掛けているだけなら何の問題もないけど、さすがに連絡が取れないのはおかしい。


「とりあえず私も連絡を取ってみるから、鳴沢君も連絡を入れ続けてみて」

「分かった、もしも連絡が取れたらすぐに桐生さんに連絡を入れるよ」

「うん、私もそうするね」


 とりあえずお互いに美月さんへ連絡を取り続ける事にし、この日は大人しく自宅へと戻ったけど、落ち着かない気分だけはいつまでも収まらなかった。


× × × ×


 美月さんと連絡が取れなくなった翌日のお昼休み、俺は制作研究部の面々を部室に集めて話し合いを始めていた。


「――あの美月ちゃんが何の連絡も入れないなんて絶対におかしいよ……」


 昨日からの経緯を話したあと、茜は誰もが自然に頷く事を言った。


「先輩、やっぱり警察に連絡した方がいいんじゃないですか?」

「確かに愛紗の言う通りかもな……」

「それは止めておいた方がいいわね」

「えっ? き、霧島さん!? いつの間に……」


 突然聞こえてきたそんな言葉に出入口の方を見ると、いつの間にか部室内へ入って来ていた霧島さんが俺達の方を見ていた。


「霧島さん、どうして警察へ連絡するのを止めておいた方がいいの?」

「それは如月美月が母方の実家に居るからよ」

「お母さんの実家に? どうして急に?」

「それは鳴沢君、あなたのせいよ」

「えっ? どういう意味?」

「私は以前、あなたにこう言ったわ、『鳴沢君が如月美月を好きなのは分かったけど、あの子の為にその恋心を胸に秘めたままでいてくれないかしら』って。けれどあなたはその言葉を受け入れず、あの子と歩んで行く事を決めた。だから霧島家に連れて行かれたのよ、霧島家当主の逆鱗に触れてね」

「そんな……」

「おそらくそう遠くない内に、この学園へ如月美月の退学届けが届くと思うわ」


 そう言うと霧島さんは、長机の上にそっと一枚の紙を置いた。


「今の私に出来る事はこれくらい……だから頑張って……」


 他に何か言いたい事がある様にして言葉を詰まらせたあと、霧島さんはそれ以上何も言わず静かに部屋をあとにした。

 彼女が最後に何を言いたかったのか、それは机の上に置かれた紙に書かれた内容を見てなんとなく分かった。そして俺は霧島さんが置いて行った紙を手にして立ち上がり、さっそくその紙に書かれた場所へ向かう事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る