第267話・ここからの始まり
十月を迎えてしばらくした頃の三連休。俺と美月さんは早朝から家を出て田舎へ向かい、十時を迎える前にはじいちゃんの家に着いた。
それにしても、こうやって美月さんと二人っきりで何かをするのは本当に久しぶりだから、なんとなく緊張してしまう。
「それじゃあ部屋はここを使って」
「ありがとうございます。わざわざついて来ていただいた上に、こうして家にまで泊めていただいて」
「そんなの気にしないでいいよ。俺達は同じ制作研究部の仲間だし、活用できるものは活用しないと」
「はい、ありがとうございます。それではさっそくですが、荷物を置いたら出掛けませんか?」
「そうだね、お昼まで少し時間もあるし、早めに資料集めをしておこうか」
「はい」
こうして持って来た荷物を置いた俺達は、さっそく必要な道具だけを持って外へ出た。外はようやく秋の様相を見せ始めていて、ついこの間まで茹だる様な暑さだったのが信じられないくらいだ。紅葉を拝むにはまだ早いけど、それも後しばらくの事だろう。
外へ出て美月さんと一緒に資料用の風景撮影を始め、楽しく会話をしながら色々な場所を回る。
美月さんの姉であると言う
「相変らず美月さんの料理は美味しいね」
「ありがとうござます、早起きして作った甲斐がありました」
こうして美月さんの美味しい手料理を味わう機会はわりと多いけど、今日のお弁当はいつもより特別美味しく感じる。
季節的に暑くもなく寒くもない、ちょうどいい感じの陽気が辺りを包み込む中、俺は美月さんと他愛のない会話を楽しんでいた。けれどその途中で美月さんは急に視線を空の遠くへ向け、遠い昔を思い出すかの様にして小さく口を開いた。
「……龍之介さん、私と初めて出会った時の事、覚えていますか?」
「うん、まだ
まだはっきりとしない部分は多いけど、美月さんと初めて出会ってからの事はある程度思い出している。
その切っ掛けは、幼い頃の美月さんが落とした青いハンカチを拾った事。もしもあの時、美月さんがハンカチを落としていなければ、それを俺が拾っていなければ、今日という日が訪れる事はなかっただろう。だから例え偶然だったとしても、あの出来事には感謝している。おかげでこんなにも好きだと思える人に出会えたんだから。
「それじゃあ、龍之介さんと最後にお別れをした日の事は覚えてますか?」
「うん、美月さんに早めの誕生日プレゼントを渡したよね」
「はい、とっても嬉しかったです。今でもあのハンカチは愛用してますし」
「そうだね、修学旅行でも俺がそれを拾って美月さんに手渡したのに、俺がそれを忘れてたから気付かなくて……ホントにごめんね」
「いいんですよ、結果的にはこうして思い出してくれたんですし」
「ありがとう。そういえばさ、最後の日に約束をしたあと、美月さんから何かを言われて俺がそれに答えたと思うんだけど、それが何か覚えてる?」
「……はい、覚えています」
前から聞こうと思っていた事をこの際だからと聞いた途端、美月さんの健康的な肌色が朱色に染まった。それを見てよっぽど変な返答をしたのかと不安になったけど、質問をした以上は答えを知りたい。
「俺さ、どんな質問をされてどんな返答をしたの?」
「……あの時、私はこう言いました。『私、龍之介君の事が好きだよ』って――」
その言葉を美月さんから聞いた瞬間、頭の中で記憶の糸が一気に繋がり、その時の事を思い出した。
「――それで龍之介さんは」
「『俺もみっちゃんの事が好きだよ』って言ったんだよね?」
「思い出してくれたんですか?」
「うん、たった今だけどね。美月さんの言葉を聞いて一気に思い出したよ」
「嬉しいです……」
そう言うと美月さんは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
それにしても、俺は本当に肝心な事を綺麗に忘れているなと、自分の記憶力の無さに落胆してしまう。しかしまあ、あの頃お互いが好きだと言っていた者同士がこうしてまた出会えるなんて、本当に運命の巡り合わせは数奇なもんだ。あの時の事を忘れても尚、時を経て再会し、またその女の子を好きになった。運命とは時に残酷で、時にありがたいものだ。
そしてこれからも美月さんと一緒に居る為には、乗り越えなければならない事が沢山ある。そんな未来を叶える為に必要な事、それはまず美月さんの生い立ちについての話をし、その後で自分の気持ちをはっきりと伝え、その上で美月さんの気持ちをもう一度ちゃんと聞く事だ。
「……美月さん、大事な話があるんだ、とっても大切な話が。聞いてくれる?」
「……それは私の家族の事ですか?」
「えっ!?」
「ごめんなさい、実はあの日、龍之介さんの事が気になってこっそり後を追いかけたんです。そしたら二人が屋上へ行くのを見かけて、そこで二人の話していた事を聞いてしまったんです。だからここ最近、龍之介さんが私の事を避けていた理由もなんとなく分かってはいたんです……」
「…………ごめん」
「謝る事はありませんよ、あんな話を聞かされたら、誰だって悩むのが当然ですから」
「それでも俺は美月さんが大好きだ。色々と悩んでいたのは事実だけど、それでも美月さんが好きだって想いはずっと変わらなかった。でも俺が美月さんを好きだって気持ちを伝えたら、美月さんに迷惑をかけてしまうかも――って思って、それが恐かったんだ……」
「ありがとうございます。龍之介さんの本当の気持ちが聞けて、私はとっても嬉しいです……」
美月さんの瞳からはぽろぽろと大粒の涙が溢れていた。それはおそらく、美月さんの言っていた通りの感情がこもった涙なんだろう。
「美月さん、俺は美月さんが大好きだ。でも俺が一緒に居ると、美月さんに凄く迷惑をかけるかもしれない。それでも俺が美月さんを好きでいる事を許してくれるかな?」
「はい……もちろんです、私は龍之介さんが大好きだったんですから。ずっと昔から、あの幼かった時からずっと…………」
「ありがとう、美月さん。美月さんの気持ちが知れて覚悟が決まったよ、色々と大変な事は多いと思うけど、一緒に頑張ろう」
「はい……頑張ります、龍之介さんと一緒に」
こうして俺達はお互いの気持ちと覚悟を確認しあい、ずっと一緒に居る為に二人で頑張って行こうと決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます