第266話・相談する事の大切さ

 取材部リーダーの四季さんこと霧島夜月きりしまよづきさんと屋上で話をして以降、俺はずっと悩み続けていた。それは霧島さんから色々な話を聞いてしまった事が原因だけど、でもその話がそれほど重要でなければ、俺はこれほど悩んだりはしなかっただろう。

 屋上で霧島さんから聞かされた話、それは美月さんと霧島さんの両親と、母方の父、つまり二人の祖父についての話だった。

 霧島さんから聞いた話によると、美月さんと霧島さんのご両親は恋愛結婚だったらしいのだが、母親の結婚相手が身寄りの無い孤児だった事などを理由に、母方の父がその結婚に強く反対をしたらしい。まあ母方の家は由緒ある家柄らしいから、ドラマなんかでよく見る様な家柄なんかに強いこだわりがあったみたいだ。

 しかしその事に納得がいかなかった母親は駆け落ち状態で家を飛び出して結婚をしたらしく、その事に父親は激しく怒って娘を勘当したらしい。そこからは色々な苦労の連続だったらしいが、好きな人と一緒に居られる事がとても幸せ――と母は言っていたと、霧島さんはそう話していた。

 どうやら美月さんと違って霧島さんは幼かった頃の事を結構覚えているみたいで、昔の美月さんについても色々な話をしてくれた。そしてその話をしている時の霧島さんの表情はまさに、お姉ちゃん――と言った感じの優しい表情をしていたのを覚えている。

 こうしてちょうど美月さんと霧島さんが四歳を迎えようかという頃、不幸にも両親は出掛けた先で事故に遭って亡くなったらしく、二人は一時的に施設へ預けられたらしい。そして二人が亡くなった事を知った母方の父が二人が預けられている施設へ引き取りに来たらしいんだけど、その際に美月さんが激しく泣いてそれを嫌がったらしく、仕方ないのでその時は二人を施設に残したとの事だった。

 それからというもの、度々二人を引き取ろうと母方の父は施設へ赴いていたらしいのだが、美月さんはそれをいつも激しく拒否していたらしい。そしてある時に業を煮やして無理やり二人を引き取ろうとした事があったらしいのだが、それを止めたのは霧島さんだったとの事だ。

 霧島さんは自分が美月さんの代わりに何でも言う事を聞く――という条件で母方の父を説得し、自分が引き取られる代わりに美月さんは施設に残る事を許されたらしい。そんな母方の父が霧島さんに対してどんな事を言ったのかは分からないけど、その一つとして美月さんの監視をさせていた事は聞いた。具体的には美月さんの動向監視と、妙な男が寄り付くのを防ぐという役目だそうだ。

 そしてその役割が果たせなかった場合は、美月さんに対して行っていた援助を打ち切り、自分の家に無理やりにでも迎え入れる事にすると言われていたらしい。


「はあっ……」


 そんな話を屋上で聞いた日から既に二週間が過ぎ、暦はもう十月に突入していた。

 今日もいつもの様に作業中に休憩を進言し、台所を使わせてもらいながら三人分のお茶の用意をしていたんだけど、最近は一人になると癖の様に大きな溜息を吐く様になっていた。そしてあの話を聞いてからというもの、俺は美月さんとの距離感を計りかね、上手くコミュニケーションをとれなくなっていた。

 制作研究部の活動として美月さんの家でデバッグ作業をしていても、個人的に話をしていても、どこか美月さんに対して遠慮する気持ちになってしまい、今の俺は美月さんの顔すらまともに見れなくなっている。


「龍之介さん、ちょっといいですか?」


 突然背後から声が掛かってビックリしたけど、俺はすぐに何事も無かったかの様にしながら後ろを振り返った。


「どうかした? 美月さん」

「あの、最近どうかされたんですか? もしかして、私が知らない内に何かしてしまったんでしょうか?」

「えっ? どうして?」

「なんだか最近元気が無いですし、私とお話しする時もどこかよそよそしい感じがしたので……」


 そんな風に言う美月さんを見ていると、とても心が痛かった。こんな風に美月さんに心配をさせているのは、俺の態度が原因だからだ。


「……ごめんね美月さん、別に何でもないんだ。ちょっと最近夏場の疲れが出てるみたいでさ、それで少しぼーっとしてるんだよ。心配かけたみたいでごめんね」

「そうでしたか、でも、身体は大事にして下さいね?」

「うん、ありがとう。すぐにお茶を淹れて戻るから、部屋で待ってて」

「はい、ありがとうございます」


 美月さんは少し寂しそうな笑顔を見せると、そのまま部屋へ戻って行った。俺はそんな美月さんを見て嘘をついた事に大きな罪悪感を抱えつつ、いつもの様に温かいお茶を湯呑に注ぎ淹れる。

 本当は美月さんに色々な事を話してあげたいし話したい、でもそれをする事はできない。それは彼女の明るい未来を閉ざしてしまう事になるかもしれないから。

 胸に秘めた想いを口にできない苦しさともどかしさが俺の心を追い詰め、このままではどうにかなってしまいそうな程だった。世の中には色々な事情で相手を好きである事を諦めたり、我慢したりする人も居るだろうけど、それがなぜ自分なんだと悔しさが込み上げると同時に、自分の無力さがとても嫌になった。

 俺は歯を噛み締めながらお茶をトレーに乗せて部屋へ戻り、休憩後は雑念を振り払う様にして作業を進めた。


× × × ×


 無力感に押し潰されそうになりながら日々を過ごしていたある日の放課後、俺は桐生さんからとんでもないお願いをされた。


「えっ? 美月さんの取材旅行について行ってくれって?」

「うん、本当なら私がついて行きたいんだけど、ちょうどその三日間は外せない用事があって遠出ができないの。駄目かな?」

「駄目って事はないけど……」

「美月ちゃんと一緒に居るのが怖いの?」

「えっ?」

「最近の鳴沢君、美月ちゃんと一緒の時はずっとビクビクしてるから。何かあったの? 私でいいなら相談に乗るから」

「…………」


 俺は桐生さんの言葉を聞いて考えた。恐らくは美月さん本人も知らないだろう家庭事情を話してしまっていいものだろうかと。

 普通に考えれば絶対に良くない事だが、このまま一人で悩み続けるのも嫌だった俺は、悩んだ末に霧島さんが取材部のリーダーである事だけは話さずにこれまでの顛末てんまつを話す事にした。もちろんこれは、桐生さんが他の誰にも話さないという信頼があったからに他ならない。


「――なるほど、複雑な事情があるとは思ってたけど、そういう事だったんだね……これでここ最近の鳴沢君の態度がおかしかった理由が分かったよ。それで鳴沢君はどうするつもりなの? このまま美月ちゃんに対して好きって伝えずに過ごすの?」

「それは……正直まだ分からない。でも美月さんの事を考えればそれが一番いいのかとも思えるし……」

「鳴沢君の気持ちは十分に分かるけど、でもそれだったら尚の事、今度の取材旅行に美月ちゃんと行って来るべきだよ」

「どうして?」

「鳴沢君が美月ちゃんの事を凄く大切に思っているのは分かったけど、そこに肝心の美月ちゃんの気持ちが入ってないからだよ。さっきしてくれた話の全てを話すのは無理かもだけど、出来るだけでいいからちゃんと話をして、美月ちゃんの気持ちも聞いておくべきだと思うよ?」

「でも、そんな事をしていいのかな?」

「大丈夫だと思うよ? だって美月ちゃんのお姉さんは、その話を美月ちゃんにするなとは言ってないんでしょ?」

「確かにそうだけど……」

「だったら聞いてみればいいじゃない。その上で美月ちゃんがどう判断をしてどう結論を出すかは分からないけど、きっと今よりは明確でスッキリする答えが見つかると思うよ?」


 現実はそんなに甘くない――そうは思うけど、にこやかな笑顔でそう言ってくれる桐生さんを見ていると、不思議と彼女の言っている様に色々な事がスッキリする様な気がした。


「ありがとう、桐生さん。美月さんに話してみる事にするよ」

「うん、それでいいと思うよ。どうも鳴沢君と美月ちゃんは、お互いの気持ちを考え過ぎて噛み合ってないところがあるからね。たまには自分の気持ちに素直になって、我がままをしてみるのも大切だよ、もちろん時と場合は選ばなきゃだけどね。私も全力で応援するから、美月ちゃんを笑顔にしてあげて」

「ははっ、ご期待に沿えるか分からないけど、頑張ってみるよ」


 こうして俺は美月さんの取材旅行に同行する事を決め、翌週の三連休にじいちゃんの家がある田舎まで行く事になった。未だ悩みは尽きないけど、この取材旅行が俺と美月さんとの間に何かしらの変化をもたらしてくれるものになればな――と、そんな風に思っていた。

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