第259話・二人だけの思い出
十一月も下旬を迎えた天気の良い朝、いよいよ俺達三年生の
一年生や二年生の時は準備の為に朝早くから起きて学園へ向かったけど、今年はコスプレコンテストをやるだけだから、特に準備する様な事は無い。だから今年はいつも通りの時間に起き、のんびりと着替えをしている。
「今年で最後か……」
制服に着替えながら思わず口にした言葉に異様な寂しさを感じてしまう。どんな事にも終わりはやって来るものだけど、いざその時が来るとやっぱりどうしようもなく切ない気持ちになる。
せっかくの楽しいお祭り初日だというのに、テンションを低くしたまま着替えを終えて部屋を出て行く。
そして朝飯はパンとご飯のどちらにしようかと考えながらリビングへ行くと、ソファーで挟まれたテーブルの上に食事とメモ紙があるのが見えた。
「他のクラスの準備を手伝うから先に行ってるね――か」
置いてあったメモ紙には杏子からの簡素なメッセージが書いてあった。
それにしても、しっかりと俺の分の朝食を用意してくれている事がありがたい。普段は甘えん坊な妹だけど、こういうところは本当に気が利くし、できた妹だと思える。
妹の気遣いに感謝しつつテーブルの上に置いてあった料理を持って台所へ移動をし、電子レンジで冷めた料理を温めてからソファーへと戻ってゆっくりとそれを味わった。
そして杏子の用意してくれていた朝食を食べていつもの様にのんびりと向かった学園に辿り着くと、学内は既に生徒達によって活気溢れる騒がしい様子を見せていた。
そんな浮かれた様子の生徒達を見てどこか取り残された様な気分を感じつつ、自分の所属するクラスへと向かう。そして文化祭開始前のホームルームで先生から諸注意を受けたあと、いよいよ俺達三年生にとって最後となる文化祭は始まった。
俺達と愛紗達のクラスが合同でやるコンテストが行われるのはお昼を過ぎた十四時頃、それまでは自由に文化祭を見て回る事ができる。愛紗とはコンテスト後に一緒に文化祭を回る事にしているし、杏子もコンテストまでは愛紗達と一緒に居ると言っていたから、俺もクラスメイトの誰かと一緒に文化祭を見て回ろうと思っていた。
「渡、コンテストまで一緒に回らないか?」
「わりいな龍之介、今日は鈴音と一緒に回る事にしてるんだよ」
「あっ、そうだったんか、分かったよ」
「おう、わりいな」
渡はいつもと違って素直にそう言うと、顔を綻ばせながら教室の外へと出て行った。いつもならリア充に対して苛立ちを感じるところだけど、秋野さんと渡の恋愛には俺も少なからず協力をしたから、上手くいってる様子を見て良かったと思える。
リア充に対してそんな風に思える様になった自分に対して俺も大人になったなと感じながら、茜かまひろでも誘って文化祭を回ろうと考えていた。
× × × ×
あれから茜やまひろ、美月さんと言った面々と一緒に文化祭を回る事になり、それなりに楽しい時間を過ごした。
そしてお昼を過ぎ十四時開始のコンテストを四十分後に控えた頃、衣装に着替えて会場へと向かっていた俺と愛紗は、とあるトラブルに遭って困り果てていた。
「これ以上汚れの落としようがないですね……」
「まいったな……」
イベント会場へと移動をする最中、俺はココアを持って移動をしていた子供とぶつかってしまい、それが衣装の白い部分へかかって茶色く汚れてしまった。すぐに色が染み込まない様にと処置はしたんだけど、それも大した効果はなく、汚れた衣装を見ながら俺と愛紗は途方に暮れていた。
コンテストの開始まで残り三十分ほどだが、これでは新しい衣装を作る事はおろか、何か別の衣装を用意する事もできない。高校生活最後の文化祭だというのに、このトラブルはあまりにもキツイ。そしてそう思ってしまうのもきっと、愛紗と一緒に頑張ったからだと思う。
「せめて同じ様な衣装の替えがあれば良いんですけどね……」
「それだっ!!」
「えっ!?」
「昨日愛紗から貰った衣装だよ! あれを着て出場すればいいのさ!」
「あっ」
「ここから俺んちまではそう遠くないし、今ならギリギリで戻って来れるからさ」
「でも……」
俺がそう言った瞬間、愛紗はその表情を曇らせた。
昨日もそうだったけど、俺があの衣装を着て出場する事にいったい何の問題があるんだろうか。
「……愛紗が何であの衣装を着て出場するのを嫌がるのかは分からないけど、どうしても駄目か?」
「…………」
その問い掛けに対し、愛紗は考え込む様にして押し黙ってしまった。
理由が分からない以上、愛紗の許可無しにあの衣装を着て出場するわけにはいかない。しかしこのままでは、せっかくの俺と愛紗のコンテストの思い出が台無しになってしまう。
「頼む愛紗! 俺は愛紗とやるこのコンテストが学園でやる最後の文化祭行事になるんだ、だから愛紗と一緒に最高の思い出を作りたいんだよ!」
「……もう、先輩はいつもズルイなぁ、そうやっていつも私を惑わせるんだから……分かりました、あの衣装を着て下さい」
「本当にいいのか?」
「はい、先輩の気持ちはよく分かりましたから」
俺のした確認の問い掛けに対し、愛紗はにっこりと微笑んで答えてくれた。そしてその笑顔を見る限り、嫌々了承をしたのではないと思える。
「ありがとう愛紗! すぐに戻って来るから!」
「はい、待ってますね」
時間が惜しかった俺は汚れたままの衣装で自宅へと走り始めた。コンテストの俺と愛紗の出番は四番目、急いで走って自宅へ向かい、戻って来たとしてもギリギリになるだろう。
今までに無いくらいに全力で走り自宅へと向かう中、途中の信号に引っかかったりしない様に祈った。するとそんな祈りが通じたのか、一つの信号にも引っかかる事なく俺は自宅へと辿り着く事ができた。
「よしっ!」
愛紗お手製の衣装に着替えた俺は右手で衣装用の帽子を掴んでから部屋を飛び出し、急いで
「――お待たせ愛紗!」
「あっ、先輩! 大丈夫ですか?」
愛紗の目の前へと戻って来た俺は、全力で走って来た影響で
「だ、大丈夫、それよりコンテストは?」
「私達の出番は次の次です」
「そ、そっか、良かったあ……」
なんとか出番までに間に合った事に対し、安堵の溜息と共に身体から力が抜けていく。
「ちょっと待ってて下さい、すぐに飲み物を持って来ますから」
そう言うと愛紗は俺のもとを離れ、しばらくしてから飲み物を持って戻って来た。そして俺は愛紗が持って来てくれた飲み物に口をつけ、それを一気に飲み干した。
「ふうっ……ありがとな」
「いいえ、先輩、お疲れさまでした」
頑張った俺に満面の笑みを向けてくれる愛紗。そんな愛紗の可愛らしい笑顔を見て、俺は思わずドキッとしてしまった。
「お、おう、大した事じゃないから……」
「あっ! 先輩、そろそろ私達の出番ですよ! 早くステージ脇に行かないと!」
「そうだな」
その言葉に反応して会場へ向かおうとすると、慌てていたからか、愛紗が俺の左手を右手でぎゅっ握り、力強く引っ張って走り始めた。
そしてそんな愛紗の手から伝わって来る温もりに、俺はどうしようもないくらいに胸を高鳴らせていた。
× × × ×
「コンテスト、盛り上がってましたね」
「そうだな、ああいうのって盛り上がり的にどうなるのかなって思ってたけど、案外みんな好きなんだな」
「そうみたいですね」
文化祭初日が終わった十八時頃、俺は愛紗と一緒に学園から出て帰り始めていた。
コンテストが終わってから文化祭初日が終わるまでの間、俺はずっと愛紗と一緒に居た。時間で言えばほんの三時間ちょっとだけど、愛紗と一緒に居る時間は本当に楽しかった。
「私達の衣装も結構派手かなと思ってましたけど、みんなそれ以上でしたね」
「そうだな、あれだと俺達が目立たないくらいだったかも」
「ふふっ、そうかもですね」
今回のコスプレコンテストだが、俺と愛紗はこれからの時期を先取りしたサンタコスで挑んだ。コスプレとしてはありきたりな衣装だけど、このコンテストで恥ずかしがり屋の愛紗がミニスカサンタコスをしたのは凄い事だと思う。
「明日の結果発表はどうなりますかね?」
「そうだな、優勝できればいいと思うけど……愛紗はどう思う?」
「私は別に優勝してもしなくてもどちらでもいいです、先輩と一緒で楽しかったですから」
その言葉を聞いて胸がドキッと高鳴る。
最近は不意に聞く愛紗の好意的な言葉にドギマギする事が多くなった。本人にそんなつもりは無いと分かってはいるけど、やはりそこは恋愛感情があるせいか、思った様に感情を制御できない。
「お、俺も愛紗と一緒で楽しかったよ、ありがとな……」
「い、いえ……私こそありがとうございます……」
暗くなった帰路を歩く中、お互いの間に少しの沈黙が流れた。しかしこれは嫌な沈黙ではなく、ドキドキとしたむず痒い感じの沈黙だ。
「あ、明日も天気がいいといいよな」
「そ、そうですね」
沈黙のあとはこんな感じで取り留めの無い会話をしつつ、お互いに帰路を歩いた。
そしてそろそろ愛紗が利用している最寄り駅へと近付いた時、俺はどうしても聞いてみたかった事があってそれを尋ねてみる事にした。
「あのさ、ちょっと聞きたい事があるんだけどいいか?」
「何ですか?」
「その……どうして俺が愛紗の作った衣装を着て出場するのが嫌だったんだ?」
「えっ!? あ、えっと……それは……」
その質問に対し、愛紗は瞬時に表情を変えた。そしてその表情はまるで、とても言い辛い事を隠している――と言った感じに見える。
「あー、言いたくないなら無理には聞かないけどさ」
「そ、そうじゃないんですけど……先輩、笑ったりしませんか?」
「笑うわけないだろ?」
「本当の本当に笑いませんか?」
「笑わないって」
「その……見せたくなかったんです」
「えっ? 見せたくなかったって、あの衣装をか?」
「違います、先輩があの衣装を着ているのを他の人に見せたくなかったんです」
「どうして?」
「だって……あの衣装を着てる先輩の姿は私だけのものにしておきたかったから……」
「えっ?」
「そ、そういう事なんです! それじゃあ私はここで失礼します!」
そして俺はと言うと、愛紗と知り合ってから今までの中で一番の驚きを感じながらその後ろ姿を見つめていた。
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