第260話・ずっとあなたを独り占め
文化祭初日を終えた夜、俺はちょっと聞きたい事があって電話で渡と話をしていた。
「ふむ、あくまで今までの話を聞いた俺の感想だが、その女子は相手の野郎が好きって事じゃねーのか?」
「そうなるのか?」
「まあ絶対にそうと断言はできんが、今の話を聞く限りではそうとしか思えんな」
「そうなのか……」
俺は今日あった愛紗とのやり取りの事を話したんだが、その内容が俺と愛紗の事だとは言っていない。あくまでも俺の友達の事だと言って話をしたわけだが、その内容を聞いた渡は今の様な結論を出した。
「少なくともその女子が相手の野郎に対して好意以上のものがあるのは確かだと思うぜ? そうじゃなきゃさっき聞いた胸キュンなセリフは出ないと思うしな」
「ふむ……」
第三者の意見が聞きたくて渡に話をしてみたけど、もしも渡の言っている事が本当だとしたら、俺にとってはとても嬉しい。
だけどここで渡の話を全面的に信じて浮かれるほど俺は愚か者ではない。悪い癖かもしれないけど、どうしても勘違いである線や思い違いである線を捨て切れないわけだ。
「まあとにかくだ、その野郎にはしっかりと相手の気持ちに向き合ってやれって言ってやるべきだな。話を聞いてた俺でもやきもきしてくるくらいだからさ」
「そっか、伝えておくよ」
「おう、そうしてやれ。それじゃあ明日も早いし、もう切るぜ?」
「ああ、遅くに悪かったな」
「気にすんなって。そんじゃまあ、頑張れよ?」
そう言うと渡はプツッと通話を切った。
それにしても、渡が最後に言った『頑張れよ?』と言う言葉が気にかかる。どうしても雰囲気的に俺へ向けて言った様に感じたからだ。もしかして話の内容が俺の事だとばれたのかと思ったけど、まさか渡に限ってそんな事は無いよな――と、寝るまでにそう結論付けた。
× × × ×
「お待たせしました!」
「いや、俺もさっき来たところだから」
「それなら良かったです、それじゃあ行きましょうか」
「そうだな」
眠れない夜を過ごした翌日、俺は朝のホームルーム終了後に愛紗と学園の玄関前で合流をし、そのまま一緒に文化祭を回る事にしていた。
今日は文化祭終了の一時間前に、昨日のコスプレコンテストの結果が体育館で発表される事になっている。だからそれまでの間は、自由に学内を見て回る事ができるわけだ。昨日は三時間ちょっとしか愛紗と一緒に回れなかったから、最終日の今日は最初から最後までじっくり文化祭を楽しみたいと思っている。
「そんじゃまあ、最初はどこに行こっか? 行きたい所はあるか?」
「はい、色々と行きたい場所の候補は考えて来ました」
「そっか、それなら愛紗の行きたい所に行こうぜ」
「えっ? でも、先輩は行きたい所は無いんですか?」
「んー、俺は愛紗と一緒ならどこでもいいからさ、だから愛紗の行きたい所でいいんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ」
「……それじゃあその、お言葉に甘えさせてもらいます……」
愛紗は顔を俯かせながらそう言うと、小さな歩幅でゆっくりと歩き始めた。そしてそんな愛紗の歩調に合わせ、俺も小さく歩を進めて行く。そんな中、俺はちょっと気まずい思いを感じていた。
なぜならさっきはつい本音を言ってしまったけど、よくよく考えればさっきの俺の発言はかなりヤバイと思う。あれでは愛紗に好意を持っていると言っている様なものだから。
本当なら横に居る愛紗の表情を見て俺の気持ちが知られていないかを読み取りたいところだけど、それを知る勇気は俺には無かった。思っていたよりもヘタレな自分に嫌気がさしてくる。
そのあとはちょっとぎこちない雰囲気はあったものの、最初に行った喫茶店でスイーツを食べたりする内にそれも徐々に和らぎ、いつも通りの二人に戻る事ができた。そして美味しいスイーツを食べ終わったあと、愛紗はなぜか二年生がやっているお化け屋敷前へと俺を連れて来た。
「何でお化け屋敷なんだ? 愛紗ってこういうの苦手じゃなかったっけ?」
「苦手ですよ、でも友達に『絶対に来てね』って言われたから仕方ないんです……」
苦手なら断ればいいと思うんだけど、お人好しの愛紗の事だから、それが出来ずに頷いてしまったんだろう。愛紗らしいとは思うけど、時には嫌なものは嫌とはっきり言う事も必要だと思う。
「嫌なものは嫌だって、ちゃんと言った方がいいぞ?」
「そ、それは分かってますけど、先輩と一緒なら大丈夫かなと思ったんです……」
好きな相手からこんな風に言われると、これ以上は何も言えなくなってしまう。
ちょっと困った様な感じの上目遣いで俺を見る愛紗に対し、これはズルイよなぁ――と思いつつ、お化け屋敷に入る覚悟を決める。
「そんじゃまあ、入ってみますか」
「いいんですか?」
「もちろん、愛紗の行きたい所に行くって言ったしな。それに結構楽しそうじゃないか? 愛紗がどんな風に恐がるのか興味もあるし」
「も、もうっ! 変な事に興味を持たないで下さいっ!」
「ははっ、わりいわりい。さあ、とりあえず行こうぜ」
「は、はい……」
こうして俺は引きつった表情を見せる愛紗と一緒に受付へと向かった。
「キャーーッ!!」
受付に居たお友達に愛紗が挨拶をして中に入ってから数秒後、エアスプレーみたいな物を使ったいきなりのビックリ演出に愛紗が甲高い悲鳴を上げた。するとそのビックリ演出を受けた愛紗は、素早く俺の右腕にしがみついて来た。
右腕に当たる柔らかく大きな二つの感触、それだけで俺の思考回路はショート寸前になるが、ここで俺がショートしては愛紗を守る事ができない。俺は必死で自分自身の煩悩と戦いながら、怯える愛紗と共に薄暗い室内コースを歩く。
そして数々の恐怖演出が襲いかかって来る中、俺は怯える愛紗の気を少しでも紛らわせてあげようと、ちょっとした質問をしてみる事にした。
「なあ愛紗、ちょっと聞いてもいいか?」
「こ、こんな時に何ですか?」
「愛紗の好きな人ってどんな人なんだ?」
「えっ!?」
表情こそはっきりとは分からないけど、発した声を聞く限りでは驚いている様に感じた。まあ突然こんな所でこんな質問をすれば、驚くのが当たり前かもしれない。
しかし俺も、単純に愛紗の気を紛らわせる為だけにこんな事を聞いたわけではない。昨日の夜に渡が言っていた事が気になり、それを俺なりの方法で確かめてみようという思いもあったのだ。
「ど、どうしてそんな事を?」
「それはまあ、簡単に言えば気になるからかな……」
ここで『愛紗の事が好きだから聞きたい』と言えれば、どれだけ楽だっただろうか。まあこんなムードの欠片もないお化け屋敷で告白とか、そんな事は考えてもいないけど。
そんな事を思いながら返答を待ったが、愛紗は口ごもるだけでその答えを口にはしない。だけどそれは当然と言えば当然だと思えた。だって愛紗がその問い掛けに答える義務はないんだから。
そして問い掛けに対する答えがないまま、俺達はしばらく
「……私の好きな人はとっても鈍感な人なんです。人が精一杯アピールしてるのにいつも涼しげな顔でそれをかわしちゃうし、誰にでも、どの女の子にも優しいし、そうかと思えば思わせ振りな事を言ったりやったりするし、本当によく分からない人なんです」
まさか話してくれると思ってなかった俺は、驚きつつも黙って愛紗の言葉に耳を傾けた。その一言一句を逃さない様にと。
「でも、そんな優しいところが大好きなんですよ。私もその優しさに救われましたし、今ではその優しさに安らぎを感じてるんです。だからその人がみんなに向ける優しさを、私は独り占めしたくなっちゃったんですよ」
その言葉を聞き、俺ははっきりと思ってしまった。愛紗の好きな人は絶対に俺ではない――と。だって俺は誰にでも優しいわけではないから。
そしてそれをはっきり自覚すると同時に、ちょっとだけスッキリした様な気分を感じていた。
「そっか……その想いが届くといいな」
「はい、届いてほしいと思います……」
悔しい思いはあったけど、愛紗の気持ちがしっかりと相手に届けばいいなと、俺はそんな風に思った。そしてそれと同時に、失恋の痛みを心に感じていた。
こうしてお化け屋敷を抜け出たあと、俺はいつも以上に明るく振る舞っていた。失恋の痛みはあっても、こうして愛紗と居る時間は大切にしたかったから。
そして校内のお店を色々と回ったりしながら時間を過ごし、文化祭も終わりに近付いた頃、俺達は体育館にコスプレコンテストの結果を聞きに来ていた。
「――と言うわけで今回のコスプレコンテストの優勝者は、昔懐かしい魔法少女のコスプレを見せてくれた鳴沢杏子さんと、如月美月さんペアだー!」
マイクを片手に司会をしていた渡が高らかに優勝者の発表をする。
色々と忙しそうにしていたのは知ってたけど、まさかコンテストの結果発表の司会までやるとは思ってもいなかった。
「優勝できませんでしたね」
「まあ仕方ないさ、それより愛紗、このあとはどうする?」
「あの、良かったらこのあとにあるイベントも見ていきませんか?」
「このあとにあるイベント? 何があったっけ?」
「公開告白イベントです」
「えっ!? そんな事やんの?」
「はい、パンフレットにちゃんと書いてますよ?」
俺はズボンの後ろポケットに入れていたパンフレットを取り出し、体育館でやるスケジュール表の最後の部分を見た。
「ホントだ、マジで書いてる」
「でしょ?」
愛紗の言っていた事が事実なのは分かったけど、果たして公開告白なんてものに挑む奴は居るんだろうか。下手をすれば公開処刑になりかねないのに。
でもまあ、このイベントに興味が無いかと言えば嘘になる。怖いもの見たさと言うか野次馬根性と言うか、とりあえずどんな事になるのか見てみるのも有りだと思えた。
「いいよ、それじゃあ見て行こう」
「ありがとうございます」
体育館のちょうど中央部分で立ち見をしていた俺達は、移動せずにそのまま体育館でやる最後のイベントを見る事にした。
そしてコスプレコンテストの話をしながら待つ事しばらく、いよいよ公開告白イベントが始まると、体育館内は異常な盛り上がりを見せ始め、その熱気に俺もつられる様にしてテンションが上がっていった。
「二年C組の
公開告白イベント三人目の挑戦者が体育館のステージ上にあるスタンドからマイクを取り外し、高らかに意中の相手に対して告白をする。するとこの会場に居るのであろうその女子が居る方へと、観客の視線が自然と向いていく。
きっと告白を聞いた女子が慌てたりする様子で近くの観客が騒ぎ、それでみんながその方向を向いたのだろう。そしてご多分に漏れず、俺もみんなが見ている方へと視線を向けている。
「わ、私で良かったらよろしくお願いします!」
「「「「おお――――っ!!」」」」
告白を受けた女子がステージ上に居る男子に向かい、大きな声でOKの返答を出す。すると会場に居る観客達から二人を称賛する様に大きな歓声と拍手が沸き起こった。
そして告白を受けた女子がステージ上に居る男子の元へ向かい、そこで告白をした男子とギュッと握手を交わすと、そのまま手を繋いでステージの横へと捌けて行く。そんな様子を見ていた俺は、人事だと言うのに凄く胸をドキドキさせていた。
「――先輩、ちょっとだけ離れますね」
「えっ? ああ、分かった」
公開告白イベントもだいぶ進み、そろそろ終わりの時間を迎えようかと言う頃、愛紗は突然そう言ってから体育館を出て行った。
そんな様子を見た俺はトイレにでも行ったんだろうと思い、さほどその事を気にしてはいなかったけど、十分くらい経っても戻って来ないのが気になり、体育館の外で待とうと思って移動を始めようとしていた。
「鳴沢龍之介先輩っ!!」
移動を始めようと踵を返した俺の足を止めたのは、スピーカーから体育館いっぱいに響いた愛紗の声だった。
その声に一瞬で後ろを振り向き、ステージ上を見る。するとそこにはマイクを両手に持った愛紗の姿があり、ちょうど俺達が一緒に居た辺りを見つめていた。
「愛紗……」
そんな愛紗の姿を見て思わず名前を呟いてしまう。すると俺の様子を見ていた周りの連中が、綺麗に俺と愛紗との間で二つに分かれ始めた。さながらその様子は、奇跡の力で海を二つに割ったと言うモーゼの様だ。
「龍之介先輩っ! 私は中学生の時に先輩と知り合って、その時に先輩の優しさに触れました! そしてそんな先輩を見続ける内にどんどん好きになっていきました! もしも先輩がこれからも私と一緒に居てもいいと思ってくれるなら、私を彼女にして下さい! 先輩の事が大好きですっ!」
手に持っていたマイクを使う事なく、愛紗は大きな声で俺を見てそう言った。
そしてそんな愛紗の告白を聞いた俺は、驚きと共に涙が出そうな程の喜びを感じていた。
「……俺も、俺も愛紗の事が大好きだっ! だから俺の彼女になってくれっ!!」
愛紗の告白に精一杯の気持ちと声で答えると、周りからこれまでで一番大きな拍手と歓声が聞こえてきた。そしてお互いの気持ちを伝え合ったあと、俺はステージ上に居る愛紗の所へと歩いて行った。
ドキドキと高鳴る胸は今までに無いくらいにうるさく、それでいて心地良い。そんな気持ちで愛紗のもとへと向かい、目の前に立ったあと、俺はスッと右手を前へと差し出した。
「これからもよろしく、愛紗」
「はい……ありがとうございます……先輩……」
こうして俺と愛紗が気持ちを伝え終わったあと、公開告白イベントは熱狂の内に幕を閉じた。
× × × ×
「なんか照れるよな……」
「そ、そうですね……」
文化祭が終わったあと、俺は愛紗と一緒に帰路を歩いていた。それはいつもと変わらない光景なのかもしれないけど、俺と愛紗にとっては全く違う。だって俺達は恋人同士になったんだから。
「でもまさか愛紗が俺の事を好きだったとは思わなかったよ」
「あれだけアピールしてて気付かない先輩がおかしいんですよ……」
「いやまあ、何て言うか……すまん」
改めてこう言われると、愛紗の言動の数々に思い当たる節はある。結果論ではあるけど、愛紗のアピールに気付かなかった――と言うか、違うと思い続けていた俺が馬鹿だったとしか言い様がない。
「本当に困った先輩ですよ。でも良かったです、この想いが届いて……絶対にこの想いは届かないって思ってたから……」
「それは俺も一緒だよ、俺も愛紗を好きな気持ちは届かないと思ってたからさ」
「ふふっ、お互いに変な遠回りをしてたんですね」
「そうみたいだな」
お互いの間抜けぶりに笑い合う、それだけの事がとても嬉しく感じる。
「それにしても、コンテストは残念だったよな。これで優勝できてたら、愛紗と一緒に一ヶ月間学食で食事ができたのに」
「そんなに優勝商品が欲しかったんですか?」
「一ヶ月間学食がタダってのは、結構魅力的だと思うけどな」
「確かにそうかもしれませんけど……それじゃあ、これからは私がお弁当を作って来ましょうか?」
「えっ? いいのか!?」
「そ、それはまあ、それぐらいは大丈夫ですよ」
「マジか! それは優勝商品を貰うよりも嬉しいな!」
「もう、先輩は大袈裟なんですから……」
顔を赤くしながら口を尖らせる愛紗だが、そんな姿が本当に可愛らしい。
「ま、まあ、先輩が望むなら、ずっとお弁当を作ってあげますよ?」
「本当か?」
「もちろんです。だって先輩は私の大好きな人で、これからもずっと一緒に居てくれる大切な人なんですからっ!!」
そう答えた愛紗の表情はこれまで見た中で一番可愛らしく、そして一番明るい笑顔だった。
アナザーエンディング・篠原愛紗編~Fin~
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