第258話・ささやかでも大きな想い

 愛紗に文化祭で一緒に回ってほしい――とお願いをされてからだいぶ日が経ち、いよいよ明日は文化祭の本番初日を迎えようとしていた。

 冬にしてはめずらしく暖かな陽射しが降り注いでいたお昼頃、俺は制服姿で部屋のベッドに寝そべったまま、ハンガーに掛けていたコスプレ衣装を見つめていた。本当なら文化祭は前準備なんかで色々と忙しいのが普通だけど、今回のコスプレコンテストは特に大掛かりな準備は必要では無く、こんな風に本番までの時間を持て余している訳だ。

 そして俺がこうやって暇を持て余している原因の一つに、愛紗が自分の衣装をたった二日で作り上げてしまった事が上げられる。なにせ一着作るのに相当の苦戦をしていた俺とは違い、愛紗は見事な手捌きとペースで自分の衣装を作り上げていたから。

 それにしても、愛紗との衣装作りが終わってからというもの、こうして時間を持て余す事が多くなり、それに伴ってつまらない日常を送る事になってしまっていた。

 本当なら作業が早く終わった事を喜ぶべきなんだろうけど、こうも暇だと結構辛い。こんな事ならいっそ、自分の衣装作りのペースをもっと遅くすれば良かったと思ってしまうけど、作っている時の俺は必死だったから、どちらにしろそんな事には気は回らなかっただろう。それにそんな事に気が回っているくらいなら、とっくにそうしてただろうし。


「……そういえば、まだ渡してなかったな」


 俺はベッドから下りて机に向かい、その引き出しを小さく開けた。その中にはコスプレコンテストで愛紗に使ってもらおうと思って作った、簡素な赤と白のリボンが二つ入っている。

 本当なら愛紗が衣装を仕上げるまでに作り上げて手渡したかったんだけど、残念ながら愛紗の衣装を作るペースの方が速く、愛紗の家に通っている間に作り上げる事はできなかった。それなら作り上げた時に渡せば良かったんだろうけど、なぜか愛紗は自分の衣装を作り上げてから妙に忙しそうにしていたから、どうしても渡すタイミングが無かったわけだ。


「よしっ、明日ちゃんと渡そう」


 持って行くのを忘れない様にと、二つのリボンを机の上に出して置く。そして再びベットに寝そべろうと歩き始めたその時、玄関のチャイムが鳴る音が聞こえてきた。

 こんなお昼時真っ只中に誰だろうと思いつつ部屋を出て階段を下り、玄関へと向かって行く。


「どちら様ですかー?」

「あっ、先輩、私です、愛紗です」

「えっ!? 愛紗!? い、今開けるから待ってくれ!」


 やって来た人物が想像もしてなかった愛紗である事に焦りながらも、嬉しい気持ちが凄い勢いで大きくなっていく。俺ははやる気持ちで髪型や服装をササッと整え、手早く玄関の鍵をひねってから扉を小さく開けた。


「突然すみません、今は大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫! どちらかと言えば暇を持て余してたくらいだからさ、とりあえず上がってくれよ!」

「は、はい、それじゃあお邪魔します」


 愛紗が来た事で急速にテンションが上がっていた俺は、ついそんなテンションのままで対応をしてしまった。そしてそんな俺の対応に、愛紗は少し気圧されている様に見えた。


 ――ヤバイヤバイ、これじゃあ変な奴って思われるかもしれない、もう少し自重しないと。


 そんな事を考えつつ、やって来た愛紗にお客さん用のスリッパを用意し、俺はリビングの方へと歩いて行く。そして愛紗にリビングのソファーへ座ってもらったあと、俺は台所へ行ってからお茶を淹れる準備を始めた。


「――お待たせ、熱いから気を付けてな」

「ありがとうございます、わざわざすみません」


 愛紗はそう言うと湯気が立ち上る湯飲みを恐る恐る両手で持ち、その中へふーふーっと小さく息を吹きかけてからお茶を飲み始めた。


「温かくて美味しいです」

「そりゃあ良かった。それで今日はどうしたんだ? 杏子に用事でもあったのか?」

「あ、いえ、用事があったのは先輩にです」

「俺に?」

「はい、実は自分の衣装が完成したあと、先輩の衣装を自分なりに作ってたんです。それがついさっき完成したので、どうしても先輩に見てもらいたくて急いで来たんです」

「そっか、それなら連絡してくれたら俺が愛紗の家に行ったのに」

「あ、いや、慌ててたせいで連絡する事をすっかり忘れてたんですよ……」


 そう話しながら持って来ていた大きい紙袋をテーブルの上へ出し、自分の慌てぶりに苦笑いを浮かべる愛紗、そんな愛紗もまた可愛らしい。


「ははっ、そうだったんだ。でも愛紗が自分の衣装を作り終えてからだいぶ経つけど、そんなに衣装作りに苦戦してたのか?」

「いえ、その……実は作ってる最中に色々とこだわり過ぎたせいか何度も作り直しをしてて、それでこんなに時間がかかっちゃったんですよ」


 ――なるほど、それで最近は一緒に帰ろうって誘ってもすぐに自宅へ帰ってたって訳か。


 誘いを断られ続けた時には流石にちょっと凹んでたけど、俺の衣装作りの為に時間を割いてくれてたんだと思うと、とても嬉しく思う。


「愛紗、さっそく服を見てもいいか?」

「はい、どうぞ」


 緊張気味な感じの表情を見せる愛紗を見ながら、俺はわくわくする気持ちでテーブルの上にある紙袋を開き、その中にある衣装を取り出して広げてみた。


「おおっ! こりゃすげーな!!」

「本当ですか? 良かったです……」

「さっそく試着してみるよ」


 俺は最初に取り出した上半身用の衣装に袖を通したあと、続けて紙袋の中から下半身用の衣装ズボンを取り出してそれを穿いた。

 制服の上から衣装を着ているから結構動き辛いけど、見た目はかなり良いと思う。


「どうだ? 似合ってるか?」

「は、はい! とっても似合ってます!」


 衣装を着た俺を見て、愛紗が絶賛の言葉を送りながら拍手をしてくれる。

 そしてそんな愛紗の様子を見ていると、このまま何かポージングでもとってみようかなって気分になってしまう。


「そんなに似合ってるなら、明日のコンテストはこれを着て出場しよっかな?」

「そ、それは駄目です!」


 どう見ても俺が作った衣装より愛紗が作った衣装の方が見た目が良い。だからこの衣装を着て出場したいと思ったんだけど、愛紗は予想外にもそれを拒否した。


「何で駄目なんだ?」

「だ、だってそれは、先輩の為に作った衣装だから……」


 愛紗は答えになっていない答えを言うと急に押し黙り、顔を横へと逸らしてしまった。

 俺の為に作ってくれたと言うなら、それをちゃんと活用する方が良いと思ったんだけど、どうやら愛紗にはこれを着てコンテストに出てほしくない事情があるみたいだ。本当ならその理由をちゃんと聞きたいところだけど、愛紗はその理由を話したくないのかもしれない。だとすると、ここで理由を聞くのは良くない気がした。


「……まあ駄目だって言うなら残念だけど止めておくよ。衣装、作ってくれてありがとな」

「い、いえ、どういたしまして……」


 お互いの間に沈黙の時間が流れる。これまでも何度か経験してきた気まずい雰囲気と言うやつだ。


「……あの、渡したい物も渡せたので、私はこれで帰りますね」

「あ、ああ、分かった。駅まで送ろっか?」

「いえ、まだ陽も明るいから大丈夫です。ありがとうございます」


 そう言うと愛紗はソファーから立ち上がり、お礼を言ってから玄関の方へと向かい始めた。


「では失礼します」

「ああ、気を付けてな?」

「はい」


 その言葉に返事をした愛紗が、踵を返して玄関ドアのノブへと手をかけた瞬間、俺は大事な事を思い出した。


「あっ! ちょっと待った!」

「ひやっ!? な、何ですか?」

「あ、驚かせてごめんな、実は俺も愛紗に渡したかった物があるんだよ」

「私にですか?」

「ああ、すぐに取って来るからちょっとだけ待っててくれ」


 俺は愛紗の返答を待たずに急いで自室へと向かい始めた。そして階段を駆け上がって部屋へと入った俺は、迷い無く自分の机の上に置いていた赤と白の二つのリボンを手に取り、再び玄関へと向かった。


「お待たせ! これ、受け取ってくれないか?」

「これ、どうしたんですか?」

「自分の衣装を作り終わったあと、図書室で裁縫の本を借りて作ってたんだよ、愛紗にコンテストでこれを付けてほしいと思ってさ。本当は愛紗の衣装より早く作り終えて渡したかったんだけど、俺が不器用なせいで時間がかかって間に合わなかったんだよ。まあ見た目はちょっとアレかもしれないけど、良かったら使ってくれないか?」

「……ありがとうございます、凄く嬉しいです!」


 小さな赤と白のリボンを乗せた右手を見ながら、愛紗が嬉しそうにお礼を言ってくれる。


「このリボン、ちゃんと使わせてもらいますね」

「ああ、是非使ってくれ、使い方は愛紗に任せるからさ」

「はい! それじゃあ先輩、失礼します」


 愛紗はそう言ってペコリと頭を下げてから玄関のドアを開け、渡したリボンを大事そうに持って我が家をあとにした。さっきまでは少しだけ気まずい雰囲気だったけど、最後に笑顔になってくれて良かったと思う。

 それにしても、あれだけ喜んでくれると分かっていたなら、俺が作った下手糞なリボンじゃなくて、お店に売ってるもっと見た目も作りも可愛いリボンを買えば良かったなと、そんな風に思ってしまった。

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