第250話・大切な人を信じる心
早朝の公園でるーちゃんと会ってから五日が過ぎたが、あれから俺とるーちゃんは挨拶を交わす事すらなくなってしまっていた。なぜならお互いに顔を合わせても、すぐに視線を逸らしてしまうからだ。こんな気まずい状況では、挨拶を交わす程度の事でも難度が高い。
「ねえ龍ちゃん、ちょっといいかな?」
放課後、荷物をまとめて帰ろうとしていた俺に、茜が難しい表情で話し掛けて来た。
「どうした? 何か用事でもあるのか?」
「うん、ちょっと話があるから屋上まで来て」
「えっ? 話ならここですればいいだろ?」
「ここじゃ話しにくい事だからそう言ってるの!」
茜はそう言うと俺の空いている方の手をサッと握り、その手を引っ張って廊下へと向かい始めた。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「問答無用だよ!」
茜は俺の抵抗を無視し、ズンズン先へと進んで行く。
――今は茜に付き合ってる気分じゃないんだけどな……。
そうは思いつつも、わざわざ茜が屋上に呼び出してまでしたい話の内容が何なのかは気になった。だから気分は乗らないまでも、とりあえず屋上へ付き合う事にした。
そして訪れた屋上では冬の寒々しく強い風が吹き抜けていて、その強風が身体に当たる度に刺す様な冷たさが全身を震わせる。
「それで? 話って何だよ」
強引な茜に対して少しムッとした感じでそう言うと、茜は握っていた俺の手を放してから真剣な表情で俺と向き合った。
「単刀直入に聞くけど、
「……どうしてだよ」
「新学期が始まったくらいから、二人の様子が明らかにおかしいからだよ」
「…………」
「やっぱり何かあったの?」
心配そうな表情でそう聞いてくる茜に対し、正直放っておいてほしいという思いもあったけど、このままでは茜以外にも同じ様な心配をかける可能性もある。それに俺もモヤモヤした気持ちを引き
「……あのさ、少し話を聞いてもらってもいいか?」
「もちろん! 私に話せる事なら何でも話してよ」
「サンキューな、実はさ――」
俺はクリスマスイヴにあった出来事やこれまでの事を掻い摘んで茜に話した。そして俺が話をする間、茜は一切口を挟まずに話を聞いてくれた。
「――なるほどね、それで二人揃って様子がおかしかったんだ」
「ま、まあそういう事だよ」
「ねえ龍ちゃん、私が話をする前に一つハッキリさせておきたい事があるんだけど、いいかな?」
「何だ?」
「龍ちゃんは瑠奈ちゃんの事が好きなの? その写真の件を考慮に入れたとしても」
「それは……」
何だかんだと言ってみたところで、俺の中にるーちゃんを好きな気持ちはハッキリとある。でもあの写真の事がどうしても頭の中でチラつき、その気持ちを即答させる事を許さない。
「……正直よく分からないんだ、るーちゃんを好きな気持ちはあるんだけど、どうしても写真の事が気になってさ……」
「でもその写真だって、本人にちゃんと確かめたわけじゃないんでしょ?」
「ああ、確かめてみようとは思ったんだけど、どうしても聞けなかったんだよ」
「なるほど、とりあえず二人がどういう状況なのかは分かったよ、話してくれてありがとう」
「いや、俺の方こそ話を聞いてくれてありがとな」
「うん。でもね龍ちゃん、龍ちゃんはもっと瑠奈ちゃんの事を信用してあげるべきだと思うよ?」
「信用?」
「うん、だって瑠奈ちゃんは、龍ちゃんを傷付けない為に自分を犠牲にした様な子だよ? そんな子がさ、ずっと想い続けた龍ちゃんを傷付けるわけないじゃない」
「…………」
「とにかく、龍ちゃんはしっかり瑠奈ちゃんと向き合わなきゃ駄目だよ? そうじゃないと、また前と同じ事を繰り返しちゃうだけだから。それじゃあ私は部活に行くね」
そう言うと茜はスタスタと歩いて出入口に向かい、そのまま屋上から去って行った。
「向き合う、か……」
茜の言った言葉を呟く様に口にしたあと、俺も屋上をあとにして下駄箱へと向かった。
「――あっ、いい所に来たわね、鳴沢君」
階段を下りてそろそろ下駄箱に着こうかという頃、取材部部長の四季さんこと、
「どうかしたの?」
「いえ、ちょっとした話があってあなたの所へ向かっていたのよ」
「ちょっとした話?」
「ええ、差し支えなければあなたの教室で話をしたいのだけど?」
「別にいいけど」
「そう、それじゃあ行きましょうか」
そう言うと霧島さんは先頭を切って歩き始め、俺が在籍するクラスがある方へと向かい始めた。俺はそんな霧島さんに続いて後を歩き、自身が所属するクラスへと向かった。
そして生徒の姿が無くなった校内を歩いて自分の教室に入ると、霧島さんはスッと俺の方へ振り向いてから片手を差し出してきた。
「さっそくだけど鳴沢君、この写真を見てもらえるかしら」
霧島さんが扇状に差し出してきた数枚の写真を手に取った俺は、その内容を見て驚いた。なぜならそこには、冬休みにこちらへ遊びに来ていた
この従妹も杏子に負けないくらいの甘えん坊な子で、小さな頃から家に来ては杏子と一緒に俺を取り合っていた。
「何で霧島さんが従妹と一緒に写ってる写真を持ってるの?」
「これはとある調査をしている時に手に入れた物よ」
「調査?」
「最近この界隈でうちの生徒が盗撮されているという情報が寄せられたのよ、それでその事を調査している内にこの写真を入手したの。ちなみにこの写真は、同じ物がとある人物に送られている事が分かっているわ」
「こんな物を誰に?」
「朝陽瑠奈よ」
「えっ!?」
「そしてあなたにはこの写真が来たんじゃないかしら?」
霧島さんはそう言うと、胸の内ポケットからスッと数枚の写真を取り出して俺に差し出した。そして受け取ったその写真に写っていたのは、紛れもなく俺が見た謎の男とるーちゃんが写った写真だった。
「確かにこれは俺の下駄箱に入ってた写真だ……」
「あなたと朝陽瑠奈にこれらの写真を送りつけた人物は既に判明しているわ」
「そいつはどうしてこんな写真を俺達に?」
「率直に言ってしまえば嫌がらせでしょうね。私達の調査では、この写真を送った人物が去年の冬休み前に朝陽瑠奈に振られている事が分かっているわ。そして恐らくその時にあなたの事についての話を聞き、二人に嫌がらせをして
――そういえば冬休み前の放課後に、『ちょっと用事があるから』とか言ってた時があったな、もしかしてあの時に告白されたのか?
「……それじゃあ、るーちゃんと一緒に写ってる男の人は誰?」
「その質問に私が答える事はできないわ。それに自分の抱えている問題は、なるべく自分で解決を図るものよ、それが自分の大切に想っている相手の事なら尚更ね」
「な、何でそんな事まで知ってるの!?」
「さあ? でもそんな事くらい、あなたの周りに居る人達なら誰でも気付くと思うけどね。それじゃあ私はこれで、協力に感謝するわ、色々と頑張ってね」
意味深な笑みを浮かべて教室を出て行く霧島さん。取材部部長の肩書きは伊達じゃないってところだろうか。
「……よしっ、もう一度るーちゃんに会って、今度こそお互いが納得するまでちゃんと話をしよう」
そんな思いと決意を小さく口にし、俺は教室を出て学園をあとにした。
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