第249話・すれ違う思い
家に帰ってからも俺は悩んでいた、るーちゃんと謎の男性が写っていた写真の事があったからだ。あれから何度もこの写真を見返していたが、見る度に写真に写る二人の関係がどんどん特別な関係の様に感じてきていた。お互いの距離感や表情を見ると、この二人は付き合っている間柄にしか見えなかったからだ。
もしもこの写真をクリスマスイヴの前に見ていたとしたら、俺は複雑な思いはあったとしても、ここまで悩んではいなかったかもしれない。ある意味でるーちゃんへの想いに諦めがついただろうから。
「はあっ……」
この写真を見るまではるーちゃんに告白をしようと考えていたのに、今ではその考えも下火状態だった。だってこんな写真を見てしまったら、告白なんてできっこないから。
それにしても、誰が何の目的でこんな物を俺の下駄箱に入れたのかは分からないけど、この写真が合成やトリックではない以上、俺は色々と考えなければいけない。ちなみにこの写真がなぜ合成やトリックではないと断定できるのかと言えば、取材部の部長である四季さん、つまり
ではなぜ霧島さんにこの写真を見せたのかといえば、この写真が合成やトリック画像である可能性も考えたからだ。そして霧島さんならそんな合成やトリックもすぐに看破できるだろうし、何よりこの事を誰にも口外しないと思ったからだ。
そして俺の思惑通り、霧島さんは写真の数々を見てすぐにこれが合成やトリックなどではないと断言した。他の人が言うならその言葉を鵜呑みにはしないだろうけど、あの取材部の霧島さんが言う事なら信用はできる。
「どうしたもんかな……」
俺がやらなければいけない事、知らなければならない事は、何を差し置いても真実を確かめる事だろう。そしてそれを知るには直接るーちゃんに話を聞くのが一番だろうけど、事はそう単純ではない。聞き方をちょっとでも間違えば角が立つし、かと言ってこの写真を見せるのもどうかと思うからだ。
それにしても一番腑に落ちないのは、この写真を撮ったのは誰か、そしてこの写真を俺の下駄箱に入れたのは誰かという事だ。おそらく写真を撮ったのも下駄箱に入れたのも同一人物だとは思うけど、いったい何の目的があってこんな事をしたのかがさっぱり分からない。しかしそれを考えたところで明確な答えがでるわけでもない、だから今考えるべきは、自分の気持ちだろうと思う。
そう思って色々と気持ちの整理をつけようとしたはいいけど、その気持ちの整理はいつまで経ってもつかなかった。
× × × ×
あの写真を見てから三日が経ったけど、あれ以降、俺とるーちゃんは挨拶以外でまともな会話をしていない。なんとなく気まずさで会話ができなくなっていたからだ。
そしてそんな気まずさはどうやらるーちゃんにもあるみたいで、俺を気にしている様な素振りを見せる事はあったけど、最終的に話し掛けて来る様な事は無かった。
「――ねえ龍ちゃん、最近何かあった?」
珍しく部活動が休みで一緒に帰っていた茜が、唐突に今までの話題をぶった切ってそんな事を聞いてきた。
「何だよ急に」
「いや、私の気のせいかもしれないけど、最近ちょっと表情が暗いし、なんだか悩んでるっぽかったから」
こういったところは流石は幼馴染と言うところだろうか。そういえば茜は、いつも俺が深く悩んでる時にはこうして声を掛けてくれていた様な気がする。
「……まあ、あると言えばあるかな」
「そっか……えっと、私に話せる事だったらいつでも聞くからね?」
心配そうな表情を見せたあと、茜はそれを吹き飛ばす様な明るい笑顔でそう言ってくれた。そして無理にその内容を聞こうとしないところが、今の俺にはとてもありがたかった。
「サンキューな、話を聞いてほしい時には茜に真っ先に相談するよ」
「うん! この茜ちゃんにドーンと任せてよ! あっ、でもその代わりに、相談料として駅前のスイーツ屋さんでチョコパフェを奢ってね?」
「はいはい、分かりましたよ」
「やった!」
にこにことした笑顔の茜を見ていると、少しだけモヤモヤしていた気持ちが楽になった気がした。口では腐れ縁の幼馴染とは言っているけど、俺は茜と幼馴染で本当に良かったと思う。
そして幼馴染の茜からちょっとした癒しをもらった日の夜、俺の携帯にるーちゃんからメッセージが届いた。その内容は『二人で会ってお話がしたい』というものだったが、そのメッセージを見た俺の率直な気持ちを言えば、気まずくて仕方ない――という感じだった。だってここ三日間は学園でも挨拶以外でまともに会話もしていなかったし、お互いにお互いを避けている感じがあったからだ。
――今の状態でまともに話なんてできるのかな……。
るーちゃんからのメッセージが来てからたっぷり時間を使って悩んだあと、俺は決心をしてそのメッセージに返信をした。
「よし……」
この選択が俺にどんな結果をもたらすかは分からないけど、今は思ったままに進むしかない。
ある意味での後悔と恐怖、ある意味での希望を抱きつつ、俺はベッドに身体全体を預ける様にして大の字に寝そべった。
× × × ×
るーちゃんから『二人で会ってお話がしたい』というメッセージ来た翌日の夜明け、俺はコソコソと部屋を抜け出して家を出た。別にコソコソする必要はないとは思うけど、杏子に見つかれば面倒な尋問を受けるのは目に見えているからしょうがない。
家を抜け出た俺は、人影も無い道を歩いてるーちゃんに指定された公園へと向かった。
――あっ……。
指定された公園の前へ着くと、奥にあるブランコに座って俯いているるーちゃんの姿があった。俺はそんなるーちゃんの姿を見て短く息を吐き、ブランコのある方へと向かった。
「待たせてごめんね、るーちゃん」
「あっ、ううん、私もついさっき来たところだから」
「そっか、それなら良かった……」
久しぶりに見るいつもの笑顔――と言いたいところだけど、今のるーちゃんの笑顔が、いつもと違って無理をしているのはすぐに分かった。その作った様な笑顔が、昔のるーちゃんを思い起こさせたからだ。
「…………」
話の切り出し方が分からず、俺は空いているブランコへ座って空を見つめた。去年のクリスマスイヴは同じ様にこのブランコに座って楽しくお話をしていたというのに、今ではそれが無かった出来事の様に感じてしまう。
「……あ、あの……こんな朝早くからごめんね?」
「あ、いや、別に気にしなくていいよ」
「うん、ごめんね……」
俺もそうだが、るーちゃんも話を切り出すタイミングを計っている様に思えた。
話したい事や聞きたい事は沢山あるのに、上手くそれが出来ないもどかしいこの状況。こうなるとタイミングとかそんな事を考えず、思い切ってこちらから口火を切った方がいいのかもしれない。
「「あのっ――あっ……」」
切っ掛けを掴もうとした瞬間、るーちゃんと口を開くタイミングが被ってしまった。
「お先にどうぞ……」
「いや、るーちゃんこそお先にどうぞ……」
「「…………」」
ようやくお互いに沈黙を破ったというのに、タイミングの悪さからまた口を貝のように閉じてしまう事になった。どうしてこういう時に限ってこんなドラマみたいな事が起こるのか、ホントにタイミングってのは掴むのが難しい。
そこからまたしばらく沈黙が続いたあと、今度はるーちゃんの様子を見てから俺は口を開いた。
「あ、あのさ、るーちゃん、話したい事って何かな?」
「あ、うん……変な事を聞くみたいだけど、たっくんって好きな人とか居るのかな?」
「えっ? どうしてそんな事を?」
「それはその……もしもたっくんに好きな人が居るなら悪いから……」
今一つるーちゃんの言っている事の意味が分からないけど、別に誤魔化す必要もないとは思うので、俺はその質問に素直に答える事にした。
「うん、居るよ、好きな人」
ここで『るーちゃんの事が好きだ』と言ってしまえば良かったのかもしれないけど、今の状況でそれを口にするのは難しかった。
「そっか、やっぱり居るんだね…………うん、分かったよ、ごめんね朝早くから来てもらって。私が話したかった事はそれだけだから、それじゃあね!」
「えっ!?」
るーちゃんはそう言うと素早くブランコから立ち上がり、公園から走り去ってしまった。
「何でそんな事を聞いたんだよ……」
るーちゃんが居なくなった公園の中に取り残された俺は、聞きたかった事すら聞く事ができず、ただるーちゃんが走り去った方を見つめていた。
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