第248話・同じ過ちへの道

 時が経つのは早いもので、今日からいよいよ二年生三学期の始まりを迎えていた。


「ほんじゃ行くか」

「うん」


 通学準備を済ませた俺と杏子は、まだ寒さ厳しい外へと出て通学路を歩き始めた。

 長い休みのあとで向かう学校は本当に憂鬱だけど、こればっかりは学生の運命さだめだから仕方ない。そしてそんな憂鬱を感じながら通学路を歩いていると、少しずつ同じ学園の生徒達の姿が見え始め、俺はなんとなく通学途中の女子達へと視線を向けた。


「……なあ杏子、女子ってスカートでも平気なのか?」

「突然どうしたの?」

「いや、毎年冬になると思うんだよ、スカートって寒そうだなーって」

「そりゃあ寒いよ、だからタイツを履いたりして対応するんだから」

「まあそうだよな。でもそう考えると、女子って冬場は可哀相だな」

「確かに寒いのは嫌だけど、私はスカート好きだよ、女の子だーって実感が湧くから」

「実感が湧くって、そんな事をせんでも、お前は十分に可愛い女の子じゃないか」

「……お兄ちゃんてさ、時々ヤバイ事をサラッと言うよね」

「ヤバイ事?」

「はあっ……そしてこの鈍感さ、もうここまで来るとどうしようもないね」


 杏子は肩をすくめながら顔を前へ向け直す。どうやら呆れられてしまったらしいが、その理由を追求しようとは思わない。こういう事は初めてじゃないし、それを聞いてもまともな返答が返って来たためしが無いからだ。


 ――そういえば、るーちゃんに会うのも久しぶりだな……。


 クリスマスイヴを一緒に過ごしたあの日以来、俺はるーちゃんと会っていない。それは自分の中で色々と混乱する思いがあったから――というのもあったけど、実際はどうしていいか分からなかったから――というのが理由としては大きかった。

 でもあれからずっとるーちゃんの事を考える内に、俺は一つの決断を下すに至った。そしてその決断とは、るーちゃんに俺の好きだという想いを伝えるという決断だ。


「そんじゃまたな」

「うん、また後でねー」


 一緒に来た杏子と下駄箱で別れ、自分の上履きがあるロッカーへ向かい靴を履き替える。


 ――いかん、めっちゃ緊張してきた……。


 一大決心の末にるーちゃんへ告白しようと思っていたというのに、ここに来てその決心が揺らぎ始めていた。

 通常なら振られる事を気にして怖くなるのが普通だろうけど、今回は相手の自分に対する気持ちがはっきりと分かっているから、告白の成功は約束されている様なものだ。だからこんなに緊張する必要はないんだろうけど、人ってのは不思議なもので、状況次第では好きなのにその気持ちを受け入れない――いや、好きだからこそ受け入れられない――という人も居るのは事実で、実際にるーちゃんもそういう人だった。

 あの時のるーちゃんのそういう優しいところは大好きだけど、あの時も自分だけで抱え込んでほしくなかった――というのが、俺の正直な気持ちだ。もちろん俺に嫌な思いをさせたくなかったと言うるーちゃんの気持ちは凄く嬉しかったけど、代わりにるーちゃんが苦しむはめになるのは俺としては納得がいかない。

 世の中には三人寄れば文殊もんじゅの知恵――ということわざがある様に、頭数が揃えばそれだけ考えや発想の幅が広がる、だからこそ俺を頼ってほしかった。まあ、過ぎ去った事を今更持ち出してもどうしようもない事だけど。

 妙な緊張を感じながら廊下を歩き教室へ入ると、俺の後ろの席に居るるーちゃんが片肘をついて窓の外を眺めている姿が見えた。そしてその姿を見た瞬間、俺の中の緊張が一気に高まったのを感じた。


 ――冷たっ!


 座った椅子がまるで便座カバーをつけ忘れた便座の様なヒヤッとした鋭い冷たさで、思わず顔が歪んだ。


「お、おはよう」

「あっ、おはよう、たっくん」


 緊張している俺とは違い、るーちゃんはいつもの柔和な笑顔で挨拶を返してきた。そのいつもと変わらない態度にちょっと安心すると同時に、るーちゃんはあの時の事をどう思っているんだろうか――と、少し不安にもなった。


「きょ、今日も寒いよね、こんな日は布団から出るのが辛いよ」

「そうだね、私も朝はお布団から出るのが辛かったよ」


 あの告白以降会っていなかったから、上手く会話ができるか心配だったけど、るーちゃんの態度が今までと変わらないおかげでなんとか会話ができそうだった。


「……あ、あのね、たっくん、ちょっといいかな?」


 しかしそんな安心をしたのも束の間、次にるーちゃんが口を開いた時にはその柔和な笑みは消え去っていた。


「何?」

「えっとあの……ううん、やっぱりなんでもない、ごめんね」


 るーちゃんは曇った笑みを浮かべてそう言うと、急いで席を立って教室を出て行ってしまった。そしてそんな様子を見ておかしいと思った俺は、次の休み時間にその事について話を聞いてみようと思ったんだけど、るーちゃんは俺が話し掛けようとするとすぐにその場から逃げる様に居なくなってしまい、話を聞くどころではなかった。


× × × ×


「はあっ……」


 結局学園に居る間にるーちゃんとしっかり話す機会は訪れず、そのまま放課後を迎えてしまった。そして放課後はるーちゃんと話す絶好の機会だったというのに、るーちゃんはホームルームが終わってすぐ、逃げる様にして教室を出て行ってしまった。

 おかしな様子のるーちゃんを見て『どうしたんだろう?』という不安を抱いたまま、俺は教室を出てとぼとぼと下駄箱へ向かった。


 ――ん? 何だこりゃ?


 下駄箱に着いて自分の靴入れを開けると、そこには一通の白い封筒が入っていた。希望的観測で言うならラブレターだと思いたいが、ラブレターにしてはあまりにも色気が無い気がする。まあラブレターに定まった形式など無いわけだから、封筒で出したって全然かまわないとは思うけど。

 俺は周囲を見回したあとで素早くその封筒を取り出し、それをサッと制服のポケットに入れて男子トイレへと向かった。本当ならあの場ですぐに確かめたい気持ちだったけど、さすがに人が多い場所で手紙を見る気にはならない。

 そして下駄箱から一番近い男子トイレに着いた俺は、誰の目も気にしないですむ個室へ入って早速その封筒を開いた。


「何だこれ?」


 封筒の中には手紙は入っておらず、代わりに数枚の写真が入っていて、そこには知らない大人の男性と一緒に、楽しそうな笑顔を浮かべているるーちゃんの姿が写っていた。そしてその楽しそうなるーちゃんの笑顔を見ていると、この二人が何か特別な間柄の関係に見えてくる。


 ――どういう事だ? 確かにるーちゃんは俺の事を好きだって言ったよな?


 入っていた数枚の写真を見る中で、俺の中にるーちゃんへのちょっとした疑念が芽生えたのは確かだった。

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