第247話・後悔のその先
るーちゃんと過ごすクリスマスイヴ。ゲーセンで思いっきり遊び、ちょとしたショッピングを楽しんだあと、俺はるーちゃんと一緒に自宅へ戻ってから食事の準備を進めていた。
――うん、こんなもんかな。
出掛ける前に準備していた材料をフライパンで炒めて深鍋へと移す。
そしてるーちゃんは俺の隣で軽快にハミングをしながらおかずの準備を進めてくれている。最初は二人で料理をする事に緊張していた俺だが、るーちゃんがリラックスしている様子を見ていると、そんな緊張も少しは和らいでくる。
それにしても、今はこうしてるーちゃんと一緒に居る事に違和感は無いけど、あの時の事を考えたら、こうして仲良くできているのは奇跡的な事だと言えるのかもしれない。
「たっくん、味付けの濃さはこれくらいでいいかな?」
「どれどれ……うん、バッチリだと思うよ」
「良かった、それじゃあこれで仕上げちゃうね」
「うん」
料理作りをこんなに楽しいと感じるのは久しぶりだ。別に普段の料理作りが楽しくないわけじゃないけど、やっぱりこういうのって、誰と作るかが重要なんだろうなと思える。
こうして俺は和やかに楽しく料理作りを楽しみ、出来上がった料理を大いに味わった。そしてるーちゃんと色々な話をしながらテレビを見たりケーキを食べたりと、本当に楽しい時間を過ごした。
しかしどれだけこの時間が続けばいいなと思っていても、どれだけ名残惜しくても、絶対にこの楽しい時間にも終わりがやって来る。そしてその時間が自分にとって楽しければ楽しいほど、過ぎ去って行くのもまた早い。それはきっと、誰であろうと例外ではないのだろうと思える。
× × × ×
食事を終えて片付けを済ませ、二人で楽しい時間を過ごしたあとの二十一時過ぎ、俺はるーちゃんを自宅へと送る為に寒空の下を歩いていた。
「昼間はそうでもなかったけど、流石に夜になると冷え込みが凄いね。もしかしたら雪が降ったりして」
「そうだね、でもそうだったらちょっと素敵かも」
寒空の下、お互いが口を開く度に冷たい空気に白いモヤが広がってスッと消えていく。そしてその様子を見ただけでも、相当に空気が冷え込んでいるのが分かる。
しかし身体の芯から冷えていきそうなこの寒空の中でも、るーちゃんは温かな笑顔を絶やさない。出会った当初はほとんど笑顔を見せなかったというのに、今ではこうしてよく笑顔を見せてくれる様になった。ホントに人間てのは、変われば変わるもんだ。
「でも、ホワイトクリスマスってよく聞くフレーズだけどさ、実際には雪ってなかなか降らないよね」
「確かにドラマみたいに都合良くは降らないもんね」
「そうそう、現実は厳しいよ」
「ふふっ」
二人で笑い合いながらるーちゃんの自宅へと進んで行く。しかしこの楽しい時間も後少しで終わるかと思うと、とてつもなく寂しくなってくる。
「ねえ、たっくん、良かったらちょっとだけ公園に寄って行かない?」
「公園に?」
「うん、もうちょっとだけお話をしたかったから、ダメかな?」
「ううん、そんな事はないよ、俺もるーちゃんともっと話したいって思ってたからさ」
「そうなの? それなら良かった……」
「う、うん……それじゃあ行こっか」
むず痒い気持ちを感じながらすぐ近くにある小さな公園に入り、俺達はどちらが言うでもなく二つ並んだブランコの方へと向かってそこに腰を下ろした。
「やっぱりこの時間だと誰も居ないね」
「そうだね、時間が遅いのもあるだろうけど、この寒さだと外に出たくないだろうからね」
「確かにコタツでぬくぬくしてると、外に出たくなくなっちゃうもんね」
「そうそう、うちもコタツを用意すると俺も杏子も抜け出せなくなるから、なるべく出さない様にしてるんだよ。一度コタツを用意すると、物凄く自堕落になるからね。あれはまさに人類が発明した悪魔の道具だよ」
「あははっ、悪魔の道具って面白い表現だね。でも、なんとなく分かる様な気がする」
「でしょ? 人類は知らず知らずの内に、恐ろしい魔具を生み出しているんだよ」
「ふふっ、そう言われるとそうかもしれないね」
口元に手を当て、くすくすと笑うるーちゃん。我ながら厨二病の様な発言をしてしまったけど、るーちゃんは特に気にしていないみたいだから良かった。
「……なんだか不思議だよね、私達がこうしてお話してるのって」
「不思議?」
「うん……ほら、昔あんな事があった時には、こうしてまたたっくんとお話できる日が来るなんて思ってもいなかったから……だからね、たまに思うんだ、これはもしかしたら夢じゃないかな――って……」
るーちゃんの言葉に俺は驚いた。だってるーちゃんが口にしたその思いは、そのまま俺にも当てはまっていたから。
「……俺も同じ様な事を思ってたよ、色々あってるーちゃんとは不本意なお別れをして、色々な事を後悔してた。だから俺も思ってたよ、これは夢なんじゃないかって」
「そうだったんだ……私達って、なんだか似た者同士だね」
冗談めかした様にそう言うるーちゃんだが、俺にはその様子が照れ隠しの様にも見えた。
「あはは、確かにそうかもしれないね」
ちょっと照れくさいけど、俺もそんなるーちゃんに乗っかる様にしてそう答えた。
「引っ越したあとは本当に色々な事を後悔したなあ、何でもっと素直になれなかったんだろうとか、何でちゃんと話をしなかったんだろうとか、どうして引っ越す前に自分の気持ちをしっかりと伝えておかなかったんだろうかとか、本当に色々な事を後悔したよ……」
暗い空を見てそう言うるーちゃんを見つめながら、俺もあの時、しっかりるーちゃんと向き合うべきだったと、そんな風に思っていた。
そしてそんな事を思いながらるーちゃんと同じ様に空を見上げた時、暗い空からチラチラと白い物が舞い落ちて来るのが見え、俺はその白い物へと手を伸ばした。
「雪だ」
「ホントだ、こうしてたっくんと二人っきりの時に雪が降って来るなんて、出来過ぎだよ。これってもしかして、神様が勇気を出せ――って言ってくれてるのかな……」
「勇気?」
そう尋ね返したあと、少し間を開けた後でるーちゃんはブランコから腰を上げ、俺の前へとやって来てからこちらを見据えた。
「……私ね、たっくんの事がずっと好きだった」
「えっ!?」
「昔たっくんに告白された時、私凄く嬉しかった。でもね、私のせいでたっくんに嫌な思いをさせるのが怖くて断ったの。あの時はそれで良かったと思ったけど、本当に後悔した。たっくんに嘘をついた事が、自分の気持ちに嘘をついた事があんなに苦しいなんて思わなかったから……」
言葉を止めたるーちゃんの瞳に、薄っすらと涙が浮かんでいるのが見えた。るーちゃんは今、必死に勇気を振り絞っているんだと思う。俺にも経験がある事だから分かる。
そして言葉を止めたるーちゃんは瞳に浮かんだ涙を手で拭い、再び俺を見据えた。
「……私はたっくんの事が好き、あの時からずっとその気持ちは変わってない。だから今もたっくんの事が好き、ううん、あの時よりももっとたっくんの事が好き!」
真剣な表情で真っ直ぐに俺を見ながらるーちゃんはそう言った。
そして俺はその真っ直ぐな想いに驚きを隠せず、身体も表情も固まってしまっていた。
「……今日は一緒に居てくれてありがとう、たっくん、凄く楽しかったよ。それじゃあねっ!」
「あっ!」
るーちゃんは自分の気持ちを伝え終わると、いつものにこやかな笑顔を浮かべてから公園を走り去って行った。
そして突然の告白に気持ちが追いつかなかった俺は、そんなるーちゃんの告白に何も答える事が出来ず、しばらくの間その場で立ち尽くしていた。
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