第212話・夜更けの訪問者

 じいちゃん達が住む田舎から帰って来て二日が過ぎた夜。風呂から上がった俺はベッドでのんびりと横になってラブコメ漫画を読んでいたんだけど、俺はその本の内容が頭に入って来ていなかった。なぜなら美月さんのスマホ画面を目にして以降、ずっとあの時の事が気になっていたからだ。

 そんなに気になるなら美月さんにその事を素直に聞けばいいんだろうけど、あの写真は間違いなく俺が小さかった時のもので、しかもあの画面に映っていた俺は、みっちゃんと待ち合わせで使っていた公園のベンチに座っている俺が映ったものだった。

 しかし俺にはそんな写真を撮られた覚えがないから、おそらくあの写真は俺の気付かない位置から撮られたものだと思う。ではなぜ美月さんがそんな画像を持っているのかについてだが、その疑問については一つしか考えが思い浮かばない。それは、美月さんがあの夏の日に出会ったみっちゃん本人だった――という事だ。

 そこまで考えが行き着いているなら、いっその事それについて美月さんに聞いてしまうのが早いのは分かる。だけど、それだけはどうしてもできない。なぜなら美月さんは前にも何度か言っていた様に、あの夏の日に出会った男の子の事を未だに好きだ――と言っていたのだから。

 つまり、美月さんがもしも本当にあの日に出会っていたみっちゃんだとすれば、美月さんの好きな相手というのは俺だと言う事になるからだ。

 これははっきり言って俺の都合の良い思い込みかもしれないけど、あの待ち受け画面を見てしまった今では、自分の都合の良い妄想だと考えるのは難しい。それに今更だけど、美月さんが引っ越して来てからの言動には色々と気になるものもあった。

 これは俺の深読みのし過ぎと言えなくもないけど、美月さんがあの時のみっちゃんかもしれないと考えれば、その発言や行動に色々と合点のいくところも多い。

 もしもこれがラブコメ漫画や少女漫画の出来事だったとしたら、俺が美月さんに『君がみっちゃんだったの?』と言えば、美月さんが『やっと気付いてくれたんですね。もう、龍之介さんは鈍感過ぎますよ』みたいな展開になって、めでたくハッピーエンド――みたいな展開になるのかもしれないけど、現実はそう甘くはないだろう。


「鳴沢君。まだ起きてるかな?」


 漫画を手に色々な事を考えては小さく溜息を吐いていた時、突然部屋の扉をコンコンとノックされたあとで、なぜか美月さんと一緒にお隣に住んでいる桐生さんの声が聞こえてきた。

 俺はその声にハッとすると同時に上半身を起こし、持っていた漫画をベッドに置いてから部屋の出入口へと向かい、その扉を開いた。


「どうしたの? こんな時間に」

「あっ、ごめんね。ちょっと話をしたくて来たの。杏子ちゃんには了解をもらってるんだけど、少しお邪魔してもいいかな?」

「うん。別に構わないよ。とりあえずどうぞ」

「ありがとう。それじゃあ、お邪魔します」


 開け放った扉から恐る恐ると言った感じで入る桐生さん。いったい何の話があるのかは分からないけど、もう二十二時を過ぎているのにわざわざ尋ねて来るって事は、余程の用件なんだろうと思う。


「どこか適当に座っていいよ。あっ、部屋の扉は開けておいた方がいい?」

「ん? 別に気にしなくていいよ。鳴沢君は女の子と二人になったからって、変な事をする人じゃないだろうから」

「ははっ、ありがとう。でも、信頼は普通に嬉しいけど、他ではちゃんと気を付けないと駄目だよ?」

「はーい」


 懐っこい笑顔を見せながら返事をする桐生さんを見て扉を閉めると、桐生さんは部屋に置いてある小さなテーブルの前に座った。そして俺は机の方へと移動をし、椅子を引き出してそこに腰を下した。


「ところでさ、美月さんにはちゃんと外出するって言って来たの?」

「ううん、美月ちゃんには内緒。だから美月ちゃんが寝るのを待ってから、こっそりと家を出て来たんだ」

「何で美月さんに内緒にする必要があったの?」

「それはもちろん、美月ちゃんには聞かれたくない話だからだよ」


 美月ちゃんには聞かれたくない話――その言葉を聞いた俺は、一気に緊張感が高まった。


「そっか……それで、その話って何なの?」

「単刀直入に聞くけど、田舎で美月ちゃんと会った時に何かあった?」

「どうして?」

「実はね、家に帰って来てからの美月ちゃんがちょっと元気がなかったから、『何かあったの?』って聞いたら、『龍之介さんが何か思い悩んでいるみたいだったのが気になって……』って言ってたの。私としては直接鳴沢君に聞けばいい事だと思うんだけど、美月ちゃんて妙なところで気を遣うから、私が美月ちゃんの代わりにこっそりとその理由を聞きに来たってわけなの」

「なるほど、そういう事か」


 自分では気付いていなかったけど、俺が無意識にしていた行動が美月さんを心配させていたとは思ってもいなかった。

 でも、そんな相手の変化に気付いて心配するところが、いかにも美月さんらしい。だからこそ、そんな美月さんをいつまでも心配させるわけにはいかないと思い、俺は田舎で見た美月さんの携帯画面の事と、小学二年生の時に出会ったみっちゃんとの事を掻い摘んで桐生さんに話した。


「――なるほど。それで考え込んでた鳴沢君を見て、美月ちゃんも心配してたってわけだね」

「多分そうだと思う……。ねえ、桐生さんは美月さんがみっちゃんだと思う?」

「鳴沢君。仮にその答えを私が知っていたとしても、それを言う事はできないよ?」

「どうして?」

「だって、仮に美月ちゃんがそのみっちゃんと同一人物だったとしたら、それを本人が鳴沢君に言わないのは、何か理由があるからだって思うでしょ?」

「うっ、それは確かに……」

「でしょ? まあ、私は何も知らないんだけどね」

「そっか……」

「うん。確かに私と美月ちゃんは親友だけど、それは相手の全てを知ってるって事じゃないもん。だから鳴沢君も、親友の涼風さんの事で知らない事は沢山あったでしょ?」

「ま、まあね」


 ここでまひろの事を言われてしまっては、もはやぐうの音も出ない。


「さてと、とりあえず理由も聞いたし、私はそろそろ戻るね。遅くにごめんね、ありがとう」


 俺とは違ってさっぱりとした感じの表情でそう言いながら立ち上がった桐生さんは、ペコッと頭を下げてから部屋の出入口へと向かう。


「……ねえ、桐生さん。仮に、仮にだけどさ、もしもみっちゃんが美月さんだったとしたら、俺はどうすればいいと思う?」


 その問い掛けに進めていた足を止めると、桐生さんはスッとこちらを振り向いてから困り顔で口を開いた。


「その質問に対する私の答えは、私には答えられない――かな」

「えっ?」

「鳴沢君は何かしらの答えを欲しがってるみたいだけど、私がもしここで、『みっちゃんはきっと美月ちゃんだから、その時の話をして付き合っちゃいなよ』って言ったとしたら、鳴沢君はその通りにする?」

「……いや、それはしないと思う」

「でしょう? だから結局、私がどんな返答を鳴沢君にしたとしても意味がないんだよ。だってこれは、鳴沢君の問題だから。だから答えを探してどうするかは、鳴沢君にしか決められない。私に言えるのはそれだけかな」

「……分かったよ。ごめんね、変な事を聞いてさ」

「いえいえ。でもせっかくだから、ちょっとしたアドバイスをさせてもらおっかな」

「アドバイス?」

「うん。なんとなく鳴沢君からは、真実を知るのが怖い――って気持ちが伝わって来るんだけど、相手が美月ちゃんだって事を考えたら、その心配も少しは和らぐと思うんだよね」


 桐生さんの言っている事の意味はちょっと分からなかった。だって相手が美月さんだからこそ、俺はこんなに悩んでいるんだから。


「分からない――って表情をしてるね。それじゃあもう一つだけ、美月ちゃんは昔の思い出を凄く大切にしてるけど、それと同じくらいに今の時間も大切にしてるんだよ」

「昔も今も大切……」

「そうそう。さてと、私のアドバイスはここまで。それじゃあ鳴沢君、おやすみなさい。今回の事は美月ちゃんに上手く言って安心させておくから、あとで口裏は合わせてね?」


 桐生さんはそう言って右手を前へ突き出してグッと親指を立てたあと、静かに扉を閉めて自宅へと帰って行った。

 いったいどんな事を言って美月さんを安心させるつもりなのかは分からないけど、とりあえずどんな内容が来てもいい様に、覚悟だけはしておくとしよう。

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