第211話・瞬間の出来事
じいちゃん達の家にお泊りに来てから二日目の朝。今日は家で恋愛シュミレーションゲームのシナリオ分岐をどこにするかを話し合っていた。
「それでは、一章から二章、最終章までの流れはこの様な感じで大丈夫ですか?」
「そうだね。大まかな流れはこれでいいと思うよ。杏子はどうだ?」
「うん。流れは自然だと思うし、問題ないと思うよ」
「よし。それじゃあ休み明けにみんなにこれを見せて、問題がなさそうなら本格的な制作にかかろっか」
「そうですね。それでいいと思います」
「あっ、私お茶を淹れて来るね」
「おっ、わりいな杏子」
杏子は座っていた座布団からスッと立ち上がり、台所へと向かって行く。
たまに空気の読めない事を言ったりやったりする妹ではあるけど、基本的にはよく気が付くできた妹だから、兄としては鼻が高い。
「そういえば美月さん。夏コミの場所確保は大丈夫そうなの?」
「参加申し込み書はもう出してますから、六月の中旬までには結果が来ると思います」
「そっか。でもさ、もし落選したらその時はどうするの? 夏コミの参加は諦めて冬コミにかけるとか?」
「そうですね……最悪の場合はそうなるかもしれませんが、今は当選すると思って制作をしようと思っています」
「そっか。そうだね」
俺もコミケに参加するのは初めてなので、少しばかりネットを使って調べてみたけど、これが思ったより複雑で大変なものだった。守るべきルールや暗黙のルール。その規定もかなり厳しく、サークルとして場所を取るにも申し込みをして当選するか落選するかがあり、その当選確率は思ったよりも低い。
「お待たせー」
「おっ、ありがとな」
「ありがとう。杏子ちゃん」
杏子が持って来てくれたお茶を飲みながら休憩をし、そのあとで俺達は再びゲーム作りの話し合いに時間を費やした。
そしてある程度の話し合いを終えて昼食を済ませたあと、杏子と美月さんはよほど疲れたのか、畳みの上で横になって仲良く眠ってしまった。
――やれやれ。起こすのも可哀想だし、一人で行って来るか。
すやすやと気持ち良さそうに眠る二人の身体に薄手のタオルケットを被せた俺は、静かに部屋を出て買物へと出掛けた。
そして家から歩いて十五分ほどの位置にあるスーパーへと辿り着いた俺は、今日の夕食に使う為の食材を探して店内を歩き始めた。今日はみんなでバーベキューをやると決まっているから、食材を探すのはそう難しい事ではない。だけど、合わせて五人分の食材を揃えるとなると、それなりの量の買物になる。
「――うぐぐっ……思ってたよりも重いな」
お目当ての食材を買い揃えたあと、俺はパンパンになった買物袋を複数抱えながら帰路を歩いていた。そして買い物を終えたあとでこんな事を思っても仕方がないが、どうせ一人で来るなら自転車に乗って来ればよかったと、本当に今更ながらの後悔をしていた。
そんな中、誰か荷物持ちに来てくれないかな――などと思いながら一生懸命に荷物を抱えて帰路を歩くが、そんな都合のいい事が起こるわけもなく、結局は三十分程の時間を費やしてようやく家へと辿り着いたのだった。
「くあーっ! しんどかったー!」
持ち帰った荷物を台所にあるテーブルにドサッと置き、腕を伸ばしたり背中を後ろに反らしたりしながら身体をほぐす。
そしてある程度身体をほぐしたあとで冷蔵品を冷蔵庫に入れ込み、野菜などの食材をバーベキューに適した形に切り分けていく。
じいちゃんとばあちゃんは朝早くから魚釣りに行っているからもうしばらくは帰って来ないだろうし、準備の全てをじいちゃんとばあちゃん任せにするわけにもいかないから、できるだけの事はしておかないといけない。
それにじいちゃんとばあちゃんからは、日頃ほとんど親が家に居ない事を心配されてたから、これはちゃんと自炊できるところを見せるいい機会だとも思っている。
じいちゃん達にいいところを見せようと張り切って野菜を切り、それが済むと冷蔵庫の中に入れていた肉を取り出してから、それも適度な大きさに切り分けていく。
そしてある程度の準備を終えてからご近所にバーベキューをする事を伝えに回り、帰って来てからそろそろ二人を起こそうと部屋に入って二人に近付いた時、家を出る時には持っていなかったスマホを美月さんが手に持っているのが見えた。おそらくどこかで一旦目を覚まし、スマホを
「ううん……」
そして美月さんを起こそうと手を伸ばし始めた時、不意に美月さんが薄目を開けて上半身をゆっくりと起こし始めた。
――あれって……。
それは本当に偶然の事で、上半身を起こした美月さんの指がスマホのどこかに触れたらしく、その待ち受け画面が少しだけ目に映った。時間にすればおそらく三秒にも満たない時間だったと思うけど、俺にはその待ち受け画面が何なのかはっきりと見えていた。
「あっ……すみません、龍之介さん。うたた寝してたみたいですね……」
「いや、疲れてたみたいだし、気にしないでいいよ」
「ううん……あっ、お兄ちゃん、私のイチゴパフェは?」
「私のも何も、最初っからお前の食べるイチゴパフェなどここには存在していない」
「ふえっ?」
「ほら、もう少しでじいちゃん達も帰って来るだろうから、バーベキューの準備を始めるぞ。杏子」
「えっ!? もうそんな時間なんですか? 本当だ……ごめんなさい、龍之介さん……」
「大丈夫だよ。食材の買い物も準備も終わってるから、あとはバーベキューセットを外に運んで、じいちゃん達が帰って来たら食材を外に運べばいいだけだからさ」
「本当にすみません……家に泊めていただいたのに何もせずに……」
「そんな事は気にしなくていいって。美月さんはお客さんなんだからさ」
「はい……」
俺の言葉を聞いても尚、美月さんはその表情を曇らせたままだったが、とりあえず今は準備を進める事にした。
こうしてバーベキューの準備を始めてからしばらく経った頃、『大漁だぞー!』と言いながらじいちゃん達が帰って来た。そして釣って来た魚をばあちゃんが全て捌き、ほどなくして庭先でバーベキューが始まった。
これがバーベキュー初体験だと言っていた美月さんは杏子と一緒に楽しそうにはしゃいでいるし、俺はじいちゃんの釣り自慢話を聞かされていた。だけどじいちゃんには申し訳ないが、その自慢話はほとんど耳に入ってはいなかった。なぜならその時の俺は、他の事を考えていたからだ。
そして俺がしていた考え事というのは、偶然にも見えてしまった美月さんのスマホ画面についてだった。なにせ俺が見たその画面には、まだ小さかった頃の俺の姿が映っていたんだから。
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