第210話・重なる表情

 遠い昔の事を思い出していた時に見た、白のワンピースを着た髪の長い女性。その女性を見た俺は、思わずその女性のもとへ駆け出していた。なぜならその女性の雰囲気が、あの夏の日のみっちゃんと被って見えたからだ。

 あの夏の日に別れて以来、まったく会う事がなかったから、もしかして――なんて思いがあったんだけど、結果から言えばその女性はまったくの別人だった。だからこの話は、俺の単なる勘違い、思い違いで終わるだけの話なんだけど、この話はそこでは終わらない。なぜなら俺が声を掛けた女性は、『二日ほど留守にします』と言っていた美月さんだったからだ。


「こんな所で出会うなんて、本当に偶然だよね」

「そうですね」


 俺と杏子はたまたま出会った美月さんを連れて近所の駄菓子屋へと向かい、その店先にある塗装の剥げた古いベンチに座って昔懐かしいたまごアイスをちゅうちゅうと吸っていた。


「ねえ、美月お姉ちゃんはどうしてこんな所に来てたの?」

「私は制作研究部の活動の一環として、風景を写真に収めに来てたんですよ。まひろさんに描いてもらう風景の資料は沢山ある方がいいですからね」

「ああー。なるほど」


 その言葉に何度か頷いた杏子と同様に、俺も何度か頭を頷かせた。

 それにしても、美月さんが貴重な連休を利用してまで制作研究部の為に行動をしているとは驚きだった。部長として、そしてまた、制作研究部の発足者としての責任感もあるんだろうけど、その根底には、楽しんでもらえる作品を作りたい――という情熱や思いが強くあるのは間違いないだろう。


「それじゃあ美月さんは、このあとも風景写真を撮りに行くの?」

「そうですね。陽が沈むまでは色々な場所を回ってみようと思っています」

「それなら俺も何か手伝うよ」

「あっ、私も私も!」

「えっ? でも、せっかくこちらに遊びに来ているのに、手伝ってもらうなんて悪いですよ」

「そんな事ないって。こっちにはじいちゃんとばあちゃんに顔を見せに来ただけだし、特に何かをやる予定があったわけでもないしさ。なっ? 杏子」

「うん」

「ねっ? それに俺達も制作研究部の部員なんだからさ」


 俺がそう言っても、美月さんは小さく『うーん……』と唸りながら迷っている感じだったが、しばらくすると小さく頭を何度か頷かせてから口を開いた。


「……では、お手伝いをお願いしてもいいですか?」

「もちろん!」

「それでは、これを渡しておきますね」


 美月さんは持っていたキャリーバッグのファスナーを開け、その中から二つのデジカメを取り出してから俺と杏子にそれを手渡してきた。用意がいいと言うかなんと言うか、よくデジカメを三つも持ってたなと思ってしまう。

 そういえばだいぶ前に、『写真を撮るのにはまっているんです』と言っていた時期があったから、これもその時に買い揃えたんだろう。


「ありがとう。それで俺達はどんな風景を写せばいいかな?」

「撮影する風景に特に指定はありません。ですから龍之介さんと杏子ちゃんが、写真に収めたいと思う風景を撮って来て下さい」

「そんなんでいいの?」

「はい。それで大丈夫です」

「それじゃあ三人で手分けして、一時間後にまたここに集合って事でどうかな? お兄ちゃん、美月お姉ちゃん」

「そうだな。あんまり長い時間うろついても仕方ないだろうし、それでもいいかな? 美月さん」

「はい、大丈夫です。それでは一時間後にここでお待ちしていますね」

「うん。それじゃあ行くか」

「おーう!」


 空いている手を高らかに上げて返事をする杏子の表情は、とても楽しそうに見える。まあ、俺もちょっとわくわくしてるから、その気持ちは分かる。

 このあと俺と杏子は美月さんにデジカメの使い方を聞き、そのあとでそれぞれがナイスだと思う風景を収めに向かった。


「――よしっ、この辺りはもういいかな」


 二人と別れてから二十分くらいが経ち、俺はゆっくりと色々な風景を撮りながら田舎道を歩いていた。名前も知らない綺麗な花が土手に咲く緩やかな流れの川を撮ってみたり、川の流れの中に立っているサギを撮ってみたりと、本当に自由気ままに色々なものをデジカメに収めている。

 こうして写真を撮る事を主な目的として活動した事がなかったから分からなかったけど、こうして写真を撮るのは結構楽しい。

 それにしても、写真を撮りながらふと思ったんだが、どうして俺はあの時、みっちゃんとの写真を一枚でも残しておこうとしなかったんだろうか。もしも写真の一枚でも撮っておけば、みっちゃんを捜す事だってできたかもしれないのに。

 そんな事を言っても今更だとは思うけど、俺はみっちゃんに会いたい気持ちは強くあった。もしも会えたらあの時の話もしたいし、これまでの話もしたい。それに、ゲームでまた一緒に遊んでみたかった。

 でもよくよく考えてみれば、俺はみっちゃんの写真を持っていないどころか、フルネームすら知らないのだから、みっちゃんを捜すも何もあったもんじゃない。


「はあっ……」


 過ぎ去った思い出に感傷的センチメンタルな気分になりつつ、もしも今みっちゃんに再会できたらどんな話をするかな――みたいなどうしようもない事を考えながら、俺は再び風景をデジカメへと収め始めた。


× × × ×


 辺りも暗くなった二十時過ぎ。俺は居間でのんびりとバラエティー番組を見ていた。


「長々とすみません。お風呂、ありがとうございました」

「いやいや、杏子に比べれば早いもんだよ。アイツはまだのんびりしてるんでしょ?」

「はい。私が出る時に『もうちょっとだけのんびりして来るね』って言ってました」

「アイツの言う『もうちょっとだけ』って言葉ほど信用できない言葉はないもんなあ……」

「そうなんですか?」

「うん。多分だけど、あと一時間は出て来ないだろうね」

「そうなんですね」


 その言葉を聞いてくすくすと小さく笑う美月さん。その様は相変らずとても可愛らしい。

 それにしても不思議なもんだが、そんな美月さんの笑顔を見ていると、ふとみっちゃんの笑顔が思い浮かんでしまう。どことなく笑い方や仕草が似ているせいだろうか。


「――はい。どうぞ」

「ありがとうございます」


 俺はお風呂上がりの美月さんの為に冷たいお茶を持って来た。そしてなぜ美月さんがこの家に居るのかと言えば、デジカメでの撮影を終えてお菓子屋へと集合したあと、『美月お姉ちゃんはどこに泊まるの?』という質問を杏子がした事が切っ掛けだった。

 端的に言えば美月さんはどこかのホテルに泊まる事にしていたらしいが、『それなら家に来ればいいよ』と杏子が言った事でこうなっているわけだ。ちなみに、この家に住むじいちゃんとばあちゃんは美月さんを泊める事に大賛成だったから、何の心配もない。


「そういえば、杏子ちゃんに聞いたんですけど、龍之介さんにはこちらにお友達が居たんですか?」

「ん? ああ、かなり昔の話だけどね」

「良かったら、その時の話を聞かせてくれませんか?」

「別にいいけど、どうしてそんな話を聞きたいの?」

「そうですね……強いて理由を上げるとしたら、そのお話がゲーム制作の参考になるかもしれないからです」

「ああ、なるほどね」

「はい。でも本当の事を言えば、その理由は半分なんです」

「えっ? それじゃあ、あと半分は何?」

「あとの半分は私の興味です。龍之介さんからその時の事を聞いてみたかったんですよ」

「ははっ、分かりやすい理由だね。それじゃあ、少し長くなるかもだけど、お話しするとしますか」

「ありがとうございます」


 こうして俺はあの時の思い出話を始めたが、その話をする間、美月さんは俺の話を口を挟まずに黙って聞いてくれた。そして話を聞いてくれている時の美月さんの優しい笑顔に、俺はまたあの時のみっちゃんの笑顔を重ね合わせていた。

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