第199話・幼馴染達の一日
珍しく見える範囲には雲一つ無い、晴れやかな四月中旬の日曜日。俺は地元から六駅離れた場所にある遊園地前へとやって来ていた。
しかし、晴れやかで爽やかな空模様とは違い、俺の心にはどんよりとした暗雲が立ち込めていた。なぜなら今日、行動を共にするはずの茜が、入園予定時間の十時を二十分過ぎてもまだ来ていないからだ。
――たくっ……茜は何やってんだ?
本当は茜の家に行って一緒に遊園地へ向かうはずだったんだけど、尋ねた時にはまだ準備が終わってなかったらしく、今日の尾行目的である人物達を見失う事があってはいけないと、こうやって俺が先行して来ているわけだ。
「龍ちゃーん!」
多少のイラつきを感じながら遊園地前で待っていると、ようやく茜がその姿を現した。
「遅くなってごめんね!」
「その事はとりあえずいいから、もう少し目立たない様にしろ。渡達が早く来てたら見つかるだろうが」
「あっ、そうだった。ごめん」
今日の目的を失念していたのか、茜はハッとした表情を浮かべて左手の平を口元へとつけた。
「たくっ……今日は渡と秋野さんの様子を見守る為に来たんだから、マジで頼むぜ?」
「う、うん。ねえ、龍ちゃん。私の服装、変じゃないかな?」
「えっ? 服装?」
さっきまでは焦りや苛立ちで茜の服の事はまったく気にしていなかったので、そう聞かれた俺は、改めて茜の服装を足のつま先から頭の天辺まで見てみた。
茜は白と赤のボーダー柄のパーカーワンピースに黒のスニーカー、艶と光沢のある黒のレザー製の小さなリュックを背負った
俺としては結構待たされたから、服装について意地悪の一つでも言ってやろうかと思っていたけど、残念ながらその意地悪すら思い浮かばない。
ちなみに俺が見た限りでの茜素敵ポイントを言わせてもらえば、パーカーワンピースのスカート部分から覗かせる、その健康的な生足が素晴らしいところだ。通常ならタイツかレギンス、もしくはオーバーニーソックスなんかを履くところだろうけど、それをせずに生足というところが実にいい。健康的な茜という素材を、フルに活かしたファッションだと言えるだろう。
「そうだな……本当なら変な部分があると言ってやりたいところだが、残念ながらそうはいかないみたいだ」
「何それ? 似合ってるって事?」
「ああ。残念ながら似合ってるよ」
「もうっ! それなら素直に『似合ってる』って言ってよねっ!」
確かに茜の言う通り、素直に『似合っている』と言ってやれば良かったんだろう。だけど、小さな頃からの腐れ縁である茜にそれを言うのは抵抗がある。
それは簡単に言えばそれは『照れ』なんだろうけど、それを口にしてしまうのはもっと恥ずかしい。
「さあ。渉と秋野さんに見つからない内に入るぞ」
「あっ、ちょっと! 無視しないでよねっ!」
茜の言葉を華麗にスルーをし、俺は既に購入していたチケット二枚をポケットから取り出して入場口の方へと向かい始めた。
そしてそんな俺に向かい、ひたすら文句を言い続けながらついて来る茜。こんな感じも今ではすっかり定番だ。しかし、腐れ縁とは思いつつも、茜とこうして仲良くできているのは、俺にとって嬉しい事だ。
後ろからついて来る茜の不満を聞きつつ、表情を綻ばせている自分がちょっとおかしくて気持ち悪かった。
「――そっちはどうだ? ターゲットは見つかったか?」
「ううん。こっちには居ないみたい」
「人が多いから見逃すなよ?」
「ラジャー!」
入場ゲートは範囲が広いし、休日という事で人も多い。
遊園地の中へと入った俺と茜は、入場口を挟む様にして左右に分かれ、携帯を使って探偵の様なやり取りをしながら渡と秋野さんが来るのを待っていた。渡から事前に聴取した情報によると、今日の十一時に来ると言っていたので、もうそろそろ姿を現すだろう。
俺は次々と入場口から入って来る人波へ意識を集中し、渡と秋野さんの姿を見逃すまいと目を凝らしていた。
――おっ! 来た!!
沢山のお客さんが入って来る中、トレードマークの赤シャツを着た渡が入園して来たのが目に映った。それにしても、せっかくの秋野さんとのデート――みたいなものなのに、渡の格好はいつもの赤シャツにジーパンと、なんともラフだ。
「龍ちゃん。渡君を見つけたよ」
「ああ。こっちでも確認した」
どうやら茜も渡の入園を確認できたみたいだが、もう一人のターゲットである秋野さんの姿がまだ確認できない。
「茜、秋野さんはそっちで確認できたか?」
「ううん。渡君の姿しか見えないよ。後ろからついて来た感じでもないし……あっ! 渡君が奥に行っちゃうよ!?」
「何っ!? くそっ……」
最初から想定外の事態が起き、俺は焦った。なぜなら俺は、二人が一緒に来ると思い込んでいたからだ。
「どうする? 龍ちゃん」
「くっ……こうなったら仕方ない。茜、悪いけど渡に気付かれない様にしてあとを追ってくれ。俺はここで秋野さんが来ないかを見ておくから」
「分かった」
「よし。とりあえず通話はここで切って、何かあったら連絡してくれ。くれぐれも渡に見つからない様にな?」
「OK。それじゃあ、またあとでね」
茜との通話を切った俺は、携帯電話をワイシャツの胸ポケットへ入れてから再び入場口へと視線を向けた。
ここは俺が渡のあとを追うべきだったかもしれないけど、万が一にも見つかってしまうかもしれない可能性を考えると、茜にあとを追ってもらう方が無難だと思えた。仮に俺が渡のあとを追って見つかりでもしたら、ここへ来るのを知っていた手前、あからさまに『様子を見に来た』という事がバレてしまう。だけど茜だったら例え見つかったとしても、『友達と来てる』とかなんとか言って誤魔化す事も可能だ。
――アイツ、何で秋野さんと一緒に来なかったんだ?
色々と憶測をすれば切りがないけど、今は状況を見守るしかない。
そして俺達が二手に分かれてからしばらく。携帯に茜からの着信が入った。
「どうした? 何かあったか?」
「あのね。渡君が不自然にあっちこっちを見回ってるんだよね」
「あっちこっちを見回ってる?」
「うん。ところで、そっちはどう? 鈴音ちゃんは来た?」
「いや。まだ姿は見えないな」
「誰の姿が見えないんですか?」
「えっ? あ、秋野さんっ!?」
「えっ!? 鈴音ちゃんが来――」
俺は慌てて茜との通話を切った。
「や、やあっ! 秋野さん! こんな所で会うなんて偶然だね!」
「そうですね。ところで、通話中だったみたいですみません」
「えっ? あ、ああ。いいよいいよ、気にしないで。別に大した事じゃなかったからさ」
「ありがとうございます。ところで、鳴沢君も誰かと待ち合わせをしているんですか?」
「ま、まあね。秋野さんは友達と来たの?」
「いえ。私はわっくんに誘われて来たんです。『十二時頃に遊園地の入場口を抜けた所で待っててくれ』って言われて、その時に入場チケットを受け取ってたんです。だけど落ち着かなくて早目に来ちゃったんですよ」
――なるほど。渡が一人で来たのは、単純に待ち合わせの時間が違ったからか。たくっ、ビビらせやがって。でも、渡はどうして秋野さんとの待ち合わせ時間をずらしてたんだ?
「そうだったんだ。渡が誘ってくれて嬉しかった?」
「はい。でも、ちょっと怖い事があるんです……」
「怖い事?」
「はい……。実は私、少し前にわっくんに告白したんですけど、返答はまだ保留の状態なんです。そして多分、今日はその答えを聞かせてくれるんだろうと思うんですけど、私、その答えがどうしても気になって、昨日わっくんがどんな返答をするのか占ってみたんです。そしたら……」
「そしたら?」
「望んだ返答は望めない――って結果が出たんです……」
望んだ返答は望めない――それは
「多分、わっくんはお付き合いを断る前に、思い出として私とデートの真似事をしてくれようとしているんだと思います。昔から遊園地デートに憧れてた話をわっくんにはしていましたから……」
秋野さんの占いは、百発百中と言える恐ろしい精度を誇る事で有名だ。なぜなら秋野さんの占いが外れたなんて話は、一度も聞いた事がないからだ。だから秋野さんが出した占いの結果はとても気になる。
だけど俺は、渡が秋野さんの気持ちを受け入れると信じていた。だって渡は、秋野さんの事をとても真剣に考えていたんだから。
「秋野さん。不安な気持ちは分かるけど、そんな暗い表情をしてると渡もガッカリしちゃうよ? それにせっかく渡が誘ってくれたんだし、まずは楽しむ事を考えた方がいいんじゃないかな?」
「……そうですよね。ありがとうございます。鳴沢君の言う様に、沢山楽しもうと思います」
「うん。それがいいと思うよ。それじゃあ、俺は待ち合わせの場所に行くから」
「はい。ありがとうございます」
「あっ。それから渡には、ここに俺が来てる事は内緒にしてもらっていいかな?」
「内緒にですか?」
「うん。もしも俺がこんな場所に来てるって分かったら、『彼女ができたのか!? この裏切り者が!』とか言われて色々と
「ふふっ。そういう事ですか。分かりました。鳴沢君の事は内緒にしておきますね」
「ありがとう。それじゃあまたね!」
俺は軽く手を振って秋野さんから距離を取り、別の場所へと移動を始めた。そして適当に距離を取ったあとで物陰に隠れ、胸ポケットに仕舞った携帯を取り出して茜に電話をかけた。
「あっ、茜。もう渡は追わなくていいぞ。――――うん。理由は合流して話すからさ」
こうして茜と待ち合わせ場所を決めてから合流したあと、俺は茜にそれまでの事を話して聞かせた。
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