特別番外エピソード・秋野鈴音編

第200話・あの言葉の意味

「はあっ……」


 幼馴染のわっくんへ告白をしてから、何度目になるのか分からない溜息を吐く。

 私が告白をしてから八日が経つけれど、その告白に対するわっくんからの返答はまだ聞けていない。でも、告白の返答に期限をもうけたわけではないので、わっくんからまだ返答がもらえないのは仕方がないと思っている。

 けれどそうは思っていても、やっぱり落ち着かない気持ちは隠せない。


「鈴音。ちょっといいか?」


 その日の授業も無事に終わった放課後。

 次々と教室から出て行くクラスメイトに視線を向けつつ教科書やノートを鞄に入れていると、目の前にやって来たわっくんが周りを気にする様にしながら顔を近付け、呟く様にそう尋ねてきた。


「う、うん。何かな?」

「あのさ、ちょっと話したい事があるから、あとで校門前に来てくれないか?」

「うん。分かった」

「わりいな。そんじゃあとで」


 右手を軽く上げてそう言うと、わっくんはそそくさと教室を出て行った。

 いつもとは違ったわっくんの行動が、私の中にある不安を更に大きくする。それは、私の気持ちを受け入れてもらえないんじゃないか――という、単純な不安。

 誰であろうと告白をすれば、受け入れられるか振られるかの二択しか行く末は無い。だから誰でも、受け入れられる結果を望むのが当たり前だと思う。けれど、よほど確信めいた要素でもない限りは、望んだ答えをもらえる――という想像をする事すら難しいと思える。

 だから私が感じているこの不安も、当然と言えば当然の不安なのかもしれない。


「はあっ……」


 机の中にある物を鞄に入れて席を立ち、大きな溜息を一つ吐いたあと、私はわっくんが待つ校門前へと向かった。


× × × ×


 わっくんから呼び出しを受けたあの日から数日が経ち、早くも四月中旬の日曜日を迎えていた。


「これでいいかな……」


 朝早くに起きてシャワーを浴びたあと、私は部屋にある鏡を前に今日着て行く服を慎重に選んでいた。なぜ私がそんな事をしているのかと言えば、放課後に校門前へ呼び出されたあの日、一緒に帰る途中に立ち寄った公園内で、わっくんから遊園地のチケットを受け取ったからだ。

 呼び出しを受けたあの日、私はわっくんから告白の返答をされるんだと思っていたけど、実際は『一緒に遊園地で遊ばないか?』というお誘いだった。しかしその時に付け加える様にして、『その日にちゃんと俺の気持ちを伝えるから』とも言われていた。

 その事にとてつもない緊張感はあったけれど、初めてわっくんから遊園地に誘われた事が嬉しかった私は、これでもかと言うくらいに頑張ってお洒落をしようとしていた。その理由はあまりに単純かもしれないけど、少しでもお洒落をして可愛くできれば、振られる可能性が減るかもしれないと考えたからだ。

 普通に考えれば、ちょっとお洒落をしたからと言って、振られる可能性が減るとは思えない。けれど、どんな些細な可能性であっても、例えそれが神頼みであったとしても、今はそれにすがりつきたくなってしまう。

 それはどこまでも自分に対する自信の無さがそうさせるのだと思うけど、こればかりは仕方がない。だって私は、本当に自分に自信が無いのだから。


「ダメだダメだ」


 洋服を選ぶ手が完全に止まっていた私は、暗い考えを振り払う様に頭を左右に何度か振り、洋服選びを再開する。そしてそれから念入りに身支度を済ませたあと、私は待ち合わせの十二時に余裕で間に合う様に、かなり早く家を出た。


「――はあっ……緊張しちゃうなあ……」


 最寄り駅に着いてから電車に乗り、人もまばらな車内の空いている座席へ座ると、途端に大きな溜息が口から漏れ出た。自宅に居た時よりも緊張の度合いが増しているせいもあるけど、やっぱり一番気になるのは、私がした告白に対する返答だった。

 ただでさえ良い返事をもらえると思っていないのに、私は出掛ける前にやった占いのせいで更に気分を落ち込ませていた。もちろん占いは占いであって未来予知ではないので、その結果を過剰に気にする必要はないと思う。

 でも普段、私が占いをした人達からは、『占いが当たったよ!』などと聞いているからか、やっぱりその結果は気にかかる。ちなみに私が出掛ける前にやった占いは、わっくんが私の告白を受け入れてくれるかどうか――という占いだ。

 そしてその結果は散々なもので、望んだ返答は望めない――と出てしまった。こうなるといくら占いとは言え、気分が暗く沈んでしまう。

 こんな事なら昔わっくんに言われていた通りに、自分の事なんて占わなければよかったと思う。後悔先に立たず――という言葉があるけど、今の私はそれを嫌と言うほど実感していた。


 ――そういえばわっくん。どうして私に『自分の事は占うな』なんて言ったのかな?


 自分の事を占うなんて、これまでに数回しかやった事がないのであまり気にしなかったけれど、改めて考えるとそんな疑問が浮かぶ。

 そして心の中に渦巻く不安と一緒にそんな事を考えていると、徐々にわっくんが待つ遊園地へ向かうのが怖くなってきた。しかし無情にも電車は軽快にレールの上を進み、目的の遊園地がある場所へと私を運んで行く。

 こうしてわっくんとの待ち合わせ時間から四十分くらい早く遊園地へと到着した私は、貰っていたチケットを使ってさっそく園内へと入った。入場する際は人が少なかったおかげでスムーズに入園できたけど、中へ入ると日曜日という事もあるからか、あちらこちらに沢山の人が居て、色々な場所へ行き交っている。


「えっと、どの辺りに居ればいいかな……」


 わっくんからは『十二時頃に遊園地の入場口を抜けた所で待っててくれ』と言われていたけど、こうも行き交う人が多いと、どの辺りで待つのがいいのか判断が難しい。

 そんな事を思いながら、わっくんが私を見つけやすい場所がないかと視線を泳がせていると、入場ゲートの近くに見知った人物が居るのがたまたま目に映り、私は挨拶をしようとその人物へ近付いて行った。


「いや。まだ姿は見えないな」


 クラスメイトである鳴沢龍之介君の横に近付くと、不意にそんな言葉が私の耳に届いた。


「誰の姿が見えないんですか?」

「えっ? あ、秋野さんっ!?」


 聞こえてきた言葉に対して疑問の言葉を投げ掛けると、鳴沢君は私を見てから慌てて持っていた携帯を胸ポケットへと仕舞った。そしてそれを見た私は、近付いていた方向的に携帯が見えてなかったから、通話の邪魔をしてしまったのかもしれないと思った。


「や、やあっ! 秋野さん! こんな所で会うなんて偶然だね!」

「そうですね。ところで、通話中だったみたいですみません」

「えっ? あ、ああ。いいよいいよ、気にしないで。別に大した事じゃなかったからさ」


 私を気遣う様にそう言ってくれる鳴沢君。

 わっくんや周りの人からも聞いている通りに、優しい人だと思える。


「ありがとうございます。ところで、鳴沢君も誰かと待ち合わせをしているんですか?」

「ま、まあね。秋野さんは友達と来たの?」

「いえ。私はわっくんに誘われて来たんです。『十二時頃に遊園地の入場口を抜けた所で待っててくれ』って言われて、その時に入場チケットを受け取ってたんです。だけど落ち着かなくて早目に来ちゃったんですよ」

「そうだったんだ。渡が誘ってくれて嬉しかった?」

「はい。でも、ちょっと怖い事があるんです……」

「怖い事?」

「はい……。実は私、少し前にわっくんに告白したんですけど、返答はまだ保留の状態なんです。そして多分、今日はその答えを聞かせてくれるんだろうと思うんですけど、私、その答えがどうしても気になって、昨日わっくんがどんな返答をするのか占ってみたんです。そしたら……」

「そしたら?」

「望んだ返答は望めない――って結果が出たんです……」


 本当はこんな事を鳴沢君に話すべきではないと思う。だってこの問題は、私の個人的なものだから。それに鳴沢君は、普段から『リア充爆発しろっ!』みたいな事を言っているから、この手の話を聞くのはきっと不快なんだろうと思う。

 だけど鳴沢君は私の恋愛相談も真剣に聞いて、ちゃんとそれに答えてくれる。だからというのもあったけれど、私は迷惑にも鳴沢君にここへ来た経緯を話した。


「多分、わっくんはお付き合いを断る前に、思い出として私とデートの真似事をしてくれようとしているんだと思います。昔から遊園地デートに憧れてた話をわっくんにはしていましたから……」


 考え方としては最悪と言える考え方かもしれない。だけど私には、どうしても良い想像をする事はできなかった。

 出掛ける前にやった占いの結果や、これまでの私とわっくんの関係性。そして何より、私にコレと言った長所が無いところが、このネガティブな思考を大きくする要因でもあったと思う。


「秋野さん。不安な気持ちは分かるけど、そんな暗い表情をしてると渡もガッカリしちゃうよ? それにせっかく渡が誘ってくれたんだし、まずは楽しむ事を考えた方がいいんじゃないかな?」


 楽しむ事を考えた方がいい――確かに鳴沢君の言う通りだと思った。それに、暗い顔をしてると幸せが逃げるって聞いた事もあるから、私は頑張って暗い考えを振り払おうと考えた。


「……そうですよね。ありがとうございます。鳴沢君の言う様に、沢山楽しもうと思います」

「うん。それがいいと思うよ。それじゃあ、俺は待ち合わせの場所に行くから」

「はい。ありがとうございます」

「あっ。それから渡には、ここに俺が来てる事は内緒にしてもらっていいかな?」

「内緒にですか?」

「うん。もしも俺がこんな場所に来てるって分かったら、『彼女ができたのか!? この裏切り者が!』とか言われて色々と五月蝿うるさいだろうからさ」

「ふふっ。そういう事ですか。分かりました。鳴沢君の事は内緒にしておきますね」


 そんな事を鳴沢君に言っている場面が容易に想像できてしまい、私は思わず笑いをこぼしてしまった。


「ありがとう。それじゃあまたね!」


 鳴沢君はそう言うと、軽く手を振りながら園内の奥へと歩いて行った。


「――よ、ようっ! 早かったな。待たせたか?」


 鳴沢君と別れてから十数分くらいが経った頃。入場口近くにあるベンチに座ってわっくんが来るのを待っていた私は、聞き慣れた声が聞こえてきた方へと視線を向けた。


「あれっ? わっくん、もう来てたの?」

「あ、ああ。まあな。それじゃあ行くか」


 わっくんはそう言うと、少し戸惑う様にしながら私に右手を差し出してきた。


「あっ……」


 そして私が緊張しながらもその手を握ってベンチから立ち上がると、繋がったその手はすぐに離され、わっくんは私に背を向けて歩き始めてしまった。


「……しっかりしなきゃ」

「何してんだ? 行くぞ?」

「う、うん!」


 前を歩いていたわっくんが、後ろを振り返ってそう言った。

 私は咄嗟とっさに笑顔を浮かべ、わっくんの隣に走り寄る。


「ま、まずはどれで遊ぶ? どこか行きたいアトラクションはあるか?」

「えっ? あ、えっと……私はわっくんが一緒なら何でもいいよ」

「そ、そっか。それじゃあ今はこのアトラクションがいてると思うから、これに行ってみるか?」


 わっくんは手に持っていたパンフレットを開き、その場所を指差して見せてくれた。


「うん。それでいいよ」

「よし。それじゃあ行くか」


 いつもとは違ってぎこちない態度のわっくん。そのぎこちなさの理由は私には分からないけど、少なくとも私には、良い意味でそうなっている様には見えなかった。

 それから私達はちょこちょこと小休憩を挟みながら園内のアトラクションを回り、私は緊張と不安を感じながらも、わっくんとの遊園地デートを楽しんだ。


× × × ×


「鈴音、最後にアレに乗らないか?」


 わっくんと一緒に色々なアトラクションを楽しんだ十七時過ぎ。

 赤い夕日の光を背にしたわっくんが、そう言いながら遠くに見える観覧車を指差した。


「……うん。いいよ」

「よし。それじゃあ行くか」

「うん……」


 いよいよ運命の時が来たと思った私は、短く小さく息を吐いてからわっくんの後について行った。そして目的の場所である観覧車が大きく瞳に映った頃、私の足は――ううん、身体全体は大きな緊張で小刻みに震えていた。

 そして目的の観覧車へ乗ってからしばらく、私とわっくんの二人しか居ない観覧車内は、完全な沈黙が場を包み込んでいた。


「――す、鈴音。今日は楽しかったか?」


 乗っているゴンドラがゆっくりと空へ近付き、そろそろ一番高い場所へ到達しようかという頃。ずっと黙り込んでいたわっくんが突然そんな事を尋ねてきた。


「えっ? う、うん。楽しかったよ。誘ってくれてありがとう」

「そっか。それなら良かった」


 今日見た中で一番の柔和な笑みを浮かべたわっくんを見た私は、思わずその笑顔に釣られて微笑んだ。


「……あの、鈴音。この前の事なんだが、ごめんなっ!」


 わっくんは大きく息を吸い込んだあと、正面に座る私に向けて大きく頭を下げて謝った。そしてそれを聞いた瞬間、やっぱり駄目だった――と、私は顔を俯かせた。


「……仕方ないよ。私って良いところも無いし、可愛いわけでもないし……だから告白を断られても仕方がないもんね。ごめんね、今までちゃんと考えてくれて」

「はっ!? ちょっと待て、何言ってんだ?」


 私が俯きながらそう言うと、わっくんは慌てた様子でそんな事を言った。


「えっ? だって今の、私の告白の返事だよね?」

「待て待て! どうやったらそんな事になるんだ? 俺は返事を待たせた事を謝ったんだよ!」

「そ、そうなの?」

「ああ。それでさ、肝心の告白の返答だけど――」


 わっくんはそこまで言うとサッと席から立ち上がり、私をじっと見た。


「鈴音! 特に取柄も無い俺だけど、こんな俺で良かったら恋人になってくれっ!」


 わっくんは力強くそう言うと、見た事も無いくらいの真っ赤な表情で私に右手を差し出してきた。


「本当にいいの? 私が恋人で……」

「変な事を聞くんじゃねえよ。俺の気持ちは今言っただろ? それに鈴音を放っておいたら、変な奴に引っかかるかもしれないしな」

「うん……ありがとう。わっくん……」


 その言葉を聞いてわっくんの手を握った瞬間、私は瞳から温かいものが流れ始めた事に気付いた。


「お、おい。何で泣いてんだ?」

「ごめんなさい……でも、本当に嬉しくて……出掛ける前にした占いじゃダメだと思ってたから……」

「お前、また自分の事を占ったのか? 自分の事は占うなって、昔言っておいただろ? まったく……ほれ、まずは涙を拭け」

「うん……ありがとう」


 差し出されたハンカチで涙を拭き、心を落ち着かせる為に深呼吸をする。

 そしてその間、わっくんは私の隣に座ってずっと手を握っていてくれた。


「――ねえ、わっくん。どうして私に『自分の事は占うな』って言ったの?」


 ゆっくりと回る観覧車内で気持ちが落ち着いた頃、私達が乗ったゴンドラは下へと着いた。そしてそこから降りた私は、わっくんと繋がった手を見ながらそんな質問をした。


「えっ? ああ。まだ鈴音が占いを始めたばっかりの時だけど、鈴音が『友達と喧嘩しちゃった』って言って凄く落ち込んでた事があったんだよ。そんでその時にさ、鈴音は『相手が自分の事を嫌いになったんじゃないか』って言って凄く気にしてたんだよ。そしたらその日の夜に鈴音から電話がかかってきて、『私やっぱり嫌われちゃったみたい』なんて言ってわんわん泣き始めたんだ。覚えてっか?」

「そ、そんな事もあったね……」


 その時の事は今でも覚えている。

 あの日私は、喧嘩をしてしまった友達に嫌われてしまったかどうかを、自宅に帰ってから占った。そして何度占いをやり直しても、嫌われている――という結果しか出ず、その事があまりにもショックだった私は、思わずわっくんに電話をしてしまったのだ。


「あの時は本当にまいったよ。電話口でわんわん泣かれるから、俺が泣かせた様な気分だったしな」

「えっとあの……ごめんね」

「まあ、いいけどさ。そんでさ、結局その時の占い、当たってなかっただろ?」

「う、うん……」


 そう。わっくんが今言った様に、私がやった占いはまったく当たっていなかった。なぜなら翌日には友達が謝ってきて、まるで何事も無かったかの様に丸く収まったから。


「昔っから鈴音は色々と考え過ぎて悩むところがあるから、自分の事を占うのは止めろって言ったんだよ。まあ、あの出来事からも時々そんな事があったから、鈴音には『自分の事が絡む占いはするな』って、そう言っておくべきだったのかもな」


 そう言って苦笑いを浮かべ、わっくんは空いている方の手で頭をぽりぽりと掻いた。


 ――そっか。そういう事だったんだね……。


 初めて知ったあの言葉の意味。そしてあの言葉には、わっくんの私に対する優しい心遣いの気持ちが詰まっていた。


「私、わっくんを好きになって本当に良かった……」

「えっ? 何だって?」


 小さく呟いた私の言葉は、わっくんの耳には届いていない。でも、今はそれでいい。これからはいくらでも、私の好きを伝える機会はあるんだから。


「ううん。なんでもないよ」

「そっか? まあ、それならいいけどさ」

「うん! これからもよろしくね。わっくん」


 私はわっくんと繋いだ手を少し強く握り、遊園地を出てから夏を迎える為の準備が始まった街中を歩いて行く。

 そしてそんな景色とわっくんの少し照れた様な顔を見ながら、私は心の中に春が訪れた喜びを存分に感じていた。

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