第196話・研究とお願い

 制作研究部での話し合いでゲーム制作の担当が決まった日の夕暮れあと、俺は自転車に乗って以前勤めていたバイト先のゲームショップへと向かっていた。最近はネットショップでゲームを取り寄せる事が多くなっていたせいか、こうしてゲームショップへと向かうのは本当に久しぶりだ。

 そしてそんな久しぶり感があったせいか、俺は残り僅かな桜の花が散っている車道の隅を、ちょっとワクワクした気持ちで自転車を走らせていた。


「――いらっしゃいませ!」


 お店の敷地内にある小さな駐輪場へ自転車を止めて店内へ入ると、今は懐かしい陽子さんの挨拶が聞こえてきた。


「お疲れ様」

「あれっ!? 久しぶりだね。今日はゲームを買いに来たの? それとも予約?」

「いや、今日はちょっと参考になるゲームが無いか見に来たんだよ」

「参考になるゲーム?」

「うん。実はさ――」


 俺は小首を傾げる陽子さんに対し、簡潔に来店した理由の説明をした。


「――へえー、制作研究部かあ。楽しそうな部活だね」

「確かに色々と楽しそうなんだけど、みんなでゲームを作るなんて初めてだから、上手くやれるか不安なんだよね」

「そうだよね。でも、どんな事でも最初はみんな初心者なんだから、そこは心配しなくていいと思うよ? もちろん、失敗したり上手くいかなかったりする事もあるとは思うけど、それが当たり前なんだから」

「そっか……うん、そうだね。確かに陽子さんの言う通りだと思うよ。ありがとう、ちょっと不安が小さくなった気がするよ」

「う、うん。どういたしまして……」


 その言葉に対してにこやかに答えると、なぜか陽子さんは視線をらしながら小さく顔を俯かせた。そしてそんな陽子さんの様子に、どうしたんだろう――と思っていると、お店の出入口から一人の男性客が入って来た。


「あっ、お客さんだ。仕事の邪魔しちゃってごめんね」

「ううん。ゆっくり見て行ってね?」

「うん。ありがとう」


 そう言ってお店のカウンターへ戻って行く陽子さんに右手を上げて軽く手を振ると、それに応える様にして陽子さんも手を振り返してくれた。


「よしっ。とりあえず作品を見てみるか」


 俺はさっそく今回の来店目的である、恋愛シミュレーションゲームコーナーへと向かった。


「結構種類あるんだよなあ……」


 恋愛シミュレーションゲームは、他のジャンルに比べるとやった数は少ない。だから俺は、今回の恋愛シミュレーションゲーム作りの参考にする為の資料がほしかった。しかし、いざこうしてゲームの数々を目の前にすると、どれを参考資料にしようかと迷ってしまう。

 とりあえず、話し合いで決まっている内容と近しい作品を選ぶのは当然として、必然的に学校を舞台にした恋愛物をチョイスする事になる。大雑把ではあるけど、俺は学園恋愛物に的を絞って作品を選んでいく事にした。


「――うーん……困ったなあ……」


 せっかく学園物に的を絞って作品を選んでいたのに、ほとんどの恋愛シミュレーションゲームが学園物だという事実が俺を困らせていた。


「ずいぶん悩んでるみたいだね」


 恋愛シミュレーションゲームコーナーで腕組をしたまま悩んでいると、陽子さんがそう言いながら俺の方へと歩いて来た。


「あっ、うん。思ったよりも学園物が多くてさ。どれを選べばいいのか迷っちゃってるんだよね」

「そうなんだ……」


 やって来た陽子さんに溜息混じりにそう言うと、陽子さんはおもむろにゲームパッケージが置いてある棚を見回してからいくつかの作品を手に取った。


「学園物だとこのあたりの作品が良く売れてるから、もしかしたら参考になるんじゃないかな?」

「そうなの!? ありがとう、凄く助かるよ」

「ううん。これもお仕事だから」

「それでもありがとう。それにしても、せっかくこうして選んでもらっても、やっぱりどれを選べばいいのか迷っちゃいそうだよ」

「そっか……それじゃあ、体験コーナーで少し試しプレイをして行ったらどう? 龍之介君なら、少しプレイするだけでもゲームの雰囲気とかを掴めると思うし」

「なるほど! その手があったね! それじゃあ、ちょっと使わせてもらっていいかな?」

「もちろん♪」


 陽子さんは笑顔でそう答えると、さっそくお試しプレイの準備をしてくれた。


「――それじゃあ、ごゆっくりどうぞ」

「うん。ありがとう」


 お試しプレイの準備が終わったあと、俺はじっくりと候補のゲームを吟味して資料にするゲームを決めた。


× × × ×


「待たせてごめんね、龍之介君」

「いや、全然大丈夫だよ。それじゃあ行こっか」

「うん」


 お店の閉店時間である二十二時を過ぎた頃。シャッターの閉まった店に背を向け、俺は自転車を押しながら陽子さんと一緒に駅の方へと向かい始めた。


「ギリギリまでお試しプレイしててごめんね。帰るのが遅くなったでしょ?」

「そんな事ないよ? むしろ龍之介君が閉店作業を手伝ってくれたから、いつもより早く終わったくらいだし」

「そう? だったら良かったよ」

「うん。龍之介君も資料が見つかって良かったね」

「ホント、陽子さんが色々と売れ筋を教えてくれて助かったよ」

「いえいえ。私は店員としての仕事をしただけだから」


 歩道側に等間隔で取り付けられた街頭の明かりの下を通り過ぎようとした時、にこやかな笑顔を浮かべていた陽子さんの表情が見えた。いつもながら、爽やかな中にも女の子らしい柔らかな笑みを浮かべる陽子さんはとても可愛らしい。


「あっ、そうだ。実は陽子さんに一つお願いがあったんだけど、いいかな?」

「お願い? 何かな?」

「店に来た時に話した制作研究部なんだけど、ゲーム制作が進んでいく内にアフレコ作業をする事になるんだ。それでその時に、演技指導と言うか、ダメ出しをしてくれる人が必要になると思うんだよね。それでさ、色々と忙しいとは思うんだけど、陽子さんにそれをお願いしたいんだ」

「ええっ!? 私に?」


 俺がした突然のお願い。それを聞いた陽子さんは、やはり予想通りに驚きの表情を見せた。


「うん。もちろん陽子さんが忙しいのは知ってるから、無理にとは言わないけどさ」

「うーん……その制作研究部の活動に参加する事には凄く興味があるんだけど、私はまだまだ未熟者だし、人に何かを教えるなんてできないと思うんだよね……」

「もちろん無理強いはしないからさ、だから少しだけ考えてみてくれないかな?」

「……分かった。それじゃあ、少し考えさせてもらうね? なるべく早く返答をするから」

「うん。ありがとう、陽子さん」

「ううん。私こそ、誘ってくれてありがとう。龍之介君とは学校も違うし、そういった誘いをしてくれて嬉しいよ」

「そう? それなら良かったよ。あっ、それじゃあ、考える為の材料として少し資料を渡しておくから、時間がある時にでも見て判断材料にしてよ」

「あ、うん。ありがとう。それじゃあ、しばらくの間預かっておくね」

「うん。是非とも前向きに考えてほしいな。陽子さんが参加してくれたら、俺も凄く嬉しいからさ」

「そ、そうなんだね……うん、分かったよ。ちゃんと考えておくね……」

「うん。よろしく頼むよ」


 自転車のカゴの中に入れていた小さな鞄から資料を取り出して陽子さんに手渡すと、陽子さんはその場で資料に目を通しながら歩き始めた。俺はそんな陽子さんが危なくない様にエスコートをしながら駅までの道を歩き、無事に駅前へと着いたあとで陽子さんと別れた。

 陽子さんが俺のお願いを聞き入れてくれるかはまだ分からないけど、興味がある――と言っていたから少しは期待したい。

 そんな期待を抱きながら自宅へと帰った俺は、さっそく購入した恋愛シミュレーションゲームを起動させ、参考になる部分を片っ端から抜き出す作業を開始した。

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