第193話・みんな仲良く話し合い

 三年生になって初めての休日は、美月さんの親友である桐生明日香きりゅうあすかさんの突然の登場というサプライズと、男性向け恋愛シミュレーションゲームの原案を考えるという作業に時間を費やした事でかなり早く過ぎ去った。


「鳴沢君。今日からよろしくね♪」


 早々と過ぎ去った休日の翌日。

 サプライズの時に言っていた様に、桐生明日香さんがこの花嵐恋からんこえ学園に転入して来た。しかも驚いた事に――いや、まるで誰かに仕組まれていたかの様に、俺や美月さんなどの知り合いが居るBクラスに桐生さんは所属となった。


「よろしく。何か分からない事があったら聞いてね?」

「うん。頼りにしてるよ」


 桐生さんはそう言うと、他のクラスメイトのところへ律儀に挨拶へ向かった。

 それにしても、今の桐生さんがやっている様に、クラスメイト個人に対してそれぞれに挨拶をする転校生というのは初めて見る。俺も小学生の頃から今までの間、それなりに転校生を受け入れる立場を経験してきたけど、転校初日の自己紹介のあとで、この様に積極的なコミュニケーションを図る転校生を見るのは初めてだ。

 普通なら転校生というのはもっと緊張していて、それを見たクラスメイトの一部が話し掛けたりする事からコミュニケーションが始まる――みたいなのが、一般的によく見る流れだと思う。

 しかしまあ、元々が明るくフレンドリーな桐生さんの性格を考えると、現在進行形で行われている行動に少しも違和感は無い。むしろ桐生さんなら、その行動が普通に見えてしまう。


「もっと緊張してるかと思ったけど、案外大丈夫そうだね。桐生さん」

「はい。明日香さんはとても人懐っこい方ですから、すぐにクラスのみんなと打ち解けられると思います」


 近くに来ていた美月さんにそう言うと、本当に嬉しそうな声音でそう答えた。

 そしてせっせと挨拶回りをする桐生さんを見ながら、美月さんはいつまでも優しく柔和な笑みを浮かべていた。


× × × ×


 桐生さんが転校して来た翌日の放課後。

 制作研究部の部室に集まったメンバーの中に、昨日転校して来たばかりの桐生さんの姿があった。


「昨日この学園に転校して来た桐生明日香です。美月ちゃんの誘いもあったので、この制作研究部に入る事にしました。皆さん、よろしくお願いします!」


 そう言って桐生さんが頭をペコリと下げると、俺を含めたメンバー全員からぱちぱちと拍手が起こった。声優養成所に入所が決まって引越しをして来た桐生さんが、部活に参加して大丈夫なのかと心配だったけど、そこはしっかりと両立させると桐生さんは言っていたので大丈夫なんだろう。

 しかしまあ、桐生さんがこの制作研究部に入部した事に関しては、特に大した驚きはなかった。なぜならこの制作研究部の活動内容が、桐生さんが求める将来の夢、声優というジャンルの役割も含んでいたからだ。

 それにこちらとしても、最終的に声の吹き込みをする以上、そういう事に詳しい人物が居るのは助かるので、桐生さんの入部は願ったり叶ったりと言える。


「それでは明日香さんの挨拶も終わったので、今から第二回目の制作研究部ミーティングを始めたいと思います。皆さん、前回のミーティングから今までの間で考えた原案を見せて下さい」


 八畳ほどの部屋の中に聞こえる美月さんの凛とした声。制作研究部の部長として、しっかりと責任を果たそうという意気込みが伝わってくる。


「思ったより書けなかったから、量が少なくて申し訳ないけど……」


 綺麗に並んだ二つの長机の前にあるパイプ椅子に座っている俺は、前回のミーティングからせっせと書いていた原案ノートを鞄から取り出し、長机の上にそっと置いた。


「大丈夫ですよ。みんなでアイディアを持ち寄って、ゲームの設定や世界観、方向性やキャラクターを決めるのが目的ですから」


 申し訳なく思いながら原案ノートを出した俺に向かって、美月さんはにこやかにそんな事を言ってくれた。本当にその自然で優しい気遣いに救われる。


「龍ちゃんはラブコメ作品とかゲームを沢山見たりやったりしてるから、きっと凄い量の原案を持って来ると思ってたんだけどなー」


 しかし美月さんの言葉によって救われたと思った次の瞬間、俺の心は茜によって無残にも打ち砕かれた。いつもいつも絶妙なタイミングで毒を吐くのが茜だけど、今回ばかりはマジで痛い所を突いてきた。


「あのなあ、茜。そういうのを知ってるからこそ、できないって事もあるんだぜ?」

「ふーん。そういうものなの~?」


 言い訳がましい――っと言った感じでそんな返答をする茜だが、こればっかりは本当の事だから仕方がない。知ってるからこそ迷う――というのは、実際にある事だから。

 確かに茜の言う様に、俺は多くのラブコメ作品を見てきたし、恋愛シュミレーションゲームだってそれなりにしてきた。そして王道と言える展開から、意外性を伴う展開まで、本当に色々な作品を見たりやったりしてきた。だからこそ、いざ自分達でそういった物を作ろうすると迷うわけだ。

 この場合で言うところの『迷う』というのは、どんなシチュエーションを書いても、どこかで見た事がある気がする――みたいな感覚におちいってしまうという意味になる。なまじ知識があるだけに、それが邪魔をしてしまうってわけだ。


「ちぇっ、そう言う茜はどうなんだよ?」

「私? 私はまあまあ書けたと思うよ?」


 茜は『まあまあ』と言ってるけど、その自信に満ち溢れた表情を見る限りは、とてもなどとは思えない。そして自信溢れるその表情を裏付けるかの様に、茜は持って来ていた鞄から分厚い紙束を取り出した。


「ずいぶん分厚いな……もしかしてそれ、全部原案の資料なのか?」

「もちろんだよ」


 茜が鞄から取り出した紙束の厚さは、ゆうに三センチはあると思う。

 俺なんて真っさらなノートに数ページくらいしか書けなかったのに、それとは比べ物にならないくらいに圧巻だ。紙束を机に乗せた茜が、俺に対してドヤ顔を見せるのも頷ける。


「くっ……ま、まあ、凄いとは思うけど、問題は量より内容だからな」

「ふーん。それじゃあ、龍ちゃんが書いた原案の内容に超期待しておかなきゃね!」

「うっ……」


 苦し紛れの言葉をつい言い放ってしまった次の瞬間、茜はまったく動じずに倍返しの言葉をにこやかに口にした。そして完全なる墓穴を掘った俺は言い返す言葉が見つからず、茜から顔をそむける形で白旗を上げる事になった。

 勝利した――と言わんばかりの表情を見せていた茜には悔しい気持ちを感じるけど、これ以上の抵抗は高確率で恥の上塗りをする事になるだろう。

 それからみんなが書いて来た原案資料が机の上に出揃ったあと、その原案をみんなで回し読みしながら内容を決めようって話になったんだけど、資料が多い茜と、その茜と大差無いくらいの資料を持って来た杏子のおかげで全ての資料に目を通す事ができず、結局この日の内にゲームの内容や方向性を決める事はできなかった。

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