第194話・仲良きことは美しきかな

「くあーっ! やっと終わったー」


 制作研究部、第二回ミーティングから二日後の夜。

 茜と杏子が提出した資料をようやく読み終えた俺は、椅子から立ち上がってベットに身を投げ出し、大きく身体を伸ばしながらその疲れを追い払っていた。

 茜と杏子が持って来た原案資料は驚くほど詳細にその内容が書かれていて、かなり読み応えがあった。それはもう、世界観からキャラクターの設定、関係性に至るまで事細かに書かれていて、どこにもケチのつけようがないほどに。

 しかも茜と杏子が提出した資料の世界観やキャラクターの関係性が結構似ていて、その二つを組み合わせても物語として成立さられそうな事に俺は驚いた。別に茜と杏子が示し合わせて原案を作ったわけじゃないだろうけど、これには本当にビックリだ。

 そしてそんな事実にプラスして、俺には一つ気になる点があった。それは茜や杏子だけではなく、まひろや愛紗、るーちゃんに至るまでの全員の原案に、どこかで見た事があるような――いや、正確に言うとこんな体験をした事があるような――というイベント内容が書かれていた事だ。

 もしも俺の記憶が的外れじゃなければ、その内容のほとんどに俺は関係している。つまりこれを簡単に言うと、みんな現実で体験した事を脚色して書いているという事になる。

 物語を創作する上で、現実にあった出来事を参考にするのは至極当然のやり方だろう。それは小説なんかでもそうだし、テレビドラマやアニメなんかでもそうだと思う。

 そして、いくらフィクションのゲーム作品とは言っても、それなりのリアリティを織り交ぜないと、プレイヤーの共感は得られない。展開される非現実の中に適度なリアリティを織り交ぜる事が、プレイヤーに共感とカタルシスを感じさせるからだ。


「鳴沢くーん。晩御飯できたよー」

「はーい。すぐに行くね」

「りょうかーい♪」


 部屋の扉がコンコンと軽快に叩かれたあとに聞こえてきた桐生さんの言葉に答えると、パタパタとスリッパの音が遠ざかって行く音が聞こえた。俺はもう一度大きくベッドの上で伸びをしてから身体を起こし、桐生さんに美月さん、そして杏子が待つリビングへと向かった。


「「「「いただきます」」」」


 俺がやって来た事でリビングに全員が揃い、いよいよ今日の晩御飯タイムが始まった。テーブルの上には色とりどりの美味しそうな料理があるので、どれから箸を伸ばそうかと迷ってしまう。


「そういえばお兄ちゃん。資料は全部読み終わったの?」

「ああ。なんとか読み終わったよ。内容がガチ過ぎて読み疲れたけどな」

「確かに茜さんと杏子ちゃんの内容量は凄かったですからね」


 食事を進めていた箸を止め、美月さんがそんな感想を口にする。


「ホント。あれだけの物をよく書いたもんだよ」

「えへへ♪ 凄いでしょ?」


 別に褒めたわけじゃなかったんだけど、杏子はとても嬉しそうな笑顔を浮かべている。

 人の発言をネガティブに捉えず、どこまでもポジティブに、良い方向に考えるのは杏子の美点とも言える特徴だと思う。これはとても良い事だけど、時にそのポジティブさが邪魔をして、注意をしてもそれをなかなか理解してもらえない事もある。美点は時に欠点にもなり得るという事だ。


「まあ、確かに凄かったけどさ、もう少しみんなが読む時の事も考えてほしかったかな。あんな量だと読破するのに時間がかかってしょうがないし」

「えー!? でも、みんなあれくらいは書いて来ると思ってたんだもん」

「まあまあ、龍之介さん。確かに凄い量ではありましたけど、あれだけ詳しく書いて来てくれたのはありがたいですよ。具体的な世界観やキャラクター設定があるのは助かりますから」


 確かに作品を作るには、より詳しく綿密な内容の練り込みは欠かせないだろう。それを考えると、茜や杏子の様なタイプは制作において非常に重要な人物なのかもしれない。


「まあ、確かに美月さんの言う通りだけどね。と言うわけで杏子、これからも張り切って頑張ってくれ」

「うん! 私頑張る!」


 杏子に向けて激励の言葉を述べると、ふて腐れた表情から一気に満面の笑顔を見せた。本当にこういったところは扱いやすくて助かる。


「鳴沢君と杏子ちゃんは本当に仲が良いね」

「そう? 普通だと思うけど?」

「そんな事はないよ? 鳴沢君。今の自分が置かれている普通の環境が、他人にとっての普通と同じって事はないんだから」

「どういう事?」

「世間では兄と妹がここまで仲が良いのは珍しいって事だよ」


 俺は一般的な兄妹の関係性というものを詳しく知っているわけではない。もちろん、テレビやらネットやらで見聞きする程度の事は知ってるけど、俺にはその中で見聞きする兄妹の仲が悪いというエピソードの方が信じられない気分なのだ。

 だからと言って、そんなエピソードの全てが嘘だとは思わないし、実際に仲の良くない兄妹は居ると思う。それでも俺は、兄妹ってのは本当は仲が良いものだと思っている内の一人だ。


「俺と杏子ってそんなに仲良く見える?」

「見える見える! まるで私とお兄ちゃんみたいだもん♪」


 ――そういえば桐生さん、歳の離れたお兄さんが居るんだったな。


 それにしても、俺と杏子の仲の良さを自分とお兄さんで例えるとは、桐生さんはどんだけお兄さんが好きなんだろうか。


「確かに明日香さんとお兄さんは、とても仲がいいですよね」

「えっ? 美月さんは桐生さんのお兄さんに会った事があるの?」

「はい。明日香さんとお友達になってから何度かお会いした事がありますが、本当に龍之介さんと杏子ちゃんみたいに仲が良かったですよ」

「ねっ? 私の言った通りでしょ?」


 えっへん――と言った感じの誇らしげな表情を見せたあと、桐生さんはにこやかな笑顔を見せた。


「やったねお兄ちゃん! 私達、凄く仲良しに見えてるんだって!」


 桐生さんと美月さんの言葉に真っ先に反応したのは、他でもない杏子だった。まあ、杏子ならこんな反応をするとは思っていたけど、あまりにも予想通り過ぎて面白みがない。


「まあ、実感はないけど、仲が悪いって言われるよりはいいかな」

「もう~、お兄ちゃんは照れ屋さんだなあー。もっと素直に喜べばいいのに♪」


 隣の席から右肘で俺を小突く杏子。

 杏子は本気で俺が照れてると思っているらしいが、現実とは非情なもので、俺は杏子が思っているほど喜んでいるわけじゃない。だからと言って、嬉しくないのかと言われれば嘘になる。だけど、杏子との関係はこれが普通だと思っている俺にとって、仲良く見える――と言われる事にはちょっと違和感があった。特別仲良くしようとしていたわけじゃないし、特別そんな事を考えていたわけでもないからだ。


「別に照れてねえよ。まあ、俺にとっては今の杏子との関係が当然で普通だから、仲が良いとか言われてもよく分かんないんだよ」

「お兄ちゃん……私のこのおかずあげる!」

「えっ? あ、ああ。ありがと」

「これもお兄ちゃん好きだったよね!」

「お、おう」


 杏子は嬉しそうにしながら、俺の好物のおかずを次々と皿に乗せていく。


「いやー、鳴沢君は天然ジゴロだねえ~」


 感心する様にそう言う桐生さんの顔がニヤニヤしているのが不気味だ。

 そして天然ジゴロって言葉にも疑問を感じる。元々ジゴロってのはあまり良い意味の言葉ではなかったはずだが、この場合はプレイボーイみたいな意味で捉えておけばいいんだろう。

 しかし現実世界において、妹を攻略しようなんて兄貴が居るわけがないんだから、これは明らかにワードチョイスのミスだ。現実において妹を攻略しようなんて、ゲームでもない限りは考えもしないのだから。

 そんな事を思いながら、俺はおかず皿に沢山乗せられた山盛りのおかずを見て苦笑いを浮かべた。

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