第192話・サプライズは突然に

 美月さんが部長になって設立した制作研究部。その制作研究部に俺が所属してから、早くも四日が経った。

 そして同じく制作研究部のメンバーとなった茜、まひろ、杏子、愛紗、るーちゃん達を前にして、部長である美月さんは初日の活動でこの制作研究部が行う活動と、その最終目標を説明してくれた。制作研究部の主な活動内容はゲーム制作。みんなで一つのゲームを制作し、夏コミまでにその体験版を制作、冬コミで完全版を販売する――というのが主な流れとなる。

 部活動としての主な流れはこれでいいとして、問題はどんなゲームを作るかという事だが、それはみんなとの話し合いの末、男性向け恋愛シミュレーションゲームと決まった。

 なぜよりにもよって男性向け恋愛シミュレーションゲームに決まったのかというと、もちろんちゃんとした理由がある。その理由の一つが、ゲームプログラム全般はどうしても知識と技術の関係で美月さんが担当する事になる。だから制作の期間などを考えると、凝ったRPGなどを作るより、美月さんにかかる負担が少ないシミュレーション系が良いだろうという事になったわけだ。

 まあ、それでもテキストの打ち込みは内容によっては膨大になるから、そのあたりはかなり大変だとは思う。けれどそこは、美月さんに習ってみんなで手分けできる様にしようという結論に至った。

 そして二つ目の理由は、制作研究部に居るメンバーが俺以外には女性しか居ないという事だ。これはシミュレーションゲームを制作しようと決まった時に、美月さんから『ゲームはフルボイス化したい』と提案された事が切っ掛けなんだが、その時に俺が、『せっかく女子部員が多いんだから、男性向け恋愛シミュレーションゲームにしたら声優にも困らないんじゃない?』と提案した事で話し合いが進み、とりあえずの決定をみたという経緯がある。

 今は昔と違って、恋愛シミュレーションゲームに対する偏見は薄まりつつあるし、それでいて市場規模も大きい。つまり、それだけこういったゲームに興味を示す人が多いという事の現れだ。

 せっかくゲームを制作するなら、沢山の人に興味を持ってもらいやすい、買ってもらいやすいジャンルや商品を選択するのは当然だ。加えてゲーム購買層の多くが男性だという事実を考えると、男性向け恋愛シミュレーションゲーム制作という選択は結構良いチョイスだと思っている。


「うーん。結構難しいもんだな……」


 三年生になって最初の休日。

 俺は部屋の中で机に向かい、真っさらなノートを机の上に広げて頭を抱えていた。もちろん真面目に勉強をしているとか、予習復習をしているわけではない。恋愛シミュレーションゲーム制作に使う為の原案を考えているのだ。

 だからと言って、俺が原案の担当になったというわけではない。とりあえずどんな恋愛シミュレーションゲームにするか、その方向性が話し合いでも決まらなかったので、まずはみんなでどんなゲームにしてみたいかの原案を考えてみようと、そんな流れになってこんな事をしている。

 そしてそういった経緯もあり、俺はこうして頭を悩ませつつ、どんな恋愛シミュレーションゲームなら面白くなるだろうかと考え込んでいるわけだ。


「お兄ちゃん、ちょっといいかな?」


 原案を考え込んでいる最中、部屋の扉がコンコンと軽く叩かれ、そのあとで杏子の声が聞こえてきた。


「おう。いいぞ」

「それじゃあ、お邪魔しまーす♪」

「えっ?」


 俺が杏子の声に返答をすると、杏子とは違った声が扉の外から聞こえ、思わずその声に扉の方を振り返ってしまった。


「やっほー! 鳴沢君♪ 元気にしてたー?」


 開いた扉から入って来たのは妹の杏子ではなく、なぜか遠い地に居るはずの美月さんの親友、桐生明日香きりゅうあすかさんだった。


「き、桐生さん!? 何でここに!?」

「フフフ、驚いたみたいだね。杏子ちゃん、ドッキリ大成功だよ!」

「はいっ! 大成功ですね!」


 俺の質問には答えず、ニヒヒッと悪戯いたずらな笑顔を浮かべている桐生さん。その悪戯好きな性格は相変わらずみたいだ。

 そしてそんな桐生さんに乗せられたのであろう杏子も、一緒になって喜んでいる。この二人はノリも似たところがあるから、さぞかし相性が良いんだろう。


「すみません。龍之介さん」


 両手でハイタッチをして喜んでいる二人を見ていると、その間を縫う様にして美月さんが部屋へと入って来た。


「あっ、美月さんも来てたんだね」

「はい。お邪魔してます」

「うん。で、突然どうしたの? 桐生さんも一緒にいるからビックリしたけど」

「はい。今日はその事でこちらにおうかがいしたんです。実は――」

「実は私こと桐生明日香は、今日からお隣の家に引越しをして来ましたー!」

「へっ!?」

「だーかーらー、美月ちゃんの家に引っ越して来たの。これからよろしくね、鳴沢君♪」


 桐生さんはそう言うと、俺の前までやって来てから右手をスッと前へ差し出した。


「あっ、はい……よろしくお願いします……」


 未だに事情が飲み込めてない俺は、戸惑いながらも桐生さんが差し出した右手を握って握手を交わした。


「うんうん。それと、来週から私も花嵐恋からんこえ学園に通う事になってるから、よろしくね!」

「えっ? マジで!?」

「うん。マジもマジ、大マジ」

「本当なんですよ、龍之介さん。明日香さんは二年生が終わる少し前に編入試験を受けに来てたんです」

「それならもっと早く言ってくれれば良かったのに」

「いやいや。そんなにすぐ教えたら面白くないじゃない? やっぱりこういう事はサプライズじゃないと」


 いかにもお祭り騒ぎが好きそうな桐生さんがこう言うと、これほどしっくりくる言葉はないと思ってしまう。


「まあ、サプライズをしたかったのはよく分かったけど、どうして高校最後の年にこっちへ転入して来る事になったの?」

「去年の夏休みに私が来たのを覚えてるかな?」

「うん。確か、専門学校とか養成所を見に来たとか言ってたよね?」

「そうそう。それでこっちにある養成所に入所するから、その関係でこっちに引っ越して来たの」

「ああ、なるほどね。そういう事だったんだ。それじゃあ、こっちの事は色々と分からない事もあるだろうし、何かあったら遠慮なく言ってね?」

「ありがとう、鳴沢君。それじゃあ、私は荷物の片付けがあるから部屋に戻るね」

「あっ、私も一緒に戻ります。では龍之介さん、突然お邪魔してすみませんでした」

「鳴沢君、またお邪魔しに来るからね~。次はベッドの下も覗いちゃうぞ~♪」


 美月さんがペコリと頭を下げて部屋を出て行くと、それに続く様にして桐生さんも部屋を出て行った。去り際のセリフがとても恐ろしいが、まさかベッドの下にある俺の秘密を知っているんだろうか。

 突然の桐生さんの登場に、花嵐恋からんこえ学園への転入など、様々なドッキリをかまして去って行った桐生さん。高校生最後の年、更に騒がしさを増しそうな人物の登場を前に戸惑いながらも、面白い年になりそうだな――と、そんな予感を感じながら少し表情をほころばせていた。

 しかしそんな思いを感じながらも、とりあえずベッドの下にある秘蔵コレクションを別の場所に移動させておこうと席を立ち、俺は部屋のどこに秘蔵コレクションを隠そうかと迷いまくった。

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