第179話・終わりと始まり

 十七年を生きて来た中で、一番考えて一番悩んでいたかもしれない。それくらい春休みの間はずっと、まひろとまひるちゃんの事を考えていた気がする。

 二年生の修了式の日が終わって以降、俺はまひろにもまひるちゃんにも会っていない。

 そして今日。短かった春休みも終わり、俺はいよいよ花嵐恋からんこえ学園の最上級生としての一歩を踏み出そうとしていた。


「えーっと、俺のクラスは――」


 杏子と一緒にいつもより少しだけ早く花嵐恋学園へと向かった俺は、クラス分けが書かれた掲示板のある場所へと来ていた。

 最初に来た時には沢山の生徒達で賑わいを見せていて、まともにクラス分けを見る事ができなかったけど、ようやく掲示板を見ている生徒達の数も減り、じっくりとその内容を見る事ができる様になった。

 俺はAクラスからEクラスまでの振り分けがされた掲示板の内容を、Aクラスからじっくりと見始めた。


「おっ! あったあった!」


 自分の所属するクラスを探し始めて早々、俺はBクラスに自分の名前を見つけた。そして自分の名前を確認したあと、俺は同じクラスに誰が居るのかを見始めた。


 ――えーっと……茜に美月さん、るーちゃんに秋野さん、おっ! 今年は真柴も同じクラスか。げっ! 渡とは三年連続一緒かよ。腐れ縁てのは続くもんだな。


 そんな事を思いながら、俺はとある人物の名前を探していた。


「――無いな」


 Bクラスの最後までを見終わった俺は、肝心な人物の名前が無い事に落胆の溜息を吐いた。その名前は涼風まひろ。

 小学校二年生の転入して来た時から今までの間、まひろとは別のクラスになった事は一度もない。

 それは奇跡的とさえ思える確率だが、俺はいつの間にかそれが当たり前の様にすら思っていた。だからそんなまひろの名前が同じクラスに無い事が、俺には結構ショックだった。

 しかし、こればっかりはどうしようもない事なのは分かる。むしろ今までずっと一緒のクラスでいられた事が、不思議だったと言えるくらいなんだから。

 俺はふうっと短く息を吐いたあと、まひろがどのクラスになったのかを探し始めた。しかし、最後のEクラスまでを見終わっても、俺は涼風まひろの名前を見つける事はできなかった。


「どういう事だ?」


 どこかで名前を見落としたのかと思った俺は、再びAクラスから順にまひろの名前を探し始めた。


 ――無い、無い、無いっ! どうしてまひろの名前がどこにも無いんだっ!?


 何度掲示板を往復して見ても、そこに涼風まひろの名前は無い。

 そうして何度も掲示板を往復している内に、ホームルーム開始五分前を告げるチャイムが鳴り響いたのを聞いた俺は、とりあえず急いで自分が所属するBクラスへと向かった。


「あっ、龍ちゃん。今日は遅かったね」

「ああ。ちょっと色々あってな」


 茜の質問に答えた俺は、いそいそと自分の席へ向かった。


 ――さっきは単純に名前を見落としただけさ。そうだ、そうに違いない。


 焦る気持ちを抑える為に、俺はそう自分に言い聞かせていた。


「今年は龍ちゃんとまひろ君、クラスが離れちゃったね。今までで初めてじゃない?」

「まひろがどのクラスになったか見たのか!?」


 席に着いて鞄を机の横にある引っ掛け部分に掛けたあと、そう話し掛けて来た茜に向かい、思わず前のめりになってそう聞いてしまった。


「う、ううん。でも、Bクラスには名前が無かったし、別のクラスになったのは確かなんじゃない?」

「そ、そうだよな……」


 ――そうだよ。まひろとは別のクラスになってしまっただけなんだ。うん、そうだ。クラスが別になってしまった――ただそれだけの事さ。


 心の中でそう言いながら、自分の中にある妙な焦りを抑え込もうとする。

 しかし、俺の中にある焦りや嫌な予感は、一向に静まる気配を見せない。それもあの修了式の日、水族館で会って最後に言われた言葉が気になって仕方なかったからだ。

 静まらない気持ちを感じつつも必死に抑え込んでいると、いつの間にか担任の先生が来てホームルームが始まろうとしていた。どうやら今年の担任も、去年に引き続いて鷲崎わしざき先生みたいだ。


「皆さん、おはようございます。さっそくホームルームを始めたいと思いますが、その前に保健の宮下先生から大切なお話があります」


 鷲崎先生はそう言うと教壇から離れ、入って来た宮下先生に教壇を譲った。


「三年生最初のホームルームにお邪魔をしてすまない。今日はみんなに大切な話があってこの場をお借りした」


 クラスのみんなに向かってそう言ったあと、宮下先生は軽く鷲崎先生とみんなに頭を下げてから続きの話を再開した。


「このクラスには二年生の時にCクラスだった者が多いと思う。そしてその時に一緒だったクラスメイトの涼風まひろだが、先日、この花嵐恋からんこえ学園を退学した」

「えっ!? まひろ君が!?」


 宮下先生の言葉に真っ先に反応したのは茜だった。

 そして驚きの声を上げた茜と同様に、クラスメイト達にもその衝撃が走っていた。去年同じクラスに居た仲間達はもちろん、そうじゃない人もさすがに驚いた表情を浮かべている。

 それはまひろが花嫁選抜コンテストの事もあってか、多くの人にその存在を認知されていたからだと思う。


「どういう事なんですか!? 宮下先生!」


 茜が大きな声を出して驚きを見せたあと、俺は少し遅れて席から立ち上がり、宮下先生に対して大きな声でそう尋ねた。


「落ち着きたまえ、鳴沢。まだ話の途中だ」


 焦りを見せる俺に対し、宮下先生は至って冷静にそう言い放った。


「すみません……」


 妙な迫力を感じさせる宮下先生の物言いに、俺はすごすごと椅子へ座り直した。


「あー、みんな驚いたかもしれないが、これも彼女の決断だ。そしてもう一つ、君達に伝える事がある」


 そう言うと宮下先生は教壇から離れ、教室の出入口の方へと向かって行く。

 そして出入口前でピタッと止まると、静かに扉を開いてから俺達の方を向いて口を開いた。


「今日からみんなと新しくクラスメイトになる人物を紹介する」

「あっ……」


 宮下先生の言葉のあとに姿を見せた人物を見て、俺は思わず声が出た。

 見覚えのある美しい金髪に青い瞳をした女の子が、真新しい制服のスカートを揺らめかせながら教室内へ入って来たからだ。

 その女の子は緊張の面持ちで教室へ入ると、ゆっくりと歩いて教壇へと立った。そしてまるで心を落ち着けるかの様にして何度か息を吸って吐いてを繰り返したあと、彼女は俺達クラスメイトを見据えて口を開いた。


「皆さん初めまして。私は涼風まひろと言います。これからよろしくお願いします!」


 そう言って彼女は大きく頭を下げる。

 そして教室内が驚きの沈黙に包まれる中、俺は複雑な思いは未だにあったけど、同時に激しく強い喜びと嬉しさを感じていた。





俺はラブコメがしたいッ! 二年生編~fin~

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