番外エピソード・涼風まひろ/まひる編

第180話・偽りの日々

 私にとっての日常は、偽りに満ちていると言ってもいいのかもしれない。でもそれは、私の周りが――と言うわけではなく、私自身が――と言う事になる。

 人は生きて行く中で偽りを述べたりする事は多々あると思うけど、私のそれはその中でも特別期間が長く、特別酷いのかもしれない。だって自分の数少ない大切な友達や好きな人だけではなく、私は自分さえも偽っているんだから。


「はあっ……今日も疲れちゃったなあ……」


 静かな時が流れる自室。その中で着替えをしながら、私は今日も大きな溜息を一つ吐いた。

 第一志望だった花嵐恋からんこえ学園に入学してからもう一週間が経つけど、まだ着慣れない男子生徒の制服を着ての生活は、私を酷く疲弊させる。でもこれは私が望んでしてきた事だから、誰にも打ち明ける事ができないのが悩みだ。

 それでも家に居る間だけはそんな偽りのしがらみ全てから解放され、大きく羽を伸ばす事ができる。

 女性として生まれながら、外では男性として過ごし始めて約九年目。

 最初こそ男性として生活する事に慣れず、色々と失敗をして来たけど、それも今ではずいぶんと慣れてきた。でもそれは、龍之介君や茜ちゃんみたいな優しい友達の存在と、何よりも家族の理解があったからに他ならない。

 もしも小学校二年生で転校をした時に、龍之介君や茜ちゃんと出会えてなかったら、今の私はきっと存在しなかった。いつまでも自分の殻に閉じこもって泣いてる、弱い自分のままだったと思う。

 しかしそんな風に思いつつも、本当の自分を偽っている事に変わりはない。それはまぎれもなく私の弱さで、私のズルイところだ。


「はあっ……」


 そんな事を考えながら着替えを終えた私は、自室にあるベッドに身を投げ出して再び溜息を吐いた。


「高校でもあの制服を着て登校する事はないのかなあ……」


 視線の先にはハンガーに掛けられたままの、真新しい女生徒用の制服がある。この制服に袖を通したのは、測った寸法をメーカーに送り、それが自宅へ届いた時に試着をした一度限り。

 中学生の時にも同じ様にして女生徒用の制服を注文したけど、最初に試着をした時以外は一度も着る事なく卒業をしてしまい、先日クローゼットの奥へと仕舞う事になった。

 自分で決意してやり始めた事なのに、最近は特にその決意がグラつくのを感じている。そしてその原因は、私の中で『本当の自分を見てほしい』という思いが強く大きくなってきていたからだと思う。

 だけどその思いを口にしたり見せたりするには、あまりにも時間が経ち過ぎていた。あまりにも嘘をつき過ぎていた。

 自分を偽って来た事を今更後悔しても既に遅い。だって龍之介君や茜ちゃん達にとって、私は最初からずっと『男の子』だったんだから。

 それでも、龍之介君達をいつまでもあざむき続ける事はできない。いつかは絶対に、この事実は告白しなければいけなくなる。この偽っていた日々の事を、偽っていた私の事を。


「この頃に戻れたらなあ……」


 ベッドの近くに置いてある台の上には、いくつかの写真立てが置いてある。私はその中の一つを見ながら、そんな事を呟いた。

 視線の先にある写真には、微笑みを浮かべた小さな私と、明るく元気な笑顔の茜ちゃん、そして、私の想い人である龍之介君が写っている。

 そしてその写真に写る自分達を見ながら、私はこの町へやって来た頃の事を思い返し始めた。

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