第177話・約束の場所で
バレンタインデーから修了式を迎えるまでの間は、特にこれと言って挙げる様な話題も無く、いつもと変わらない日常が過ぎて行った。それでもその期間で強いて何か話題を挙げるとすれば、ホワイトデーの話題くらいしか思いつかない。
だけどバレンタインデーとは違って、ホワイトデーは毎年の事だが盛り上がりに欠ける。でもまあ、それは仕方のない事だとは思う。
なにせバレンタインデーにおける野郎共の圧倒的な惨状を考えれば、ホワイトデーが盛り上がらなくなるのは必然だと言えるからだ。だからバレンタインデーもホワイトデーも、両方を楽しめている野郎は極々わずかだろう。
しかしそれでも、頂いたバレンタインデーチョコにお返しをするのは礼儀だから、チョコをくれた面々にはもちろんちゃんとしたお返しをした。
そのお返しに関しては毎年の様に頭を痛めるけど、受け取ってくれたみんなはとりあえず喜んでたみたいだったから良かったと思う。
そして本日。
そろそろ太陽が真上へ昇ろうかという頃にようやく
「龍ちゃん。ホームルームが終わったらファミレスに行こうと思うんだけど、もちろん龍ちゃんは行けるよね?」
そろそろ二年生最後のホームルームが始まろうかという頃、茜がいつもの明るく弾む声音でそんな事を聞いてきた。
最後の方に聞こえた言葉が、『どうせ龍ちんは暇でしょ?』みたいなニュアンスに聞こえてしまうんだけど、明日から春休みで気分がいいので、今回はあえて何も言わないでおいてやろうと思う。
「わりいな。今日はこれから用事があるから、先に帰らせてもらうわ」
「ええーっ!? 万年暇人の龍ちゃんに用事? ホントに?」
――コイツ。今までの長い付き合いでどんだけ俺へのイメージをこじらせてんだ?
「相変らず失礼なやっちゃな。俺にだってたまには外せない用事の一つや二つはあるんだよ」
茜の失礼な物言いに対し、俺はムスッとしながらそう答えた。もはや茜の俺に対する毒吐きは恒例行事の様なものだが、日を重ねる度にその言葉の刃は鋭さを増してきている。
だから俺は、いつか茜の言葉の刃で心臓を止められてしまうのではないだろうか――と
「もう、しょうがないなあ。美月ちゃんはどう? 行けるかな?」
「はい。是非ご一緒させて下さい」
「やった! まひろ君はどう? 行ける?」
「あっ、うん。それじゃあ、参加させてもらうよ」
「よしっ! それじゃあ、帰りに杏子ちゃんと愛紗ちゃんも誘ってみようよ」
「うん。そうだね」
茜の誘いに対し、まひろはいつもの涼やかで優しい笑顔を浮かべながらそう答えた。そしてそんなまひろの笑顔は、やはりいつ見ても可愛らしい。
それにしても、バレンタインデーから今までの間、まひるちゃんからのメッセージカードの件もあったからか、まひろの様子はちょっと気に掛けていた。もしかしたら、今日の事をまひるちゃんから聞いているかもしれない――と思っていたからだ。
しかしそんな俺の考えに対し、まひろの様子は至って普通だった。
もしもまひろがまひるちゃんから今日の事を聞いていたとしたら、少なからず何かしらの反応を見せるはずだと思っていたからだ。でも結局、まひろにそんな様子は少しも見られなかった。
やっぱりまひるちゃんは今日の事をまひろには話してないんだなと思っていると、担任の鷲崎先生がやって来てホームルームが始まった。
そして
今日は部活動が全面休止だからか、いつもは生徒の姿が
そして目に映る生徒達の表情はどことなくみんな明るく見え、やはり短いとはいえ春休みが来る事が嬉しいんだなと感じた。俺はそんな中を少し急ぎ足で歩き、自宅へと進んで行く。
まひるちゃんからのメッセージカードには、『十五時に海世界の大パノラマ水槽の前で待っています』と書かれていた。
今はもう少しで十二時半を迎えるくらいだから、急がなくても自宅へ帰ってのんびりとお昼ご飯を食べ、着替えをして出掛ける余裕はある。それは分かっているんだけど、なぜか俺の足は弾む様に軽やかに前へと進んで行く。
まひるちゃんがどういった用件で俺を呼び出したのかはちょっと予想がつかないけど、まひるちゃんと会える事を楽しみに思っていたから、歩みが自然と速くなるのも仕方ない。
そして予想よりも早く自宅へと着いた俺は、自室の床にポイッと鞄を放り出し、そのまま一階へと下りて冷蔵庫の中にある物を適当に取り出してゆっくり食事を済ませたあと、歯磨きと着替えをちゃっちゃと済ませてから自宅を出て海世界へと向かった。
× × × ×
「やっぱり早く来過ぎたかな」
ゆっくりしっかりと準備を済ませた俺は、まひるちゃんとの待ち合わせ場所である海世界へと辿り着いた。メッセージカードに書かれていた約束の時間までは、あと三十分くらい余裕がある。
我ながら早く来すぎたなと思いながら、とりあえず約束の場所へ行く為にチケットを買って館内へ入ると、お客さんの姿も
そして俺には大パノラマ水槽の中で泳ぐ生き物達を見上げているその後ろ姿が、どことなく
すると大水槽の中に居る生き物達を見上げていた女の子は、近付いて来る俺の足音に気付いたのか、ゆっくりと俺の方へ振り返ってから優しい微笑みを浮かべた。
「ありがとう。ちゃんと来てくれて」
その優しげな微笑と穏やかな声を見聞きした俺は、まるで時が止まってしまったかの様に自身の身体が硬直したのが分かった。
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