二年生編・二学期後半&冬休み

第163話・みんなで進む過酷な道

 楽しかった学園祭が終わると、あっと言う間に暦は十二月へと移り変わる。

 ここまで来ると年が明けたのがついこの前の事だった様な気がするほど時の流れが早いと感じ、暖かくなってきたなーとか、暑くなってきたなーとか、涼しくなってきたなーとか言っていたのが、つい昨日の事だった様に思えてしまう。


「本当にかったるいよな~」

「確かにちょっときついけど、僕はそんなに嫌いじゃないかな」

「何でだ?」

「だって、普段は授業で学園に居る時間帯だけど、その時間にこうして校外に居るんだから、なんだか新鮮な感じがしない?」


 俺と一緒にのろのろと走っているまひろは、いつものにこやかな笑顔を浮かべながらそんな事を言う。毎度の事だが、発言も表情も可愛い奴だ。

 十二月も中旬に入った今日。我らが学園では、マラソン大会という学生の多くが嫌うであろうイベントを行っていた。

 二年生が持つ上下緑色の冬用ジャージを着た俺は、まひろと一緒に学園が決めたコースを進みながら何度目かになる溜息を吐いた。これでも最初はそれなりに走ってはいたんだけど、それも五分と続かなかった。

 そんなやる気の無い俺とにこやかな笑顔を見せるまひろの横を、青色のジャージを着た一年生や赤色のジャージを着た三年生が颯爽さっそうと抜き去って行く。

 マラソン大会が始まってから、いったい何人にこうして抜かれて行ったかは分からないけど、横を通り過ぎて行くみんなを見ていると、そんなに急いで走らなくてもいいのに――なんて思ってしまう。だってこのマラソン大会は、走る距離が二十キロもあるんだから。


「まひろ。俺の事は気にしないで先に行ってもいいんだぞ?」


 最初こそあまり気にしない様にはしてたけど、こうやって沢山の人に抜かれて行くのを見ていると、流石にやる気の無い俺にまひろを付き合わせるのは気が引ける。のろのろと歩く様に走っている俺にまひろが歩調を合わせてくれているのは、かなり前から気付いていたから。


「速く進めるならそうするかもだけど、距離が長いからこのくらいの速さが僕も楽なんだよ。だから気にしないで」


 そう言って優しげな笑顔を見せるまひろ。

 口では『速く進めるならそうするかもだけど』とか言っているけど、例えそれができても、まひろはきっとそうしないだろう。長い付き合いだからよく分かる。

 そんな事を思いながら、俺は少し表情をほころばせてコースを進んだ。

 こうしてのろのろと進み、コースの四分の一くらいまで来た頃。なぜかマラソン大会の開始直後に抜かれて先を行っていたはずの美月さんと遭遇した。


「美月さん、大丈夫?」

「はあはあっ……あっ、龍之介さん。大丈夫です……」


 俺達を抜き去って行った時の勢いはすっかり失われていて、美月さんは大きく肩を上下させながらふらついていた。


「かなりふらついてるけど、どうしたの?」

「実は、茜さんや瑠奈さんに負けない様に頑張って走ってたんですけど、二人のペースに合わせて走っていたらこうなっちゃったんです」

「ああ。なるほどね」


 上がっていた息を整えながら、美月さんは少し恥ずかしげに苦笑いを浮かべながら質問に答えてくれた。

 るーちゃんはどうか分からないけど、茜のペースに合わせてたら息も上がるだろう。茜はバスケ部だし、体力もかなりあるから。


「美月さんがいいなら一緒に行く? 相当スローペースだから、ビリになるかもだけど」

「いいんですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます。是非ご一緒させて下さい」


 にこやかに微笑みながらそう答える美月さんを加え、俺達は再び長い道のりを進み始めた。

 相変らずのろのろと歩く様に走る俺の隣で二人の美少女が――もとい、一人の美少女と一人の美少年が、まるで俺のお供の様に並走へいそうしている。やる気の無い俺に付き合わせているみたいで申し訳ない限りだが、今更やる気を出す気にはならない。

 そんな事を思いながら、俺は普段見る事の無い時間帯の街並みをまるで見物でもするかの様にして進んだ。

 そして三人で進みながらしばらくした頃。前方できょろきょろと辺りを見回している、クラスメイトの秋野鈴音さんが居るのが見えた。


「秋野さん。どうかしたの? 何か探してるの?」

「あっ、鳴沢君。どこかでわっくんを見かけませんでしたか?」

「渡? いや、見なかったけど」

「そうですか……どこに行っちゃったのかな?」

「渡がどうしたの?」


 俺がそう尋ねると、秋野さんは渡を探していた理由を話してくれた。

 なんでもスタートからしばらくして渡に追いついた秋野さんは、そのまま渡と一緒に走っていたらしいんだけど、ここへ来るまでのちょっとした間に居なくなってしまったらしい。それでコースの途中で立ち止まり、こうして渡を探していたとの事だった。


「まったく。アイツは何をやってんだか……」

「大丈夫かな? 渡君」

「そうですね。ちょっと心配です」


 秋野さんの話を聞いたまひろと美月さんが、表情を曇らせながら心配そうにそんな事を言う。


「まあ、アイツの事だから、その辺りのお店に入って買い食いでもしてるんじゃないか?」

「龍之介。いくら渡君でも、そんな事はないと思うよ?」

「ああー。でも、それはあり得るかもしれませんね」

「いや、秋野さん。今のはほんの冗談だから」

「でも、途中でコンビニの横を通った時に、『腹減ったー』って言ってましたから、今頃どこかで肉まんでも買ってるんじゃないかと思います」

「いや。さすがのアイツもそこまでアホな事はしないと思――」

「あれーっ? みんな、こんな所で何してんの?」


 渡の擁護を始めた俺の言葉が終わる寸前。後ろからいつもの垢抜けた声が聞こえてきた。

 そしてその声に後ろを振り返ると、肉まんと書かれた包み紙の部分を右手に持ちながら、モグモグとそれを食べている渡の姿があった。


「お前、何してんの?」

「えっ? 何って、腹が減ったから肉まんを食べてるんだが? あっ! 言っとくけどやらないからな!」


 いけしゃあしゃあとそんな事を言う渡から視線を秋野さんへ向けると、『ほらね』と言いながら秋野さんは微笑んだ。よもや買った物まで的確に当ててしまうとは、流石は幼馴染とでも言うべきだろうか。

 そして肉まんで腹を膨らませた渡と、そんな渡に付き合っていた秋野さんも仲間に加わり、俺達は五人でゴールへの道を歩み始めた。

 俺としては渡と秋野さんは先に行ってもらって全然構わない――いや、むしろ先に行ってもらいたいんだけど、腹を膨らませた渡が、『走るのがかったるい』と言い出した事でそれが不可能になってしまった。

 ではなぜこの二人に先に行ってもらいたかったのかと言えば、それは勿体なくも、秋野さんが渡に恋心を寄せているからだ。だからこそ、できれば二人だけにしてやりたいと思うのが人情ってもんだろう。

 まあ、恋人持ちリア充が世の中から蒸発すればいいのにと思っている俺が、こんな人情を見せるのは変かもしれない。けど、幼馴染という間柄の相手に恋心を抱くというのは、通常の恋愛とはちょっと違う気がするし、俺にも幼馴染が居るって事と、秋野さんがとてもいじらしく頑張っているのを知っているから、思わず肩入れをしたくなるわけだ。柄じゃないとは思うけど。

 そんな事を思いながら五人で進み、ようやくコースの半分を過ぎた頃。俺達の前方で同じ様にのんびりと進んでいた集団が、突然人が変わったかの様に速度を上げて走り始めた。

 次々と前方に居る生徒達が速度を上げて行く中、コース脇で監視をしている白衣姿の宮下先生が、前方に居る生徒達に向かって何かを言っているのが聞こえた。


「宮下先生ー。みんなどうしたんですかー?」


 宮下先生が居る場所へと近付きながら、渡がいつもの軽い感じでそう尋ねた。


「ん? ああ、君達か。なーに。私は先ほど学園が決めた事を伝えていただけだよ」

「学園が決めた事?」

「ああ。実は運営本部に、『真面目に走っていない生徒が沢山居る』との報告が多数上がっていたらしくてな、それで――」

「す、鈴音! 行くぞ!!」

「えっ!? ちょ、ちょっと――」


 宮下先生の話がまだ続いているにも関わらず、渡は慌てた様子で秋野さんの手を握り、その手を強引に引っ張りながら先へと進んで行ってしまった。


「何だアイツ? それで宮下先生、結局何が決まったんですか?」

「ふむ。日比野は何かしら察したみたいだが、君には分からなかったか」

「な、何なんですか?」

「まあ、簡単に説明するなら、真面目に走っていない生徒向けに、学園側がペナルティを用意した――という事さ」

「ペナルティ!? 内容は何ですか?」

「ふむ。まだ詳しくは決まっていないらしいが、最下位から数えて適当な人数を対象に冬休みを一日返上してもらい、校内美化活動を行ってもらおうか――という流れになっているらしい」

「まひろ、美月さん、急ごう!」

「は、はいっ!」

「うん!」


 まさかのろのろと走っていたツケが、こんなところで回ってこようとは思ってもいなかった俺は、すぐさまその場を離れてゴールへの道を走り始めた。

 宮下先生は、最下位から数えて適当な人数を対象にする――と言っていたけど、実際はもう、最下位から何名までを美化活動に回すのかを学園側が決めている可能性は高い。そしてそれを宮下先生が知っている可能性も高いと思える。

 それでもあえてあんな言い方を宮下先生がしたのだとしたら、それはあえて不確定な情報を与える事で、サボり組みを奮起させる為だろう。

 でもまあ、この考えが俺の考え過ぎにしろ、事実かもしれないにしろ、情報が不確定である以上、今からでもなるべく上位の方に入らないと危険だ。貴重な冬休みを一日返上して校内美化活動なんて、冗談じゃないから。


「まひろ、美月さん、もう少し速度を上げよう」


 後方から来ている生徒の数は決して多くはない。

 だから今、後ろから来ている連中に追い抜かれたら、校内美化活動への従事は避けられないと思っておいた方がいいだろう。

 そう思った俺はまひろや美月さんと一緒に速度を上げ、追い抜かれない為に走った。


× × × ×


 速度を上げて走っていた俺達はそれなりに先を走っていた連中を抜き、いよいよ二十キロのマラソンも終わりに近付いていた。


「はあはあ、あともう少しだな」

「う、うん」

「そ、そうですね」


 長い距離を急いで走っていた俺は、体力の限界を迎えつつあった。それは一緒に走っているまひろや美月さんも同じみたいで、その辛そうな表情を見ただけで体力が残っていない事が伝わって来る。

 だけどこの調子で走っていれば、なんとかペナルティを受けずに済みそうだと思っていた矢先。少しだけ前を走っていた美月さんの走るペースが突然ガクンと落ちた。

 そしてペースを落とした美月さんはそのまま速度を落とし続け、最後にはその場で立ち止まって息を切らせながら顔を下へと俯かせてしまった。


「美月さん、大丈夫?」


 まひろは立ち止まった美月さんに近付き、心配そうに声を掛けた。

 すると美月さんは俯かせていた顔を少し上げて息を整えながら、辛そうに右足へと視線を向けていた。


「はあはあ、す、すみません……」

「もしかして、足を捻った?」

「は、はい……実は龍之介さん達に会った時にはもう、捻っちゃってたんです……」

「ええっ!? どうしてすぐに言わなかったの?」

「ご、ごめんなさい。こんな事で心配をさせたくなかったですし、ゆっくりとしたペースで進んでいたら特に痛みも感じなかったので……」


 痛みで動けない様子の美月さんと一緒に立ち止まっていると、後方に居た連中が次々と俺達を抜き去って行く。


「まひろ。すまんが先に行っててくれ」

「えっ!? でも、龍之介と美月さんはどうするの?」

「俺は美月さんを連れて走る。だからまひろは先に行ってくれ」

「で、でも……」

「頼む、先に行ってくれ。ここでまひろまで巻き込みたくはないから」

「……分かったよ」


 まひろは一言そう言うと、寂しそうな表情を浮かべて前へと進み始めた。


 ――すまん、まひろ。


「美月さん、俺の肩に手を回して。ゆっくりでいいから進もう」

「ごめんなさい。龍之介さん……」

「別に謝る必要はないよ」


 俺は右腕を肩へと回してきた美月さんの身体をしっかりと支え、そのままゆっくりと進み始めた。


「無理しなくていいからね?」

「はい、ありがとうございます。本当に龍之介さんは優しいですね。昔からずっと……」

「えっ? 昔から?」

「あ、いいえ。何でもありません」


 美月さんは小さく微笑むと、少し嬉しそうにそんな事を言った。

 そしてしばらく進む内に俺達を追い越して行く生徒達の姿はなくなってしまい、校内美化活動は確定ではあったけど、俺は少しの後悔もしていなかった。

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