第135話・修学旅行へ向けて

 修学旅行が二週間後に迫っていた今日。一時間目の時間を丸々使い、俺達のクラスは修学旅行での班決めをしていた。


「おう、龍之介。今年は俺達誰と組もうか?」


 悪友の渡が俺へ近付きながら、今年の班決めについて声を掛けて来た。

 それにしても、既に俺と一緒の班になっている気でいるのがちょっと面白くない。


「えっ? 今年は渡とは組まないぜ?」

「ええっ!? どうしてだよ!」


 ちょっと意地悪かもしれないけど、そんな事を口にしてみた。

 すると渡は予想もしなかった言葉に驚いた様子で、凄まじく焦りに満ちた形相で俺に詰め寄って来た。


「だって渡とは去年組んだしなあ~」

「そんな寂しい事を言うなよ龍之介ちゃ~ん。今年も一緒に組もうぜ~」

「こ、こらっ! まとわり付くな! 鬱陶しい!」


 まるでタコの足の様に身体をくねらせながら、渡は俺の身体に纏わり付く。いつもながら気持ちの悪いアプローチをする奴だ。


「ちっ、つれないやっちゃな~」


 渡を力ずくで引き剥がすと、口を尖らせながらそんな事を言ってきた。

 俺としてはほんの冗談のつもりだったけど、ここまで鬱陶しいと本気になりたくなる。


「ねえ、龍之介。良かったら今年も一緒の班にならない?」


 そんな中、右隣の席に居るまひろが声を掛けてきた。


「お、ちょうど良かった。俺もまひろに声を掛けようと思ってたんだよ」

「そうだったんだ。良かった」


 にっこりと笑顔を浮かべるまひろは、今日も可愛さ絶好調だ。


「おい龍之介! 涼風さんのお願いは快諾して、何で俺のお願いは拒否るんだよ!」

「あれっ? 渡、まだ居たの?」

「ウッキ――――ッ! 龍之介の鬼畜野郎――――――――っ!」

「もう。龍之介、あんまり意地悪しちゃ駄目だよ?」

「ちぇっ、分かったよ」


 まあ元から冗談だったわけだけど、まひろにそう言われた以上はおたわむれを続けるわけにもいかない。


「さすが涼風さんは天使だぜ」


 半泣き状態でまひろに擦り寄って行こうとする渡。

 俺はそんな渡をまひろに近付けさせない様にと、渡の服を背中から掴んでその進行を妨害した。


「何だよ龍之介」

「何でもないが、まひろには近付くな。まひろがけがれる」

「穢れるってアンタ……俺はそんなに穢れてるのか?」

「ほら、渡って変態だから」

「なるほど! ――って、誰が変態じゃコラーッ!」


 渡が教室内でうるさくがなり立てる。そんな騒がしい渡は他のみんなの注目を集めてしまい、非常に恥ずかしい。


「龍之介さんと日比野さんはいつも元気ですね」

「ホントホント。いっつも龍ちゃんと渡君は騒がしいよね」

「おいおい。俺とこのへんたいを一緒にするのは止めてくれないか? 俺が可哀相じゃないか」

「アンタ本当に容赦ないねっ!」

「ところで茜、美月さん、修学旅行の班はどうする?」

「ちょっと!? 俺を無視しないでくれる!?」

「私は龍ちゃん達と組もうと思ってたから、それを言いに来たんだ」

「私もです。今年もご一緒して下さい」

「うん。それじゃあそうしよう」


 俺は快く二人の申し出に頷いた。

 メンバー的には去年と大して変わらないけど、気心が知れている分は気楽でいい。


「あ、あの……私も仲間に入れてもらっていいかな?」


 放置されている渡がワーワーとわめき散らす中、後ろの席のるーちゃんが遠慮がちに声を掛けてきた。


 ――そうだった。るーちゃんからはもう、一緒の班になりたい――っていう意思表示は受けてたからな。


「る――じゃなかった。朝陽さんは転校して来たばっかりだし、みんなどうかな?」

「俺は全然OKだぜ! 朝陽さん大歓迎!」

「うん。僕も歓迎するよ」

「同じ転校生同士ですし、仲良くしたいです」

「…………」


 渡、まひろ、美月さんが歓迎の意を示す中で、ただ一人、茜だけがその口をつぐんだ。


「な、なあ、茜。一緒にいいだろ?」

「…………」


 そう聞き直しても尚、茜はその口を開こうとしない。

 そんないつもと違う茜の雰囲気を察したのか、渡もまひろも美月さんも、少し困惑した感じの様子で茜を見ていた。


「お、おい。何か言えよ茜」

「みんながいいって言うなら、それでいいんじゃないかな……」


 茜はそう言うと俺達から離れ、自分の席へと戻って行った。


「急にどうしたんだ? 水沢さん」


 そう言いながら渡が俺へと視線を向けてくる。するとそれを聞いたまひろと美月さんも、同じ様に俺へと視線を向けてきた。


「いやまあ、その……何と言うか……」

「お前がまた何かしたんじゃないのか?」


 どう言えばいいかと思ってポリポリと頭を掻いていると、渡がそんな事を言った。

 直接的に俺が茜に何かをしたわけじゃないけど、俺がるーちゃんを同じ班に迎え入れようとした事が納得できない――と言った思いも茜にはあったのかもしれない。


「みんなごめんね。鳴沢君も水沢さんも、何も悪くないの。私が悪いだけだから……」


 るーちゃんは伏せ目がちにそう言うと、しょぼんとした感じで自分の席へと戻って行った。

 俺にはるーちゃんの言った言葉の意味が分かるけど、他の三人にはどういう事なのかさっぱり分からないだろう。本来なら『それってどういう事?』みたいな感じの質問をされても不思議じゃないところだけど、何かを察してくれたのか、三人は俺にもるーちゃんにもそんな問い掛けを一切しなかった。


× × × ×


 その日の放課後。

 俺はいつもの様に荷物をまとめて鞄に詰め、教室をあとにした。


 ――うーん……どうしたもんかな。


 ホームルームでの班決めを行ってからずっと、俺はるーちゃんと茜の事をどうしようかと悩んでいた。

 班の仲間として行動を共にする以上、ホームルームの時の様なギスギスとした感じで居てもらうのはやはり困る。だけどあの二人の間にある確執は、簡単な事では解消できないのは分かっている。

 しかしこのままでは、渡やまひろ、美月さん、るーちゃんや茜にも嫌な思いをさせる事にもなり兼ねない。それだけは何として避けたいところだ。


「龍之介ー!」


 校門を出てしばらくした所で、後ろから涼やかで明るい声で名前を呼ばれた。

 俺はその聞き慣れた涼やかな声の持ち主の姿を目に捉える為、足を止めて後ろを振り返った。


「どうしたまひろ? 部活はどうしたんだ?」

「今日は顧問の先生に急用ができて、部活がお休みになったんだ」

「あー、そうだったんだ。それじゃあ、一緒に帰るか」

「うん」


 俺はまひろと横並びになり、のろのろと歩き始めた。

 部活に所属しているまひろとこうして二人で帰るのは、かなり久しぶりな気がする。


「ねえ、龍之介。何か悩んでない?」


 まひろと一緒に話しながら帰る中でも、俺はるーちゃんと茜の件を考えていた。

 しかしそんな俺を見てどこかおかしなところがあったのか、まひろは心配そうな表情を浮かべながらそんな事を聞いてきた。


「え? いや、別に何もないよ?」

「本当に?」

「ああ」

「…………」


 俺がそう返答をすると、まひろは少し寂しそうに顔を俯かせた。


「ねえ、龍之介。僕も龍之介と友達になって長いから、どことなく龍之介が悩んでいる事は分かるよ。だからね、悩みがあるなら話してほしいんだ。もちろん無理にとは言わないし、僕なんかじゃ頼りにならないかもしれないけど……」


 そう言ってまひろは苦笑いを浮かべた。


 ――そっか……まひろとは長い付き合いだもんな。俺が悩んでる事くらいお見通しってわけか。


「……すまん、まひろ。ちょっと話を聞いてくれないか?」

「うん。もちろん聞くよ」


 まひろは俺の言葉に対し、にこやかに微笑んで頷いてくれた。

 考えてみればまひろもあの過去の出来事を知る一人だ。だったら今回の件についても、他の人よりは理解できるはずだ。

 俺はしっかりと話をする為に帰路の途中にある公園にまひろを誘い、そこでこれまでの事をまひろに話した。


「――そっか。どこかで見た覚えがある女の子だなとは思ってたけど、まさか朝陽さんがあの時の子だったなんてね……」


 俺の話を聞いたまひろは、とても複雑な表情を浮かべていた。

 まあ、そうなってしまうのは分かる気はする。だってあの出来事は俺のトラウマ三本指に入る出来事だったし、まひろもそんな俺の気持ちを知っていたから。


「なあ、まひろ。俺はどうしたらいいと思う?」


 情けなくも俺はまひろにそう尋ねた。

 するとまひろは少し悩む様にして左手を口元に当てたあと、俺の方を向いて口を開いた。


「ねえ、龍之介は朝陽さんの事をもう許してるの?」

「えっ?」

「だって、あんな事をされたんだよ? 普通だったら許せないと思うんだけど?」


 確かにまひろの言う事はもっともだと思う。

 実際にあの出来事は俺のトラウマになったわけだし、あの出来事の経緯を聞けば、俺がるーちゃんを許せないと思うのが普通だろう。でも俺には、あの出来事についてちょっとに落ちない事もあった。


「……実はあの時の事なんだけどさ。四年生になっていつの間にかるーちゃんが引っ越してた時に、友達の一人からちょっとした噂を聞いたんだ」

「噂?」

「ああ。実はるーちゃん、とある女子グループからイジメを受けてたんだけど、そのイジメに加担してた女子が、るーちゃんに告白した男子の事をあたかもるーちゃんが言いふらした様にしておとしめてたって話を聞いたんだよ」

「龍之介はその話を信じるって事?」

「もちろん確証があるわけじゃないけど、そのイジメをしてた女子連中とるーちゃんとの間に何かあったのは確かだと思うんだ。俺も何度かそんな場面に遭遇した事があるからさ。それにさ、俺にはやっぱりるーちゃんがそんな酷い事をするとは思えないんだよ。だから許すとか許さないとか言うより、どうにかしてあげたい――って気持ちの方が強いのかもしれない……」


 そうは思いつつも、それが俺の都合の良い思い込みだという可能性はある。

 るーちゃんを信じたいと思いながらも、どこかで疑っている自分も居る事が本当に嫌になり、俺は顔を深く俯かせた。


「話はよく分かったよ。ありがとう、ちゃんと話してくれて。何ができるかは分からないけど、僕なりに協力するから」

「悪いなまひろ。話せて少し気が楽になったよ。ありがとな」

「ううん。どういたしまして」


 そう言って優しく微笑んでくれたまひろの表情は、本当に天使の様に見えた。

 そして少しだけ心が軽くなったのを感じながら、俺は再びまひろと話をしてから公園をあとにした。

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