第134話・ここへ来た理由

 るーちゃんがこの花嵐恋からんこえ学園へ転入して来てから、早くも二週間が経った。

 この二週間は特に俺が危惧した様な事態は起こらず、至って平穏。本当に不思議なくらいに穏やかな日々で、美月さんが転入して来た時の方が波乱に満ちていたくらいだ。

 しかしそんな穏やかな日々の中にも、ちょっとした違和感はあった。

 茜は直接的な干渉こそして来なかったけど、俺とるーちゃんの様子をうかがっている素振りを多々見せているし、るーちゃんは学園内では必要以上に俺に話し掛けて来なかった。

 でも、放課後になって学園を出てから俺が一人になると、まるでそのタイミングを見計らった様にして現れ、一緒に話しながら帰るという流れが多々あった。

 茜とるーちゃんの過去からの確執は、もはやどうしようもない事実。俺がいかに誤魔化し隠そうとしたところで、お互いがお互いをあの時の子だと認識している以上、そんな事をしても無駄に終わるのは明白。

 できれば二人には過去の出来事を思い出す事なく、仲良くしてほしかった。でも、それが既に無理な話である以上、今みたいにお互いが干渉し合わない様にしている方が二人にとっては最善の状況なのかもしれない。

 どんな聖人君子せいじんくんしだって、出会う人全てと仲良くなれるわけではないだろうし、人生は創作物の様に都合良くは進まないのだから。


「どお? 少しは学園に慣れた?」

「うん。みんな親切にしてくれるし、この学園に来て本当に良かったよ」


 我が家からほど近い場所にある公園内のベンチに座って笑顔を浮かべ、そう答えるるーちゃん。

 学園からの帰り道。俺はるーちゃんと寄り道をし、公園の出入口横にある自動販売機で買ったアイスコーヒーをるーちゃんと飲みながら話をしていた。


「そっか。それなら良かったよ。でもさ、るーちゃん。どうして花嵐恋学園に転入しようと思ったの?」

「えっ!? ど、どうしてって?」


 その何気ない質問に、るーちゃんは明らかな動揺を見せた。俺としてはちょっとした疑問を口にしただけのつもりだったから、るーちゃんが動揺するのはちょっと不思議だった。

 だってるーちゃんは小学校の時から成績は優秀な方だったから、もっとレベルの高い高校にも行けたはずだと思ったからだ。


「いやほら、るーちゃんて昔から勉強が出来る方だったから、もっとレベルの高い高校に行けたんじゃないかと思ってさ」

「うーん……そんな事はないと思うけどね。私なんて平凡な方だと思うし」


 るーちゃんはちょっと困った様にしてそう言いながら、浅い笑顔を浮かべた。この自信なさげな感じの表情は、あの頃に何度か見た表情だ。

 それにしても昔っから思っていた事だけど、るーちゃんは変なところで弱気と言うか、自分を卑下するところがあったから、もう少し自分に自信を持ってもいいと思う。


「……あのね、夏休みに一度たっくんと偶然街中で会ったでしょ? 実はあの時ね、転入先の高校をどこにしようかと思って色々見学に来てたの」

「そうだったんだ」

「うん。それでね、色々な学校を見学に回ってたんだけど、なかなか希望に合うところが無かったの」

「希望? 何か行きたい学校の条件があったって事?」

「うーん……条件と言えばそうなのかもしれないけど、最初はね、女子高に行こうかと思ってたの」

「そうなの? それじゃあどうして共学の花嵐恋学園に?」

「……それは、花嵐恋学園には恋人が居る人が多いからかな」

「ん? どういう事?」


 るーちゃんのした返答は、俺にはちょっと不可解だった。その言葉をありのまま解釈すれば、恋人持ちリア充が沢山居るから花嵐恋学園を選んだ――という事になるからだ。


「えっと……どう説明したらいいのかな……簡単に言うとね、気楽でいいと思ったからかな」


 るーちゃんは困った様な感じで苦笑いを浮かべ、そう答えた。

 そういえばるーちゃんは、昔っからこういった感じの説明をするのは苦手だった。


「気楽か~。俺にはよく分からないけど、るーちゃんが気楽ならそれがいいんだろうね」

「ごめんね、説明が下手で……」


 そう言ってるーちゃんは少し落ち込んだ表情を見せる。

 まあ、一から十まで詳しく説明してほしかったわけじゃないし、どんな理由があるにせよ、本人が納得した上での事なら何の問題も無い。


「いやいや、気にしないでよ。あっ、そういえばもうすぐうちの学園は修学旅行なんだよね」

「そうなの?」

「うん。今年の修学旅行は沖縄だから、しっかりと準備しておいた方がいいよ?」

「そうなんだね。何を用意しておけばいいかな?」

「んー、とりあえず水着は必須だし、日焼け止めなんかもいるんじゃないかな?」

「そうだね。ところで、修学旅行の組み合わせみたいなのはどうするのかな?」

「それは来週決めるんじゃないかな。去年の例で考えるなら、多分好きな人同士で五人か六人の班を作るんじゃないかと思うけどね」

「そっか……それじゃあ今度の修学旅行は、私をたっくんの居る班に入れてもらってもいいかな?」


 るーちゃんは小さな声で遠慮がちにそうお願いをしてきた。


「うん、大丈夫だよ。俺が組むメンバーは大体決まってる奴だから」

「……ねえ、もしかして一緒に組む人の中には、水沢さんも居るのかな?」


 るーちゃんは少しばつが悪そうにしてそう聞いてきた。

 茜とるーちゃんの間には、ちょっとした因縁の様なものがある。それを考えると、一緒の班になるというのはお互いの為に良くないのかもしれない。


「まあ、ほぼ間違い無く一緒になるだろうね」

「そうなんだね……」


 その言葉を聞いたるーちゃんは、更に顔を深く俯かせた。

 転入して来て初めての学園行事なのに、わざわざ危険リスクを犯して俺達と組むのは可哀想かもしれない。


「あのさ、もしなんだったら――」

「修学旅行、楽しみにしておくねっ!」

「えっ!? あ、うん……」

「それじゃあ、私は帰るね」


 るーちゃんはそう言うとサッとベンチから立ち上がり、飲んでいたアイスコーヒーの缶を持ってから公園を走り出て行く。

 そして公園を出た所でピタッと立ち止まったかと思うと、突然スッとこちらを振り返った。


「たっくん! 私が花嵐恋学園に来た大きな理由は、たっくんが居たからなんだよっ!」

「えっ?」

「また明日ねっ!」


 そう言うとるーちゃんは公園の出入口付近にある自動販売機横のゴミ箱に空き缶を入れ、俺に向かって軽く手を振ってから自宅がある方へと走り去って行った。


「ふうっ……」


 るーちゃんが走り去ったあと、俺はその言葉の意味を考えながら残り一口分ほどのコーヒーを口に含んだ。

 しかしそれは深く考えるまでもなく、あの言葉の意味は、知り合いである俺が居るから安心――みたいな意味なんだろうと思う。

 昔とはいえ恋焦がれた相手にあんな事を言われれば、別の意味を期待したくなる。だけど、俺はそんなアホな勘違いはしない。


「……俺も帰るか」


 ちょっとした虚しさを感じながら、空になったアイスコーヒーの缶を持って公園を出て行く。そしてそれをゴミ箱に入れ込んだ俺は、少しゆっくりと歩きながら自宅へと帰った。

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