第130話・暇な時間の過ごし方

 女の子五人がリビングで寄り添う様に寝ている中、俺がソファーの上で目を覚ましたのが午前九時頃だった。

 そして俺はみんなが目覚める前に、勝手知ったる他人の家と言った感じで台所へ立ち、朝食の準備を始めていた。

 昨夜はまるで修学旅行の様なノリの女子トークをソファーに横たわったまま聞いていたんだけど、なんて言うか、男ってのは女の子という生き物に相当な幻想を抱いているもんだな――と、そんな事を思ってしまうトーク内容だった。

 そういえばだいぶ前の事だが、女子高に通う女の子の実態を知ると男は幻滅する――といった内容のネット記事を見た事があるんだけど、あの女子トークを聞いたあとでは、その内容もあながち間違いではないかもしれないと思えた。

 だけどそんな現実を目の当たりにしたとしても、男はきっと、女の子に対する夢の様な幻想を抱き続けるのだろう。


「――おはようございます。龍之介さん」


 フライパンで溶かしたバターの上で、美味しそうな音と共に香ばしい匂いを漂わせながら焼き上がっていく目玉焼き。その一つがそろそろ焼き上がろうかという頃、美月さんが台所へと入って来た。

 昨日と違ってフラフラとよろめいてはいないし、声も比較的元気な感じに聞こえる。そして何より、顔色が見違える様に良くなっているので安心した。


「おはよう、美月さん。調子はどう?」

「はい。おかげさまで随分と良くなった感じがします」

「そっか。でも、まだちゃんと身体を休めてないとダメだよ?」

「はい。そうしますね」


 美月さんはにこやかに微笑むと、冷蔵庫から水が入ったペットボトルを取り出してコップに注ぎ、ゆっくりとそれを飲み干した。


「では、言われたとおりに横になっていますね」

「うん。今朝食を作ってるから、あとでみんなで食べよう」


 美月さんは嬉しそうに『はい』と返事をすると、静かにリビングへと戻って行った。

 そして人数分の朝食を作り終えた午前十時頃。俺は目を覚ましたみんなと一緒に少し遅めの朝食タイムへと突入した。


× × × ×


 車すら通り過ぎないお昼過ぎの住宅街。

 俺は自宅にあるリビングのソファーに寝そべったまま、特に役立ちそうもない情報を垂れ流すテレビ番組をぼーっと見ていた。


「暇だな……」


 夏休みという長期休暇では、暇を持て余す事は多々ある。

 だけど今年の夏休みは初日から忙しかったからか、こうして暇ができると尚更暇に感じてしまう。

 美月さんは引き続き自宅で療養中だし、桐生さんは用事とやらでどこかへ出掛け、杏子達三人は予定通りに遊びに行った。

 実は杏子達からは『一緒に遊びに行こうよ』と誘われていたんだけど、俺はそれを断った。暇なのになぜその誘いを断ったのかと言われれば、単純に面倒だったからだ。

 しかしここまで暇を持て余すくらいなら、一緒に遊びに行けば良かったかな――とも思いはしたけど、こうして怠惰たいだに過ごす時間も時には必要だろう。

 そんな言い訳染みた事を心の中で思いつつ、テレビから流れてくる芸能人の離婚話を見ていると、昼食後の満足感もあったからか、俺はうつらうつらと眠気に襲われた。

 そして心地良い眠りの波が完全に俺を包み込もうとしていたその時、不意に鳴り響いた玄関チャイムの音で俺はパッと目を開いた。


「ちっ、誰だよ……」


 心地良い眠りの波を邪魔されて不機嫌になりつつも、俺はソファーから立ち上がって玄関へと向かい始めた。

 しかし我が家への来訪者は何を思っているのか、俺が玄関へと向かっている間もチャイムを何度も鳴らし続けている。


 ――いったいどこの馬鹿だ?


 茜だったらこんな事をやるかもしれない――なんて事をふと思ったけど、さすがに茜も高校生になってまでこんな子供染みた事はしないだろう。


「はいはーい! 今開けますよー!」


 未だチャイムが鳴り続ける玄関口へ向かって大きな声でそう言うと、そこでようやく玄関チャイムの音は鳴り止んだ。

 俺は急いで玄関へと向かい、ドアの鍵を解除してドアノブへと手をかけた。これでいよいよチャイム連打馬鹿とのご対面だ。


「やっほー! りゅーうちゃん! 元気にしてたあ~?」


 ゆっくりと開いた扉の向こう側には、満面の笑顔でそう言う茜の姿があった。


「…………」

「どうしたの龍ちゃん? 妙な顔しちゃって」

「俺に小学生染みた幼馴染などおらん!」

「えっ? ちょ、ちょっと!?」


 そう言って俺はバタンッと扉を閉めて鍵をかけ、そのまま無言で踵を返してリビングへと向かい始めた。


「ちょ、ちょっと龍ちゃん! どうして閉めちゃうの!? 開けてよー!」


 ドンドンッ! ドンドンッ! ――と、茜によって玄関の扉が何度も叩かれる。そしてその音と共に扉の外からは、『開けてよー!』と言う言葉が何度も聞こえてきた。

 俺はリビングへ向かう足を止め、そこからしばらく茜の訴えを聞いていたんだけど、そんな茜の声は段々と弱々しくなっていった。


「もおっ! せっかく旅行のお土産を持って来たのにっ!!」


 ――何っ? お土産だと!?


 その言葉を聞いた俺は光よりも速く動く気持ちで素早く玄関へと向かい、急いで鍵を解除して扉を開けた。


「よく来て下さいました茜さん! さあっ! 是非上がってくつろいで行って下さいな!!」

「えっ!?」


 俺はまるで国賓こくひんでももてなす様な感じで満面の笑みを浮かべ、外に居る茜を自宅へと招き入れた。


 ――まったく。お土産があるなら先に言ってくれよ。茜も人が悪いよな。


 そう思いながら戸惑いの表情を見せている茜の背中を軽く押し、俺達はリビングへと向かった。


「――さあ。とりあえずお茶でも飲んでくれ」


 茜をリビングへと通してソファーに座らせたあと、俺は少し良い値段のお茶っ葉で淹れた緑茶の湯呑みを茜の前にあるテーブルに置いた。


「あ、ありがとう……」


 茜は軽く首を傾げながらも、差し出された湯呑に手を伸ばし、それをゆっくりと飲み始めた。


「で? お土産は何なんだ?」


 俺がそう言った途端、茜のお茶を飲む手がピタッと止まり、妙な目つきでこちらを見てきた。


「まさか龍ちゃん、お土産目当てで私を部屋に通したの?」


 手に持っていた湯呑をテーブルに置いたあと、茜は冷えた笑顔でそんな事を聞いてきた。

 そんな茜の冷えた笑顔に、俺は思いっきり怖気おぞけ立ってしまった。


「な、なーに言っちゃってるんだよ! そんな事がある訳ないだろ?」

「ホントに? それじゃあどうして私を閉め出したの?」

「あ、あれはだな…………そ、そう! 俺は睡魔と言う名の悪魔に操られていたんだよ! そうじゃなきゃ、俺が茜を締め出すはずないだろ?」


 言い訳としては相当苦しいと思うけど、直前まで睡魔に襲われていたのは事実だ。つまりあの時の俺は、俺であって俺ではないのだ。


「うーん……」


 茜は小さく唸り声を上げながら、まるで心の中でも覗き見るかの様にしてじっと俺を見つめる。


「な、何だよ?」

「……まあいいや。ところで、夏休みの宿題はちゃんとやった? まひろ君に迷惑かけなかった?」


 ――お前は俺の母親か?


 と言いたくなったけど、言えば余計な争いを生むのは分かっているので、心の中でしか言わない。俺も大人になったもんだ。


「ちゃんとやったよ。まひろにも迷惑はかけてない」


 ――多分だけどな。


 まひろが迷惑をしていたかどうかなんて、俺には分からない。だからこう答えるしかない。

 まあ、俺としては迷惑をかける様な事をした覚えはないし、これでいいと思う。


「ふーん……まあ、ちゃんとやったなら良かったよ。まひろ君に代行をお願いしたのは私だし、龍ちゃんが勉強しなくて迷惑かけてるんじゃないかって、ちょっと心配もしてたから」


 別に悪気は無いんだろうけど、茜の言い様は随分なものだ。これじゃあまるで、俺がまひろに迷惑をかける事を前提にしていたみたいだから。

 俺はそんな茜の言い様に、少し面白くない気分になってしまった。


「まひろは教え方も優しいからな。勉強を教わるには最適だったよ」

「むっ! どうせ私はまひろ君と違って優しくありませんよ――――だっ!」

「誰もそんな事は言ってないだろ?」

「言ってるの! 口に出さなくても言ってるのっ!」


 そこからはもう、売り言葉に買い言葉。お互いに言いたい放題だった。


「――ぐぐぐ……」

「むむむ……」


 お互いに一歩も引かずにしばらく言い合いをした結果、俺達は睨めっこ状態になっていた。そしてそんな膠着こうちゃく状態がいつまでも続くかと思っていたその瞬間、不意にそれを打ち壊す様な大きな音が俺のお腹から鳴り響いた。


「あっ……」


 自分のお腹から鳴り響いた音を聞いて、俺は思わずそこを見てしまった。


「ぷっ! あははははっ!」


 俺が自分のお腹へと視線を移した瞬間、茜が明るく大きな声で笑い始めた。


「わ、笑うなよっ!」

「だ、だって~!」

「茜と無駄な言い争いをしたから、貴重なカロリーを消費しちまったんだよ!」


 恥ずかしさでいっぱいな俺を見ながら、茜は尚も笑い続ける。


「あっ……」


 そんな羞恥に耐え忍んでいたその時、今度は茜のお腹から、きゅるるるっ――と、可愛らしくも主張する音が聞こえた。


「ぷっ! あーはっはっはっ!」

「ちょ、ちょっと! 笑わないでよねっ!」

「茜だって俺の事を笑っただろ?」

「それはそうだけど……わ、私も龍ちゃんと無駄な言い争いをしたから、貴重なエネルギーを使っちゃったんだよ!」


 さっき俺がした言い訳と大して変わらない事を言う茜を見ていると、なんだ可笑しくなってさっきまでの事はどうでもよくなってしまっていた。


「ふう……まあ、さっきは俺が悪かったよ。お詫びと言っちゃなんだけど、今から甘いものでも食べに行かないか? 奢るからさ」

「えっ? いいの?」

「ああ、いいよ。何が食べたい?」

「私、ティラミスが食べたい!」

「ティラミスか、いいな。それじゃあ行こうぜ」

「うん! あの……龍ちゃん、さっきはごめんね」

「おう」


 その言葉に安堵した様な表情をし、小さく息を吐く茜。

 いつも下らない事で喧嘩をし、ちょっとした切っ掛けで仲直りをする。昔から変わらない、俺と茜のお決まりの流れだ。

 そしてこのあと、俺は茜お勧めのスイーツ店まで案内され、そこでティラミスと紅茶を前に旅行の話を聞きながら、とても和やかな午後のひと時を過ごした。

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