第131話・鈴の音が伝える未来

 夏休みというのは時間の経ち方がいつもより早く感じる。ちょっと前に休みが始まったと思っていたのに、あと二日もしない内に終わりを迎えようとしているという事実がそれを強く実感させる。

 しかしまあ、時間の経ち方を早く感じるという事は、それだけ楽しい時間を過ごして来たという証拠なのかもしれない。

 お昼を少し過ぎた時間。俺は部屋のベッドで寝転がりながら、朝にダウンロードした昔懐かしいテレビゲームの携帯アプリ版をやっていた。だけど最初こそ懐かしさで楽しく遊んでいたんだけど、内容は昔やり込んだゲームそのままなので、飽きてくるのもまた早い。

 俺は半分ほど物語を進行させたゲームを終了させて携帯を枕元へと置き、両腕をグッと上へ伸ばしてから大きく息を吐いた。


「……本屋にでも行くか」


 ゲームを止めてやる事がなくなった俺はベッドから起き上がって服を着替え、出かける準備を始めた。

 夏休みの最初の方こそ色々な事があって目まぐるしく日々を過ごしていたけど、そんな特殊な日々などそうそう続くもんじゃない。それが証拠に、夏休みも半分を過ぎる頃には暇を持て余す事が多くなっていた。

 まあそれでも友達と遊びに行ったりなんだりと、それなりに楽しく過ごしてはいたけど。


「暑いな……」


 着替えを済ませて外へ出ると、相変らず元気いっぱいの太陽が地球を熱く照らしていた。

 外に出てまだ五分も経ってないのに、額には既に汗が浮かんでいる。この暑さと虫の多ささえなんとかなれば、夏は俺にとって最高の季節になるんだけど、現実はそうもいかない。

 相変わらずの暑さを感じさせる外の熱気にさっそく音を上げ始めた俺は、目的の本屋へと急いだ。


× × × ×


「はあー、涼しいな」


 最寄駅近くにあるいつもの本屋へとやって来た俺は、店内の快適さに顔をほころばせていた。そしていつもの様に新刊コーナーを真っ先にチェックし、そのあとで各コーナーを見回り始めた。

 そして店内をゆっくりと見回り始めてからしばらくした頃、俺は偶然にも見知った人物を見つけた。


「こんにちは」

「あっ、鳴沢君。こんにちは」


 一冊の本を手に持ち、表紙を見ていたおさげで黒髪の女の子が、にこやかな笑顔で挨拶を返してくれた。

 そんな彼女の黒いフレームにはめ込まれた眼鏡レンズが、店内のライトで反射して青く光る。おそらくブルーライトカットの加工がされているんだろう。


「久しぶりだね。秋野さん」

「約一ヶ月ぶりですね」


 秋野さんは手に持っていた本を元の位置に戻し、しっかりと俺の方へ身体を向けた。

 柔らかな口調で話すこの女の子は秋野鈴音あきのすずねと言って、俺のクラスメイトだ。

 言い方は悪いかもしれないが、黒のおさげ髪に黒縁の眼鏡、そして引っ込み思案な性格のせいか、クラスでは目立つ女の子ではなかった。少なくとも去年の十月の終わり頃までは。

 かく言う俺も入学当時からクラスが一緒だったのに、秋野さんの事はすっかり記憶から抜け落ちていた。そしてそんな秋野さんの事をまともに認識したのは、十月の終わり頃の文化祭の準備期間が始まってからだった。

 俺がそんな秋野さんと話す様になった切っ掛け、それは俺の悪友である日比野渡だった。実は秋野さん、渡とは幼馴染という関係なんだけど、あの騒がしいバカにこんなおしとやかな幼馴染が居るなんて本当に世の中は分からないもんだ。

 そんな対照的な性格の秋野さんと渡が幼馴染だなんて未だに信じられないけど、事実としてそうなのだから認めるしかない。


「夏休みは満喫した?」

「そうですね。読みたかった本を色々と読む事ができました」


 渡とは違ってアクティブではない秋野さんは、見た目のイメージそのままにインドア派だ。本を読むのが大好きで、休憩時間にはいつも本を取り出して読書をしている。

 この話だけで判断すると、地味な女の子――なんてイメージを持つかもしれないけど、去年の文化祭以降はクラスメイトかどうかを問わず、大勢の女子達に話し掛けられている様子を見かけるようになった。

 ちなみになぜ文化祭以降にそんな感じになったのかと言えば、それは秋野さんのとある特技が関係している。


「でも、新学期が始まったらまた大変そうだね」

「そ、そうですね。そうかもしれません」


 俺の言葉に苦笑いを浮かべる秋野さんだが、そんな表情を浮かべたくなる気持ちはちょっと分かる気がする。


「でもまあ、秋野さんの占いは凄く当たるって聞いてるからね。みんなが占ってもらいたくなるのも分かる気はするよ」

「そんな事はないと思うんですけどね」


 そう言いながら秋野さんはまた苦笑いを浮かべるけど、さっきとは違って今度はちょっと嬉しそうにも見えた。

 俺は実際に占ってもらった事は無いけど、秋野さんの占い的中率は相当に高いと聞いている。ウソかホントかは分からないけど、『鈴音の占いの的中率は九九パーセントだ』と言うのが、幼馴染である渡の弁だ。


「そうだ。もし良かったらだけど、今日の俺の運勢を占ってもらったりできるかな?」


 今日という日は既に半分以上終わっているというのに、こんな事を占ってもらうのも変な話だけど、仮に恋占いをしてもらって、一生彼女ができない――なんて結果を叩き付けられたら、俺はもう部屋に閉じもるしかなくなる。それだけはどうしても避けたい。


「は、はい。大丈夫ですよ。ではさっそく」


 秋野さんはそう言うと、チリンチリン――という複数の音と共に小さな鞄から携帯電話を取り出した。その携帯電話には大きさの違う鈴が複数取り付けられていて、秋野さんはその中で一番小さな鈴を取り外すと、それを俺の目の前に突き出してからチリンと音を鳴らした。

 最初にこれを見た時には驚いたけど、この鈴こそが秋野さんの占い道具だ。そしてその名はズバリ鈴占い。見た目のまんまだとは思うけど、実にシンプルでいいと思う。

 俺は何度か秋野さんがこの鈴占いをしているところを見た事があるんだけど、渡から聞いた話によるとこの鈴占い、占いたい相手の前に突き出した鈴を鳴らし、その時の音色で占いをするというものらしい。

 だけど何度聞いてみても、俺にはただの鈴の音にしか聞こえない。まあ、俺には分からなくても、秋野さんには何か違って聞こえているんだろう。


「……鳴沢君。今日は水に気を付けて下さい」

「水?」

「はい。大量の水が鳴沢君を襲うと出ました」

「大量の水……いわゆる水難ってやつか。具体的にはどういう事になるの?」

「はっきりとは分かりませんけど、屋外ではなくて屋内で水難に遭うみたいです」


 秋野さんの話しを聞く限りでは、外で雨に降られるとかそういった事ではないらしいけど、それにしても屋内で水難ってのはどういう事だろうか。


「……ありがとう。とりあえず気を付けておくよ」

「はい。では、私はこれで失礼しますね」

「うん。ありがとね、秋野さん。気を付けて帰ってね」

「はい」


 秋野さんは出していた鈴を元に戻すとペコリと頭を下げ、そのまま手にしていた占いの本を持ってレジの方へと向かって行った。

 それにしても、秋野さんの鈴占いはよく当たると評判なのに、なぜ別の占いの本が必要なんだろうか。


 ――別の占い方でも模索してるのかな?


 そんな事を思いつつ、俺はそこからしばらくの間店内をウロウロして回った。


「――マジかよ……」


 じっくりと店内を見て回ったあとで別の場所でも適当に散策しようかと思っていたんだけど、お店の外では信じられないくらいの大雨が降っていた。本屋へ来る時には雨が降りそうな気配など一切感じなかったのに、本当に天気というのは気まぐれなもんだ。

 とりあえずただの通り雨の可能性も考えて少しの間は様子をうかがっていたんだけど、広範囲に広がった雨雲は太陽の光を完全に遮断し、街はその彩りを失っている。


「はあっ……仕方ないか」


 俺は空模様を見て覚悟を決め、大雨が降る中を自宅へ向けて全力で走った。

 しかしいくら急いで走ろうと、傘の無い俺が濡れる運命は避けられない。実際に俺が本屋を出て半分も進まない内に全身はびしょびしょになり、その頃にはもう俺は走る事を諦め、雨という天然シャワーをふんだんに浴びながら歩いて帰る事にした。

 出掛け先で雨に降られてびしょびしょになるなんて運が無いなと思うけど、でもこうやって雨に打たれていると、なんだか小さい時の事を思いしてちょっとだけ楽しかった。


× × × ×


 大雨の中を歩いてようやく自宅前へと着いた俺は、ポケットから鍵を取り出して鍵を開け、家の中へと入った。俺は玄関に置いてあるタオル入れからタオルを二枚ほど取り出し、頭と身体を拭いていく。

 蒸し暑い夏とはいえ、急に雨に降られると身体は冷える。俺は濡れたついでだからと、身体を温める為にシャワーを浴びにお風呂場へと向かった。

 それにしても、秋野さんの言うとおりに酷い水難に遭った。秋野さんの話では屋内で水難に遭うとの事だったけど、まあそのへんは占いなんだし、大して気にする事じゃないだろう。

 上の服を脱ぎながら廊下を歩き、お風呂場へと着いた俺は上半身だけ裸のままお風呂場の扉を開け放った。


「「えっ!?」」


 開けた扉の向こう側。そこにはなぜか全身泡だらけの愛紗の姿があり、扉を開けた俺とばっち視線が合ってしまった。


「あ、愛紗!?」

「きゃあ――――――――っ!!」


 思わず俺が愛紗の名前を口にすると、愛紗は泡まみれの身体をよじって横を向き、大きな叫び声を上げながらお湯を出していたシャワーをこちらに浴びせかけてきた。


「ちょっ!? まっ!? お、落ち着けって愛紗!!」

「おおお落ち着いてられるわけないでしょ!? どどどどうして先輩がここに来るんですかっ!!」


 脱衣所の奥に後退しても尚、愛紗は容赦なくシャワーのお湯を浴びせかけてくる。


「うぷっ! ど、どうしてって、雨に濡れたからシャワーでも浴びようと思ったんだよ!」

「だ、だからって、確かめもせずにお風呂の扉を開けないで下さいっ! 先輩のバカッ!」


 その言葉のあとにシャワー攻撃が止み、素早く扉を閉める音が背後から聞こえてきた。


「はあっ……」


 水浸しになった脱衣所。俺は溜息を吐いたあと、近くにある雑巾を取り出してからびしょびしょになった床を拭き始めた。

 そしてお風呂場の中からご立腹なご様子の愛紗の話を聞くと、杏子と由梨ちゃんの三人で遊んだ帰り道、愛紗は道路を通り過ぎた車に思いっきり水をかけられたらしく、杏子と由梨ちゃんが近場のコインランドリーに洋服を乾かしに行っている間、『風邪をひかないうちにお風呂に入っておいて』と杏子に言われたらしく、こうしてお風呂に入って居たんだそうだ。

 こうして俺は水浸しの脱衣所の掃除をする間、ずっと愛紗のお怒りの言葉を聞きながら謝り続けた。


 ――恐るべし秋野鈴音の鈴占い……今度占ってもらう時は、もう少し詳しくその内容を占ってもらおう。

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