第103話・親の思いと子の思い

 稽古を終えたみんなと一緒に三日間お世話になる宿へと来た俺は、夕食を済ませたあとで古めかしいアーケードゲームがいくつか置いてあるフロアへと向かい、そこにあった中でも一際古めかしいシューティングゲームで遊んでいた。

 俺が今やっているゲームは、父親と母親が幼い頃に流行っていたゲームだと聞いた事がある。そんなゲームがこうやって現役当時の姿のままで遊べるんだから驚きだ。

 いくら時代が過ぎ去ろうとも、面白いものはやはり面白い。古い物には古い物なりの凄さと味わいがあるってのが素晴らしい。


「あー! くそっ! またやられた!」


 画面台に映し出されたゲームオーバーの文字を見ながら、画面台の上に積み重ねていた10円玉を一枚手に取る。

 今時ワンプレイ10円でやれるゲームなど見かけないし、こんな古いゲームを実機で遊べる機会など、そうそうあるもんじゃない。だからこんな貴重なゲームを楽しんでおくのは、ゲーム好きとしては当然だろう。


「おっし!」


 10円の投入を終えてから気合を入れてスタートボタンを押すと、コンティニュー画面から通常ゲーム画面へと切り替わる。

 もしも杏子がこの場に居たら、きっと俺の無様な姿を見ていられないと言われ、交代させられていただろう。それはそれで別にいいんだけど、たまにはこうやって自分でのんびりとプレイするのもいいもんだ。


「――だーっ! くっそ――――っ!」


 幾度となくコンティニューを繰り返しながらどうにか最終ステージまで辿り着いたものの、どうしても敵の弾幕が激しくてボスまで辿り着けないでいた。


「龍之介君」


 二十枚も積んでいた10円が残り三枚になった時、背後から声が掛かった。

 その声に後ろを振り返ると、そこには浴衣に身を包んだ雪村さんが居た。雪村さんはお風呂上りらしく、いつもサラサラの黒髪は艶やかでしっとりとしていて、俺はそこに凄く色っぽさを感じていた。


「ど、どうしたの? 雪村さん」


 そんな雪村さんを前に妙に緊張してしまい、思わず上擦った声が出てしまう。


「あ、あの……私達が舞台で練習してる時、憂先輩と話をしてたでしょ? 何の話をしてたのかなって、ちょっと気になっちゃったから……」


 雪村さんは恥ずかしそうに顔を俯かせながらそんな事を聞いてくる。

 あの時は雪村さんの話をしていたわけだが、それを本人に言うわけにはいかない。俺的にも知られたら恥ずかしい内容もあるから。


「いや、大した話じゃないよ。お互いに自己紹介をして、ちょっとした世間話をしてたくらいだよ」

「そうなんだ。良かった……」


 雪村さんは本当にほっとした様に胸を撫でおろすと、不安げな表情から一気に笑顔になった。


「あっ、陽子に龍之介君。こんな所で何してるのー?」


 そう言いながらこちらへ走り寄って来たのは、雪村さんと同じ浴衣に身を包んだ憂さんだった。

 どうやら憂さんもお風呂上りみたいで、やはりその姿は色っぽい。それにしても女性というのは、どうしてお風呂に入っただけでこうも色っぽくなるんだろうか。


「ねえねえ。二人で何の話をしてたの?」


 憂さんは興味津々と言った感じのニヤついた表情で俺と雪村さんの顔を交互に見てくる。


「な、何でもないですよ?」

「えー! 本当にぃ?」


 憂さんの問い掛けに対し、顔を逸らしながら答える雪村さん。憂さんはそんな雪村さんを更にニヤニヤした表情で問い詰め、雪村さんがそっぽを向く度にその方向へと回り込み、尚も顔を覗き込むの繰り返しをしていた。


「あー! もうっ! 憂先輩! いい加減にして下さい!」

「あははっ、ごめんごめん。陽子が可愛かったからついね♪」


 そう言って雪村さんの頭を撫でる憂さん。

 それにしても、こんな感じでいい様におちょくられている雪村さんは初めて見る。なんと言うか、その姿は結構新鮮に見えて俺はちょっと面白かった。

 そんな感じで雪村さんを見ていると、憂さんはチラッと俺の方を見てからニヤリと笑みを浮かべた。


「あれあれー? 龍之介く~ん、そんな熱い眼差しで陽子を見ちゃってぇ。いくらお風呂上りがセクシーだからって、そんなに見つめたら陽子が茹で上がっちゃうよぉ?」


 そう言いながら俺の身体を自分の肘でゴスゴスと突いてくる憂さん。


 ――このお姉さんは本当にとんでもない事をおっしゃるよな。


 そんな憂さんの行動を受けながら雪村さんの方をチラリと見ると、偶然にも視線が合わさってしまった。

 雪村さんの顔はこれでもかと言うくらいに真っ赤になっていて、自分の身体をしっかりと両手で抱き締めながら、恥ずかしそうに俺から視線を逸らした。


「憂さん。勘弁して下さいよ」

「おっ、君は思ったより冷静だね。陽子も見習わないとね♪」


 苦笑いしつつそう答えると、憂さんはそう言いながら雪村さんのお尻に手を伸ばした。


「きゃっ!?」

「うん。いつもながら良い感触」

「ゆ、憂先輩っ!!」


 お尻を触られた雪村さんが声を上げると、憂さんは『ごめんごめーん』と言いながら自分の部屋がある方のフロアへと走り去って行った。


「もうっ!」

「憂さんていつもあんな感じなの?」

「う、うん。だいたいあんな感じ……かな」


 雪村さんは悪戯っ子に手を焼く保母さんの様な感じで、憂さんが走り去った方を見る。そんな二人を見た俺は、なんとなく普段の二人の様子が見えてきた気がした。


「それより龍之介君。憂先輩、何か変な事を言ったりしなかった? 例えばその……私の事とか、龍之介君の事とか……」


 なにやら不安げな表情をしつつ、探る様な感じでそう聞いてくる。

 しかしまあ、雪村さんのご両親についての話以外は本当に何でもないような内容だったし、それ以外の事なら話しても問題は無いだろう。


「うーん……憂さんと雪村さんが中学生時代の先輩後輩の仲だとか、それくらいだったと思うけどなあ」

「そっか。それなら良かった……」

「あっ、そういえばもう一つ。雪村さんがバイトを始めてしばらくしてから、急に様子が変わったとか言ってたかな」

「えっ!?」


 その言葉を聞いた雪村さんは、再び顔が赤くなり始めていた。


「ほ、他に何か言ってた?」


 ちょっと上擦った声で近付き、俺の両手首を掴む雪村さん。

 掴まれた両手首からは小刻みな振動が伝わって来ていて、雪村さんが何か動揺を感じている事が分かった。


「あ、えっと……急に女の子っぽくなった――とか言ってたかな」


 それを聞いた雪村さんの顔は一気に朱色に染まりきってしまい、それと同時に握られていた両手首にかかる力が増した。


「ゆ、雪村さん?」

「あっ! ご、ごめんね、龍之介君。私ちょっと憂先輩に用事があるから」

「あ、ああ。行ってらっしゃい」


 そう言うと雪村さんは両手をそっと離し、半泣きにも似た表情で憂さんが去った方へと歩いて行った。


× × × ×


 時間も過ぎ去って二十二時の五分前を迎え、俺は憂さんとの約束通りに宿泊所のロビーへと来ていた。しかし来るのが早かったのか、まだ憂さんの姿は無かった。

 俺はとりあえず自動販売機で冷たい紅茶を買い、ロビーにあるソファーに腰を下してのんびりと憂さんを待つ事にした。

 こういった場所に遊びや旅行以外で泊まるのは初めてだけど、やはり知らない土地に来てのお泊りは楽しいもんだ。


「――ごめんね。待たせちゃったかな?」


 二十二時になってから八分くらいが過ぎたところで、憂さんがロビーに現れた。


「あ、いえ。別に待ったと言う程ではないので気にしないで下さい」

「そっか。ありがとね」


 憂さんはにこやかな笑顔でそう言うと、おもむろに自動販売機の前に立ってから二本のジュースを買った。


「はい。これは遅れたお詫びね。どっちか好きな方を選んで」

「すいません。ありがとうございます」


 憂さんが差し出した二本のジュース。

 俺はその内から炭酸ジュースを選んで受け取った。少し前まで紅茶を飲んでいたから別に飲み物はいらなかったんだけど、人の厚意は素直に受け取っておくのが筋だ。

 受け取ったジュースのプルタブを引き上げ、俺はその中身を口に含んだ。するとかなり強めの炭酸が口の中にシュワシュワッと広がり、喉を通って体内へと入って行く。


「さてと。確か陽子が演劇をする事を反対されてる理由が聞きたいんだったよね?」


 同じ様に飲み物が入った缶に口をつけていた憂さんが、何度か中の飲み物を口にしたあと、確認する様にそう聞いてきた。


「あ、はい。そうです」

「これは陽子のプライベートな部分だから、私も詳しく話すわけにはいかない。だから凄く曖昧な受け答えになるかもしれないけど、そこは勘弁してね?」

「はい。それは構いません」


 人のプライベートな部分を本人以外の人から聞こうというのだから、全てを教えてもらおうなどとおこがましい事が言えるはずもない。


「うん、よろしい。て言っても、そんなに難しい話ではないんだよね。龍之介君は、私達みたいな役者を目指す人達の事をどう思う?」

「えっ? そうですね……一般的な職種とは全然違うし、目指す人も多いって聞くから、凄く大変な世界だろうなとは思いますね」

「そうだね、そうだと思う。そして龍之介君が今言った様な事が、陽子の両親が反対している原因でもあるんだよね」


 自分の発言の内容を思い出しつつ、色々と考えてはみるものの、やはり原因が何かというのはよく分からない。


「今のじゃちょっと分かり辛かったかな? つまりね、子供の立場じゃなくて、親の立場で物事を見てみると分かるって事だよ」


 そう言われて再び考えを巡らせるけど、親になった事の無い俺には、親の気持ちを想像するというのは難しい。

 そして俺が何度も首を左右に傾げていたからか、憂さんはクスッと微笑むと、しょうがないなーと言わんばかりに口を開いた。


「もっと簡単に言うとね、親はいつでも子供の事を心配してて、幸せになってほしい――って思ってるって事。私が言えるのはこれくらいかな」


 憂さんはそう言い終えると、手に持っていた缶の中身をグイッと飲み干し、それを備え付けの缶捨て用のゴミ箱に捨ててから部屋の方へと向かって歩き始めた。話はこれでお終い――という事なんだろう。


「あっ、そういえば龍之介君。何で陽子の事を雪村さん――って呼んでるの?」


 憂さんは突然ピタリと足を止めたかと思うとこちらを振り返り、思い出したかの様にしてそんな事を聞いてきた。


「えっ? 何でって言われても……名前で呼び辛いからですかね……」

「まあ、あの子と接していればそう言いたくなるのも分かるけど、これだけは知っておいて。あの子はああ見えて誰よりも乙女だって事を。だから龍之介君が名前で呼んであげたら、凄く喜ぶと思うよ?」

「いやー、それはどうですかね? 名前で呼ばれるのって緊張するし、喜ぶかどうかは呼ばれる相手にもよると思いますよ?」

「……なるほどねぇ、これは陽子も苦労しそうだよ」

「えっ? どういう事ですか?」

「ううん、気にしないで。あの子が色々な事に苦労するのは今に始まった事じゃないから。でもまあ、可愛い後輩の先輩として一言言わせてもらえるなら、陽子と仲良くしてあげてね――って事くらいかな」

「そんなの当たり前じゃないですか」

「そっか。それなら安心だね。それじゃあ、おやすみなさい。龍之介君」

「はい。おやすみなさい」


 このあと、俺もすぐに部屋に戻ってから布団に入り、憂さんに聞かされた話などを自分なりに考えながら眠りの世界へと落ちていった。

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