第75話・それぞれのお味
出場者五人全員の調理が終わった事により、俺を含めた五人の特別審査員と、実況席に居る渡と宮下先生のテーブルの上には、みんなが作った料理がそれぞれ並べられている。
コンテストという事でみんな凝った料理を出すかと思いきや、そんな俺の予想に反し、みんな割りとシンプルな感じの料理を出してきた。
そんなみんなの調理風景は、料理撮影カメラマンが随時映していたわけだが、その間は渡と宮下先生の訳の分からんフリートークに引き込まれてしまい、その調理風景を集中して見ているどころではなかったのが悔やまれる。
俺としてはのんびりとその様子を見たかったのだが、出来上がった美味しそうな料理を目の前にした途端、そんな不満もどこ吹く風と言った感じだった。
「さーて! これから料理の試食に入りたいと思いまーす! 宮下先生、まずは目の前に並ぶ料理を見ての感想をお願いします!」
「早く食べたいな!」
――それって感想じゃなくて要望じゃないんですか? 宮下先生。
宮下先生はもはや、解説としての位置を完全に見失っているとしか思えない。
「欲望全開ですねー、宮下先生は。ではそんな要望にお答えして、早速試食タイムに入りましょう。それではまず、如月美月さんの料理からっ!」
そんな渡の言葉に、俺達特別審査員は美月さんの料理が並べられたテーブルまで移動し、それぞれに箸を持って試食を始めた。
移動したテーブルに用意されている料理は、ほかほかの白ご飯に具沢山の豚汁、大根の味噌炒め、揚げ出汁豆腐、ほうれん草のお浸しに豚の角煮だ。
どうも美月さんは和食の方がお好みらしく、我が家に来て杏子と料理を作る時も和食を作る事が多い。中でもほうれん草のお浸しは特にお気に入りらしく、美月さんの作る和食料理にはほぼ必ず登場する。
それにしても、美月さんの料理の腕は更に洗練されているみたいで、見た目の鮮やかさや繊細さは、流石は美月さんと言った感じの丁寧さだ。
「うん! 美味いっ!!」
それぞれの食べ物に箸をつけた渡が、マイクを通じてシンプルで分かりやすい感想を率直に述べる。そしてその言葉を聞いた生徒達からは、『食べさせろー!』とブーイングが巻き起こっていたが、渡は平謝りをしながらガツガツと料理を食べ進めていた。
そしてそんな渡とは対照的に、宮下先生の食べ方はとても綺麗である。普段の男性の様な喋り方や行動からは想像もできないくらいに。
――宮下先生って、あれで結構上品なんだな。
俺はついついその光景に目を奪われてしまい、箸を動かす手が止まっていた。
人が綺麗に食事をしている姿というのは、見ていて気持ちが良いもんだと感じてしまう。綺麗に食事をする姿勢、それはいつまでも忘れないでいたいものだ。
そんな事を思いつつ、俺も美月さんの料理に再び箸をつける。
美月さんの料理は比較的食べる機会が多い方だけど、今回の料理はいつも以上に完成度の高さを感じた。それだけ本気でこのコンテストに臨んでいるという事だろう。
「如月さーん! とっても美味しかったよー!」
いつの間にか料理を平らげていた渡が、そう言いながら美月さんが居る仮設キッチンへと向かっていた。
「それじゃあ、ちょっと質問していこうかな」
渡は手に持つ資料を捲りながら、中の内容をあれこれと見始めた。きっと質問内容をどれにしようか選んでいるのだろう。
「今回の料理は見事なまでに和食だったけど、それには何か理由があるのかな?」
「そうですね。和食はとても美味しいですし、それに――」
「それに?」
急に言葉が途切れた美月さんに向かい、渡が続きの言葉を促す。
すると美月さんは、小さく微笑みを浮かべてから俺達が居る方を見た。
「それに和食は、龍之介さんが好きだと言ってましたから」
「ぶっ!?」
「それってつまり、龍之介の好みだから和食をチョイスしたって事?」
「そうですね」
渡と美月さんの一連のやり取りを聞いた女子生徒達からは黄色い声が、野郎共からはブーイングの声が上がった。
「龍之介テメーッ! やっぱり如月さんと付き合ってたんだなっ!?」
「アホかお前はっ! 曲解し過ぎなんだよ!」
――ああ……なんだか美月さんが転校して来た時の事を思い出して頭痛がしてきた……。
「可愛い妹も居るのにズルイっ! 俺と代われっ!」
「お前はいっぺん冷凍庫に頭を突っ込んで、思いっきり冷やされて来い……」
「私、何か変な事を言いましたか?」
きょとんとしながら小首を傾げる美月さん。
最近はわりと鳴りを潜めていた美月さんの天然だが、ここに来てまた凄まじい一発をぶちかましてくれた。それもよりにもよって、全校生徒の前で飛びっきりの一発を。
「宮下先生! この罪深い幸せ者に、マリアナ海溝よりも深く気持ちが沈む様な一言をお願いしまっす!」
「うむ。素晴らしい青春を謳歌したまえ!」
俺に向かって親指をグッと立て、普通に応援してくれる宮下先生。
――応援、ありがとうございまーす。
「宮下先生ちっがーう! くっそー、龍之介のアホ――――ッ!」
ウキーッと、まるで騒がしいサルの様に地団駄を踏む渡。
――頼む、誰でもいいからあのアホを止めてくれ……。
結局、生徒会の連中が暴走した渡を止めに入ったが、宮下先生がアイツを司会に任命したのは、明らかな人選ミスだったんじゃないかと思える。
そう思いながら宮下先生をチラリと見ると、なにやら満足げな表情をしていた。そんな様子を見ていると、渡がどうのこうのと言うよりも、宮下先生自体が問題の元凶の様な気がしてきた。
そして生徒会の連中に取り押さえられ、ようやく落ち着きを取り戻した渡は、再び司会進行を開始した。
「よーし! なぜか時間もかなり押しちゃってるし、どんどん進めて行くぞー!」
何事もなかったかの様にして渡は司会進行を再開するが、きっと誰もが、お前のせいだろっ! ――と思っている事だろう。だけど誰もその事を口にしないのは、みんなが大人だからだと思う。
「では次に、大本命の水沢さんの料理を食べてみよう!」
そう言って渡は、美月さんの料理を食べていた時の様にガツガツと料理に喰らいついた。
俺達が移動したテーブルの上に並ぶ茜の料理は、まさに素晴らしい仕上がりと言うべきだろう。普段の無鉄砲で猪突猛進なアイツからは、まったく想像も出来ない安定感がある。
そしてそんな茜が作った料理は、ハンバーグに盛り付けのポテトサラダ、皿に盛られたライスと、白いカップに入れられた冷製ヴィシソワーズ。デザートはカクテルグラスに入った綺麗な桃のゼリーと、美月さんとは対照的に洋風だった。
「うめえっ!!」
目の前にあるハンバーグを一口大にナイフで切り、フォークで口に運んだ俺は、思わず絶賛の感情と共に声を上げた。
口に入れたハンバーグは噛むとじゅわっと肉汁が溢れ出し、程良く効かされたスパイスが素晴らしいアクセントをもたらしている。そして細かく刻んで混ぜ込まれている青じその葉が、更に深い味わいをもたらしていて美味い。
何度となく茜の料理は食べてきたが、今回はいつも以上に茜の本気を垣間見た気がする。
俺はあまりの美味さに、残り三人の料理が控えているにも関わらず、その料理を綺麗に平らげてしまった。
「いやー、美味かったー! 流石は水沢さん、噂通りの美味しさだったよ!」
「ありがとう。渡君」
「宮下先生はどうでしたか?」
「噂に違わぬ腕前だ。私も料理はするが、このハンバーグという料理はなかなかに難しい。それをここまでの完成度で仕上げるのは大したものだ。それに、他の品も素晴らしい出来栄えで、特にデザートの桃ゼリーは絶品だったな」
――へえ。宮下先生ってちゃんと自炊してるんだな。結構意外だったかも。
案外まともな事を言っている宮下先生の言葉を聞き、先生の知らなかった一面を俺は知った。
本来は茜の料理に関するコメントに反応するべきなんだろうけど、どうやら人は他人の意外な一面を垣間見ると、そっちの方に意識が行ってしまう生き物らしい。
「さて、それじゃあ水沢さんがこの料理をチョイスした理由を聞いてもいいかな?」
「えっと……ある人がハンバーグが好きで、それを思ってたら自然と……」
茜は顔を紅く染め、もじもじとしながらそんな事を言う。
「龍之介ちゃ~ん。また君か~い?」
――コイツ。どんな事でも俺に結びつけようとしてないか?
「ち、違うよっ! 渡君!」
「あれっ? そうなの?」
焦りながらそう答える茜の言葉を聞いて、渡はなんとも意外そうな表情を浮かべていたが、そのあとでニヤッとした妙な笑みを浮かべた。
「ふーん。そっかそっか~。それじゃあ、龍之介とは別に意中の人が居るって事でいいんだね?」
ニヤニヤと微笑みながら、茜にマイクを向ける渡。
コイツは全校生徒を前に、なんて意地悪な質問をかましてやがるんだろうか。いくら猪突猛進で馬鹿なところがある茜でも、そんな質問に素直に答えるわけが無い。
「そ、そうだよ……」
顔を紅くしたまま、渡の質問に素直に答える茜。どうやら俺が想像していたよりも、茜は遥かに馬鹿だった様だ。
そしてその言葉を聞いた男子連中は、何を思ったのか急にざわつき始めた。
その男子達の中には、まさか俺? ――みたいな感じの表情を浮かべている奴も居たが、はっきり言ってそれは期待し過ぎだと思う。
気持ちは分からんでもないが、期待し過ぎて深く傷付くのは結局自分なんだ。夢見るのは寝た時だけにしとけ――と、ついそう言いたくなる。
「ほほう……だってさー、龍之介ー!」
ニヒヒッと、いやらしい笑顔を浮かべながらそう言う渡。
「お前はいらん事をしとらんで、ちゃんと司会進行をせんかい」
その言葉を聞いた渡は、『お~、怖い怖い』と言いながら解説席の方へと戻って行く。
そして渡からの意地悪な質問を受けた茜は、少し顔を俯かせながら、時折チラチラとこっちを見ていた。
それにしても、茜に意中の男子が居たとは知らなかったし、それを俺にも言わないなんて水臭いなと思った。せめて俺には言ってくれてもいいのに。まあ、それを聞いたからと言って、何も出来ないとは思うけど。
「さてさて、そろそろ会場のみんなもお腹を空かせている頃だろう。まだ三人の試食が残っているけど、ここで残り三人の試食を同時にすると共に、みんなにも五人の作った料理を食べてもらうとしよう!」
渡がそう言うと、生徒達の多くが歓喜の声を同時に上げた。そしてそんな生徒達の歓喜の声に、ホール全体が大きく震えた様な気がした。
こうして生徒会の面々によって、料理が生徒達の座る椅子の前にあるテーブルへと運ばれて来る。
「今日のコンテストの料理は、ヒロインの五人が朝早くから来てみんなの分も作ってたんだ! みんな、じっくりと味わってくれよなっ!」
渡はマイクを使ってみんなにそう言うと、他の三人の料理に箸を伸ばして食べ始めた。
――みんなの分て……そう言えば杏子も、朝起きた時には既に居なかったな。どんだけ五人に重労働をさせてたんだよ……。
「これは生徒会やボランティアの生徒も料理の手伝いをしているから、みんな感謝するように」
渡の言葉に対し、宮下先生が補足の一言を付け加える。
――なるほど。生徒会や他の生徒が手伝ってくれたのか。それなら納得だ。
宮下先生の言葉を聞いて納得した俺は、愛紗と杏子とまひろの料理をそれぞれに食べ進める事にした。
俺が最初に箸を伸ばした愛紗の料理は、ピリ辛麻婆豆腐に鶏肉のソテー、コンソメ卵スープにキノコを使った炊き込みご飯と、和洋中を満遍なく散りばめた料理だった。
これだけジャンルの違う料理を織り交ぜているにも関わらず、口に運ぶ料理はどれも美味しく、お互いがその味を邪魔していない。茜に負けず劣らず、愛紗の料理の腕の高さが窺える。
そして愛紗の料理を食べた感動の余韻が冷める間も無く、時間が押していると言う事で、俺は次に妹である杏子の料理に手を伸ばした。
杏子の料理はサンドイッチにコーンスープ、野菜と果物を混ぜ合わせたジュースと、至ってシンプルな構成だ。他の面々に比べれば、かなり見劣りする内容に思えたけど、食べてみればその考えはすぐに改められた。
サンドイッチの具材はマヨネーズを混ぜたシーチキンに、細かく刻んだ青じその葉、微塵切りになった玉ねぎ、赤と黄色の細かく刻まれた生パプリカが挟まれていて、見た目にも鮮やか。食感も後引く感じで美味い。
このサンドイッチのポイントは、適度に炒めた玉ねぎと、生の玉ねぎを混ぜ合わせて使っているところだ。我が妹ながら、斬新なサンドイッチだと思う。
それに比べてコーンスープはわりと普通な感じだったが、ジュースはかなり飲みやすくて美味しかったので、三杯もおかわりしたくらいだ。
こうして妹の料理を一通り味わったあと、今回のダークホースと言われているまひろの料理へと箸をつける事になった。
テーブルの上にあるまひろの料理を一言で言い表すとしたら、古き良き日本の朝食――とでも言うべきだろうか。
適度に盛られた麦飯に、厚く切り分けられた玉子焼き、豆腐とワカメのお味噌汁に、納豆にお漬け物。そして、切り身の鮭。これでもかと言うくらいに日本の定番朝メニューだと思うが、その何の変哲もない料理が逆に新鮮を感じさせる。
「杏子ちゃーん! 料理美味しかったよー!」
いつの間にか料理を食べ終わっていた渡が、マイクを持って杏子の方へと向かっていた。
「ありがとうございます」
「料理の手際も良かったけど、もしかして家でもよく作ってるの?」
「はい。お兄ちゃんと一緒によく作ってます」
「へえー、羨ましい話だねえ……」
――いちいち俺を睨んでくるなってんだ。それに確か、お前には姉ちゃんが居ただろう。その姉ちゃんと仲良く作ればいいじゃないか。
「ふんっ! さあっ! 気を取り直して次に行こう! 篠原さーん! 料理審査はどうだったー?」
渡の野獣の様な睨みから視線を逸らすと、渡はさっさと愛紗のもとへ向かった。
「え、えっと、あの……精一杯頑張りました……」
やはり愛紗はこういう場が慣れないのか、相変わらず恥ずかしそうに顔を俯かせていた。
「なるほどなるほど。それじゃあ、篠原さんが料理上手になった切っ掛けとかあったら教えてくれる?」
「あ、あの……うちは両親が共働きで夜も遅いし、妹の面倒を見たり家事をしたりしてたから、多分それで慣れただけだと……」
「なーるほど! 苦労の末に上達したスキルってわけだねっ!」
渡はウンウンと頷いて納得していた。
それにしても、愛紗って結構苦労人だったんだな。妹が居るってのも初耳だが、普段甘え下手な感じがあるのは、姉としてしっかりしているから、甘え方を知らないだけなのかもしれない。
「それはそうと篠原さん。今度妹さんを紹介してよ」
コイツは本当にどこまでもブレない。もちろん悪い意味でだ。もしも愛紗の妹さんが、小学生だったりしたらどうするつもりだろうか。
「えっ? あの、それは……」
困った表情を浮かべ、またもや俺の方を見る愛紗。
――はいはい。渡をなんとかしろって事ですよね。
「渡ー、時間が押してるんだろー? さっさと進行をしろー、それでも司会者かー? この能無しがー」
愛紗を助ける為とは言え、多少の面倒くさくもあった俺は、棒読みな感じでそう言った。
「そんな棒読み気味に罵られるのは、違った意味で腹立つもんだな」
――そっかそっか。貴重な経験が出来て良かったな、渡。
渡はなにやらブツブツと呟きながら、今度はまひろの方へと向かう。
「涼風さーん。お疲れ様ー」
「あっ、渡君。お疲れ様」
そう言って優しく微笑むまひろ。渡に対してその微笑みは勿体ないので、是非とも止めて欲しい。
それにしても、まひろの行動に対して嫉妬にも似た感情を抱くのはなぜだろうか。
「さっそく質問だけど、今回の料理はどういった基準でこうなったのかな?」
「えっと、前にお母さんから教わった料理だったからです」
「お母さんに習ったんだ。でも、どうしてこの料理をお母さんに習ったの? 何か切っ掛けが?」
「えっと、その……それは秘密という事で」
困った様に苦笑いを浮かべるまひろがモニターに映し出されると、溜息にも似た感嘆の声がホールのあちこちから聞こえた。
「そっかー。涼風さんがそう言うなら仕方ないねえ」
まひろを前にデレデレとした表情を見せる渡。コイツもコイツで、まひろの可愛さにやられているみたいだ。
そして他の生徒達と同じく、まひろ達もそれぞれの料理を食べ比べながら、昼食を摂り始める。
それから三十分程が経ち、昼食と審査を兼ねた時間が終了すると、いよいよ料理審査の投票時間へと突入し、ホールの出入口付近にある投票箱には、次々と生徒達の手によって投票用紙が入れ込まれていた。
生徒達にはそれぞれの審査に対し、二票の投票権利があり、誰か一人に集中して投票するも良し、分散するも良しとなっている。ちなみに投票は不正防止と投票権利数以上の投票を防ぐ為、投票者本人の氏名が予め印刷されている。
それと先生達は公平を重んじる立場上、投票権利を持っていない。それは宮下先生も例外ではなくだ。
そして俺を含む五人の特別審査員達は、一人一審査に対して十票の投票権利を与えられている。仮にこの場に居る全員が同じ人に投票すれば五十票を得るわけだから、その数は馬鹿にできない。
これは投票の集計をする生徒会連中が大変だとは思うけど、是非とも頑張ってほしいもんだ。
こうして昼食後の休憩時間に生徒達の投票は行われ、それがほぼ終了すると同時に、花嫁選抜コンテストは次の審査へと移って行った。
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