第74話・コンテストの行方

 ホールのステージ前には大掛かりな設備が設置され、そこでは出場者五人が所狭しと動き回りながら審査の為の作業をしていた。


「さーて、いよいよ審査が開始されたわけですが。実況は俺、日比野渡。解説は宮下先生でお送りします。それではよろしくお願いします。宮下先生」

「うむ」


 五人が審査の為に作業をする中、その様子を前面に捉えられる位置に陣取り、いつもより饒舌じょうぜつに喋る渡と、その横で子供の様に楽しげな笑みを浮かべている宮下先生。

 あの二人はここに居る誰よりもノリノリなご様子だ。てか、宮下先生は本当にこのコンテストが楽しみだったみたいだ。

 それにしても、果たしてこのコンテストに解説なんて必要なんだろうか。そう思いながら、みんなの奮闘振りに視線を移す。

 コンテスト最初の審査項目は、お料理審査。なんと言うか、コンテストの審査と言えば定番の様な内容だが、俺はこのお料理審査には疑問を感じている。

 だって花嫁衣裳のモデルを決める為のコンテストなのに、何でお料理審査が必要になるんだ。普通ならファッション審査とかじゃないだろうか。

 そんな事を思いつつも、別に目の前で行われている事を止めようとは思わないし、問題定義をするつもりもない。

 もしもそれを『なぜか』と誰かに問われたとしたら、それは『面白いから』としか答えようが無いだろう。人は楽しい事を前にすれば、多少の矛盾や疑問などは見て見ぬ振りをできる生き物なのだから。


「さて。最初の審査は料理ですが、宮下先生はどうなると予想していますか?」

「ふむ。とりあえず手元の資料を見る限りでは、水沢の大本命は揺るがないだろう。しかしながら、篠原もなかなかの料理上手だとの情報だ。それに鳴沢、如月もそれなりの実力を持っていると聞いている。故に水沢も油断をすれば討ち取られる可能性もあるわけだし、油断はできないだろうな」


 ――解説として結構まともな事を宮下先生は言っているが、結論としては、分からない――って事だよな……。


「なるほど! では、涼風さんはどうですか?」

「涼風については色々と情報不足でな。正直、予想がつかん」

「という事は、今回のコンテストのダークホースは涼風さんになりそうですか?」

「ふむ。そうかもしれんな」

「ちなみに宮下先生。コンテストの審査内容を決めたのは宮下先生だと聞きましたが、審査の一つを料理対決にした理由は何でしょうか?」


 俺が疑問に思っていた事について、渡が大々的に質問をしてくれた。

 それにしても、審査内容にまで宮下先生の魔手が及んでいたとは想像もしてなかった。


「ふむ。古来より日本では、花嫁になる女性の資質として、料理の腕は欠かせないと言われてきた。モデルを決めるコンテストとは言っても、滲み出る女性の魅力というのは内面から来るもの。つまりは、彼女達の花嫁力を測る為の審査というわけだ」


 ――おおっ。なんだか宮下先生がすげえまともな事を言ってる気がする。


「まあ、本当は私が彼女達の作る料理を食べてみたかっただけなんだがな」


 小さくそう呟く宮下先生だが、見事にその呟きをマイクが拾ってしまっている。


 ――宮下先生。せっかくの良いコメントだったのに、心の中の本音が口からダダ漏れしてますよ。気を付けて下さい。


「はい! 宮下先生ありがとうございました! さあて、まずは料理審査の大本命である水沢さんの様子から見ていこう! カメラさん! カモーン!」


 移動式のカメラを抱えた生徒会メンバーの一人が、渡に言われて茜の料理風景を映していく。そしてカメラが映すその様子は、逐一ステージ中央のモニターに映し出されている。

 いったいこのコンテストの為に、どれだけの予算が使われているんだろうか。いくらイベントに全力を尽くすのが校風とは言え、いささか心配になってしまう。


「水沢さーん。調子はどーお?」


 まるでナンパでもするかの様に、なんとも軽い感じで茜にマイクを向ける。

 こういう言動を見聞きしていると、普段の渡の素行が見えてくるようだ。


「えっ!? ええっと……ぜ、全力で頑張りますっ!」


 料理を作る事に集中していたからか、茜は突然向けられたマイクとカメラに焦ったらしく、至ってありきたりな回答をかましていた。だがそんな様子も、実に茜らしいと思ってしまう。

 しかし茜はそんな焦りを見せながらも、相変わらずの見事な手捌きで料理を作っている。単純に料理の腕だけでの審査なら、茜の優勝はほぼ揺らがないだろう。それは今まで茜の料理を食べてきた俺が一番よく分かっている。

 茜の料理に対するその安定感たるや、いつ嫁に行っても大丈夫だ――と、俺が太鼓判を押せる程だ。


「水沢さん、気合十分ですね。これは期待大! では、次に行ってみよう!」


 渡はカメラマンにゼスチャーを送り、今度は美月さんの方へと歩み寄って行く。


「如月さーん! 元気ー? 調子はどーお?」


 相変らずの軽いノリでマイクを美月さんの方へと向ける渡。

 やっぱり普段も、こんな感じで女子をナンパしてるんだろう。ノリが軽過ぎて引かれそうだけど。


「あ、日比野さん。順調ですよ」


 そう言いながら美月さんはまな板の上のキャベツを手際良く千切りにしていく。


「ふーむ……相変らず凄い迫力ですねえ……」

「「「おおっ…………」」」


 渡がそう言って美月さんを凝視すると、会場の男子連中から一斉に声が上がった。

 何事かと思って会場の男子連中を見ると、前のめり気味にステージ上のスクリーンを凝視している。


「げっ!?」


 男子連中が見つめる先を見ると、スクリーンにはエプロンの締め付けによって強調された美月さんの胸元が映し出されていて、料理を作る動作で揺れ動く胸元を、余す事無くカメラマンが映し出している。

 それを見てから渡をよく見てみると、美月さんの手元ではなく、その胸元を注視していた。


 ――アイツの『凄い迫力ですねえ』って、そっちの方だったのかよ!


「おい渡っ! さっさと次のインタビューに行かんかいっ!」


 俺は手元に置いてあったコメント用のマイクを握り締め、立ち上がって渡に向かい叫んだ。


「あっ、すまんすまん。それじゃあ如月さん、頑張ってねー」


 美月さんに手を振りながら、移動を始める渡。


 ――たくっ……こんな時にまで自分の欲望を優先させるなっての。それとカメラマン、お前も空気を読んでしっかりと映してんじゃねえよ。あと、画面を食い入る様に見ていた男子共、周りの女子達の冷たい視線に気付け。


 そんな事を思いながら渡の方へ視線を戻すと、今度は杏子の方へと向かっていた。


「やっほー! 杏子ちゃーん」

「あっ、渡さん。今日も元気ですね」

「杏子ちゃんは今日も可愛いねえ」

「ありがとうございます!」


 杏子は渡と会話を交わしつつも、てきぱきと作業を進めている。

 やはり普段から家事をしているからか、その手際の良さは我が妹ながら素晴らしいものだと思える。


「情報によると杏子ちゃんは、この五人の中で真っ先に最終意思決定期間での出場の意思を示したらしいけど、コンテスト出場に迷いとかは無かったのかな?」

「んー。特に迷いは無かったですね」

「なるほど。それじゃあ今回の出場者は全員杏子ちゃんの知り合いだけど、それについてはどう思った?」

「そうですね……みなさん強敵ですけど、優勝できる様に頑張ります!」


 そう言ってにっこりと笑みを浮かべる杏子が、スクリーンに映し出される。


「ちなみに優勝したら、誰を隣にして撮影をしたいとか決まってるのかな?」

「はいっ! 優勝したらお兄ちゃんを指名します!」

「「「きゃ――――っ!」」」


 杏子の発言に沢山の黄色い声が上がる。

 その声は主に杏子のクラスメイトの女子達からだが、そんなに俺と杏子のツーショットが見たいのだろうか。


「くそーっ、龍之介っ! お前、こんな可愛い妹に慕われて羨ましい! 俺と代われ!」

「アホかお前は」

「ねえ、杏子ちゃん。龍之介の代わりに俺をお兄ちゃんにしてみなーい?」

「うーん。これ以上お兄ちゃんは要らないですね」

「ぐはっ!」


 ――さすがは杏子さん。切り捨て方がぱねえっす。


 杏子にきっぱりとそう言われて崩れ落ちた渡が再び立ち上がり、何事もなかったかの様に笑みを浮かべる。


「それじゃあ杏子ちゃん。俺のお嫁さんにならない?」

「渡さんのお嫁さんですか?」


 ――コイツは全校生徒の前で俺の妹に何を言ってるんだ……。


「そうですねえ……お兄ちゃんが良いって言ったらいいですよ」

「りゅ、龍之介お兄様あー! 妹さんを僕に下さーい!」

「断るっ! お前の嫁にするくらいなら、一生嫁には出さん!!」

「だそうですよ」

「ちくしょ――――っ!!」


 にこにこの笑顔でそう言う杏子。


 ――コイツ、自分から断るのが嫌で俺に断らせやがったな……。


 まあ、俺がどう答えるか分かってて話を振ったんだろうけど、もしも俺が、良いよ――って言ったらどうするつもりだったんだろうか。いやまあ、そこは冗談でも良いとは言わないけど。

 そもそも、杏子を任せられる男なんて居ない。仮に候補が居たとしても、俺が認めない限りは絶対に嫁にはやらん。妹の相手を見定めるのは、兄として当然の義務だから。

 見事にプロポーズが失敗した渡を見ながら、大笑いをする生徒達。

 これがもし渡の演出だとしたら、俺はアイツへの見方を大きく変えるだろう。しかし、アイツはそんな器用な真似を出来る奴ではない。間違い無く本気だったはずだ。


「さて! 気を取り直して次にいこーう!」


 再びケロッとした表情で立ち上がり、今度は愛紗の方へと向かう。

 全校生徒の前での公開処刑に少しは同情する気持ちもあったが、コイツの立ち直りの早さの前では、そんな同情も無用だったようだ。


「篠原さーん。作業は順調かなー?」

「あっ……」


 渡にマイクを向けられた愛紗は途端に集中力が切れた様子で、その場で固まって顔を赤くした。


「篠原さん? 大丈夫?」


 渡が愛紗の目の前で手の平をブンブンと左右に振る。


「「「愛紗ー! 頑張って――――っ!!」」」


 杏子と愛紗が所属するクラスの方から、大きな声援が飛んでくる。

 その声に我に返った様に身体の硬直が解け、愛紗は向けられていたマイクに向かって答えた。


「あああああのっ! わわわ私、頑張ります!!」


 そう言って再び料理作りを再開する愛紗。

 人に注目される事が苦手な愛紗にとって、このコンテストは一種の地獄かもしれない。だがそれでも、一生懸命に頑張っている姿は見ていて微笑ましくなる。


「篠原さんの料理の腕は結構凄いって情報だけど、このコンテスト、優勝する自信はあるかな?」

「あ、あの……ゆ、優勝する自信は正直無いです……」


 そう言ってしゅんとする愛紗。

 負けん気が強そうに見えるけど、あれで案外気弱なところがあるのが愛紗だ。


「そうなの? それじゃあ杏子ちゃんにも聞いたけど、もし優勝したら、誰と写真を撮りたいとか決まったりしてるかな?」

「そ、それは…………」


 顔を紅く染め、俺の方を困った様な表情でチラチラと見てくる愛紗。


 ――何だ? 俺にこの状況をどうにかしろって事なのか?


 困っている様子の愛紗を助けてやりたい気持ちはあるが、軽々しく俺が発言をするべきでは無いだろうし、とりあえず様子を見てみる事にした。


「おっ、その動揺ぶりは、誰か決まった人が居るって事だね!?」

「い、いやあの、別にそういう訳じゃ……」

「誰? 誰なの!?」


 畳み掛けるような渡の質問攻めに、もはや愛紗の料理を作る手は完全に止まっていた。そして渡に追い詰められている愛紗は、先程とは違った視線で俺を見てくる。

 まるで鋭く尖ったやじりの付いた矢を飛ばされた様な視線を受け、俺は思わず身震いをしてすくみ上がってしまう。


「……あ~、渡。お前が質問攻めにしてるせいで、料理の手が止まってるぞ」


 愛紗の視線に異様な寒気を感じた俺は、仕方なく無難な助け船を出した。

 このまま何もしないでおくと、あとで愛紗に何を言われるか分からないから。


「あっ、わりいわりい。そんじゃあ篠原さん。頑張ってねえー」


 渡がその場から離れて行くと、愛紗は安心した様にして息を吐いていた。

 まあこれで、あとから愛紗に非難の言葉を浴びせられる事は無いだろう。いや、もしかしたら愛紗の事だから、『何でもっと早く助けてくれなかったんですかっ!』みたいな事を言われる可能性は少なからずある。だけどそれは、俺の杞憂きゆうであると思いたい。


「さあーて。それじゃあ涼風さんの方はどうかなー? ほお!」


 まひろが調理している様子を見て、渡が感心した様に声を上げる。

 俺もまひろが単独で料理を作っているのは初めて見るんだけど、その手際はなかなか良い感じに見えた。


「涼風さんは宮下先生を筆頭に圧倒的な他薦票を集めての出場だけど、意気込みはどうかな?」

「…………」


 まひろは渡の言葉など耳に届いていないかの様にして料理の手を進め続ける。


「あ、あの、涼風さん?」

「…………」

「涼風さんは凄い集中力だね。またあとでコメントを貰おっかな」


 まひろの無言の圧力に押されたのか、渡はすごすごと宮下先生の居る実況席へと戻った。


「さーて! どのヒロイン達も期待が持てそうな感じですけど、宮下先生はどうですか?」

「うむ。どんな料理が食べられるか楽しみだな」


 もはや完全に私欲をコメントしている宮下先生。こんな事でいいのだろうか。

 軽快に話を進める渡と、私欲を口にする宮下先生のトークに耳を傾けつつ、俺は五人の調理の行方を見守った。

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