第73話・それぞれの心境

 梅雨時のジメジメとした蒸し暑さが不快な六月の朝。

 紆余曲折うよきょくせつはあったが、今日はいよいよ花嫁選抜コンテストの本番当日だ。

 昨日から準備をしていた多目的ホールには、既に花嵐恋からんこえ学園の全校生徒が集まっていた。

 この多目的ホールにはエアコンがいくつか完備されていて、どの場所に居てもある程度快適に過ごせる様になっている。今日の蒸し暑さを考えれば、このホールをコンテスト会場にチョイスしたのは学園側のナイス判断と言えるだろう。

 ホール内は各学年、各クラスで区画分けされていて、長いテーブルと背もたれの無い木製の椅子が並べられている。

 そして肝心の出場者である茜やまひろ、美月さん達とは、朝のホームルームで会ったきりだ。本番を前に茜や美月さんもそれなりに緊張していた様子だったけど、それでもまひろみたいに取り乱してはいなかった。

 今朝のまひろの取り乱し方は凄まじいもので、アイツとは長い付き合いだが、それはもう、今まで見た事が無い程の慌てぶりを見せていた。

 なにせホームルーム終了後。まひろを落ち着かせようと渡してやったペットボトルのお茶を、蓋も開けずに飲もうとしていたくらいだから。

 まあ、そんな姿がまた可愛らしかったわけだが。


 ――それにしても、凄い熱気だな。


 ホール内はエアコンのおかげで快適な温度になっているが、みんなから感じる熱気は、ステージ上の特別審査員席に居る俺にも伝わって来ていた。

 ステージ上の特別席には、俺を含めて五名の特別審査員が居る。俺以外の四名に関しては、取材部が独自調査を行って決めた面子らしい。

 その選定方法は霧島さんに聞いた話によると、今回のコンテスト出場者とは直接面識も関わり合いも無い人を選んだと言っていた。それは審査に際して個人的感情を票に挟まないようにする為の措置だそうだが、その基準でいくと、俺は出場者全員と面識も関わりもある。

 俺はそのあたりの矛盾に関して霧島さんに質問をしたのだが、『鳴沢君の特別審査員は宮下先生のたっての要望だから、辞退は無理よ』と、そう言われてしまった。

 別に今更断ろうと思っていた訳じゃないけど、全てが宮下先生の企みの範疇はんちゅうかと思うと、個人的には面白くない気分ではある。


「あー、あー。マイクテス、マイクテス」


 マイクがキーンとハウリングする音がスピーカーから出たあと、続いて渡の声がホールに響いた。


「さあーて! お待たせしましたー! 出場者の準備も整ったみたいだし、いよいよ花嫁選抜コンテストを開催するぞー!」

「「「お――――っ!」」」


 渡のコンテスト開催宣言を受け、生徒達が甲高い声を上げて盛り上がる。本当にこの学園の生徒はノリがいい。

 みんなの盛り上がる声はステージ上の俺にはまるで大波が押し寄せている様に感じ、無意識に身体を仰け反らせてしまいそうになる。

 この盛り上がる声は、舞台袖に控えているまひろ達にも当然聞こえているだろう。てことは、朝から相当に緊張していたまひろは、もしかしたらまた取り乱しているかもしれない。

 思わずそんなまひろを見る為に舞台袖に行きたくなったが、ステージ上で既に衆目に晒されている俺にそれは不可能だった。


「さーて。みんなも知ってのとおり、このコンテストには自薦他薦を含めて沢山の応募があった! その総数はなんと百五十七名にのぼったわけだが、その中から最終的に出場を決めたヒロインはこの五人だっ!」


 渡がステージ中央から端に移動しつつ、みんなが控えているステージ脇を片手で指し示す。

 するとそこにスポットライトが当てられ、そこから出場を決めたみんなが一人ずつ登場し始めた。


「「「おお――――っ!!」」」


 ステージに姿を見せ始めたみんなは制服にエプロン姿をしており、登場した瞬間に男子連中の重厚で感嘆に満ちた声がホール内に響き渡った。

 最初に登場した茜は表情こそ笑顔ではあるが、俺から見るとその笑顔はぎこちない。

 そして茜に続いて登場した美月さんは、至っていつも通りの様に見えた。まあ、少なからず緊張はしているかもしれないけど、どちらかと言うと状況を楽しんでいる様にも見える。

 それに比べて美月さんの次に出て来た愛紗は、誰が見ても分かるくらいに身体が震えていて、明らかに緊張しまくっている事が分かる。

 ステージ中央後ろの壁際には、大きな特設モニターが設置されていて、そこにはちょっと涙目になっている愛紗が大きくアップで映し出されていた。自分の涙目な姿が映し出されてるなんて、今の愛紗はまったく気付いていないだろうから、見ていてちょっと可哀相に思えてしまう。

 そしてそんな中でもまったく物怖じしていない様子なのは、我が妹であるところの杏子だ。杏子は自分達を見ている生徒達に向け、その手を大きく振っている。その立ち居振る舞いたるや、威風堂々という言葉がピッタリと言える。

 何でアイツはあんなにステージ慣れしているんだろうか――と、兄である俺が一番疑問に思ってしまうくらいだ。


 ――あれっ? そういえばまひろはどうした?


 ステージ上に出て来ているのは四人で、五人目の出場者であるまひろがまだステージ上に出て来ていなかった。


「あれー? 涼風さーん? どうかしたのかなー?」


 ステージ袖にはなにやらモジモジと動く影が見える。おそらく、あれがまひろなのだろう。


「もう。しょうがないなあ、まひろさんは」


 渡の問い掛けに未だステージ上に出て来ないまひろに対し、痺れを切らせた杏子がステージ袖へと向かう。


「ほーら! まひろさん」

「あ、杏子ちゃん!? い、行くから引っ張らないで――あっ…………」

「「「「おおっ……」」」」


 杏子に引っ張られて出て来たまひろの登場と共に、今度は男女の区別無くどよめきの声が上がる。


「す、すげえ……」


 俺もそんなみんなの声と共に、思わず驚きを素直に口にしてしまった。

 そりゃあ驚きもするさ。まひろも他の四人と同様に制服にエプロン姿なのだが、着ている制服はいつもの男子用ではなく、他の四人と同じ女子の制服だったからだ。しかもその姿が異常なまでにフィットしていて、まったく違和感の欠片も無い。

 そんなまひろは緊張でガチガチになっていて、いつも白く可愛らしいその顔は、茹蛸ゆでだこもビックリな程に赤く染まっていた。


「涼風さーん。大丈夫かなー?」

「だだだだいじょうぶれすっ!」


 渡がまひろにそう問い掛けると、呂律が回らない口で勢い良くそう答えた。


 ――本当に大丈夫かな……。


 そんなまひろに対し、あちこちから『がんばれー!』と声援が飛んで来る。


「さあ、これでエントリー者全員が揃ったわけだ! では皆の衆、張り切って花嫁選抜コンテストの審査を開催するぞ――――っ!」

「「「おお――――っ!!」」」


 エントリーした五名全員を前に、渡が全生徒に向けてコンテストの審査開始を告げる。こうしてホールが凄まじい熱狂に包まれる中、審査の準備は始まった。

 かなりのドキドキと、ちょっとした不安を抱えながら、俺はその行く末を見守る事になる。

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