第46話・似た者同士の幼馴染
真夜中の桜舞い落ちる木の下。
トイレから戻って来た茜はそのまま黙り込んでしまい、気まずい雰囲気が続いていた。茜が戻って来てからいくつかご機嫌取りを試してみたけど、それもまったく効果が無い。
それにしても、この気まずい雰囲気にはいつまでも耐えられない。気の進まない方法にはなるけど、ここは茜のご機嫌回復の為に、少し頑張ってみるとしよう。
――さてここからは、鳴沢龍之介による恋愛講座の始まりだ。
「なあ、茜。何を怒ってるんだ?」
「別に怒ってないもん……」
こういう時の女の子が言う、怒ってない――って言葉は、基本的に信用してはいけない。なぜなら高確率で、怒っているか
俺も過去、何度この言葉に騙されかけた事か。まあ、その時の話は今はどうでもいい。もう昔の事だから。今はこの状態の茜を、いかに素早く元に戻すかが重要なのだから。
まずご機嫌取りをする上でタブーなのは、こんな状態に陥った女の子に、怒ってるじゃないか――などと言ってはいけないという事だ。これは
そして次のタブーは、沈黙してはいけない――という事だ。まあこれは相手のタイプにもよるんだけど、茜みたいに構ってもらえないとヘソを曲げるタイプの女の子には必須とも言える。
兎にも角にも、自分は気にかけられているんだ――という事を示さなければいけないのだ。
「それにしても、まだかなり寒いよな。茜、何か温かい飲み物でも飲まないか? もちろん俺が奢るからさ!」
「…………温かいココアが飲みたい」
「ココアだな? 分かった。ちょっと買って来るから待ってろ」
「うん……早く戻って来てね?」
「おう!」
俺はサッと立ち上がり、急いで丘の下の公園にある自動販売機へと向かった。
相手がこちらの提案に対して何かしらの反応を示してきたなら、ミッション達成は目前だ。あとはいかに素早くその要求に応えるかが勝負の分かれ目になる。
ちなみにだが、こういった時に実現不可能な要求をする女の子には要注意だ。俺の経験上、そんな要求をする女の子にろくな子はいなかったから。まあ、これについては男にも言える事だと思う。
息切れする程の猛ダッシュで丘の下まで駆け下りた俺は、自動販売機の前で息切れを整える間も惜しんでズボンの後ろポケットに手を入れ、取り出した財布から五百円玉を取り出して投入口へと入れ込んだ。
そして自動販売機のランプがまだ点灯していないのに、俺はココアのボタンを連打した。
「よしっ!」
俺はガコンと音を立てて出て来たココア缶とお釣りを素早く取り出し、茜が待つ丘の上へと再び走り始めた。
「買って来たぞっ!」
俺は買って来たばかりの温かなココア缶を、茜の前にサッと差し出した。
「お、遅かったね」
「そうか? ごめんな」
息切れを整えながら茜に謝る。
時間にしたら往復五分もかかってないと思うけど、女の子はこういった事をポロッと口にしたりもする。決して悪気があるわけではないんだろうけど。
だから間違っても、急いで買って来たんだよ――みたいな事を言ってはいけない。ここはひたすら冷静に対処だ。
「あっ、ううん……私こそごめんなさい。ココアありがとう。龍ちゃん」
「おう」
これで相手が自分から謝ってきたら、もうほとんど大丈夫。ミッションコンプリートだ。
――おめでとう、俺。以上、鳴沢龍之介による恋愛講座でした――なんてな。
まあ、恋愛講座とは言っても、ほとんどは今まで俺が見てきたラブコメ作品の受け売りになる。
だけど、実際にこうやって効果があるんだから、その内容は馬鹿にできない。流石は俺のバイブル達だ。
「そういえば茜。家には帰らなくて大丈夫なのか?」
「こんな夜中に女の子一人で帰らせるつもり?」
「まあ、確かに女の子一人を歩かせるのは危ないよな」
「どうせ龍ちゃんの事だから、『茜なら大丈夫だろ』とか言うんでしょ?」
「馬鹿な事を言ってんじゃないよ。茜だって女の子なんだから、危ないに決まってんだろうが」
「えっ!?」
――何だその驚いた表情は? コイツは俺が冷酷非道の鬼畜外道とでも思ってたのか?
「茜、その意外――って感じの顔は何だ?」
「えっ!? い、いや、龍ちゃんがそんな事を言うなんて思ってなかったから……」
茜はなんだか嬉しそうにそんな事を言う。
そりゃあ、普段はボクサーも顔負けのパンチを放ったりする凶暴なところもある奴だけど、それでも茜が女の子なのは間違い無い。それなのに、夜道を一人で歩かせるのを平然と、大丈夫だろう――などと言える程、俺は人として終わってはいない。
「茜には俺がどんな風に見えてんだよ……」
「んー、いつまでもやんちゃな男の子――かな?」
「どんだけ俺がガキに見えてんだ?」
俺はふうっと大きく溜息を吐く。
少なくとも、さっきまで子供の様にいじけていた茜に言われたくはない。
「むっ!? 今失礼な事を考えてたなっ!」
「か、考えてねえよ!」
――くそっ、いつもながら勘が鋭い奴だぜ。
「まったくもう……でも、龍ちゃんは誰よりも優しいよね」
風がそよそよと流れ、茜の長い髪を柔らかに撫でる。
その様子を見た俺は、自分の胸がドキドキと高鳴っている事に気付いた。
「か、からかうなよ……」
「あっ、もしかして照れてる? かっわい~」
俺の鼻先を人差し指でツンツンしてくる茜。
――コイツ、完全におちょくってやがるな? ちょっと隙を見せたらすぐにこれだ。
「へくちっ」
普段の豪快なイメージとはまったく違い、可愛らしいくしゃみをする茜。
「寒いんじゃないのか?」
「大丈夫だよ」
大丈夫だとは言うものの、その身体は小刻みに震えている。
昔っから素直じゃない奴だが、こういった時くらいは素直になれよといつも思う。
「こんな時にまで変な我慢をするんじゃないよ。めっちゃ震えてるじゃないか。とりあえずこれ着とけ」
俺は自分が着ていた厚手の上着を脱ぎ、それを茜の背中にそっと被せた。
「い、いいよ。これじゃあ龍ちゃんが風邪ひいちゃうし」
「これでいいんだよ。茜に風邪をひかれる方が嫌だしな。それに俺は、風邪をひかないから大丈夫だ。茜が思ってる程柔じゃないから」
本当は少し寒かったけど、我慢できなくはない。それにせっかく俺達の為に来てくれたわけだし、風邪をひかせてしまったら申し訳ない。
「あっ、眠くなったらそこの寝袋を使っていいからな?」
「ありがとう、龍ちゃん。やっぱり龍ちゃんは優しいね」
「その話はもういいよ。お腹いっぱいだ」
「本当に照れ屋さんだなー、龍ちゃんは」
こちらを見ながら茜がくすくすと笑う。
そしてしばらく何気ない雑談をしたあと、茜は寝袋に入って寝てしまった。
「気持ち良さそうに寝てるな……」
傍らで小さな寝息を立てて眠る茜の顔をチラリと見る。
――ホント、こうやって大人しくしてる分には可愛いんだけどな。
そんな茜を見たあとでふと携帯の時刻を見ると、既に午前三時を回っていた。
「さてと、俺も少しだけ横になっておくか」
俺は念の為にと持って来ていた厚手のタオルケットを茜の身体に被せ、もう一つの寝袋に素早く入り込んだ。
「う……ん……ありが……とう……りゅう……ちゃん」
その言葉に一瞬起きたのかと思って横を見たが、茜はさっきと変わらず小さな寝息を立てている。どうやら寝言だったらしいが、寝ている時は素直なんだなと、思わず小さく笑いが漏れた。
「花見開始まであと七時間か……」
仰向けで見つめる先には、満開の桜。
そしてその更に上には、キラキラと瞬く星々が桜の花々の隙間から見える。
俺は自然のプラネタリウムと桜の光景を見ながら、一時の眠りへと落ちて行った。
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