第37話・もしもそんな事があるとしたら
少しずつ陽の暖かさが増してきていた三月の中旬。
数日前には
杏子が言うには、『まあ、当然の結果だよね』との事だったが、うちの妹様はどこまで余裕と自信があるんだろうか。でもまあ、杏子はぼーっとしている様で何気にハイスペックだから、この結果は必然と言っても言い過ぎではないだろう。
そんな杏子を見ていると、つい、兄より優れた妹など――みたいな事を言いたくなるけど、実際に優れているから何も言えない。
そろそろ十三時を迎えようかという頃、俺はリビングにあるテーブルに料理を運んでいた。内容は出来合いの物が多いけど、今日は杏子と二人でのささやかな合格祝いだからこれでいいだろう。
「おっし! 準備はこんなもんかな」
テーブルに並んだ料理を確認し、俺は二階で待ちわびているだろう杏子を呼びに向かい始める。
そしてリビングを出て二階へと向かう階段に一歩足を上げた瞬間、家の中に玄関のチャイムが鳴り響いた。
「はいはーい。どちら様ですかー?」
「あっ、龍ちゃん? 私だよー」
「茜か? 急にどうした?」
そう言いながら扉を開けると、そこには
「こんにちは、龍之介。今日は杏子ちゃんの合格祝いをやるって言ってたでしょ? だからお祝いに来たんだ」
「マジか! それじゃあ茜も?」
「もちろんだよ! 杏子ちゃんは私達にとっても、妹みたいなもんだもん! ねっ、まひろ君」
「うん」
「ありがとう。さあ、上がってくれ!」
二人の優しさに嬉しさが込み上げて来る。俺は本当に良い友達を持った。
俺はお祝いに来てくれた二人をリビングまで通し、再び杏子を呼びに二階へと向かい始めた。すると茜達が来た時と同じ様に、また階段へ一歩足を上げたところで玄関のチャイムが鳴り響いた。
「はーい! どちら様ですかー?」
「龍之介さんですか? 美月です」
「ああ、美月さんか。今開けるね」
鍵を開けてからゆっくり扉を開くと、そこには大きな箱を抱えた美月さんの姿があった。
「こんにちは。今日、杏子ちゃんの合格祝いをするって言ってましたよね?」
「うん。もしかして、お祝いに来てくれたの?」
「もちろんです」
柔らかな笑顔を見せながらそう答える美月さん。こうしてわざわざ来てくれたのが本当に嬉しい。
「ありがとう。ちょうど茜とまひろもお祝いに来てくれたんだ。リビングに居るから一緒に待ってて」
「分かりました。茜さん達もいらしてたんですね」
そう言って美月さんは一度廊下へと荷物を下してから脱いだ靴を丁寧に揃え、そのあとで再び荷物を抱えてからリビングへと向かい始めた。
俺はそんな美月さんを見送ったあと、今度こそはと階段を上って杏子の部屋へと向かった。
「あ~、お腹空いたよお……」
杏子の部屋の前まで来た時、部屋の中からそう唸る声が聞こえてきた。
今日はささやかだが合格祝いのパーティーをすると伝えていたからか、杏子は朝食を少ししか摂っていない。パーティーの時に思いっきり食べる為だそうだ。その気持ちは分からなくもないけど、ちょっと気合を入れ過ぎな気もする。
俺はコンコンと部屋の扉をノックしてから扉を開け、パーティーを待ちわびている杏子に声をかけた。
「杏子、準備できたぞ」
「待ってましたっ!」
さっき聞こえてきた弱々しい声とは打って変わって、元気良く声を出して部屋を飛び出して来る杏子。もう高校生になるってのに、こんなところはまだまだお子様だ。
「さっき、茜とまひろと美月さんが合格祝いに来てくれたぞ」
「本当! 嬉しいなー」
杏子はますますテンションを上げ、階段を踊り下りて行く。あれだけ喜んでいるところを見ていると、パーティーを企画した甲斐があるってもんだ。
「「「杏子ちゃん! 合格おめでとー!」」」
嬉しそうに階段を下りて行った杏子がリビングに入ると、中から三人のお祝いの言葉と共にクラッカーを鳴らす音が聞こえてきた。
杏子に続いて俺がリビングへ入ると、キラキラした小さな紙が、ひらひらと杏子の頭上から舞い落ちているのが見えた。
「わあー、ありがとうございます!」
満面の笑みを見せながら、杏子はペコリと頭を下げてみんなにお礼を言う。
「さあっ! パーティーを始めようか!」
俺達は早速、用意していた料理に手を伸ばす事にした。杏子もだいぶお腹を空かせていただろうから。
しかしこの人数では、俺が用意していた料理の量は
「――杏子ちゃん。これ、私とまひろ君からの合格祝いだよ」
みんながそれなりに料理へ箸を進めたあと、茜はそう言って可愛らしい動物のイラストが描かれた小さな紙袋を杏子に差し出してきた。
「えっ、いいんですか? ありがとうございます! 開けてもいいですか?」
「「もちろん」」
茜とまひろはウンウンと頷き、杏子は受け取った紙袋を丁寧に開け始める。
「わー! 可愛い~。ありがとうございます。茜さん、まひろさん」
小さな紙袋の中から出てきたのは、猫と犬の二つの可愛らしい髪留めだった。
「どういたしまして」
「気に入ってもらえたみたいで良かったよ。ねっ、まひろ君」
「うん」
「本当にありがとうございます」
猫と犬の可愛らしい髪留めを大事そうに持ちながら、嬉しそうにお礼を言う杏子。普段から髪留めを使っている杏子には、実用的で嬉しいだろう。
そして嬉しそうな杏子の様子を見た茜とまひろは、にこやかな笑みを浮かべていた。
「それじゃあ、今度は私の番ですね」
そう言って美月さんは持って来ていた大きな箱を取り出し、そこからゲーム機を取り出して杏子に手渡した。
「ゲーム機なんて貰っちゃっていいの? 美月お姉ちゃん」
「これは私がちょっと改造を加えているゲーム機なんですよ。もちろん、正規のソフトも遊べるから安心して下さいね」
――改造って、どこをどう改造したんだ?
それにしても、美月さんのこういった事が出来るスキルには驚かされる。いったいどこでこんな技術を習ったんだろうか。
「そしてこれが、プレゼントのゲームソフトです」
透明のハードカバーケースに入れられたディスクを、美月さんは誇らしげに見せる。おそらくは、美月さんが自作したゲームなんだろう。
美月さんは杏子と一緒にテレビの方へ向かい、ゲーム機と配線を繋ぎ合わせてからディスクを入れた。
「おおっ! すげえ!」
美月さんがゲーム機とテレビを繋ぎ合せて電源を入れると、そこには明らかに俺達をモデルにしたであろう、格闘ゲームの画面が映し出されていた。本当に美月さんのスペックとスキルは底が知れない。
「これが私から杏子ちゃんへのプレゼントです」
「凄い! 美月お姉ちゃん凄いよ!」
杏子は興奮興味にテレビの前ではしゃぐ。
そしてゲームが映し出された画面を前に、美月さんから操作のレクチャーを熱心に受け始めた。
「美月ちゃんて本当に凄いよね」
「うん。あんな事まで出来るなんて凄いよね」
茜もまひろも、ゲームのクオリティの高さに驚きを隠せない様子だった。まあ、正直言って俺もかなり驚いてるけど。
「ねえ、お兄ちゃん、私と対戦してみない?」
「おっ、早速やろうってか? いいぜ、受けて立とうじゃないか!」
俺は杏子と同じく美月さんから操作のレクチャーを受け、兄妹ゲーム対戦を開始した。
「――あーっ、駄目だー! 全然勝てねえー!」
ゲームを開始してから約三十分。
最初の方こそ善戦していたけど、杏子のゲームに慣れる速度は尋常ではなく、十分も経つ頃には手も足も出せなくなっていた。
てか、杏子の使っている杏子キャラは、小さい上に動きが早くて捕えようが無い。並みのプレイヤーならともかく、杏子が扱うとなると相当に攻略が厳しい。
「俺じゃあ杏子の相手にはならんな。まひろ、俺と対戦してみないか?」
「えっ? いいけど、僕に出来るかな?」
こうして俺と対戦する為に、まひろも美月さんから操作のレクチャーを受け始める。
「――おっと! 思ったよりやるじゃねーか!」
「け、結構操作が難しい」
まひろがゲーム慣れしていないせいか、動きがいまいち読めず、その初心者特有とでも言うべき動きに俺は翻弄されていた。
しかし最初こそ少し焦りもしたけど、相手は初心者なんだから、冷静になれば大した事は無いはず。この勝負、きっちり勝たせてもらうとしよう。
「まひろさん、さっき教えた事を試してみて下さい」
「う、うん」
美月さんのそんな言葉を聞いた俺は、いったい何の事だろうと思いつつ距離を取って様子を
まひろは美月さんの言葉を聞いてコントローラーをカチャカチャと操作し、溜まっていた必殺技ゲージの全てを使った。すると、まひろが使うまひろキャラが、文化祭の時に見た和服姿にチェンジした。
「な、何じゃそりゃ!?」
「これはまひろさんキャラだけが出来る特別スキル、マン・ブレイカーモードです」
「えいっ!」
呆気に取られる俺に対し、まひろが何気ないパンチを繰り出してきた。
その攻撃に対して俺はすかさずガードをしたのに、なぜかノーガードでダメージをくらっているのと同じ――いや、俺の見間違いじゃなければ、モードチェンジする前にくらっていたダメージよりも多いダメージを受けている。
「何だこれ!? 超いてえ!」
「このモードになると、相手が男性キャラの場合に限り、ダメージが二倍になります」
「はあっ!? そ、そんなのありっ!?」
「ついでに、全ての攻撃が
「そんなの無理ゲーだ――――!」
こうして必死の抵抗も虚しく、俺はまひろにボコボコにされて敗北した。
――こんなのチートじゃねーか……しかもまひろキャラ限定のモードって、どんだけ優遇されてるんだよ。
こうして美月さんの作ったゲームでしばらく遊んだあと、俺達はデザートを食べながら談笑を始めた。
――ん? また誰か来たみたいだな。
パーティーも楽しく進んだ十六時頃。
家の中に玄関のチャイム音が響き渡った。俺は談笑を中断し、リビングを抜け出して玄関へと向かう。
「はーい! どちらさまですかー?」
「あっ、その声は龍之介君だよね? 雪村です」
「あっ、雪村さんか、今開けるね」
俺は急いで玄関へと下り、鍵を開けて扉を開いた。
「こんにちは、龍之介君。今日は杏子ちゃんの合格祝いをするって聞いてたから、お祝いにケーキを持って来たの」
「わあ! わざわざありがとう。さあ、上がって上がって!」
「あれっ? 他にも誰か来てるの?」
「うん。だけど大丈夫だよ、みんな友達だから。さあ、上がって」
「う、うん。それじゃあ、お邪魔します」
俺は緊張の様子を見せる雪村さんを連れ、一緒にリビングへと向かった。
「あっ、雪村さん。こんにちは」
リビングに通した雪村さんを見て、杏子が元気に挨拶をする。
しかし、そんな杏子とは違い他の三人は、誰だろう? ――と言った感じの表情を浮かべていた。
「こちらは、俺が前に行ってたバイト先の友達で、雪村さん」
「は、初めまして皆さん。私は
みんなに向かって丁寧にお辞儀をする雪村さん。いつもながら礼儀正しい人だ。
「あっ、私は
「僕は
「私は
みんなそれぞれに立ち上がってから自己紹介をし、頭を下げる。
お互いに初対面で緊張していたのかもしれないけど、自己紹介をする時のみんなの雰囲気は少し妙に感じてしまった。まるで、お互いに何かを探りあっている様な雰囲気を感じたからだ。
でも、最初こそそんな風に感じていたけど、そんな俺の考えもどうやら
「――ねえ、お兄ちゃん。この四人の中から誰か一人を彼女にできるとしたら、お兄ちゃんは誰を彼女にしたい?」
和やかに進んでいた談笑は、杏子のあまりに唐突なこの一言によって一瞬で壊れた。
「お、お前なあ、またそんなくだらない事を」
「もしもの話だから別にいいじゃない。それとも、この中には彼女にしてみたい人が居ないの?」
杏子の発言後は妙な雰囲気が流れ始め、全員が押し黙って俺に注目し始めた。
みんなから感じる無言のプレッシャーに、俺は倒れそうな
「そ、そういう訳じゃないけどさ……ほら、四人て言ってもまひろは男じゃないか」
「それじゃあ、まひろさんが女の子と仮定した場合でいいよ」
「お前なあ……」
「あっ、なんなら私も選択肢に加えていいよ?」
――まひろやお前を選択肢に入れてどうすんだよ。最も地雷な選択肢じゃねーか。
「バ、バカッ! アホな事を言ってんじゃねーよ。みんなごめんな、杏子が変な事言ってさ」
俺はこの話題を早急に闇へ葬ろうとしていた。
そりゃあそうだ。こんな地雷臭プンプンの質問に、答えられるわけが無いんだから。
「い、いいじゃん。私は興味あるな、龍ちゃんの答えに」
この話題を闇へ葬ろうとしていた俺の思いなど知る由も無い茜は、俺に対してそんな事を言った。
「おいおい。茜まで何言ってんだよ」
「こ、こんなの単なるお遊びみたいな質問じゃない。別にムキになる事でもないでしょ?」
コイツは本気でこんな事を言っているんだろうか。
そりゃあ聞く側はいいかもしれないけど、答えるのは俺なんだから、興味だけで俺を地雷質問に巻き込むのは止めてほしい。
「まひろ、お前は嫌だよな?」
「ごめん、龍之介。僕もちょっと興味あるかな」
「マジかよ……」
「私も是非聞いてみたいです。龍之介さんが誰を選ぶのか」
「美月さんまで……」
茜や杏子はともかくとして、まさか美月さんやまひろまでこんな事を言い出すとは思ってもいなかった。
もはや完全に逃げ道を塞がれつつある状況。いったいどうやったら、このピンチを脱する事ができるだろうか。
「み、皆さん、止めませんか? 龍之介君、困ってるみたいだし……」
みんなが俺を追い詰めて来る中、雪村さんだけが俺の味方に付いてくれた。
これは千載一遇のチャンス。ここはなんとか、雪村さんにみんなを押し返してほしい。
俺は雪村さんへの期待を膨らませながら、この状況を見守る事にした。
「雪村さんはこの話題に興味ありませんか?」
「えっ!? そ、それは…………」
杏子の質問に対し、雪村さんは恥ずかしそうにしながら俯いて黙り込んでしまった。唯一の希望だった雪村さんが一瞬にして撃沈されてしまった俺は、再びピンチを迎える事になる。
「ほら、お兄ちゃん。観念して答えてよ」
「そう言われてもな…………」
――誰を彼女にしたいとか、そんなの選べる訳ねえだろっ! くっそー、誰でもいいから俺を助けに来い! そしてこの状況をぶち壊してくれっ!
「おう、龍之介。邪魔するぜー! あっ、みんなも居たんだ」
緊張に包まれた室内。そんな中でピンチを迎えていた俺の背後から唐突に渡の声が聞こえ、全員がリビングの出入口へと注目する。
「龍之介。玄関のチャイム壊れてるみたいだぜ? 何回押しても鳴らなかったし、鍵も開いてて不用心――って、あれ? な、何でみんなして俺を見てんの?」
「渡君の……ばかっ」
小さくまひろがそう呟いたのが聞こえた。
何はともあれ、渡のおかげで俺はこの地獄から解放されたわけだ。今回だけは渡に感謝しておくとしよう。
そして渡が現れてからは、まるで何事も無かったの様にして雰囲気は元に戻り、俺は心底ほっとしていた。
「――じゃあな、みんな!」
みんなに少しだけ片付けを手伝ってもらったあとの十九時頃。
お祝いパーティーはお開きとなり、みんなは我が家を出て自宅へと帰って行った。途中で焦る出来事もあったけど、とりあえず無事に終わって良かったと思う。
「ねえ、お兄ちゃん」
みんなが帰るのを見送ったあと、残りの後片付けをしている最中に杏子が手を止めて呼びかけてきた。
「何だ?」
「私がした質問、誰を選ぼうと思った?」
「またその話かよ。そんなの選べるわけ無いだろ?」
「何で?」
「何でって……」
そう言われると返答に困る。別にこれと言って明確な理由があるじゃ無いけど、強いて言うなら、気まずくなりたくないから――だと思う。
「……何でもいいだろ。さっさと片付けるぞ」
「はーい」
不満そうに返事をする杏子と片付けを再開しながら、俺は考えていた。
仮にあの場に居た全員に言い寄られたりしたら、俺はいったい誰を選ぶのだろうか――と。それが俺のアホな妄想だと分かりつつも、そこからしばらくの間、俺はずっとそんな事を考えていた。
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