第30話・和服姿のカワイイあの子

 文化祭本番初日の朝。

 空は生憎あいにくの曇り模様。できればすっきりと晴れてほしかったけど、これは人の力ではどうしようもない。しかし状況はどうあれ、今日から文化祭が始まる事に変わりはないから、それは楽しみだ。

 教室の中から今にも雨を零し落としそうな雨雲を見つつ、雨が降り始めない事を心の中で祈る。


「天気、良くならないね」

「そうだな、せっかくの文化祭なのに」

「雨、降らないといいね」

「だな」


 まひろは窓際に近寄り、暗くよどむ空を見ながら心配そうに呟く。

 それから間も無く始まった朝のホームルームを終えたあと、俺達はさっそく店の開店準備を始めた。準備とは言ってもクラスメイトのほとんどが朝早くから来て準備をしていたから、やる事と言えば、備品の確認や掃除と言ったところだ。

 今回の文化祭でやる喫茶店は基本的に接客と調理は女子が担当し、男子は呼び込みや待ち客の整理、買出しや雑用を担当する事になっている。

 そして考えられる万全の状態で迎えた午前九時。

 ついに花嵐恋からんこえ学園の文化祭本番が開始となった。校門の外ではこの曇り空にもかかわらず沢山の人達が待っていて、時間になって開け放たれた校門からは、波の様に人が押し寄せて来ている。

 我等がクラスの喫茶店は、校門から一番近い位置にあり、最もお客さんに足を運んでもらいやすい。てな訳で俺達男子は、喫茶店の宣伝用の紙束を手に持って散り、校門から入って来たお客さんへ次々とチラシを配って行く。


「複合喫茶、和洋折衷わようせっちゅう+α! 多数の品数で皆様をお待ちしています! 是非ご来店下さいっ!」


 宣伝用の紙を次々とお客さんに手渡して回り、俺達男子はしばらくの間呼び込みを続けた。

 そしてある程度のチラシを配り終えたあと、お客さんの入りを確かめる為に一度喫茶店へと戻る事にした俺は、大人から子供まで様々な年代の人達で溢れかえる校舎内を進んで店へと戻った。


「渡。状況はどうだ?」

「おー、龍之介か! ちょうど良かった。ちょっと整理の手伝いをしてくれないか?」


 教室前で待ち客の整理を担当していた渡が、少し慌てた様子で助けを求めて来た。

 そんな渡の様子に並んでいるお客さんへ視線を向けると、既に結構な人数が並んでいた。その数はざっと見ても二十人は並んでいるだろう。

 本当ならその様子を見て喜びたいところだけど、待ち客の整理が上手くいっていないせいで他のお客さんの通行のさまたげになっているから、そう素直には喜べない。


「分かった。ちょっと待ってろ」


 現状を見た俺は喫茶店内にある物置き場の一角に入り、物を固定する際に使っていた少し太めのロープを持って廊下へと出た。


「渡、これを持ってここで持っててくれ」

「おう!」

「すみません! こちらの喫茶店をご利用されるお客さんは、教室側に寄ってこのロープの内側に二列に並んでお待ち下さい!」


 入口側に立つ渡にロープの先を持たせ、俺は最後尾へと向かってそう言いながらゆっくりとロープを引っ張って行く。

 そして喫茶店を利用するお客さんが綺麗に二列になってくれたところで最後尾に居たクラスメイトにロープを渡し、俺は再び喫茶店内の物置き場に入ってからプラスチック製の虎柄とらがらチェーンとガムテープに、一本のつっかえ棒と椅子を持ってから喫茶店の外へと出た。


「渡、この椅子を入口の開けない方の扉の前に置いて押さえててくれ」

「おう!」


 押さえてもらった椅子の足につっかえ棒を添え、ガムテープで棒をしっかりと固定していく。そして棒がしっかりと固定されたのを確認したあと、チェーンで小さな輪を作ってから棒の先に通した。


「よし。渡、ロープを渡してくれ」


 先に手渡していたロープを受け取り、チェーンを張りながらロープを回収しつつ、列の最後尾へと向かって行く。そして最後尾のクラスメイトからロープを受け取り、代わりにチェーンを渡してから入口へと戻った。


「とりあえずこれでいいんじゃないか?」

「へえ、手馴れたもんだな」

「まあ、こういうのはちょっとバイトで経験があるからな」

「なるほど。ともかく助かったぜ!」


 とりあえず問題が解消された事に安堵した俺は、回収したロープとガムテープを物置き場へと戻す為に喫茶店内へと入った。


「満員御礼だな」


 さっきは急いでいてちゃんと見ていなかったけど、教室内は沢山のお客で賑わっていた。

 教室内はゲームコーナーと、和&洋喫茶コーナーで振り分けられていて、和服のクラスメイトとウエイトレス姿の女子が接客をしている。

 見たところ女性客が多い様子だが、それはおそらく、スイーツの種類が豊富なのが女性客の獲得に繋がっているんだろう。


 ――それにしても、美月さんすげーな。


 視線を移した先にあるゲームコーナーでは、美月さんが用意した数々のゲームを楽しむお客さん達が居た。そのゲームのクオリティは非常に高く、売られている物と比べても遜色そんしょくが無い仕上がりだ。

 そしてこのゲームコーナー最大の目玉は、格闘ゲームで美月さんに勝てば、何でも店内のメニューが一品タダになるタダ券が貰えるところにある。


「ああー、負けちゃった!」

「ありがとうございました」


 椅子から立ち上がり、対戦相手のお姉さんに丁寧なお辞儀をする美月さん。

 どうやら対戦していたお姉さんに無事勝利したらしい。まあ、美月さんに勝てる相手なんて、そうそう居ないだろうけど。

 それでも美月さんはお客さんが楽しめる様にと、実力に合わせて手加減をしている様だが、その手加減を相手に悟られないやり方が非常に上手い。


「あっ! 鳴沢君、ちょっと買出しを頼めないかな?」

「えっ? もう材料足りなくなりそうなの?」


 ゲームコーナーの美月さんの戦い振りを見ていたその時、慌てた様子で真柴が俺の所へやって来た。


「予想以上にお客さんが多くて、これだと一時間も経たない内に材料切れしそうなのよ」

「マジか!? 分かった。何人か男子を連れて買出しに行って来る。買出しリストはある?」

「これよ」

「結構多いな……よし、急いで行って来る!」

「ありがとう。これ、買い出しの資金ね」


 真柴からお金を受け取った俺は、渡を含めた数人の男子に呼びかけて買出しに回り、なんとか三十分くらいで全ての材料を買い集めて戻る事ができた。

 そして買い出しを終えてから学園に戻る頃には天気も回復し始め、眩しい太陽が雲間から顔を覗かせ始めていた。そのおかげもあるのか、文化祭に来るお客さんの数は更に増え続けていった。


「買い出しありがとう、鳴沢君。それと連続で悪いんだけど、少しウエイターをやってくれない? 他の子に休憩を取らせてあげないと、このままじゃみんなバテちゃうから」


 俺が喫茶店に材料を置きに行くと、店内では女子店員がせわしなく接客をしていて、そんな女子達が疲弊しているのは誰の目にも明らかだった。

 女子の意向もあって男子は店内の接客に対しては干渉しない方向で決まっていたけど、今はそんな事を言っている場合ではないだろう。


「分かった。ちょっと支度して来るから、エプロンでもあったら貸してくれ」

「うん。ちょっと待ってて」


 俺は真柴からエプロンが入っているらしい巾着袋を受け取り、一度自分達の教室へと戻ってから準備を整える事にした。


「――えっ!?」


 急いで戻った教室の扉を開けて中へ入ると、そこには白牡丹しろぼたんの花が描かれた紅色の和服に身を包んだ金髪の超美少女が居た。


「りゅ、龍之介!?」

「ま、まひろか!?」


 教室内に居る金髪の和服美少女は、なんと俺の可愛い親友のまひろだった。

 その姿は、以前見た妹のまひるちゃんの浴衣姿にも負けない程に可憐で可愛らしい。俺はそんなまひろの姿に、思わず目を奪われてしまった。

 普段から女の子と見間違うくらいに可愛らしく童顔な顔立ちに、金色の綺麗な髪。その仕草はどんな女の子よりも可愛らしいまひろは、男とは絶対に思えない可愛らしさを放ちまくっている。


「まひろ。お前何で女性用の和服を着てるんだ?」

「こ、これは違うよ!?」

「違うって、どういう事だよ?」

「あ、あのね、真柴さんに接客を手伝ってほしいって言われて手伝ってたんだけど、途中で騒いでたお客さんの子供にジュースをかけられちゃったんだ。そしたら真柴さんに、『和服が一着余ってるから、それを着て手伝って』って言われて……」


 言葉尻がどんどん小さくなっていくのと同時に、まひろの顔がどんどん赤く染まっていく。それにしても可愛い。今まで見てきたまひろの中でも、最高ランクに入る可愛さだ。

 しかし、真柴も相当テンパっていたんだろうけど、まひろが男って事を完全に失念していたに違いない。男子が女子の和服を着て接客なんて、罰ゲームもいいところだから。

 やれやれと思いつつも、心の片隅で、真柴グッジョブ――と思っている自分が居る。


「この格好、変かな?」


 色々と驚きつつまひろへ近付くと、まひろは赤い顔をしたまま上目遣いでそんな事を聞いてくる。

 まひろは俺よりも背が低いから、その上目遣いの威力と言ったらもう、この世に存在する言葉で言い表すのは難しい。それでもあえて言葉を選ぶとしたら、『超絶可愛い!』としか言い様が無い。


「変じゃないっ! すっごく似合ってるぜっ!」


 我ながらアホな事を言ったと思った。

 まひろはこう見えても男なんだから、女性用の和服が似合うなどと言ったら気分を害するのが普通だと思う。


「ほ、本当? ありがとう」


 しかしそんな俺の思いとは裏腹に、まひろは少しだけ嬉しそうにしてお礼を言った。


「あ、いや、どういたしまして……」


 まひろの思いがけない反応と返答に対し、俺は思わずそんな返しをしてしまった。ホント、まひろが女性ではないのが悔やまれる。


 ――いや、待てよ? ここまで可愛いならもう、まひろが男かどうかなんて関係無いんじゃないか? いやいや! 冷静になれ、その道だけは進んではいけない。


 頭の中であれやこれやと危ない事を考えながら、真柴から受け取っていた巾着袋の中からエプロンを取り出し、それを着始める。


「ふふっ。良く似合ってるよ、龍之介」

「そりゃあどうも」


 俺のエプロン姿を見て、少し悪戯っぽく微笑むまひろ。

 確かに俺は、真柴にエプロンを貸してくれと言った。しかし、いくらなんでもこの柄と色はヤバイと思う。

 俺は胸元にでっかい赤のハートマークが入った濃いピンク色のエプロンを身にまとい、和服姿のまひろと一緒に喫茶店へと戻った。


「――キミ、超可愛いねっ!」

「あ、ありがとうございます」


 喫茶店へと戻った俺とまひろは、更なるお客さんの増加にてんやわんやだった。そしてそんな忙しさの最大要因は、和服姿の超絶可愛いまひろだ。

 紅色の和服に身を包んだまひろは本当に色々な人達の目を惹くらしく、お客さんはもちろん、他のクラスの生徒までもが、和服美少女を一目見ようと押しかけて来ていた。それも男女問わずに。


「これはもう、今日は安息の時間は無いな」


 結局この日は和服を着たまひろのおかげで集客数が跳ね上がり、喫茶店は閉店時間の三十分前に商品が完売。初日の売り上げは学園内で断トツのトップを記録した。

 そしてこの日、紅色の和服を着た美少女の噂が花嵐恋学園内を駆け巡っていたのは、言うまでも無いだろう。

 こうして文化祭初日の片付けを終えたあと、俺は何時間かぶりに携帯のメッセージ画面を開いた。そこには文化祭に誘った雪村さんからのメッセージがあり、内容は今日の文化祭に行けない事に対するお詫びだった。

 せっかくだから雪村さんには来てほしいところだけど、彼女にだって色々と予定があるだろうから、無理強いはできない。

 明日は来れるといいなと思いつつ、雪村さんへ『気にしなくて大丈夫だからね』と返信をしてから携帯をポケットへと仕舞った。

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