第31話・嵐を呼ぶまあるい食べ物

 文化祭最終日の朝。

 部屋のカーテンと窓を開けて空を見渡すと、昨日とは違った鮮やかな水色の色彩が広がっていた。それでも窓から入り込む空気は冷たく、俺はすぐに窓を閉じてベッドのある場所まで戻った。

 開いた窓から入り込んだ冷たい空気で、一気に冷えた室内。そんな室内で身を震わせながら枕元にある携帯を手に取って時間を確認すると、ちょうど午前七時を表示していた。

 そして携帯の画面には、雪村さんからメッセージが来ている表記が出ていた。俺は早速メッセージ通知を開き、その内容を確かめる。


「…………」


 午前二時頃に来ていたメッセージには、『夜中にごめんね、龍之介君。ちょっと色々あって、昨日は行く事ができなかったの。でも、せっかく誘ってくれたんだから、今日は必ず行くからね』と書かれていた。

 内容を確認した俺は返信の文章を書き始め、書き上がった文面を確認したあとでメッセージを送信してから携帯をベッドへと置いた。


「さてと、準備すっかな」


 泣いても笑っても、今日が高校一年生最後の文化祭だ。悔いの無い様に楽しもうと思う。

 俺は部屋の中にある電気ストーブにスイッチを入れ、制服と身体を温めながら素早く着替えを済ませ、リビングへと下りて朝食を摂った。

 そして十分に朝食を摂ったあとで気合を入れて学園へと向かい、文化祭最終日の喫茶店営業が幕を開けた。


「今日も手伝ってもらってごめんね」


 喫茶店内の調理場で忙しく料理をしながら指示を出す真柴が、すまなそうに俺とまひろに謝る。俺達のやる喫茶店は昨日に続いて開店から大盛況で、今日も沢山のお客さん達で賑わっていた。

 しかし、昨日の教訓を活かしているおかげか、今のところ大きな混乱は起きていない。それは昨日よりもお客さんの数が増える事が予想された為、急遽きゅうきょ店員を増員したからだ。

 そして増員として白羽の矢が立ったのが、俺とまひろ。これは昨日の俺とまひろの働きを真柴が高く評価した事による判断らしく、今日は二人揃って朝からウエイターをしていた。


「いやまあ、それはいいんだけどさ。それよりも、この服のチョイスは何? 誰がこの服を持って来たの?」


 俺は自分とまひろが着ている服を指差しながら真柴にそう問い掛けた。


「そ、それはその……だ、誰だっていいじゃない! それとも鳴沢君は、昨日のエプロンの方がいいわけ!?」


 慌てふためきながらそう言う真柴の言葉を聞いた俺は、昨日の屈辱を思い出した。

 昨日着たあのエプロン。あのエプロンのせいで、いったいどれだけのお客さんに笑われた事か。


「いえ、コレがいいです……」

「昨日のエプロンも凄く似合ってたよ?」

「そ、そっか? ありがとな」


 その言葉が慰めなのか本気なのかは分からないけど、とりあえずまひろにお礼を言う。だが、例え似合っていたとしても嬉しくはない。

 本日の俺とまひろは、真柴から渡された純白のタキシードに身を包んでいて、その格好での接客を余儀なくされていた。左の胸ポケットに差し込まれたアクセントの赤いバラが、更に俺の羞恥心しゅうちしんあおる。


「あれっ? 昨日の紅い和服を着た女の子は居ないの?」


 今日はあちこちで、男性客がそんな事を他の店員に聞く声が聞こえてきていた。今日訪れていた男性客のほとんどは、和服を着たまひろを見るのがお目当ての様だった。

 そんな当の本人は、俺と一緒に白のタキシードを着て今日も頑張っているけど、その人物が本当は男だと知ったら、まひろ目当てだった男性客はさぞかしビックリするだろう。


「キミ、凄く可愛いね~」


 しばらく働いていると、昨日何度も聞いたフレーズが耳に届き始めた。


「あ、ありがとうございます」


 声が聞こえた方向を見ると、そこには女子大生と思われるグループの席に注文を取りに行ったまひろの姿があった。

 昨日も女性客は多かったけど、今日の開店後しばらくしてからは、圧倒的に女性客の方が多くなっている。その理由を俺なりに考えていたんだけど、訪れた女性客のほとんどがまひろを見ている事に気付いた時、俺にはその理由が分かった。

 要するに男性客にしろ女性客にしろ、どちらもまひろが目当てで、まひろは女装でも男装でも、ご覧のとおりに人目を惹くという事だ。もっとも、当の本人は相当に困っている様子だが。

 そんな困っている様子のまひろに少し助け舟を出してやろうかとも思ったけど、俺はあえて見て見ぬ振りをする事にした。せっかくだから、こういった機会に色々な人とコミュニケーションを取る術を身に付けるのも、まひろには必要だと思うから。

 つまり俺は、まひろの成長を願い、心を鬼にしたわけだ。決してまひろがモテているのが気に入らないわけではない。


 ――頑張れまひろ。何事も経験だ。


 ふうっと息を吐いてまひろからゲームコーナーへ視線を移すと、こちらもかなりの大盛況だった。昨日の営業中に美月さんに挑戦したプレイヤーから噂が出回ったのか、今日は昨日よりも多くの挑戦者が今か今かと順番待ちをしている。

 たまに対戦の様子を見ていると、明らかにレベルの違う猛者が居たりしたけど、そこはさすが美月さんと言うべきか、その全てを見事に打ち破って勝利を収めていた。

 困り顔を見せるまひろや、楽しそうに対戦をする美月さんの様子を見ながら忙しく喫茶店内を行き来し、俺はウエイターとして働き続けた。


「――ああーっ、疲れたあー!」


 時刻はお昼の十二時を少し過ぎたところ。

 忙しさは相変らず――いや、お昼時という事もあってか、更に忙しくなってきていた。


「鳴沢君、まひろ君。他の子に交代してもらうから、休憩に行って来て」

「いいのか? 結構忙しくなってきてるけど」

「大丈夫。他のクラスの友達に内緒で代打を頼んでるから」

「ずいぶん手回しがいいね。それじゃあ、お言葉に甘えよっか。まひろ」

「そうだね」


 そう答えるまひろの表情にも疲れが見えている。

 まあ、これだけ盛況なんだから疲れるのも分かる。それにまひろはとても頑張っていた。主にお客さんからのお誘いを断る事を。


「そうだ。真柴さん、一つお願いがあるんだけど、いいかな?」

「何?」


 現在進行形で忙しさを増す店内。俺は真柴の手をわずらわせない様にと、端的に用件を話した。


「なるほど、分かった。それくらいでいいなら、なんとかするね」

「ありがとう、助かるよ。それじゃあ行こっか、まひろ」

「うん」


 用件を伝え終えた俺はまひろと一緒に店内をあとにし、校舎内を見て回る事にした。昨日は色々とあってじっくり見て回れなかったから、とりあえず与えられた時間内で可能な限り楽しんでおきたい。

 そんな事を思いながらまひろと一緒に校舎内を回り、続いて校舎外にある出店を見て回る事にした。


「あっ、龍ちゃーん!」


 校舎内から外へと出て立ち並ぶ出店を見て回っていると、どこからか茜が俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 その声を頼りに辺りを見回すと、立ち並ぶ出店の一角で手を振っている茜の姿が目に映った。


「ようっ! 茜のクラスはたこ焼き屋をやってんのか?」

「そうなんだけどね。今日は売れ行きが悪いんだ」

「そうなんか?」


 その言葉を聞いて周りを見渡すと、確かに他のお店に比べてこのたこ焼き屋にはお客さんが居ない。

 俺が見た限り、このたこ焼き屋に売っているのはオーソドックスなたこ焼きだけで、内容も粒が大きい八個入りで300円とかなり良心的だ。この値段でこの内容なら、相当売れてもいいと思える。


「昨日は結構売れたんだけどねえ。そうだ! 龍ちゃん達せっかく来たんだから食べて行ってよ」

「ああ、いいぜ。なあ、まひろ」

「うん」

「やった! 一パック300円でーす!」


 焼きたてのたこ焼きを受け取ってパックの蓋を開くと、かぐわしいソースの香りが立ち上って鼻腔びこうをくすぐる。


「まひろ、先にいいぜ」

「いいの? それじゃあ、お先に一つ頂くね」


 まひろはパックの端に付いていた爪楊枝つまようじを指で摘まみ、中にあるたこ焼きにプスッと爪楊枝を刺してから持ち上げ、ふう~、ふう~っと息を吹きかけながら熱を冷まして口へと運んだ。


「どうだ? 美味いか?」

「……うん。すっごく美味しいよ!」


 まひろの表情に笑顔が溢れる。そんなまひろの表情を見ているだけでも、このたこ焼きが美味しい事が伝わってくる。


「どれどれ、それじゃあ俺も」

「あっ、龍ちゃん! これこれ! これ、必要でしょ?」


 にこやかな笑顔を見せている茜の手には、綺麗な薄い緑色のお茶が入った透明のプラスチックコップが握られていた。


「おおっ。サンキュー、茜」


 冷たいお茶の入ったコップを受け取り、出店の出っ張り部分に置く。

 熱いたこ焼きに冷たいお茶。これで準備は整った。俺はたこ焼きに爪楊枝を刺し、それを口へと運ぶ。

 たこ焼きが口の中に入った瞬間、濃厚で芳醇ほうじゅんなソースの味が口いっぱいに広がっていく。


「はふはふっ――うっ!?」


 濃厚なソースの味わいのあと、たこ焼きの中心を噛み切った時に凄まじい刺激が口の中に広がった。その刺激は口の中だけに留まらず、鼻や喉の奥にまでツーンと浸透してくる。


「だ、大丈夫!?」


 とてつもない強い刺激にむせ返る俺に、まひろが急いでお茶が入ったコップを差し出してくれた。


「ゲホッゲホッ! な、何だコレは!?」

「何って、びっくりたこ焼きだけど?」


 まひろに手渡されたお茶を飲み干してから茜に詰め寄ると、当の本人はあっけらかんとそう答えた。


「びっくりたこ焼き? どういう冗談だこれは!」

「だから、びっくりたこ焼きだってば。ちなみに龍ちゃんが食べたのは、特製からしが入ったたこ焼きでーす」

「特製からしだあ? なるほどな。この店だけ閑古鳥かんこどりが鳴いてる理由が分かったぜ!」


 まともな奴ならこんな危ない食べ物は買わない。それでも昨日は結構売れたと言うのなら、単純に騙されたか、怖い物見たさからの客が多かったという事だろう。


「たくっ、よくもまあこんなくだらない事を思いついたもんだ……」


 俺は口直しにと、残りのたこ焼きの一つを爪楊枝で刺して口に運んだ。


「あっ! 龍ちゃんダメッ!」

「のわあぁぁぁぁぁぁっ!?」


 先程とは違った刺激が、尋常じゃない速度であらゆる場所を駆け巡って行く。


「龍ちゃんこれっ!」


 もがく俺を見て慌てた茜が、空になったコップに急いでお茶を注いでから手渡してきた。


「ゴホゴホッ! 何なんだコレは!?」

「いや、だからね、このびっくりたこ焼きは、八個中一個しか普通のが無いの」

「はあっ!?」


 茜が言うには企画段階で、普通のロシアンルーレットでは面白みが無い――という話になったらしく、それならばいっそ、まともなたこ焼きを一個だけにしてしまおう――という流れになったらしい。


 ――茜のクラスにはアホしかいないのか!? くそっ! こんな出店はとっとと潰れてしまえっ!

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