一年生編・文化祭
第28話・祭りの準備とお誘い
十月も中旬に入り、我らが
文化祭準備期間開始から、文化祭本番までは約三週間。
準備期間中の授業は全て午前中で終わり、午後からの時間は文化祭の準備に当てられる。そして文化祭本番の二日前からは、一日中、準備時間が与えられる。
この学園は本当にイベント事に手を抜かない。そこは素晴らしく評価に値するところだ。
今日で文化祭の準備期間が始まってから九日目。
学園内はいつもより活気付いていて、みんなの笑顔がより楽しげに見えていた。
祭りというのは不思議なもので、準備中は本番とはまた一味違った楽しさがある。それに、普段はあまり接点が無いクラスメイトとも自然に話す機会があったりするし、そういう事を考えると、この文化祭という行事は日常の中にある非日常と言えるのかもしれない。
俺は周りの活気に後押しされながら、せっせと自分に割り振られた役割を進めていく。
それにしても、楽しいのはいいんだけど、一つだけ気に入らない事がある。それは、この楽しげな雰囲気に乗せられ、イチャイチャしているリア充共の事だ。
「ちっ、アイツ等の熱で作ってる物が全部溶けちまえばいいのに……アイツ等含めて」
「龍之介。物騒な事を呟いてないで手を動かしてよ」
「はいよ~」
教室の外でまひろと店の看板作りをしていたんだけど、どうもリア充共のせいで思っていた事が口に出ていたらしい。
――ちっ、リア充共のせいでまひろに怒られてしまったじゃないか。
そんな八つ当たりに等しい事を思いながら、俺は再び作業の手を進める。
「それにしてもさ、統一感が無いよな」
「完全に
出店教室内の区画分けや、装飾の細部調整の為に教室外へと出されている備品。
その備品を見渡すと、なんとも言い難い雰囲気を
なぜならうちのクラスは、出し物を決める際に三勢力に別れて大いに争ったからだ。一方はゲーム喫茶、一方は洋風喫茶、一方は和風喫茶ってな具合に。
そんな三勢力の争いは三日間に及び、話し合いは常に平行線を辿った。そしていよいよどうやって決着をつけようかとなった時、『同じ喫茶店なんだから、全部一緒にやればいいじゃない』と言う、担任の呑気な一言により状況は一転。事態は一気に収束へと向かい、万事めでたく解決して今に至ったわけだ。
それにしても、うちのクラスは色々なテイストがごちゃ混ぜになってる上に、それぞれが強烈に自己主張をしている飾りが多く、これが喫茶店をする為の準備だという事を忘れてしまいそうになる。
ちなみに俺達は出店教室を決めるくじ引きで、かなり大きめの教室を使用できる権利を得ている。
「ここまでくるともう、カオスの領域だよな」
「あははっ。でも、やっぱり楽しいよね」
「まあ、そうだな」
それについてはまひろと同意見だ。
色々と大変で時には面倒臭いけど、やはりこんな時間は楽しいと思う。これが祭りの
「そういえば、美月さんは今日も別室でゲーム作製をやってんのかな?」
「そうみたいだね。結構頑張って作ってるみたいだよ」
かなり意外なんだけど、ゲーム喫茶勢力の筆頭は美月さんだ。彼女のゲーム好きは俺もよく知っているけど、まさか自作でゲーム作りを出来る程とは思っていなかった。
「どんなゲームを作ってんだろうな、美月さん」
「想像もつかないよね」
美月さんがいったいどんなゲームを作るのか、今から完成が楽しみだ。
× × × ×
文化祭の準備が始まってから十八日目。
出店教室の内装もほぼ完成し、俺とまひろは店先に出す為の看板の最終調整と内装の微調整をしていた。
「龍之介。ちょっと材料が足りないんだけど、一緒に買い出しに来てくれないか?」
お昼も過ぎた十五時頃。
コツコツと作業をする中、渡が少し慌てた様子でこちらへとやって来た。
「分かったよ。それじゃあ準備して来るから、先に校門前で待っててくれ」
途中だった看板の最終調整をまひろに任せ、俺は急いで買い出しに行く準備を始めた。そして待ち合わせをした校門前で渡を含めた買出し組みと合流をし、俺達は手分けをして買い物リストに書かれた品を買い回った。
それなりに買い物の種類があったからか、全ての買い出しが終わる頃には空が茜色に染まり始めていた。
「あれっ? 龍之介君?」
「あっ、雪村さん。珍しいね、こんな所で会うなんて」
学園からほど近い最寄り駅の付近で、偶然にも雪村さんに遭遇した。
メッセージのやり取りや電話はたまにしているけど、こうして会うのは夏休み以来だろうか。
「本当だね。わあ、凄い荷物……」
「ああ、これは――」
「これはですね! 文化祭の準備に必要な買い物をしていたからなんですよっ!」
隣に居た渡が、突然俺と雪村さんの間に割って入って来た。
いったい何のつもりだと最初は思ったけど、渡からすれば可愛い子とお近付きになれる機会があるなら、その機会は見逃さないって事なんだろう。
「は、はあ……」
「あっ、この馬鹿の事は放っておいていいよ。雪村さん」
「誰が馬鹿だコラーッ!」
そう言ってその場で地団駄を踏む渡。
なんて騒がしい奴だろう。少しは周りの迷惑を考えてもらいたい。
「あ、あの……」
「おっと、自己紹介が遅れました。僕の名前は
急に紳士の様な立ち居振る舞いと言葉を使い始めた渡だが、正直言って違和感バリバリで身体に寒気が走る。
「は、はい。私は
こんな奴にも礼儀正しくするあたり、さすがは雪村さんだ。まあ、渡には勿体ないくらいの対応だと思うけど。
「よろしくお願いしまーす!」
喜びに満ちた甲高い声を出し、ニヘッとだらしなく表情を崩す渡。
――おいおい。さっきまでの紳士ぶりはどこへ行ったんだ? もう地が出てるぞ?
「ふふっ。ちょっと驚いちゃったけど、面白いお友達だね」
「友達? コイツは舎弟だよ?」
「そうそう、俺は龍之介兄さんの舎弟で――って、何でだコラッ!」
思わず渡とくだらん漫才を繰り広げてしまい、人生の汚点が一つ増えてしまった。
「相変わらず楽しいなあ、龍之介君は。いつも私を笑顔にしてくれる」
「えっ? そうかな?」
「うん、そうだよ。あっ、呼び止めてごめんね。急いでたみたいだから、早く帰らなきゃいけないんでしょ?」
「おっと、そうだった。ごめんね、雪村さん」
「ううん。それじゃあまたね、龍之介君、日比野君」
「あっ、雪村さん。もし良かったらだけど、今度やる俺達の文化祭に来てよ」
「えっ、いいの?」
「もちろん! 次の土日でやってるから、都合がつくなら遊びに来てよ」
「う、うん。分かった。絶対に行くから! それじゃあね、龍之介君」
雪村さんはそう言うと、小さく手を振りながら足取り軽やかな感じで去って行った。
「……なあ、龍之介。あの子とはどんな関係なんだ?」
「関係? 普通に友達だが?」
「友達ねえ……あの子、彼氏とか居ないだろ?」
「何で分かるんだ? やっぱり女の子の尻ばっかり追いかけてる奴は違うな」
「バーカ! そんなの関係ねーよ。今のはな、あの子を見てれば自然と分かる事なんだよ」
「ふーん。そんなもんなのかねえ」
「はあっ……まったく、これだから龍之介は……」
俺の言葉を聞いた渡は、なぜか急にムスッとした表情を浮かべてから歩き始めた。そんな渡に対し、どうしたんだろう――と思いながら、俺は学園へと続く道を歩く。
そして不機嫌な様子を見せ続ける渡と歩いて学園に着いたあと、俺は再びまひろと一緒に看板の最終調整に精を出した。
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