第27話・少女達の思い

 渡の秘蔵写真市から多目的ホールへと戻って来た俺は、再び壁に貼られた写真の数々を見始めていた。本当ならもっとじっくり写真を見回って選びたいところだけど、予算的にも時間的にも余裕が無いので困っている。

 それというのも、写真市を簡単に抜けさせてくれない渡を振り切る為に、渡の厳選お勧めセット――なる物を買わされたからだ。

 当人曰く、『その人に最もお勧めの厳選写真が入っているぜっ!』との事だが、説明の内容と商品名がほぼ同じ意味合いじゃねーか! ――とツッコミたくなる。


「あっ、龍ちゃーん!」


 後ろの方から名前を呼ばれて振り返ると、そこには元気にこちらへと駆け寄って来る茜の姿があった。その声音こわねから察するに、茜も写真選びでテンションが上がっているんだろう。


「いつもながら楽しそうだな」

「うん! だって欲しい写真が沢山あるんだもん!」


 元気に明るくそう答える茜の手には、複数枚の注文書が見える。茜も美月さんと同様に、沢山の思い出を購入しようとしているらしい。


「そんなに買って大丈夫なんか?」

「うーん……正直ちょっとキツイけど、せっかくの思い出だから」


 少し苦笑いを浮かべたあと、茜は手に持った注文書を見て微笑んだ。

 しかしまあ、その気持ちは分かる。楽しかった思い出の写真、それを沢山持っておきたいと思うのは、誰でも同じだろうから。


「龍ちゃんはどれくらい買うの?」

「俺はまだこれくらいだな」


 そう言って注文書を茜に差し出したけど、それを手渡したあとで、俺は自分が犯した致命的なミスに気付いた。

 そのミスとは、手渡した注文書に美月さんの単独写真の番号などが記されていた事だ。番号だけでどの写真かを知るのは難しいだろうけど、仮に茜がそれに気付いたら、いったい何を言われるか分かったもんじゃない。

 俺は茜がその番号に興味が向かない事を願いつつ、平静を装って様子を見る。


「本当に少ないね……あれっ? 何でここからボールペンで書いてるの?」


 ――そこを攻めて来たか……さて、どうやって切り抜けようか。


 俺の脳内に存在する友達と話し合いながら、この難局を乗り切る為に知恵を集める。


「た、たまたまシャープペンの芯が無くなってさ、持ってるのがボールペンしかなかったんだよ」


 残念ながら、脳内友達と話し合いをしても、この程度の答えしか出なかった。我ながら泣きたくなる。


「ふうーん、そうなんだ。でもさあ、龍ちゃんてこんな可愛らしい文字書いてたっけ?」

「えーっと、それはな……ボールペンで書くとそういう感じになるんだよ。ほら、筆が違うと字の雰囲気が変わるって言うだろ?」


 俺の返答に対し、に落ちない――と言った感じのいぶかしげな表情を浮かべ、茜はしきりに首を傾げて唸る。


「うーん……そっかなあ? あれっ? この番号どこかで――」


 ボソッとそう呟いた茜の言葉に、思わず身体がビクッと跳ねる。

 もしかして気付かれたんだろうかと心臓の鼓動が早くなり、ドクドクと血流が速くなっているのが分かる。それに伴い、手の平には妙な汗をかき始めていた。


「――ああ……なるほど。そういう事か」

「ちょ、ちょっと? 茜さん?」


 茜は小さくそう呟くと、おもむろに俺が持つ注文書を奪い取り、自分のペンケースからボールペンを取り出して注文書に番号を書き込み始めた。


「はいこれっ! その番号、消したら駄目だからねっ!」


 茜は一言そう言い残すと、他の写真が展示されている場所へと向かって行った。

 美月さんといい、茜といい、最近は他人の注文書に番号を書き込むのが普通なんだろうか。


「あっ、ここに居たんだ」

「おお、まひろ。どこに行ってたんだ?」

「えっ? ああ、いや、ちょっとね……」


 少しだけ顔を紅くしてそう答えるまひろ。そんな様子を見ていると、ある一つの想像が頭に浮かぶ。


「もしかして、前に言ってた好きな子の写真でも見に行ってたのか?」

「えっ!?」


 俺の言葉を聞いた途端、まひろの顔が更に紅く染まっていく。

 そんな探りの言葉一つでこんなになるんだから、まひろは本当に分かりやすい。そしてそんなところも超絶可愛いから困る。


「いったい誰の写真を買うんだ~い? ちょっとお兄さんに番号を見せてみなさいな~」

「ええっ!?」


 まひろは注文書を隠す様にして抱き締め、俺に背中を向けて必死に見せない様にし始めた。

 以前は好きな人がこの学園に居るのかまでは聞いていなかったから分からなかったけど、今のまひろの反応を見る限り、好きな人は間違い無く、この花嵐恋からんこえ学園の一年生内に居るんだろう。


「ははっ。そんなに警戒しなくても大丈夫だって。ちょっとした冗談だから」

「本当に?」

「ホントホント」


 その言葉にほっとしたのか、まひろはこちらを向いてから注文書を抱き締めていた手の力を緩めた。


「ふうっ……ところで、龍之介はもう写真選びは終わったの?」

「いや、さっきまで渡の写真市に居たから、まだ途中だ」

「あっ、龍之介も連れて行かれたんだ」

「えっ? もしかして、まひろも連れて行かれてたのか?」

「うん。まあね」


 少し苦笑いしながらそう答えるまひろ。渡の奴は見境無しに写真市へと人を引き込んでいるみたいだ。


「でもさ、写真はなかなか良かったけど、アイツの写真市は値段が法外過ぎるんだよな」

「そう? ここの写真よりずっと安かったけど」

「えっ? そうだったか?」

「うん。何枚か買わせてもらったけど、かなり安かったよ?」

「……あのさ、ちょっと聞きたいんだが、買った写真は一枚いくらだった?」

「えっと、確か一枚30円だったかな」

「はあっ!?」


 ――渡の奴、俺には特価で200円とか言ってたくせに、まひろには一枚30円だと? 確かアイツ、男子は500円、女子は50円って言ってたよな。それなのに、まひろには女子価格よりも更に20円安いってどういう事だよ……。くそっ、あの馬鹿はあとでじっくりと締め上げてやろう。


「……まあいいや。とりあえず時間も無いし、急いで残りを見て回ろうぜ」

「うん。そうだね」


 とりあえず気を取り直し、俺は再びまひろと一緒に写真を見て回った。

 ホール内には色々と欲しい写真が貼ってあったけど、金銭面で購入を迷いもした。けれど、茜が言っていたように、これは思い出の購入なんだから、ここはケチケチせず、思い切って欲しい写真は全部買っておこうと決断をした。


× × × ×


「結構注文しちまったなあ……」


 多目的ホールでの写真選びも終わり、俺は注文した写真の購入代金が書かれた紙を見ながら帰路を歩いていた。

 一大決心で気に入った写真の全てを購入する事に決めたから、当然の様に予定していた購入金額を大きく上回ってしまった。まあ、当初の購入金額を大きく越えてしまったのは、茜と美月さんの記入した番号の写真と、渡の写真市で買わされた写真セットが原因でもある。


「今月は厳しくなるな……」


 小遣い制の学生にはかなり厳しい出費だったから、次の小遣い日まではかなり色々な事を我慢をしなければいけない。自分で決めてやった事とは言え、やはり大きな出費のあとには、ちょっとした後悔の様な思いが出てしまう。


「あっ、そういえば――」


 渡から押し売りされた写真セットの中身を見ていなかった事を思い出した俺は、鞄に入れていた少し大きめの茶封筒を取り出した。

 そして俺は丁寧にのり付けされた開封部分をペリペリと剥ぎ、中にある写真を取り出す。


「なっ、何だコレッ!?」


 封筒から取り出したそれぞれの写真には、美月さん、茜、まひろが単独で写っている写真が入っていた。

 しかもご丁寧な事に、バス内での寝顔写真から、食事中の楽しそうな笑顔の写真まで、それぞれの人物が複数セットになって入っている。


「……アイツ、いつの間にこんなのを撮ってたんだ?」


 もう他に写真が入っていないかと封筒の中身を覗くと、一枚の小さな紙切れが奥に貼り付く様にして入っているのが見えた。

 俺がおもむろにその紙を取り出して内容を見ると、その紙には、『お前を見ている美少女達の厳選セットだ。俺に感謝しろよなっ! 龍之介!』と書かれていた。

 渡を相手にしていると多々思う事だが、書いている事の意味がさっぱり分からなかった。だって、美少女達の厳選セットだと書いてあるのに、男であるまひろの写真が入っているんだから。

 でもまあ、まひろはそこいらに居る美少女よりも遥かに美少女に見えるから、あながち間違っているとも言えないのが辛い。

 それにしても、俺がこんな写真を持っていると茜達にバレたらマズイ。この写真は、俺が購入する写真とは別の場所に封印するとしよう。


「……でも、まひろの写真はいいよな? 同じ男なんだし」


 可愛く撮れているまひろの写真を見ながら、言い訳の様にそう呟き、家へ帰る足を進めて行く。

 そういえば、俺のアホ面の寝顔写真を買った人物が居たと渡は言っていたけど、それはいったい誰だったんだろうか。渡に聞いても、『プライバシーがあるからな』と言って結局は教えてもらえなかったし。まあ、分からない事をこれ以上考えても仕方ないだろう。

 それに俺達には、次のイベントである文化祭が控えている。

 高校初の文化祭だし、どうなるのか今から楽しみだ。今度こそ、俺にラブコメの神様が舞い下りて来る事を願いたい。

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