第5話・理想的な女の子

 日曜日の午前十時頃。

 天気は少し雲が見えるが快晴。気持ちの良い風がゆるやかに吹き、頬を優しく撫でながら通り過ぎて行く。それでも時折感じる陽射しの強さは、段々と夏を思わせる様相になってきている。

 いつも待ち合わせ場所としてチョイスされる駅前の時計塔下。そこでまひろがやって来るのを待っていた俺は、目の前を通り過ぎて行く特定の人達を見ながら落胆の溜息を吐く。


「今日もリア充共は通常営業ですか……あれだけまじないをかけたってのに、これじゃあ一組も爆発してそうにないな」


 もしもこの言葉を通り過ぎて行く誰かが聞いていたとしたら、俺は間違い無く危ない奴の烙印らくいんを押されるだろう。

 時計塔の壁に背中を預け、トントンとリズムを取る様に足のつま先を上下させながら、待ち合わせ相手であるまひろがやって来るのをひたすら待つ。

 しばらくしてから時計塔の時計を仰ぎ見ると、その針は十時二十分を指し示していた。既にまひろとした待ち合わせの時間を二十分も過ぎている。

 その事に多少のいらつきを感じながらも、まひろが待ち合わせに遅れるなんて今まで一度もなかったせいか、俺は徐々にまひろの事が心配になってきていた。


「――ごめんなさいっ! 待たせてしまって!」

「遅いよまひろ。いったい何してたん――だ?」


 待ち合わせの時間から三十分ほどが過ぎた頃、聞き慣れた感じの声が聞こえてその方向を振り向いたが、俺は視線の先に居た人物の姿を見て思わず身体が固まってしまった。


「ど、どうしたんだまひろ? その格好は何だ?」


 振り向いた先に立っていたのは、可愛らしい向日葵ひまわりの飾りが付いた小さな麦わら帽子を被り、白のワンピースに身を包んだまひろだった。その姿ははっきり言って超絶可愛い。


「あ、あの……」


 何やら口ごもってモジモジとするまひろ。その仕草はどこまでも女の子にしか見えない。いや、女の子の格好をしているんだから、そう見えるのは当然か。

 頭の中でそんな事を考えていると、まひろは上目遣いでこちらを見ながら再び口を開いた。


「あの……私はまひろお兄ちゃんの妹で、まひると言います」

「はい?」


 ――まひろの妹? アイツに妹なんて居たのか? そんなの今まで聞いた事も無いぞ……いやいや落ち着け、もしかしたらこれは、まひろが仕掛けてきたとびっきりのドッキリかもしれないじゃないか。


「い、いやー、まひろがこういうドッキリが出来るとは思ってなかったよ! いや、驚いたっ!」

「えっ?」

「なかなかクオリティの高いドッキリだけど、他の奴ならともかく、俺はそう簡単に騙せないぜ?」


 しかし、その言葉を聞いても尚、まひろは困惑した表情を変える事は無かった。


「あ、あの、私はまひるなんです……」

「おいおい、冗談もいい加減にしろよな?」


 あくまでもまひろじゃないと言うその言葉に少しだけ苛ついてしまい、ついつい言葉を荒げてしまう。その言葉にまひろはビクッと身体を震わせて俯いてしまった。


「あっ……えっとあの、すまん、まひろ……」

「いえ……あの、龍之介さん。私の目を見てもらえますか?」


 目を見てくれとはどういう事だろう。目と目で通じ合おうとでも言うつもりだろうか。

 訳の分からない状況の中、とりあえず言われたとおりにまひろの瞳を見ると、すぐその違和感に気付いた。


「……まひろとは目の色が違う?」

「そうです。私がまひろお兄ちゃんじゃないって、これで信じてもらえましたか?」


 どうやらこの子が言っている事は嘘ではないらしい。まひろの瞳は黒だ。しかしこの子は、両目共に青い瞳をしている。


「てことは、本当にまひろの妹さん!?」

「はい!」


 仰天の事実である。まさかまひろにこんなそっくりな妹が居たなんて、小学校からの付き合いなのに俺はまったく知らなかった。

 まだ少し状況の把握ができないでいた俺は、そのまましばらくまひるちゃんと話し込んだ。


「――と言う訳なんです」

「なるほどね。そういう事だったんだ」


 何でまひろが来ないのかという理由も含めてまひるちゃんに話を聞いたんだけど、その内容を要約するとこうなる。

 俺と待ち合わせの約束をしていたまひろは、不運にも前日に風邪をひいて寝込んでしまったらしい。そして携帯を持たないまひろはその事を俺に連絡が出来ず、急きょ妹のまひるちゃんに母親の誕生日プレゼント選びと俺への連絡を任せたとの事だった。


「すみません、龍之介さん」

「あ、いやいや、別に謝る必要は無いよ。とりあえず事情は分かったし、プレゼント選びに行こっか」

「は、はい。あの……龍之介さん。このワンピース、どうでしょうか?」


 照れくさそうにそんな事を聞いてくるまひるちゃんは、半端ではない破壊力の可愛さがあった。それは長年まひろが女だったら――と思って妄想していた俺のイメージと大差無い程に。


「とっても似合ってて可愛いよ」


 至ってありきたりな言葉が口から出る。その褒め言葉には微塵のセンスも感じられない。我ながら泣きたくなる程の凡人センスだ。


「本当ですか? ありがとうございます!」


 そんなありきたりな褒め言葉に対し、白い肌を朱色に染めて喜ぶまひるちゃん。そんな様子を見ていると、とてもむず痒い気持ちになる。


 ――この兄妹はマジで恐ろしいな……胸キュン的な意味で。


 こうして一通りの話を終えた後、まひるちゃんと一緒に色々な店を見て回りながら楽しい時間を過ごし、お昼には行きつけのファミレスで世間話に華を咲かせ、昼食後には再びプレゼントを決める為に色々な店を見て回った。

 そしてプレゼントが決まる頃にはだいぶ陽も傾き、駅まで歩いていた俺達を、夕陽が街と一緒に赤く染め上げていた。


「今日はありがとうございました」

「いい物が見つかって良かったね」

「はい。龍之介さんのおかげです」

「いやいや、大した事はしてないから」


 満面の笑顔を向けてくるまひるちゃん。まひろでそれなりに慣れている俺じゃなかったら、即キュン死するレベルの可愛さだ。


「本当にありがとうございました。今日は楽しかったです」

「良かったよ。まひろにお大事にって言っておいてね」

「はい!」


 夕焼け色に染まる街中を歩きながら、駅の改札口までまひるちゃんを見送りに行く。

 かなり予想外の出来事ではあったけど、まひるちゃんと過ごした休日はとても楽しかった。ちょっとしたデート気分も味わえたし。


「あの、龍之介さん。ワンピース姿を褒めてくれてありがとうございました。着て来て良かったです」


 まひるちゃんはペコリと頭を下げて丁寧にお礼を言うと、軽やかに後ろを向いて改札口の奥へと走り去って行った。


「……元気で可愛い子だったな」


 楽しかった時間の後の寂しさを感じつつ、まひるちゃんが走り去って行った改札口に背を向け、自宅へと帰宅する為にきびすを返して歩き始める。


「あっ……」


 さっきまではまひるちゃんと一緒で気付かなかったけど、あちこちに居るカップルが別れを惜しんでイチャついている姿が目に入った。中には人目もはばからずにキスをしているカップルさえ居る始末だ。

 本当に恋人持ちリア充共は忌々しい――と、俺は思わずそう口に出してしまいそうになった。


 ――ちっ、リア充共はミュータンス菌でも移しあって虫歯になってしまえっ!

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