第7話 強襲

夏もあっという間に終わりが近づき、下旬となった。

秋の足音が段々と近づいて来ていた時、

自宅待機を命じられたタイリクオオカミの元に、一本の電話が届いた。


「もしもし、オオカミです」


「もしもし、アライさんなのだ」


一回受話器を耳から離し、大きくため息を付いた。


“ハァーッ”


そしてもう一度耳に当てた。


「どういったご用件ですか」


「9月1日からまた来てほしいのだ」


予想外の返答で内心驚いた。


「まぁ、ちょっと長めの夏休みを取ってたと思って欲しいのだ」


「わ、わかりました...」


(・・・何か変わったか?)


その応対がオオカミにとっては少し、不気味に感じられた。

受話器を置くまで微妙に手が震えていた。






ジャパリ大学付属病院


ここでは日夜優秀な医者が育成されていた。

そこの院長室に一人の人物が訪れてきた。


コンコン


「どうぞ...」


「おっはー!久しぶりー!」


高い声を部屋に響かせながら、高級そうなソファーに乱暴に座った。


すると、院長も立ち上がり彼女が座ったソファーの向かいに腰かける。


「いつもいつも、申し訳ないね」


「平気、平気!お互い様だよ。

ところでさ...、いつもこうして私が補填してあげてるの、知ってるよね?」


「勿論だ...」


「じゃあさ、私のお願い、聞いてくれない?」


「何だ?」






9月1日になった。

久しぶりに署に行く日だ。

朝食を食べ、歯を磨き、出掛ける準備は整った。


そして、外に出たのだ。

いつも署までは歩いて通っていた。


家から歩いて5分経った所で異変に気付いた。


(...ん?)


後ろを振り返る。


(気のせいか...)


再び前を向き歩き始めた。

だが、直ぐに違和感を感じ振り返る。


(付けられてる・・・?考えすぎか?

まぁ、最近そんな家から出てなかったからな・・・。

ちょっと過剰になっているだけだろう・・・)


そんな風に思い込んでしまった。


再び前を向いて、歩き始めた。それが、仇となる事など、今は知らなかった。




グサッ



(えっ...?)


次の瞬間、体に激痛が走った。


(ウッ!?)


刺されたところを無意識に抑えるが、痛さはとんでもないものだった。






≪ただ今より、院長の総回診です≫


そのアナウンスが流れると共に、院長が白い服を着た何人もの医者を

連れながらオペ室へと向かった。




「・・・これからオペを始める」


"はい!"






私はゆっくりと目を開けた。


ここ数時間の記憶が完全に飛んでいた。


「ここは...」


「あっ!目覚めたんですね!」


「キリンか・・・」


「ここはジャパリ大学病院ですよ!」


「病院?何で...」


「刺されたって聞いて飛んで来たんですよ!?」


「刺された?」


ハッキリしなかったが、何となく脇腹に違和感を感じた。


コンコンと、ノックされ、医者が入って来た。


「ゴホン、大丈夫ですか?」


「あぁ、まぁ...」


「それは良かった。おっと、申し遅れた。

私は、この病院の院長であなたのオペを担当したヘラジカという者だ」


「ヘラジカさん...」


「君の身体の具合は、奇跡的に軽症で済んだ。

ちょっと刺さる場所がズレていたら死んでいたかもしれない」


「ハァ...」


ヘラジカの言っている事が、上手く理解できなかった。

色々起こり過ぎて、混乱しすぎているのかもしない。


「術後1週間はしばらく様子見で入院してくれ」


「わ、わかりました...」


(結局今日から行けると思ったのに...一週間延長かよ...)


心の中で少し損した気分になった。


「じゃあ、私は色々と忙しいので」


と、ヘラジカは言って部屋を後にした。


「ところで、キリン...。私を指したヤツは見つかったのか?」


「いえ...。今警察の方で動いてくれてると思いますよ」


「アイツらが、か?」


一瞬様々な人の顔が浮かんだ。


「取りあえず、安静にしていてください。寝て起きたらきっと犯人捕まってますよ!私も居ますしね!」


と、胸を叩いた。


「わかった...」


溜め息の様にセリフを吐いた。


(だが、何で私なんだ・・・?狙われるような事したか?)






「・・・お前の言う通りにしたよ。サーバル」


手元のタブレットでビデオ通話を行っていた。


(あはは、これでお互いに秘密を持ったわけだね。

私は、あなたに彼女の始末を、あなたは私に、横領の穴埋めを・・・

全て完璧な環の上に成り立っている・・・・)


「だが、それを崩してしまったら・・・」


(バラバラに砕け散る。

・・・もし仮にあなたのやってることがバレてもこっちには

貴方の信頼を崩壊させる武器を持ってるからね?逃げられると思っちゃダメだよ~?)


「逃げるようなマネはしない。逃げる理由が無いからな」


(油断大敵...だよ。あなた、勘違いしないでよね?

私たちは友達じゃないの・・・・、あくまでも秘密を持つ者同士

そして・・・)


「みんみを志とする者」


(誓って、みんみー)


「誓う、みんみー」


通話の終了ボタンをそっと押した。

タイミングを合わせたように、コンコンと扉をノックする音が鳴る。


「失礼します。院長」


「ヤマアラシか」


彼女は、院長が座る机の前に立った。

まるで古い寺院にある仏像の様に、神妙な面持ちで院長を見つめた。


「例の件の事、非常に感謝した。昇進を認めよう。君は外科部長だ・・・」


「ありがとうございます」


と一礼した。


「後、この先何があっても、余計な口外はしない事だ。特にあのオオカミには近づくな。ハナが効くからな」


「・・・御意」


「これからも頑張ってくれ」


彼女はもう一度頭を下げた。

そして、部屋を出て行った。


入れ替わりに院長の部屋に入って来たのは、シロサイであった。


「失礼します。お話があると伺ったのですが・・・」


「ああ。取りあえず座ってくれ」


指示された通りに、高級そうな灰色のソファーに座った。


「君に・・・、重要な事を頼みたい。それも早急にだ」






オオカミは病室のベッドの上で、まっさらで変な模様が入り混じっている

独特な天井を見ながら様々な考察を繰り返していた。


一課時代に逮捕した人物を思い出せる限り思い出していた。

逮捕した人物が釈放され、自分を逮捕した人物が逆恨みして襲われるという話は何度か耳にしたことがある。


だが、該当する人物が思い浮かばなかった。


(一体誰が何のために...)


そんな事を考えていたら、うとうとと眠くなった。

眠気に飲み込まれる様に、そのまま眠った。


目覚めたのは18:30頃、19時には夕食が運ばれて来た。


病院の食事はあまり好きではない。


軽く済ませた後、再びの様に考え始めたがまるで呪いにも掛かったように

頭が働かなかった。


夜21時頃ふと周りを見る。


(なんで、個室なんだ?)


唐突に、今更ながら疑問が湧いた。


それと同時に、ノックが聞こえた。


「こんばんわー」


と、小さな声で言いながら入って来た。


「なんだ...」


機嫌悪そうに、私は答えた。


「ちょっと甘い物を買って来ただけですよ?」


手からぶら下げたビニール袋を掲げるようにして見せた。


彼女はおもむろに、椅子を持ちだし、私の机の上に荷物を置いた。


「一課の方はどうだ?」

と尋ねた。


「証拠も何もないからオーダーキツイって、リカオンさん言ってましたよ?」


「落ちぶれたなぁ・・・」


私は微笑した。


「ところで、何か推理しましたか?」


「推理はお前の仕事だろ・・・

まぁ、一つだけ気になった事があった」


「気になった事?」


「何で、私は個室に入れられてるんだ?」


「・・・・」


私に指摘され、再びキリンは部屋を見回した。


「確かに...、別に軽いけがなら、こんな豪華な部屋にしなくてもいいですよね?」


「何かが、おかしい...。おかしいんだ。この病院に何かある」


キリンと目が合った。


「今頼れるのは、お前しかいない。徹夜で探せ。手がかりは、この病院にある筈だ。私の勘だが」


「分かりましたよ・・・、名探偵アミメキリン!この病院の謎を暴いて見せます!」


キリンは立ち上がった。


「おい、その袋は置いていけ」


「わかりましたよ・・・」


そう言って、病室を出て行った


オオカミはキリンが置いていったスイーツを齧りながら考えていた。

それでも、わからない。

いつの間にか、スイーツはすべてなくなっていた。



「あぁ!もう!ダメだ!」


暫く捜査をしていなかったからだろう。

腕が鈍っている。


床に立ち、部屋の電気を消した。


(ひと眠りでもしよう...。キリンは...まぁ、勝手にたたき起こすだろう)






・・・私はあの人を尊敬していた。

警察のトップに立ちながらも、現場に赴き、直接指示を取る。

私は、その立場というよりも、あの人そのものになりたかったのかもしれない。

彼女は、皆の事を高く評価していた。

次の警視総監は、私かアライという刑事だという話が署内で持ち切りになってきたころ、

例の事件が発生したのだった。

海の浜に作った砂の城の如く、私の話は綺麗さっぱり無くなり、次期警視総監はアライになった。


警視総監が退任する前々日、私は彼女に呼び出された。


“お前に一つ言っておきたい事がある”


“なんですか?”


“特異な才能を持つ奴にアドバイスだ。

いつか、"全然わからん"って立ち止まる時が必ず来る。そうなったらどうすればいいと思う?”


“わかりません...”


“正直でよろしい。もしわからなかったら・・・”


“わからなかったら・・・?”


わからなかったら・・・

わからなかったら・・・

わからなかったら・・・






物音に耳が反応した。


(ん...?)


目を擦りながら、上半身を起こした。


「うっ...うっ...」


私の横ですすり泣く声が聞こえた。


「あぁ?」


状況がわからない。取りあえず、誰かがいる事はわかる。


「ハッ...」


声を上げた。恐らく私が起きたことに気付いたのだろう。


左手でベッド横のライトをつけた。

部屋全体を明るくするほどの明かりは無いが、暖色系の色が私の横に広がった。


「あなたは・・・・?」


彼女は下を俯いたと思ったら、直ぐに私の顔を見た。

少し顔が濡れているように見えた。


「ごめんなさい!」


彼女は土下座して、私に謝った。


「お、おい、いきなりどうしたんだ。一体何が・・・」


「もう...私には無理です....うぅっ」


思わずベッドから降りて、一回部屋の電気を付けてから彼女に近寄った。


「一体何があったんですか・・・。一回落ち着きましょう」


私は彼女が落ち着くまで暫く待った。


「大丈夫?これは・・・一体どういう風の吹き回しなんだい?」


再度尋ねた。


「院長が・・・あなたの命を狙ってます・・・」


「えっ?」

思わず聞き返した。


「早く逃げてください・・・」


「ちょっと待て、詳しく聞かせてくれ」


「私は、院長にあなたを殺せと言われて...

あなたが寝ている隙に毒で殺せって....本当にっ...」


「君が悪いんじゃない。でも何で院長が何で私を狙ってるんだ?」


「そこまでは...」


(院長って、私を手術したヘラジカだよなぁ・・・)


「オオカミさん!」


そこにちょうどよくキリンが飛び込んできたのである。


「キリン!?」


「これ見てください!」


「これは?」


一枚のA4のプリントを渡された。


「とにかく読んでください」


言われた通り黙読した。


「よくこんなデカイもんを直ぐに見つけてきたな」


「私、褒められて伸びるタイプですから!」



「ところで・・・君」


「・・・シロサイです」


「協力してくれ」






翌朝の5時30分、院長室にノックをし、シロサイが入った。


「おはようございます。院長」


「ああ、おはよう...。こんな朝早くからどうしたんだい?」


「これを」


と机の上に置いたのは辞表と書かれた紙である。


「おいおい...。意味が分からないぞ」


トントン


ドアを開ける。


「失礼します!」


「君は誰だ!?」


「私はオオカミの知人です。本人に代わってお礼に参りました」


「お礼?」


「あなたの優秀なオペのおかげで、オオカミさんは快調に回復しております」


「あぁ、そ、それはどうも...」


「こちら、メロンと、これも」


と院長の机に置いたのであった。


「なんだこの紙は?」


ヘラジカは、紙を取り開いて見る。


「・・・・なんだこれは!?」


空いたままのドアから、ノックをせずにオオカミが入り、

壁に寄りかかり、腕を組んだ。


「今回は、あなたの治療のおかげで回復したこと感謝します」


ヘラジカは唖然としたまま、彼女の方を見た。


「ですが、あなたは私を殺そうとした。そうらしいですね」


「こ、殺すなんて、なんでそんな事をしなければいけない!」


「貴方が私を殺そうが殺さまいが、もう立件しました。横領の罪でね

その紙、会計報告書の不釣り合いな所を指摘した資料が動かぬ証拠です」


(クソッ...一体誰が...)


「貴方はどちらにせよ、犯人として取り調べを受けてもらいます

後、一つ言わせてください。貴方は無実の人を犯罪者に仕立てようとし、失敗しましたね

私は、犯人を見つける事に関しては、失敗しませんから」


(まさか!)


「入って」


私がそう呼ぶと、力なさそうにヤマアラシが入って来た。


「彼女も簡単に全てを話しましたよ。貴方も警察署ですべてを話してください」






警察の事を叩いていたマスコミは驚くことに、この大学病院で起きた横領事件に一斉に飛びついた。


「オオカミさん...」


「どうした?キリン」


警察署内の食堂で私に話しかけてきた。


「どうやら、ヘラジカはある宗教団体と関わっていたそうです」


「宗教団体?」


「“みんみ教”っていう所らしいですよ。そこから、大学病院で自ら横領した分の金を補てんしていたそうです」


「それで横領をバレ無いようにしていたが、何者かによって横領が記録されていた・・・という事か」


「ええ...」






食堂のTVでアナウンサーであるトキが、投稿を読み上げていた。


「ジャパリ大学付属病院の新しい院長は、副院長を務めていたハシビロコウがなる模様です。

今回の一件で失墜した病院の信頼を取り戻すと、仰っておりました...」




「・・・実は、あの書類貰ったの、副院長からなんですよ」


「ハシビロコウか?」


「ええ。私が死にもの狂いであの夜いた先生たちに聞き込みしてたんです。もう単刀直入に、

“なにか怪しいものは無いか”って。そしたら、彼女黙ってあの紙を渡してきたんです」


「アイツにとっては、チャンスだったんだろう」


と私は口にした。


「どういう意味ですか?」


「院長になりたかったんだ。ある日、横領している事に気づき何かあったときの為にとあの書類を用意しておいた。

そして今回の一件ができて、彼女は院長になる事が出来たんだ」


「・・・なるほど」

キリンは一杯水を飲んだ。


「ま、順風満帆な船出とは言えないがな...」


少し間があってから、再度キリンが口を開いた。


「院長とつながりがあった“みんみ教”に公安が入るらしいですよ」


「公安・・・」


公安警察、あまり表向きに活動はしていないが、一人知っている奴がいる。

(また、あんま好きじゃない奴だ。いや、そもそも奴はこっち側の警察が好きじゃないか・・・

しかし、今回の一件・・・、その宗教団体が関わってそうだな・・・)










裁判が始まるまで、ヘラジカは拘留された。

留置所に一人の人物が現れた。


「・・・なんでここにいる!?」


「あーあ。言わんこっちゃない。油断大敵って言ったでしょ?」


ガチャっと、鍵を開けて同じ檻の中に入った。


「何でカギを開けれるんだ!」


「あなたは、誓いも裏切った」


「お前の名前は言ってない!」


「そういう問題じゃないよ...、あなたは、裏切り者」


「や、やめろ!許してくれ!金ならいくらでもある!」


「みんみーは、みんなの為に。平和の為に。愛の為に」


「や、や、やめてくれ!」






「みんみー」

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