第5話 誤報

2週間後の日曜日...、PPPライブがコンサート会場で始まった。


リカオンたちに頼みを入れて、見張りをお願いしていた。


何故、あっさりOKを貰ったのかというと、住民からの依頼だと

言ったからだ。


私の部署はなにか相談をあずかった場合は、それを担当する部署に報告し、

後は手を出さない。そういう決まりになっている。


もちろん、私も会場に足を運んでいたが、見るだけだと断りを入れて

しぶしぶ、了承を得たのである。


「みんなー盛り上がってるー!?」


その掛け声とともに午後16時、ライブが開始された。


リカオンの指示の元、ライブ会場を取り囲むようにして捜査員が

配置され、目を光らせていた。


私はその間、遠目で歌を歌っているPPPのメンバー達を見ながら

例の脅迫文について引っかかっていた部分を考えていた。


(来たるPPPライブ、悲劇の合唱が花火と共に打ち上がる・・・)


キーワードとなる言葉は“合唱”

だが、この意味がわからない。


天からヒントが降ってくればいいのにと思うほどである。

これほど悩んでいるのは初めてかもしれない。


「なぁ...リカオン」


「なんですか」


双眼鏡で会場を見ていたリカオンに声を掛けた。

当の本人は、現場を見ながら、あっさりとした返事をした。


「合唱ってしたことあるか?」


「合唱・・・?小学校とか中学校の卒業式とかでよくやりましたよ。

私は口パクでしたけどね」


と、つまらなさそうに答えた。


「普通、みんなで歌うってことだな」


「そうじゃないんですか」


再度ライブ会場を見つめた。


(皆で・・・歌う?)


答えが出てきそうで、出てこなかった。


そして、あっという間に時間が過ぎた。


午後19時


3時間に及ぶライブが無事終了した。


リカオンは溜め息を吐きながら、こういった。


「何も起こらなくて良かったですね。単なるいたづらだったんでしょうかね?」


と私に言った。


「だと良いんだが....」


「何か引っかかる言い方ですね」


「引っかかりまくっている。正直言って、今日は調子が悪い」


「そんな冴えない日もあるんですね。お先に失礼します」


リカオンは部下をまとめて、先に帰ると言った。


観客もぞろぞろと数を減らしていった。

私は、観客が殆どいなくなったライブ会場を見つめた。


ただ単に、スポットライトが誰も居ないステージを虚しく照らしている

だけであった。


その光に見惚れるように突っ立っていると、


「あのー・・・、警察の方ですか?」


と声を掛けられた。


「うん?ああ、一応そうだけど...」


「今日はありがとうございます。何事も無く終わって良かったです。

あっ、私プリンセスって呼ばれている、ロイヤルペンギンです!」


「ああ、君が・・・。マーゲイから聞いたよ」


「マーゲイさんの同僚の方なんですね。もしかして頭の良い方?」


「アイツそんな風に言っていたのか」


思わず、微笑した。


「他のメンバーに会いに行きませんか?

プロデューサーもお礼が言いたいと言っていたので・・・」


ふと予定を思い出す。

特に大事な予定は無かった。

私は彼女に誘導されるがままに、楽屋へと案内された。


「プロデューサー!警察の方です!」


「まあ!今日は本当にご苦労様でした」

少し雰囲気が異なった、恐らくはペンギンであろう者が、頭を下げた。


「どうも、はじめまして。タイリクオオカミです」

手帳を見せながらそう言った。


「こちらこそ、プロデューサーをやってるジャイアントペンギンです」


名刺を差し出された。


「申し訳ない。持ち合わせが無くて」


「とんでもない。全然構いません。無事にライブが終わって助かりました」


再度、私に向かって頭を下げた。


「お役に立てたのなら、光栄です」


社交辞令的に、挨拶を行った。


奥の方に居た、メンバーも私に礼を言ってくれた。


「コウテイペンギンのコウテイと言います。

ありがとうございます。こんな遅くまで」


「いえいえ」


「ホント、警察の方がいてくれたから良かったですよ!」

彼女はイワトビペンギン、イワビーと呼ばれている。


「ありがとー」

少し適当な礼を言ったのはフンボルトペンギンのフルル


「お疲れ様です。お身体は大丈夫でしょうか・・・」

と、体を気遣ってくれたのはジェンツーペンギンのジェーン


私は、それぞれに挨拶をした。


失礼ながら、アイドルという仕事がいまいち理解できていなかった。

何故、歌うだけでこんなにも人気が出るのか、不思議で仕方がなかった。


そんな事口外出来るわけないが。


そのことは置いといて、私は礼に対しての返答を行った後、

取りあえず簡単に尋ねてみた。


「あのファンレターを送った人に心当たりはないですか?」


「あの手紙は、個人宛にポストから投函されて、メンバーに届いた物ですからね...

誰が出したかは分からないですね」


とプロデューサーのジャイアントペンギンが言った。


「そうですか...。私としては、いたづらであってほしいと思っていますが...

早めに犯人を捕まえられるように、全力を尽くします」


そう言って、メンバーたちに頭を下げた。


本来、犯人を捕まえるのは私の仕事ではないが。



翌日、鑑識のマーゲイに昨日の事を伝えた。


「良かった!何もなくて・・・」


と胸をなで下ろした。


「まあ、一応は、な」


私は曖昧な言い方をした。


「PPPどうでしたか?」


「あっ?うん、えっと、まぁ、良かったかな」


実際は良さがわからない。

正直に言っても、マーゲイを傷つけるだけだと思い適当にあしらった。


「とにかく、良かったですよ。ハァー。本当に、ありがとうございました!」


彼女は、再度大きく頭を下げた。

そのまま、彼女は後ろを振り向き、嬉しそうに机に向かって戻っていった。


「来月のサマーフェスティバル、楽しみだなぁ~!」


「...!!」


私は耳がいい。それが幸いした。


「待て!」


強い口調で、彼女を呼び止める。


「なんですか?」


「来月、何がある?」


「サマーフェスティバルがあるって・・・」


「何だその、サマーフェスティバルって」


「ご存じないんですか?」


マーゲイは驚いたような顔を見せた。


「サマーフェスティバルは、この島中のアーティストが集まって

皆で盛り上がる最大級の音楽イベントですよ。

それぞれのアーティストで演出が異なっていて、派手なパフォーマンスをしたり、

花火が打ち上がったり、みんなで歌を歌ったりして・・・」


その時、ハッと、強い電流の様な刺激が、私の頭を襲った。

それは、激痛ではなく、悔しさとして感情に現れた。


「クソッ!そう言う事か!」


唐突に、強く床を踏んだ。鑑識の人たちが驚いた様にこちらを向く。


「い、いきなりどうしたんですか?」


「あの脅迫文に書いてあった内容が、やっとわかった。

アレはそのイベントを指しているんだ!


悲劇の合唱が花火と共に打ち上がる。


この文の意味がよく分からなかった。だが、さっきお前が言ったのが正しいのなら、

花火や合唱というのはアーティストのパフォーマンスを示してる!」


「はっ!そうか!」

マーゲイも釣られるようにして驚いた。


「犯人はそのイベントに必ず参加するはずだ。

そのイベントの詳細はわかるか?」


「ええ、入場無料で、大勢の観客が毎年来るんですよ。

確か去年はパーク内外も含め100万人もの来場者が来たそうです」


「100万人・・・!?」


(100万人の中に犯人がいるかもしれないという事か・・・。これは厄介だな・・・)


私の心に焦りが見え始めた。


「そのイベントは警備を強化しとくように、キンシコウ達に言っておく」


「わ、わかりました・・・。お願いします」


「私が犯人の計画を一発で見抜けないのは、悔しい」


捨て台詞を吐くようにマーゲイに言った。


「しかたありませんよ・・・。わかりませんもん。こんなもの」


と、私を擁護してくれた。


「ハァ、じゃあ話は終わりだ。頑張って」


そう言って、鑑識を後にした。


後日、そのイベントの詳細をネットで調べた。

8月の上旬に行うそうだ。


私は、自分を騙した犯人を一目見てみたいと、心から強く願っていた。

そして、このイベントにPPPを参加させなくても、やがて別のタイミングで狙ってくる可能性が高い。

チャンスはここしかないと、思っていたのである。




だが、女神は私には微笑まなかった。

微笑むどころか、睨みつけたのである。




7月下旬...


コンコン


「失礼します」


「・・・タイリクオオカミ」


彼女と会うのは何年ぶりだろう。

同じ署内にいて全く会っていなかった。

だが、運命が私と彼女を最悪な形で再び引き合わせたのだ。


「お久しぶりですね。警視総監」


「・・・久しぶりなのだ」


言葉の前にある沈黙が妙に気になった。

私と彼女は腐れ縁である。

こうして彼女自ら呼び出すという事は滅多にない。

私は、そんなレアな状況に立たされていたので、

彼女が事情を説明するまで、少し待った。


「この雑誌をみたか?」


「雑誌・・・ですか?」


机の上にポンとおかれたのは、週刊ジャパリ


ここの地域では新聞よりも読まれている週刊誌である。


「見てないです」


彼女の顔を見ながら、そう答えた。


「じゃあ、見るのだ」


とペラペラと捲り、そのページを広げて私に差し出した。

本を持ち上げ、内容を目を凝らして読む。


「大スクープ・・・、ジャパリ警察、10年前の凶悪犯を極秘に再起用...?」


左上には私の後姿が激写されている。これは、この前のPPPライブの時の様子だ。


尚も記事を読み進めた。

「爆破予告を受けて、警察が極秘に捜査を開始・・・、その中には10年前きょうしゅうロッジで

65人もの犠牲者を出した、極悪警官の姿があった。彼女は頭の良さで再び一課に起用された。

悪夢の象徴でもある彼女を再び捜査に介入させた警察は、過去の失態を忘れたのか?

警視総監の判断に疑問を抱く...」


私も流石に、心に怒りという感情が沸き上がる。

報道の自由と言っても、これは誇張しすぎだし、嘘も塗れている。


「これはいったいどういう事なんですか?」


私は冷静さを保ちながら、彼女に聞いた。


「それはこっちのセリフなのだ...。

外に出るたびマスコミに追われて、黙秘するのがやっとなのだ」


「言っておきますが、私はあの会場を見ていただけで、捜査は全部一課のリカオンに任せました」


「・・・それはそれでいい。終わった事なのだ。


だが、マズイ事に、世論が一気に警察を批判する事になる。意味はわかるのだ?」


「また・・・、私に身代わりになれと?ご自身が責任逃れをするために?」


「身代わりとは物騒な言い方なのだ・・・。少し周りの熱が冷めるまで、大人しくしてほしいだけなのだ」


「隠居ってことですか」


彼女は黙って首を縦に振った。


「何も動きを見せなければ、マスコミは静かになるのだ

お前は、見つかったら大変なオニから隠れるだけなのだ」


「オニから隠れる・・・」


「3ヵ月の自宅待機を命じるのだ。その間署に来るのは禁止なのだ」


「・・・あの時と全く同じですね。自分で何とかしようとは思わないんですか?」


「...っ」


低い声を出した。


「ご自身で責任を取るつもりがないなら、それで構いません。

まだ警察にいれるだけで、幸せですから。


でも、一つだけ言わせてください。前の警視総監を見習ったらどうですか?」


私はそう言って、総監室の扉を出た。


彼女はそれ以降、なにも言葉を発さなかった。


(チッ...、いつ撮られていたんだ?あんな写真・・・

それに、今は七月の最後の週・・・、来月の2週目にはあの脅迫犯がやって来る日じゃないか

何でこうも不運が重なるんだッ!)


怒りをギュッと堪えながら、廊下を歩いた。






オオカミは怒っていた一方で、笑っていた人物もいたのである。


せんべいを齧りながら、雑誌を彼女は読んでいた。


パリッ


「あーあ、こんな大胆に誇張して書くなんてねー。

あれほど忠告したはずなのに」


膝の上で雑誌を読み、左手で、スマホを取り出す。

アプリを起動させると早速メッセージが届いていた。


[サーバル、読んだ?]


[当たり前だよ。やり過ぎじゃない?コツメカワウソ]


[だいじょーぶだよ!ウチのカメラマンすごいでしょ!]


[誰だっけ。パンサーカメレオン?]


[そうそう。有能な人材がいて良かったよ]


[あなたはいつも気楽だね。警察を敵に回したら、私でも弁護できないよ?]


[何言ってんの、これが目的だったんじゃないの?]


そのメッセージを見た瞬間、フフッと笑った。


再度、せんべいを齧る。


パリッ


[借りが出来ちゃったね。こんど美味しい物でも奢るよ]


[報道の自由っていう盾の使い方が上手いね]


[えっへん!すごいでしょ!]


[目的はなに?何かしようとしているのはわかるけど]


[マスコミは怖いから、言わないよー]


[逃げるの?]


[わかったよ!わかった。要はせんべいと一緒]


パリッ、と齧る。粉がスマホの画面にかかり、軽く手で払う。


[意味わかんない]


[一見、硬いでしょ?だけど外から圧力を加えれば、その強固な

塊は崩れ去ってしまう...


これ以上は言えないなー]


[なるほどね...。私は信じるから。絶対に裏切らない]


[そうしてね。裏切ったら、みんみーだから]


[裏切らない。誓って。みんみー]



バリッ。



最後のせんべいの一片を口に入れてから、ゆっくりと口を動かし、噛んだ。

スマホの電源を切り、机の上に置いた。


「あっははは!新時代の幕開けは近いね!」


真っ白な天井に向かって、そう呟いた。

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