第3話 過去

キンシコウは、タイリクオオカミの過去の事を警視総監に尋ねたのだった。


「まず、過去の話をする前にタイリクオオカミが警察に入ってからの事を話すのだ」


ハァーと、一回息を吐き話を始めた。


「彼女が入って来たのは25年前...。その頃アライさんはまだ警視正だったのだ」


「ヒグマさんも、同じ時期に入ったんですよね」


キンシコウがいったん確認を取る。


「そうなのだ。だが、ヒグマとオオカミは圧倒的に差が出たのだ

検挙率はオオカミが上、うなぎ登りの様に昇進していった。

ヒグマはそれに遅れを取る様に、昇進したのだ」


(この頃から、タイリクオオカミの才能は開花していたのね...)


「オオカミの凄い所は、検挙率だけでなかったのだ。

銃の腕前もピカイチだったのだ。早撃ちの記録は、2秒・・・」


「2、2秒ですか・・・?」


「彼女が塗り替えるまではアライさんの4秒が最速だったのだ」


(ヒグマさんは7秒と言っていたが、それ以上だったのね...)


「タイリクオオカミは優れた才能で、一気に警視まで上り詰めたのだ。

だが・・・」


「彼女の言っている、あの事件が発生してしまう?」


静かにアライさんが、肯いた。


「・・・君は覚えているか?今から10年前のあの事件を」


(10年前・・・まだ、高校2年で進路に迷っていた時期だ

その時期に起きた大きな事件・・・・。あっ)


「きょうしゅうロッジであった・・・」


「そう、ロッジ銃撃事件。ロッジに強盗が入り、その時宿泊していた客と従業員含む121名を人質に取った事件なのだ」


(テレビでやっているのを見た事がある。生放送で警察と犯人との高度な心理戦が伝えられていた)


「あの時、アライさんは当時の総監から頼まれ作戦の指揮を取っていたのだ。

オオカミやヒグマも、その作戦に参加していたのだ。オオカミは特殊部隊の司令官をしていたのだ」


ーーーーーーーーーー


<10年前>


「犯人の要求は何なのだ?」


「10キロの金塊と車です。明日の朝8時までに用意しろと」


部下が、アライさんに犯人の要求を伝えた。


(ぐぬぬ...現金ではなく金塊とは・・・。厄介なのだ・・・)


「犯人は二人組だそうだな?」


「そうですね」


「わかったのだ。車は取りあえず、金塊は時間が掛かると思うのだ

現場に伝えるのだ。要求の品が用意できるまで、誰一人勝手に動くんじゃないって」




現場のロッジの近く。特殊部隊を指揮するタイリクオオカミはやきもきしていた。


「待機命令・・・?どうやって犯人を取り押さえるんだ!

このまま逃がすのか?人質の一人を連れて行かれたらどうする!

何を考えているんだアイツは!」


ドンッと机を叩いた。


「落ち着いてください。今は待機しましょう」

部下のオセロットがオオカミに落ち着くよう説得した。


「くっ...」


苦しい声を漏らし、ペットボトルのお茶を飲んだ。



犯人と警察の睨み合いは夜まで続いた。日付を跨ぎ深夜1時

事態が動く。


「金塊が用意できた?わかったのだ。早速手配させるのだ」


金塊が用意できたので、現場に向かわせた。


金塊を載せた逃走用の車が、現場に到着した。


「その車は逃走用の車だ。金塊も入っている!

そっちの要求は呑んだ。人質を解放しろ!」


ヒグマが拡声器で叫ぶ。


「誰か一人、金塊をここまで運んで来い!」


犯人の一人が同じく、大声で叫んだ。



「犯人が、誰か一人金塊を運べと言っています」

オセロットがオオカミに現状を伝えた。


するとすぐさま立ち上がる。


「その役、私がやろう」


「えっ、待ってください。勝手にやっちゃまずいんじゃ...」


「勝手にはやらない。私が直談判する」


そう言って電話を掛けた。

電話の相手はアライさんであった。


「ん?タイリクオオカミ?どうしたのだ」


「犯人が金塊を運べと言っているので私がその役をやりたいと思います。」


「何を言っているのだ!寝ぼけているなら顔を洗うのだ。

あの車に乗ろうとしたところを逮捕するのだ!勝手に計画を変更するんじゃないのだ!」


「あの犯人たちが外に出てくると思いますか?」


「あっちが我慢比べをするなら、こっちも我慢比べをするのだ。

人質に危害が及んではいけないのだ」


「それでは一向にらちが明きません。

犯人も121人の人質を管理するだけで手一杯です。その隙をつけば・・・」


「ダメと言ったらダメなのだ!」


「・・・・ッ、もういいです」


「あっ!ちょっと待つのだ!」



「オセロット、これを」


といって、無線機を手渡した。


「えっ?何するおつもりですか?」


「言ってるだろう。金塊を運ぶ。私が合図したら突入しろ」


そう言って、オオカミは外に出たのだった。


・・・・


「上司の命令を無視して、単独で行動したんですか?」


「オオカミは一人で金塊を持ち、犯人に単独交渉しに行ったのだ

もちろん、その時のアライさんは作戦を遂行するために、オオカミを止めなければいけなかったのだ

でも、正直に言えばそれが良かったのか悪かったのか、今でもわからないのだ」



・・・・


オオカミから連絡があった数分後、ヒグマからも連絡があった。


「オオカミの奴が単独で金塊を!?今すぐ止めさせるのだ!」


「ですが、もうロッジの中に...」


「何としてでも止めるのだ!」


・・・・


「それで...、結局どうなったんですか」


息を飲んで、話の続きを尋ねた。


「アライさんは、突入させたのだ。特殊部隊を。

だが、そのせいで犠牲を出してしまったのだ」


「犠牲を...」


「オオカミが交渉している間に、突入したのだ

犯人達は興奮して、銃を乱射した・・・

警察と犯人の撃ち合いが始まったのだ」


「たしか...」


「負傷者は53名、死者12名、合計65人の犠牲者を出してしまったのだ」


キンシコウは顔をずっと直視していた。


「・・・最初は、突入命令を出したアライさんの責任が問われたが、

原因が上司に背いて行動したオオカミにあるとした。

そういう対応を取ったのだ」


「総監が・・・、ですか?」


「昔の警視総監にアライさんは一目置かれていたのだ。

警視総監を裏切るわけには・・・・、いかなかった」


一旦間を置き、再び話し始めた。


「部下であるオオカミに責任を擦り付け、この事態の収拾をつけようとしたのだ。

結果、降格で警部となり、3年の謹慎処分、そして部署異動をおこなったのだ」


「彼女を、復帰させない理由は何ですか?」


「オオカミが警察にとってマイナスなイメージを植え付けるからなのだ

そして、何故あんなに犠牲を出した張本人なのに平然と捜査するのかという世論を避ける為でもあるのだ」


(それって、少し酷くないですかね?)


口には出さなかったが、そう思った。


「確かに才能はあるのだ。だが、復帰させることはできないのだ。

オオカミは、アライさんの事を嫌っているのだ。

過去にあんな事をすれば、上の者に縛られたくないと思うはずなのだ


そして、名目上彼女の行動を見張ってなければいけないのだ」


「簡単にいうと、世論からの批判を避ける為にこうしてるんですね」


「納得したか?」


「・・・・はい」


この返答が正しいのか、よくわからなかった。

ただ、警視総監の手前そう言う返答しか出来なかったのかもしれない。


ーーーーーーーーーー


助手の逮捕から数週間後、裁判が開かれた。

その様子を見に来ないかとキリンに誘われ、オオカミは来たのだった。


法廷に入り、椅子に腰かけた。


そして、午後0時、裁判が開始された。


オオカミは、右側の、ワシミミズクの弁護人に目が留まった。


「あれ、サーバルじゃないか?弁護士だったのか?

よく情報聞き出せたな」


「彼女...意外と口が軽いんですよ。聞きだした方法は企業秘密ですから

教えませんけどね」


と、小声で会話した。


そのまま裁判は進んだ。

サーバルの弁護は的確と言えば、的確なものだった。


「被告人は、当時幾つかの病を患っていました。ここに医師の診断書があります!」


紙を取り出し、周りに見せるようにした。


「事件当時被告人は、精神に異常があったため正常な判断が出来ない状況にあったと思われます」


(あいつ...)

意外とやり手じゃないかと、心中感心していた。


裁判は途中休憩も挟み5時間にも及んだ。


最終的な判断が下された。 


「被告人を、執行猶予付き、懲役5年に処する」


裁判長がそう言い放った瞬間、傍聴席がざわつき始めた。


協議の結果、サーバルの言っていた、精神病の疑いが考慮されたのだろう。



「キリン、行くぞ。ここの空気は警官の私にとってあまり好きじゃない」


私は乱暴に、キリンの腕を掴み法廷を出た。


「えっ?はっ、はいっ!?」



裁判を終えた後・・・・


「サーバル、恩に着ます」


「へーきへーき!仕事だから!普通なら懲役15年か20年くらいだったからね」


「あなたと知り合いで良かったです」


サーバルは笑って、自身の控室へと戻っていった。


「助手を精神鑑定に掛けられたから良かったよ。ここの精神鑑定の技術は甘いからね...。診断書を見せただけで刑期を減らすなんて、

ホント無能な裁判官しかいないね!」


そう言ってお茶を口に含んだ。


「しかし・・・、アレはオオカミだよね...それにあの時のキリンもいたし・・・」


一つの推測が、頭の中に浮かんだ。

携帯を取り出し、アプリを開く。メッセンジャーアプリだ。


[良い情報あるけど、いる?]


直ぐに既読が付く。


[いるいる!どんな情報?]


[タイリクオオカミの事だよ]


[タイリクオオカミ・・・、10年前の?]


[そうだよ。]


[どんな内容?]


[推測だから書くとしたらそっちで裏を取ってから書いてほしいんだ。

今回の博士殺害事件に、彼女が関わっていたってね。]


[それって・・・、警察が彼女を動かしてるって事?]


[たぶんね。こういうの好きでしょ?]


[もちろん!ありがとうね!じゃあ、早速始めますか!]


[くれぐれも、慎重にね?]


[りょーかい!]


メッセージを送り終え、携帯の電源を切った。


卓上にあったせんべいの封を切り、バリッと食べた。




水面下で自分に関する動きが始まっている事など、

オオカミは知る由も無かったのだ。

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