エピローグ 貴族、呟く


――アドマック帝国貴族院会議室。長い歴史を感じさせつつも貴族らしい豪華絢爛な   内装や調度品の数々のある部屋の中で、十人の貴族が、高級そうな石造りの円卓を囲んで座っていた。

 彼らは最高位の貴族であり、国民や下位貴族、あるいは彼ら自身が提案した政策を協議、検討し、採用の最終決定まで下すモノたちである。彼らより上にいるのは、この国の皇帝のみだ。

 その中の一人、ゴート卿。最高位貴族協議会が始まると同時に、彼は顔を真っ赤にして円卓を叩いた。


「帝国銀行に強盗など、前代未聞だ! オズワルド卿! 分かっておられますな! 貴方の指揮する特殊部隊の責任問題になりますぞ!」


 議題は先日の帝国銀行――帝国で最大の銀行で起きた強盗だった。金庫の中身はすべて奪われ、爆発や銃撃、ドラゴンカーの影響で業務再開の目処は数日経った今でも立っていない。


「その前に、皆様方。こちらをご覧ください」


 オズワルド卿、と呼ばれた男はゴート卿に構うことなく、円卓の縁にある接続口にメモリースティックを差し込んだ。円卓の中心にブオン、とホログラムが現れる。


『インディグネイション!』


 ホログラムの中では、顔を隠した女が帝国銀行の金庫扉を爆破する映像が写っている。ゴート卿の顔が、サッと青くなった。


「こちらは強盗たちが残していった映像です。扉の爆破から中身を詰め込むまでの」

「それがなんだと……そもそもなぜそんなものがある! あの金庫には監視カメラ等は無いはずだ!」

「どうして無いのでしょうね?」

「ぐっ……」


 ゴート卿が言葉に詰まった。帝国銀行は国営ではあるが、彼が業務の監視を担当していた。最高位貴族たちは、こういった会議以外にもいくつかの国営業務を担当している。オズワルド卿が警察組織の中の特殊部隊を担当しているように。


「この映像は彼らが残したものですよ。おおっと。おやおや。随分と金庫内の現金と金塊が少ない」

「そ……そんなことはないだろう……」


 ゴート卿の目は、激しく泳いでいる。彼の顔に、つう、と汗が流れた。


「ここは帝国銀行。この国で最も大きな貯金箱ですよ? これだけのはずが無いでしょう。銀行の記録とも一致しない」

「……」


 ギリ、とゴート卿が歯ぎしりした。その心臓は、バクバクと鳴っている。


「この映像と共にメモも残っていました。彼らが奪った金額のメモがね。映像の中で奪われたモノとは一致していましたが、銀行の記録とはやはり一致しませんでしたよ」

「ぐ……ぐぐぐ……そ、そうだ! これは捏造だ! 奴らは金庫の中身を減らしてからこの映像を……」

「爆破直前から写っている、と言ったでしょう。加工の跡も見つかっていませんよ。さて、ここで疑問が湧きます。どうしてこんなに中身が少ないのでしょうね? 答えて頂けますか、この銀行の責任者であるゴート卿?」

「ぐ……あ……そ、それは……その……」


 オズワルド卿の鋭い視線をまともに受けることもできず、ゴート卿は口籠った。


「貴方はこの銀行内の金を使って隠れて投資を行い、私服を肥やしていたのでしょう? 調査済みですよ。今頃、私の部下が貴方の屋敷で財産の差し押さえを行っていることでしょう」

「なっ!?」


 ゴート卿の目が見開かれた。彼の頭に浮かんでいるのは、己が屋敷にある財宝。得た現金のままにせず、絵画や宝石にしていた。それらの価値は、数億では済まない。


「王の視察前に現金を戻すつもりだったのでしょうが……その前に強盗によって明るみに出されてしまうとは」

「……!」


 オズワルド卿は頭を振り、皮肉げに笑った。


「いやはや、悪いことはできないものですな」

「貴様、まさか! 貴様ァ!」


 ゴート卿が再び机を強く叩いた。さきほどの叩きは嘘の怒り。これで現金を戻さないで済む、横領した金が丸々手に入る、と内心では喜んでいたが。

 今度のは、純粋なる怒りと屈辱によるものだった。


「さて、貴方のやったことは立派な国家反逆罪だ。衛兵! この者を取り押さえろ!」

「な……やめろ! 私に触るな! おのれ! おのれええええええ!!」


 オズワルド卿が言い終わると同時に、白い鎧を付けた者たちが会議室へと流れ込み、ゴート卿を押さえつけた。

 そのまま彼を拘束し、衛兵たちはゴート卿を会議室から牢屋へと連れ去っていく。

 ゴート卿が牢屋から出ることは出来ないだろう。もちろん、処刑当日まで――



 ゴート卿が捕まった十数分後。オズワルド卿は一人、会議室の中に残っていた。他の貴族たちは困惑しながらも既に退去している。

 フッ、と彼は薄い笑みを浮かべ、それから懐のスマートフォンを取り出した。数回の操作の後、彼はそれを自分の耳に当てる。

 プルルルル、という音のあと、ガチャ、と電話に出る音がオズワルド卿の耳に聞こえた。


「もしもし? ええ。こちらの会議は終わりました。また一つ、不正を正すことが出来そうです。ええ、ええ。もちろん、捜査は打ち切ります。『強盗は許せぬ悪行だが、貴族の恥は隠さなければならない。影響が大きすぎる』とでも言えば、他の者たちも納得するでしょう。ありがとうございました……ボス殿。またよろしくお願いしますね」


 ピッ、とオズワルド卿は電話を切り、スマートフォンを懐に戻した。ふう、と溜め息を吐いてから、天井を見上げる。


「私はこの国を愛している。ゆえに、全ての腐敗を正さねばならない。そのためなら、私はいくらでも腐ろう。

 たとえ最後に、私自身が正されようとも、な」


 オズワルド卿の呟きを聞く者は無く、彼の言葉は空気の中へと溶け込んで消えた。

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ふざけた世界でブリキは奔る 猫狐 @demonwolfox

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