10.ブリキ、殺る

『降伏はとても受け付けている』


 俺が目の前の光景に完全にフリーズしていると、そんな電子ボイスが聞こえた。特殊部隊めいた人たちの中でも、一際大きく高そうな装備を付けた奴からだ。カウンターの向こうで身を隠している。隊長格だろうか?


『撃ち合いはそちらが負ける。なので降伏はとても受け付けている』

「……と言ってますけど」

「無視しろ」


 そう言って、ダリーさんが引き金を引いた。パン、という破裂音と共に俺の十メートルほど前方にいた警官の頭が弾けた。ナイスヘッドショット。


「んー、こっちかしらね」


 有無を言わさずの銃撃に凍りつく空間を気にすることなく、クラインさんが真横へと飛んだ。そこには大きなテーブルが横倒しになっていたが、それを飛び越して、彼女はその向こうに隠れていた警官をサイケデリックカタナで斬り殺した。その後ろをアリスとダリーさんが着いていき、机を持ち上げて警官たちへと向ける。射線が通りそうな位置にいた警官は、アリスとダリーさんが走り出した時に既にゴスが投げナイフで殺している。ううむ、なんという鮮やかな連携。金庫へ向かう廊下の入り口を囲むように警官か配備されていたというのに、ほんの十数秒でダリーさんたち、机、警官という図になった。


『ファック! 降伏受付終了! 総員、撃ち殺せ!』


 口汚い叫びと共に隊長格がカウンターをドン、と叩き、止まっていた時間が動き出した。ガチャリ、と銃口がダリーさんたちの隠れる机に向けられ、発射された。ガガガガ、という音が鳴り響く。あの机、どれぐらい保つだろうか? 

 

「た、隊長」

『なんだ』

「あの机に隠れずに突っ立っているブリキボディは何でしょう」


 あ、クソ。バレた。空気に徹するつもりだったのに。いや、まだ間に合うか?


「僕はクレイジーなペッパーくん。動いて話すブリキのおもちゃさ! 太極拳がだいすき! 無限の彼方へさぁ行こう!」


 『自我が無いので無害』『このオモチャは飛べません』という文字を表示させつつ、俺はロボットダンスな動きを……。


『撃て。仲間のブリテン人だろう。ゴスロリ・ガールと同じヘルメットをしているし』


 あ、ダメだった。二番煎じは無理か。いやまぁ、一番目も無駄だったけど。

 今度はこちらにすべての銃口が向いた。慌てて机に向かって走り出す……が、転んだ。クラインさんに斬り殺された死体に足を引っ掛けたのだ。クソ、ブリキボディめ。

 警官たちはその隙を逃すことなく引き金を引き。無数の銃弾が、こちらに向かって飛んできた。


「ヒイエエエエエエ! ……あ、ん?」


 死を覚悟して悲鳴を上げてみたが、全く痛くない。衝撃は感じるが、ただそれだけだ。


「フ、フフフフ……」


 とても。とても焦ったが、どうやらそういうことらしい。やはり転生者たる俺にはチート能力があったのだ! 恐ろしい防御力という能力が! 種族固有パッシブスキルかもしれないが。


「よーし! 覚悟しろぉ!」


 銃弾を受けつつもゆっくりと立ち上がり、俺は吠えた。余裕綽々だった。今なら殺人だって簡単に出来る。死の恐怖をサクッと回避した俺のテンションは、かなりハイになっていた――


『やはりブリテン人は硬いな。ドリル砲弾持ってこい』

「あ、マズそうな名前」


 一気にテンションが下がり、すぐさま机の裏に隠れた。五人もいるとかなりギッチギチだ。


「馬鹿野郎、新人。出てけ。動き辛いだろうが」


 警官が俺を狙った隙を突いて身体を出して銃撃していたダリーさんが言った。そう言われても。


「えー、だってドリル砲弾とか言ってましたよ? 当たったら抉れそうじゃないですか」

「撃たれる前に撃ち殺せばいいんじゃないかしら」

 

 ぐえー、やっぱそうなりますか。クソッ、もうちょい筆下ろしは先送りにしたかった。


「がんばってーブリ兄さん。とてもがんばって。こっちも投げまくるから」


 ゴスはさきほどからずっと、机の裏から手榴弾らしきモノを投げ続けている。見ながら投げているわけではないので向かう先は適当だったが、爆発により着実に警官の命を奪っている。 


「ええと……でもッスね……」

「やっぱ人殺しに抵抗があんのか? どうせアイツら警官は全員『バイオ養成肉体システム』に登録してる。殺したところで新しい肉体になるだけだ」


 なにそのシステム。プレイヤーキャラが死んでもクローンが作られて即座に復活するB○rderlandsかよ。


「どのみちこの遮蔽物にドリルが撃たれたらお終いだ。童貞を捨ててこい。俺らは無理しねえと顔を出せねえ。チッ、忌々しい。なんでドリル砲弾なんざ用意してやがったんだ?」


 やるしかない。やるしかないのか。

 

「ドリル砲、持ってきました!」


 警官の誰かが発したその言葉を理解すると同時に、考える前に俺は机の裏から飛び出した。クソ、ブリキになっても生き汚さは残ってやがった。


「どいつだ?」


 豆鉄砲を浴びながら、俺は周囲を見回した。ドリル砲弾とやらを撃ってきそうなヤツ。さっきの言葉を発したヤツ。砲弾というぐらいだし、口径はデカいはずだ。銅色のマシンガンや銀色のハンドガンを持つヤツを候補から外す。

 ん。アイツか? 銀行の入り口から入ってきた大男が、大きな筒を持っている。先っぽには螺旋状の溝が入った三角錐が付いていた。アレだ、間違いない。雑な構造だな。

 ふう、と大きく息を吐いてから、思い切り吸い込む。腰に付けていたスナイパーライフルを外し、片手で持って大男に向けた。ピン、という音が鳴り、視界に映る大男の顔にターゲッティングマークのようなモノが現れる。これがこのヘルメットの自動補正機能って奴か。

 目を瞑りたくて仕方が無かったが、俺には瞼が無かった。歯も食い縛れない。力むことができない。俺は、軽く引き金を引いた。

 パスン。

 大男の頭が、トマトめいて割れた。

 特に、特に何も思わなかった。あぁ、クソッタレ。早いところ元の身体に戻らねぇと。





【TIPS】

・ドリル砲弾

スチームパンクな大口径大筒から発射される特殊砲弾。対ブリテン人、もしくは建物に使われる。

下手な人種に使うと非人道的な死体になってしまう上に、反動が物凄いので特定の人間で無ければ使用出来ない。特定の人間であっても、ユーザーIDとパスワードが必要。忘れたときには専用のページにアクセスすれば登録時のメールアドレスにメールが届く。


・肉体養成システム

これに登録している人間の記憶は常にこのシステムに送信されており、死亡すると一分で肉体が作られ、記憶が復元される。つまり、死んでることには変わりがなく、単なる人工スワンプマンシステムである。

主観の連続性については登録者の誰も考えていない。

というか、考えるヤツはこのシステムに登録しない。

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