8.ブリキ、詰め込む
『金庫、開。準備完了済?』
「おう」
「ええ」
「はーい」
「一応オッケーッスわ」
人生経験の少ない花の高校生らしく、三下みたいな敬語で俺はアリスの言葉に応えた。
アリスは金庫の扉に手を押し当て続けている。手、というか腕の周りに装着された金属の箱、か。隠されているため見えないが、ギィ、ギィ、という音やギリギリギリ、という音は聞こえている。多分、さきほどの銃のように、あの箱の中で手が変形しドリルになっているのだろう。
『完了。爆破』
そう呟き、アリスは扉から手を離した。かぽ、という音。腕が退けられると、その下にはぽっかりとミカン大の穴が空いていた。そこに向かって、アリスは懐から妙な筒を取り出し、突っ込んだ。爆弾か?
だが、彼女は火を付けるでもボタンを押すでもなく、まるでハンドキネシスでも使おうとするかのように手を翳した。ま、まさか、あの感じ! 魔法だというのか!?
『天光満処、我在。黄泉門開処、汝在』
詠唱だ! やはりこの世界、魔法があるのか! どうやってだ? どうやったら使える? 魔法使いの血が必要なのか、それとも呪文さえ知っていればいいのか?
だが、待て。この詠唱おかしいぞ。聞いたことはない。ないが、心当たりがある。某ゲームの魔法だろこれ。存在してるのかよ。ひょっとして、異世界じゃなくイフ歴史なのかここ?
『出! 神雷、インディグネイション!』
あ! はっきり言いやがったコイツ! と思った瞬間、爆音が響いた。俺はきっちりと見ていた。奴がインディグネイションと叫んだ瞬間、翳した手に穴が開いてそこから炎が出るのを。ただのチャッカマンじゃん。
おっと。律儀にツッコんでる場合じゃあないようだ。爆音から少し経ち、ジリリリリ、という音が鳴る。どうやら爆音か振動で警報装置でも作動したらしい。
「急げ、新入り」
「アッハイ」
既に金庫に入ったダリーさんに急かされ、俺も慌てて中へと入った。
※
「おおー。コイツはすげえ」
金庫の中は学校の教室ぐらい広く、壁には一面、コインロッカーのような小さい扉の金庫が並んでおり、床は大理石のような白くツルツルした素材が使われていた。そして四つの長机の上には、いくらか札束と金塊が積み上げられている。その札束を一つ手に取って眺める。『一万円』。単位同じかよ。ここ日本なの? 分かりやすいが。
いや待て、分かりやすいか? 物価が違うかもしれない。あっちの一万円がこっちでは十万円ぐらいになるかもしれないし、その逆もあり得る。サイバーパンクならともかく、スチームパンクの日本って明治か大正のイメージがあるしなぁ。
あっ。物価をいますぐ把握する方法、あったわ。
「メニューオープン」
ぼそりと呟いて、近くのピザ屋のメニューを開いた。ピザのLサイズ、三千円から四千円。うむ。ピザが超高級料理でもない限り、物価は大して変わらないらしい。まさか役に立つとは思わなんだ、この機能。これが伏線な。……ちげえな。
『新人。速動。荷物詰』
「うるせえ、お前のセリフいちいちロード時間いるんだよ」
『!?』
アリスを適当にあしらいつつ、俺はクラインさんから受け取っていたジュラルミンケースを開き、広げた。ぽいぽいと雑に札束を投げ込んでいく。ケース一個で足りそうだ。少なくともこの机にある分は。銀行の外装の割に少ない気がする。かなり豪華、かつ大きい銀行のように見えたのだが。
「ダリーさん、現金ってこんなモンなんスか? 随分と少ないように見えるんですけど」
「うん? あぁ。あー、そうだ。今はな」
やけに濁した言い方だ。間違いなく何かを隠している。
が、まぁ。気にしないでおこう。どうせとっくに犯罪者だ、今更どんな裏があろうが関係ない。
「ん?」
ふと、ゴスのほうを見てみると、彼女はなぜか顔以外ほとんど動かさず、じい、とこちらを眺めていた。部屋全体をゆっくりと見回しているようだ。
「ゴス? 何してんだ?」
「ビデオの撮影ちうー。ちうちうみちう」
どうやらこのヘルメットには撮影機能もあるらしい。どうやって出力するんだろ。そしてどうしてわざわざビデオを? 謎だ。これも強盗計画の一部、なのかな。正直、ゴスは何を考えているのかさっぱり分からない。『ブリ兄さんの初犯罪記念ー』と言いながらビデオを公に流し始めたっておかしくない。……とはいえ、ダリーさんやクラインさんが彼女を止める様子もない。きっと何かちゃんとした理由があるのだろう。
……止めても無駄、と思っているのかもしれないが。
【TIPS】
・アリスの詠唱
特に意味はない。やるだけ時間の無駄である。
・ゲームや映画、マンガ等
だいたい地球と同じモノが存在している。地球から持ち込んで売り捌いている人間がいるため。世界を跨ぐ著作権違反・違法ダウンロードを取り締まる法律は、現在どちらの世界にも無い。
この世界でのオリジナルも一応ある。
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