2.ゴスロリ、運ぶ

 一通り絶叫してから、俺はその悲鳴をピタリと止めて、深く深く、そして長いため息を吐いた。自分の身体が別の物に変質している、というのは物凄い恐怖ではあったが、よく考えると今は大した支障はない。元々イケメンなわけでもなかったし、目で見るまで気がつかないほどに何の違和感もなく動けたしな。それに、ゴスロリや周囲の反応からして、この世界において今の俺のようなブリキロボが立って歩いて喋るのは大したことではないようだし。


「急に叫び出してどうしたどうしたブリ兄さん? 油切れ? 油スチーム吸う?」


 それって物凄い熱くない? 油の気体化って三桁℃は下らないよね?


「いや、ちょっと自分の変化に戸惑っただけだ。何も買わないから、そろそろ諦めてどっか行ってくんない?」

「エー。ゴハンスチームとかもあるよ? 食べたくないない? ないないないない?」


 この言いようからして、俺のようなブリキのエネルギー源はスチームらしい。まぁ、そうだよな。ブリキのおもちゃだしな。

 あとゴハンスチームの制作過程が気になる。


「要らねぇよ。金もねぇし。俺がいま欲しいのは金と情報だ」

「ふーん。…………あっ! それならあるあるあるよブリ兄さん。働けば金と情報をくれる人を知ってる。とても便利」


 ゴスロリのディスプレイが俺の顔から『稼いで貰えばWin-Win』という文章に変わった。俺をその誰かさんに紹介して、その金で謎スチームとやらを買えということか。


「どんな人なんだ?」

「すごい人! 頭がいい! 色々知ってる! リーダー!」


 伝わんねえわ。だが、渡りに船ではある。情報、金。この二つはあればあるだけ嬉しいし、無いと死ぬモノだ。で、あれば、このバイザーゴスロリに着いていく選択肢はありだ。少なくとも、闇雲に歩き回るよりはな。

 問題はこのゴスロリが嘘を付いているパターン。路地裏に連れ込まれてバラされてバラされて売り飛ばされる、そんな展開は非常に困る。死ぬからだ。この身体が戦えるのかすらわからないし、迂闊なことは避けるべきだろうか? たかだかブリキが売れるのかは分からないが、なんかこう、特殊な人間の中にある臓器的な何かが高値で売れる、みたいな物語も見なくはないしな。

 つまり、考えるべきは目の前のゴスロリが信用できるかどうかだが。

 堂々と違法スチームとやらを売っている。微妙にこっちの話を聞いてない癖に、やたらとしつこい。ペタン娘だが肌は綺麗、しかし顔が見えないので可愛いかすら分からない。

 よし。信用できねえ! やめだ! 闇雲に歩き回ったほうがマシだ!

 くるりと心の中で手のひらを返しつつ、俺はくるりと身体を回して少女から逃げようとした。だが。


「それじゃ、行く!」

「え」

 

 少女にガッと腕を掴まれた。わぁい! 全く振りほどけないよ! これは俺がクソ弱いのか少女がクソ強いのか。どちらかは分からない。分からないが……。


「ほら、立って立って! いや面倒くさい! 面倒くさいから運ぶ! 運ぶほうが面倒くさい? でも運ぶ!」


 分からないが、逃げられないことはたしかなようだ。





【TIPS】

・スチーム

インフラの一つとして最重要な物質。国の発蒸気地域で作られ、そこから各施設、家庭に蒸気管で送られている。電線の代わりに蒸気管がある、と言えば分かりやすいか。

蒸気は各施設にある蒸気発電機にそのほとんどが使われているが、一部の人種はスチームをそのまま食糧として消費している。 


・ディスプレイ付バイザー

写真とか文字が表示できる。自由に色を変えられるライトもある。ピンク色のライトにしている人間が多い。

他に機能はない。


・油スチーム

熱い

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