3.ブリキ、被る

「頭いい人、ここにいる! って、どうしたの?」


 うるせえクソ野郎。足が削れた気がしてならねぇんだよ、という言葉を飲みこむ。俺はここまでこの女に引きずられてやってきた。170cmちょいの、しかもブリキ化した人間を引きずり回すとは。なんという腕力だ。そのせいで地面と接していた足ががりがりと削れるような感触があったが、見た限り傷はない。随分と頑丈なようだ。

 ついでにいうと痛みもなかった。そういう機能は無いらしい。熱さは感じたのだが。


「で、ここはどこだゴス」

「銀行! かなり銀行!」


 ニコ、と満面の笑み、っぽい口元を見せながら女――引きずられながら聞いたところゴスという名前らしい――が言った。端的な答えだ。だがまぁ、分かる。おそらくは俺のいた世界と同じ役割だろう。

 なぜかゴスのディスプレイに『お金がもらえる』と書いてあるのは気になるが。借りたり引き落としたりするだけであって、もらえるわけではないだろうに。

 どうやらこの世界、一部は元の世界と同じぐらい、あるいはそれ以上に発達しているようだ。ここに来る途中、遠くにやたらと大きなビルが見えたし。

 街ゆく人も、頭にディスプレイ付きバイザーを被る若者だけでなく、スーツでバーコード頭の普通のおっさんもいた。やっぱファンタジー要素ないのかねえ? ヨーロッパあたりの田舎にビルが建っているようなものなのかもしれない。チッ。魔法とか使いたかったが。

 いや、このサイバーパンク感だと身体パーツの義体化とかはあるかもしれねえな。どうしよう。とりあえずサイコガンでも付けようかな。って、そんなのはいいんだよ。


「これから会う相手っつーのは、銀行のお偉いさんとかか?」

「んー? んー。いまはその人よりも偉いと思うで思う。とても」


 ……どういうことだろう。いまは、いまはとは? んんん? まぁ、会ってみりゃあ分かるか。


「あ、ちょちょちょっと待って」


 そう言いながら、ゴスはカポ、とバイザーを外した。外しちゃうんだ。そういうのを外すイベントって、普通もっと後にやるべきじゃないの?

 で、肝心の顔だが。女性だろうな。可愛い。かなり可愛い。可愛い女の子にしか見えない。これでもし男の子だったら、大変ガッカリだ。俺は少女にしか見えない男の子が女装しているよりも、飽くまで少年感を残している美少年が女装しているほうが好きだ。具体例を上げるなら、デ○ンよりア○トルフォ派。


「よいしょこらしょのよいよい」


 ゴソゴソとスカートの中から何かを取り出した。うわぁ、不思議スカートだ。取り出したのは……全面型のバイカーヘルメット。どうやらアレも全面ディスプレイになっているらしい。ゴスが被った瞬間、ブゥンという音と共に明るくなった。『金が欲しいです』と表示されている。なんかあのヘルメット、鉄パイプで人を殴り殺すゲームで見たな。二種類あるがサイバーな方だ。まともに銃を使わず近接だけでクリアしたのは俺だけではあるまい。


「で、こっちはブリ兄さんにな!」


 ゴスが再び己のスカートを軽くたくし上げ、中を弄ってヘルメットを取り出した。それを俺に手渡してくる。二つあったらしい。どこにどう入ってたんだ?


「さーさーさー、早く被って」

「お、おう」


 戸惑いつつも俺はヘルメットを被った。見た目の割に伸縮性があるようで、すっぽりと入った。どうなってんだろうな今の俺。四角い頭にこれ被って画面写したら、稀によく見る頭がブラウン管テレビになっているヤツみたいになるんじゃないか? 

 そういえばこれ、さきほどまでこのゴスロリ美少女がスカートの中に入れていたヘルメットか。ゴスの匂いがたっぷりと……特にしない。チッ。嗅覚無いのかもしれないなこの身体。

 それにしてもなにゆえにこげなものを被されているのだろう。


「ブリ兄さん、使い方わかる? 見える? 揉む?」

「見える見える」


 適当な返事に見えるが、実際俺の視界はクリアだ。被り終えた瞬間、カチン! という音が鳴ったあたり、このヘルメットと俺の顔のなんかが接続されたらしい。何かは分からないが。このバイザーの動力源ってなんなんだろ。スチーム? 体表電気?


「んー、んー……ん?」


 このディスプレイヘルメット、どうやら文字通り直感的に操作できるようだ。頭の中に使い方が流れ込んできた。えーと、脳のこの辺りに意識をやればいいのか。お。視界にディスプレイ表示の項目が出てきた。

 ええと、とりあえずは……何これ。外部表示する絵と文字しか設定できねえのかよ。クソか。こう、視界に入るモノを分析する機能などは特にないらしい。単なるヘルメット型のフォトディスプレイかよ。

 お? どうやら、このヘルメットにフォトデータを入れなければならないのではなく、俺の脳にある記憶を表示してくれるらしい。使い方次第ではかなり有用だ。ここはとりあえず、元の世界の自分を表示してみるか。


「おー。ブサイクとは言わないけどイケメンとは言えない、でもちゃんとメイクすればパッと見や写真写り次第では『イケメンかな?』と勘違いするレベルの顔が表示された。とてもそんな感じ。何者?」


 クソ、一息で的確な表現しやがって。悔しいので即座に消去し、代わりに『※素顔はイケメンです』と表示させようとした。が、なぜか『めちゃくちゃイケています』と表示された。変換機能でも付いてんのか?


「俺がこの身体になる前の顔だよ。だからあまり心を抉らんでくれ」

「ほう。ブリ兄さんは元々ブリではなかったと。ワカシ? ワラサ? イナダ?」

「いやブリってそっちのブリじゃねーだろう」


 ブリの出世魚を並べ立てるゴスに喚く。……ブリいるのかこの世界。


「殺人スチームブリがいるぐらいだし元人間のブリがいてもおかしくない。つまり、その身体に戻るために情報が欲しい?」

「あぁ……」

「ならばやはり知り合いの賢い人に会おう。ほら、いこう」

「あ、あぁ……」


 殺人スチームブリのことが気になって生返事をしてしまったことを、俺はこの先ずっと後悔することになる。





【TIPS】

・スチーム

インフラの一つとして最重要な物質。国の発蒸気地域で作られ、そこから各施設、家庭に蒸気管で送られている。電線の代わりに蒸気管がある、と言えば分かりやすいか。

蒸気は各施設にある蒸気発電機にそのほとんどが使われているが、一部の人種はスチームをそのまま食糧として消費している。 


・ディスプレイ付バイザー

写真とか文字が表示できる。自由に色を変えられるライトもある。ピンク色のライトにしている人間が多い。

他に機能はない。


・油スチーム

熱い

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る