1.転生者、叫ぶ


「は?」


 思わず、口から呆けた声が出た。

 だが、仕方がないとはっきり言える。気がつけば、全くもって訳の分からない状況に陥っているのだから。薄れた記憶、見覚えのない場所。なぜ俺はここにいるのだろうか。そしてここは、いったい、なんなんだ?

 俺の目にいま映っているのは、なんというか、かなり言葉にし辛い街並みだ。そこそこ広めの道路に対して立ち並んだ家の造形は、ヨーロッパの田舎のような、いや、より雑に現すなら中世風だ。だが、建造物の一部に、銅らしき色と光沢を放つ金属が使われている。それに加え、銅色のパイプが家と家を繋ぐようにあちこちに走り、劣化しているのか、水蒸気らしきものが時折吹き出しているのもあった。

 この手の雰囲気に覚えはある。と言っても、ゲームやマンガの中での話だが。


「中世スチームパンク、いやファンタジースチームパンクってか? テ○ルズとかに出てくる研究都市とかでたまーに見る感じの。……だけど」


 独り言を呟きつつ、ふらふらと歩きながら、俺は道を歩く奴らの顔を見た。正確に言うなら、何人かが付けているマスク、いや、『大きく顔を覆うバイザー』を。

 彼らのバイザーには、文字が表示されている。パソコンのディスプレイかなにかのようだ。内容は一人一人、バラバラだ。『お腹が空いています』『私は弟』『きあぬ』『戦うと死ぬ』。黒地に緑の文字で、そういったややおかしな日本語。こういったモノにもまた見覚えがある。『きあぬ』で確信した。こいつはいわゆる、サイバーパンクってヤツだ。厳密な定義は無いので飽くまでそう受け取ることが出来る、というだけではあるが。

 中世ファンタジーのような建物、スチームパンクのようなライフライン、サイバーパンクのような人間たち。混ざらなそうなそれらが、混ざることなく存在している街並み。それがいま、俺が見ているものだった。


「ファンタジーに、スチームパンク、そしてサイバーパンク? なんなんだ、こりゃ。ホントなんなんだこりゃ。ごちゃまぜにもほどがある」


 頭痛がする光景だ。クソ。もっとこう、歴史を想像させるような調和も見せやがれ。好きなモンを適当にバラ撒きました、とばかりのちぐはぐな風景だ。

 はぁ、とため息を吐きながら俺は歩道にあったベンチに腰掛けた。……これも銅製だな。ややひんやりしていて気持ち良い。いや。いやいや。よくねえ。やや熱いわ。このベンチ、どうやら地面の下を通る銅管を露出させ、座れるようにパイプを曲げて曲げて丸めて、また地面に戻るようになっているようだ。

 つまり、蒸気が通り続けているベンチ。熱くないわけがねえ。電気の通ってる電線をぐるぐると丸めて座布団にしているようなモノだ。馬鹿か。


「そこのブリ兄さん。疲れてる? 私、物売り。クスリも違法スチームも売ってるます。どっち好き?」

「あ?」


 俺がベンチに座ってそれに苛ついている間に、変な女が近くによって来ていた。白と黒を基調にしたいわゆる『ゴスロリ服』を着ている、金髪ロングでポニーテールの女だ。

 ゴ、ゴスロリなのに金髪ポニテ? ミスマッチな。普通、ロールとかツインテだろ? どうもこの世界にあるものは調和が取れてない。まるでこう、人間がランダムキャラメイクされているような、そんな印象を受ける。顔グラは若いメイドなのにドット絵がおじさんで喋り方が麻呂、といえばわかりやすいか。El○naのNPCのような。

 身長は小さいし胸は無い。女、というよりは少女と言ったほうが正しいのかもしれないが、顔に大きなディスプレイ付きバイザーを付けているため分からない。そこには『狙って売る』と表示されていた。クソ。いわゆる物売りか。色々と頭を整理したいことがあるというのに、邪魔しやがって。


「あっち行け、あっち。いま忙しいんだ」

「ブリ兄さんならスチーム? 美味しい違法スチームがあるね。四つも!」


 二つで充分ですよ、とか蒸気に違法もクソもあるのか、とかを問い出したいところだが。今は、それどころではない。考えるべきことが多すぎるのだ。

 まず一つ目。ここはどこだ。なぜ俺は、こんな飲みの席での発言を映画化したかのような街にいる? 誰の挑戦状だ?

 痛む頭を抑えながら、俺は記憶を呼び起こす。まず、まずだ。俺の名前は頼央マサト。両親が付けてくれた大切な名前、マサト。よし。覚えてる。

 年は17歳。高校二年生だ。日々を某蒸気ゲームクライアントで安く買えるゲームで過ごす、極々一般的な高校生。ここまでもいい。

 更に記憶を掘り起こす。俺の直前の記憶。いつものように眠い目を擦りながら目を覚まし、朝食を食って、学校へ行って………………………………………トラックに轢かれた。そう、そうだ。トラックに轢かれたんだ。絶望と共に死を覚悟し、目を瞑ったんだ。だが、来るはずの衝撃は無く、恐る恐る目を開けると。俺は、ここにいた。

 そういう物語に、心当たりはある。


「まさかこりゃ、異世界転生ってヤツか……?」


 トラックで死んで異世界に転生とか、なんつーベタな話だ。クソ。その手の小説はたまに読んでいたが、まさか自分がそうなるとは。 

 って、この感想もベタだな。なんか悔しいからもっと別の感想抱こう。うわーい! やったー! 夢にまで見た異世界転生だー! これで学校の試験なんかからも解放されるー! あ、でもゲーム出来ねえじゃん。クソが。まだまだアプデが来るであろう強盗ゲーをもっとやりたかったのに。いや、サイバーなディスプレイを付けている奴らを見る限り、もしかしたらゲームも存在してるかもしんねえな。同じものは無いだろうが、それはそれでまだ見ぬ名作に会えるかもしれない。

 ……自由にゲームができる世界なら、な。


「無視? 無視? ブリ兄さん? エネルギー切れ? 違法スチームもある!」


 うるせえなこの女。違法スチームってなんなんだよマジで。本来なら出来ないエロゲーでも出来るのか? でも、蒸気クライアントで買ったゲームに公式から落とせるパッチを当てるとエロシーンが解禁できるのがあったな。じゃあ、違法じゃ無いな別に。


「あ、いまちょっと動いた?

ブリ兄さん、ブリ兄さん。無視無視? 疲れてる? 大丈夫? 脱法スチーム吸う?」


 違法スチームと脱法スチームって何が違うんだよ。どんな差異があんだよ。待て。クソ。構うな構うな。

 これからどうするか。異世界転生、なんて言ったが、本当にそうかは分からない。単なる夢の可能性もある。トラックに轢かれて植物状態の俺が見ている夢、とか。雰囲気重視のホラゲー等で見る感じの。

 というかそっちの可能性のほうがデカいんじゃないか? ファンタジーなのかスチームパンクなのかサイバーパンクなのかよくわからんごった煮な世界のようだし。見える景色に統一性と整合性が無い。嘘っぱちだ。あ、トゥルーマンショーとか14-JP-EXとかの可能性もあるな。


「ひょっとしてひょっとしてブリ兄さん、電気スチームのほうが好み?」 


 電気!? どういうこと!? スチパンならスチームエネルギーでなんやかんやしてんじゃねえの!? 電気概念あんの!? 

 って、クソが。ついつい思考がゴスロリ女に構っちまう。そんなことよりこれからの行動を決めねぇと。

 とりあえずは異世界転生した、という前提で動くことにしよう。夢の中だとしても、こうもリアルであるなら転生と大して気分は変わらん。もしトゥルーマンショーなら、積極的に動いてせいぜい観客を楽しませるべきだ。つまらんと思われたらサクッと死ぬかもしれないしな。

 こういうとき、ファンタジー一辺倒なら大体は冒険者とかになるのがセオリーなんだろうけど。このクソごちゃまぜ世界に冒険者ギルドとかあんのか? そもそもモンスターとかいるのか? いや、それ以前に俺は中世っぽいってだけでファンタジー要素もあると決めつけてたが、魔法や魔物を見たわけじゃない。周りを見回しても普通の人間しかいねえし。エルフだのドワーフだのがいれば、少しはファンタジー感があるのだが。

 もしファンタジーが無いとしたら…………やっべ。サイバーパンクよりの政治体制だったら、政府とか大企業のディストピアと化してるパターンが多いぞ。管理社会に現れたコセキナシオとか、さっくり殺されるじゃねーか。チートはあんのかチートは。元の俺には戦う技能なんざねえぞ。せめてこう、スタンドのような固有ユニークスキル等があればいいのだが。

 

「仕方ない。仕方ないよブリ兄さん。とっときのスチームを売るよ。そう、脱法蒸気の違法スチーム!」


 説明を要求する。いやいや。要求しちゃダメだろ。構ってる場合じゃねえんだってよ。

 よし。まずはアレだ。情報収集だ。このクソごちゃまぜ世界のことを知らなきゃならん。それからどうするか考えよう。元の世界に帰れそうなら帰る。すぐには帰れなさそうなら、金を稼ぐ。幸いにして言語は問題無さそう、というか日本語が要所要所で使われているし、なんとかなる、と信じたい。サイバーパンクでよくみる謎の日本語も多いみたいだが。

 だが、情報の得られそうな図書館的なモノが存在するとして、それが無料で入れるかは分からない。図書館が無いのなら、やはり金で情報を買う必要があるだろう。

 俺をここに送った神様的な何かが、金になりそうな良いモンを入れてくれてたりしないかな、と一抹の希望を願って、俺はポッケを探ろうとして……動きが止まった。

 俺の手、銀色じゃね?

 いや、手どころではない。腕も、胸も、腹も銀色で、しかも何も着ていない。それどころか首から下が丸い筒のように寸胴になっている。あげく、胸には三つの小さなランプが付いている。こ……これは……。まさか……。


「ブリ兄さん? どうしたの?」


 ギギギ、という音をさせながら――実際に鳴った――、俺はゴスロリ女のほうを向いた。


「なぁ、お前がさっきから呼んでるその……ブリ兄さんって……」

「そのまんま?」


 そう言った瞬間、女のバイザーが変化した。どうやら鏡のように俺の顔を表示したらしい――そこに写っていたのは、メーターで出来た目と紙でも吐きそうな口を持つ、ブリキのロボット。


「ブリキのお兄さん、略して略したらブリ兄さんね」

「んんんえええええええええいッ!!」


 ディスプレイに映る俺の顔と、その画面上部に書かれた『くたばれ、ブリキ野郎』という文章を見ながら、俺は絶叫した。





【TIPS】

・銅管ベンチについて

ガス管めいて街の中に張り巡らされた蒸気管のうち、どうしても地表に出てしまうものを利用したベンチ。景観のみに拘ったため、基本的には誰も座れない。


・マサトの名前

マサトの両親がTRPGで作るキャラは必ず名前がカタカナになっており、その共通点から二人の仲が深まり、結婚に至ったので、子供の名前をカタカナにした。


・サイバーパンク

キアヌとへんなにほんごと謎ガジェットがあればサイバーパンク。


・くたばれブリキ野郎

泣いた

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